第2章 生活安全の確保と犯罪捜査活動

3 緻密で適正な捜査の徹底と司法制度改革への対応

(1)緻密で適正な捜査の徹底

国家公安委員会は、平成19年11月、警察捜査における取調べの一層の適正化を推進するため、「警察捜査における取調べの適正化について」を決定した。この決定を受け、警察庁では、20年1月、警察が当面取り組むべき施策として「警察捜査における取調べ適正化指針」を取りまとめ、これに基づく各種施策を推進している。

また、2年5月に栃木県足利市内において発生したいわゆる足利事件について、22年3月、再審公判において、無期懲役の刑に服していた男性に無罪判決が言い渡されたことを踏まえ、警察庁では同年4月、「足利事件における警察捜査の問題点等について」を取りまとめ、このような事案の絶無を期するため、相手方の特性に応じた取調べ方法の指導・教育や事件の規模、内容に応じて供述吟味担当官(班)(注)を設置するなどの施策を推進している。

注:事件の重大性、悪質性、社会的反響等の大きさを踏まえ、捜査本部設置事件等における捜査指揮を強化する必要がある場合に、事件主管課に所属する警視、警部又は警部補の階級にある警察官で捜査主任官以外の者から選任し設置するもの。被疑者の供述と客観的証拠、裏付け捜査等との関係を精査し、自白の信用性をチェックする役割を果たす。
① 的確な捜査指揮・管理の徹底

警察では、取調べに過度に依存することのない適正な捜査を推進するため、事件の全容を把握した上での適切な捜査方針の樹立、事件の性質に応じた組織的捜査の推進、被疑者の特性や証拠資料等に基づく取調べの方法についての必要な指示、指導等を徹底するなど、捜査幹部による的確な捜査指揮に努め、取調べの適正化の一層の推進を図っている。

② 各種教育訓練の実施

警察では、適正捜査に関する教育訓練の充実を図る取組の一環として、警察大学校及び管区警察学校等において「取調べ専科」等を実施し、捜査員の取調べの適正化についての見識の醸成、取調べ等に関する具体的手法の習得等を図っている。

また、捜査幹部による入念な指導教育により、個々の捜査員の「適正な取調べ」に対する意識改革を図るとともに、より実践的な教育訓練や熟練した捜査員等による技能指導を行うなど、若手捜査員等の取調べ技能の向上に努めている。

 
取調べを想定した教育訓練
取調べを想定した教育訓練
③ 被疑者取調べ監督制度の実施

21年4月、取調べの一層の適正化に資するため、被疑者取調べ監督制度を開始し、警察庁長官官房総務課に取調べ監督指導室を、都道府県警察本部等の総務又は警務部門に被疑者取調べの監督業務を担当する所属を設置するなど所要の体制を整備し、取調べの状況の確認、調査等、必要な措置を行っている。

 
取調べ室の外部からの視認状況
取調べ室の外部からの視認状況

(2)司法制度改革への対応

① 裁判員制度(注)を踏まえた客観証拠の収集

裁判員制度の下では、一般国民から選ばれる裁判員が刑事裁判に参加し、裁判官と共に被告人の有罪・無罪及び量刑を決めることとなり、公判において、裁判員の的確な心証形成に資する客観証拠がより重視されるようになっている。このことを受け、警察では、法律の専門家ではない裁判員であっても的確な心証形成が可能となるよう、事件現場における遺留物等犯行の裏付けとなる客観証拠の収集を徹底するため、初動捜査体制を強化している。

注:地方裁判所における一定の重大な事件の刑事裁判において、一般の国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事裁判に参加する制度。裁判員は、衆議院議員の選挙権を有する者から無作為抽出の方法で選ばれた裁判員候補者名簿に登載された者の中から事件ごとに選任され、裁判体は、原則として裁判官3人、裁判員6人の合計9人によって構成される。
② 取調べをめぐる環境の変化
ア 否認事件の増加 

裁判員制度が導入された一方で、図表2-59のとおり、刑法犯の通常第一審事件(注1)の手続が終局した時点(注2)において否認(注3)する者の割合は増加傾向にあり、取調べをめぐる環境は目まぐるしく変化している。

注1:地方裁判所に限る。
注2:通常の公判手続による事件(略式事件以外の事件)の第一審において、判決が言い渡されるなどして、第一審の手続が終了した時点
注3:一部否認及び黙秘を含む。
 
図表2-59 刑法犯の通常第一審事件の終局人員における否認率(平成16~25年)
図表2-59 刑法犯の通常第一審事件の終局人員における否認率(平成16~25年)
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イ 被疑者に対する弁護活動

平成18年10月、被疑者に対する国選弁護人制度が導入され、捜査段階から国選弁護人が選任されることにより、弁護人の早期の争点把握が可能となり、刑事裁判の充実・迅速化が図られた。

警察では、対象事件の被疑者に対して同制度の教示を徹底するとともに、被疑者から同制度利用の申立てがなされた場合には、裁判官及び弁護士会への取次業務を速やかに行っている。また、判例の動向を踏まえ、取調べ中の被疑者について弁護士等から接見の申出があった場合には、できる限り早期に接見の機会を与えるように配慮している。

なお、図表2-60のとおり、同制度が導入された18年以降、被留置者の年間延べ人員は減少傾向にある(注1)一方、被留置者と弁護人等(注2)との面会回数(注3)は増加している。

注1:199頁参照
注2:弁護人又は弁護人になろうとする者
注3:私選弁護人及び国選弁護人それぞれの面会回数の合計数
 
図表2-60 被留置者と弁護人等との面会回数(平成18~26年)
図表2-60 被留置者と弁護人等との面会回数(平成18~26年)
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ウ 取調べの録音・録画の試行の実施状況

裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施件数及び1件当たりの平均実施時間については、図表2-61のとおり、全国で試行を開始した21年4月以降増加傾向にある。また、知的障害を有する被疑者に係る事件については、26年度の実施件数は1,117件、1事件当たりの平均実施時間は約6時間30分となっている(いずれも27年4月2日時点の集計値)。

 
図表2-61 裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施件数及び1件当たりの録音・録画平均実施時間(平成21~26年度)
図表2-61 裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施件数及び1件当たりの録音・録画平均実施時間(平成21~26年度)
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取調べの録音・録画の試行状況(イメージ)
取調べの録音・録画の試行状況(イメージ)
③ 公訴時効の廃止・延長に伴う対応

22年4月、重要凶悪事件の公訴時効を廃止・延長することなどを内容とする刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律が施行された(注)

警察では、未解決事件の捜査期間の長期化に的確に対応し、重要凶悪事件の解決を望む国民の期待に応えるため、未解決事件の解決に必要な捜査体制を整備している。捜査本部を設置した事件については、事件が解決するまで必要な体制を維持しつつ、捜査方針の再検討、新たな情報の収集、各種情報の見直し、有力情報の掘り下げ、証拠資料の再鑑定等を実施している。また、公訴時効が廃止され、又は延長された罪に係る事件については、捜査本部を設置していないものであっても、捜査本部設置事件に準じた捜査を推進している。

注:同法の施行により、例えば、殺人罪(既遂)や強盗殺人罪など、「人を死亡させた罪」のうち、法定刑の上限が死刑であるものについて、公訴時効が廃止されるとともに、それ以外の「人を死亡させた罪」についても、公訴時効が延長された。
④ 新たな刑事司法制度の構築に向けた取組

26年9月、法制審議会(注1)において、裁判員裁判対象事件の被疑者取調べについて原則全過程の録音・録画を義務付けるほか、訴追に関する合意制度(注2)の新設、通信傍受の合理化・効率化等を内容とする制度案が答申され、現在、これらの制度を導入するための法整備が進められている。警察庁では、新制度も見据え、より積極的に取調べの録音・録画の試行に取り組むなど、新制度に適応できる警察捜査の構築に向けた取組を推進している。

注1:法務大臣の諮問に応じて、民事法、刑事法その他法務に関する基本的な事項を調査審議等する、法務省に設置された審議会
注2:検察官が必要と認めるときに、被疑者・被告人との間で、被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をする旨及びその行為が行われる場合には検察官が被疑事件・被告事件について不起訴処分、特定の求刑その他の行為をする旨を合意することができる制度。合意をするため必要な協議は、検察官の委任を受けた司法警察員も行うことができる。


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