特集:変容する捜査環境と警察の取組 

第3節 警察の取組

本節では、第2節で述べたような警察捜査を取り巻く環境の変容に対応するための警察の取組を紹介する。

1 社会情勢の変化を受けた取組

(1)犯人の事後追跡可能性の確保

地域社会における人間関係の希薄化により、聞き込み捜査といった伝統的な捜査手法による情報の入手が困難となったり、インターネット、携帯電話等のサービスが犯罪に悪用され、犯人の追跡が困難となったりする一方、防犯カメラ画像が被疑者の検挙への有力な証拠になるなど、犯罪と犯人とを結び付ける事後追跡可能性を確保する手段は多様化しており、犯人につながる痕跡をどのように確保していくかが重要な課題となっている。

① 防犯カメラ画像の活用

防犯カメラ画像は、被疑者の特定や犯行の立証に有効であることから、事件関係者の足取りの確認、防犯カメラ画像を公開しての追跡捜査等、警察捜査における様々な場面で活用されている。

防犯カメラ画像の分析結果から被疑者の検挙に結び付いた事件の中には、被害者と全く面識がない被疑者による偶発的な犯行によるものもあり、防犯カメラ画像は、今や警察捜査に欠かせないものとなっている。

事例

平成24年5月、東京都内の地下鉄副都心線渋谷駅構内において、通行中の男性が背後から刃物で刺されて重傷を負う事件が発生した。

警察で直ちに駅構内に設置された多数の防犯カメラを精査した結果、犯行の状況及び電車を乗り継いで逃走する被疑者の画像を確認した。これらの画像をテレビ等を通じて一般に公開した結果、多くの情報が寄せられ、発生から2日後に被疑者の検挙に至った(警視庁)。

 
図表-44 防犯カメラにより確認された被疑者の逃走経路
図表-44 防犯カメラにより確認された被疑者の逃走経路
ア 防犯カメラ画像の迅速な収集・分析

防犯カメラ画像が記録されているハードディスク等の記録媒体は、一定期間を過ぎるとデータが上書きにより消去されるものが多い。データが上書きにより消去されるまでの期間は、防犯カメラが設置されている施設や機種ごとに異なるが、数日程度と短いものもある。そのため、警察が事件を認知し、防犯カメラ画像の入手を試みた時点で、捜査に必要な部分が上書きされ、残っていないという場合も少なくない。

警察では、事件発生後、迅速に防犯カメラ画像を収集・分析するための体制の構築を進めている。

 
防犯カメラ画像の収集1

防犯カメラ画像の収集1

 
防犯カメラ画像の収集2

防犯カメラ画像の収集2


イ 防犯カメラ画像の活用のための技術開発

警察で収集した防犯カメラ画像は、録画装置の性能や撮影条件等により画像が不鮮明な場合があり、分析に支障を来すことがある。

警察では、画像を鮮明化するための技術開発を進めている。

 
図表-45 画像の鮮明化技術
図表-45 画像の鮮明化技術

コラム③ 防犯カメラ画像を活用した迅速かつ効率的な犯人追跡

警視庁では、部門を超えて捜査支援や事件情報の分析を行う捜査支援分析センターを設置し、防犯カメラ画像の活用が期待される事件の発生時には、捜査部門と連携して防犯カメラ画像の収集・分析に当たっている。

防犯カメラの機種は様々であるため、その画像を収集する際には、防犯カメラの管理者に機械の操作を依頼する場合が多い。このため、同センターでは、様々な機種の画像の収集・分析が可能な装置を用いて、管理者の負担の軽減に配意しながら、犯行時間や犯人の逃走方向を予測・特定することにより、犯人を迅速かつ効率的に追跡し、検挙している。

② 公開捜査と捜査特別報奨金制度

聞き込み捜査を始めとする伝統的な「人からの捜査」による情報入手が困難となる中、警察では、インターネット等の様々な媒体を活用して、不特定多数の国民から事件に関する情報を入手するための取組を進めている。

都道府県警察では、国民に対し、ポスター、ウェブサイト等の様々な媒体を活用して、事件に関する情報の提供等を広く呼び掛けるほか、必要に応じ、被疑者の氏名、被疑者が映った防犯カメラ画像等を広く一般に公表して公開捜査を行ってきた。

これに加えて、警察庁では、19年度から捜査特別報奨金制度(公的懸賞金制度)を導入し、警察庁のウェブサイト等で対象となる事件等について広報しており、こうした取組により、国民からの情報提供を促進し、重要犯罪等の解決を図っている。

 
手配ポスター(島根県警察)

手配ポスター(島根県警察)


事例

7年3月に発生した地下鉄サリン事件の特別手配被疑者について、捜査特別報奨金対象事件として、懸賞金の上限額を800万円まで増額して国民に情報提供を呼び掛けた。その後の捜査で判明した被疑者の潜伏場所の周辺の防犯カメラ画像を収集・分析し、被疑者と認められる画像や動画を公開して被疑者を追跡した結果、住民等からの情報提供により、24年6月、逃亡中の特別手配被疑者を発見し、逮捕した(警視庁)。

③ 自動車ナンバー自動読取システムの整備

自動車盗を始めとする多くの犯罪では、犯行や逃走に自動車が悪用されていることから、被疑者の早期検挙を果たすためには、車両ナンバーに基づいて当該車両を発見・捕捉することが効果的である。このため、警察庁では昭和61年度から、通過する自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読取システムの整備に努めている。

④ 犯罪の痕跡を残さないための手段として悪用されている各種サービスへの対策

携帯電話、インターネット、預貯金口座等のサービスは、悪用された場合、犯罪の痕跡が残らないという側面があることから、こうしたサービスへの対策のため、警察では、民間事業者と連携した取組を進めている。

ア 携帯電話

携帯電話事業者は、携帯電話の契約に際しては、携帯電話不正利用防止法(注)により、契約者に対する本人確認が義務付けられている。しかし、本人確認が不十分であったり、偽変造された本人確認書類が用いられたりすることにより、携帯電話が不正に取得され、犯罪に悪用される場合がある。これらの携帯電話は、契約者(名義人)と実際の使用者が異なっているため、実際の使用者を特定することが困難となることから、警察では、次のような取組を進めている。

注:携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律

○ 本人確認の徹底

警察では、携帯電話事業者等に対し、偽変造の疑いがある本人確認書類による契約の申込みがあった場合の警察への通報を依頼するなど、民間事業者における契約者の本人確認の徹底を促している。

また、特殊詐欺等の捜査の過程において把握した事案も含めて、携帯電話を不正に契約した者、犯罪に悪用されることを知りながら携帯電話の販売やレンタルをした事業者等については、詐欺罪や携帯電話不正利用防止法違反等による検挙に努めている。

 
リーフレット(総務省・警察庁)

リーフレット(総務省・警察庁)


事例

レンタル携帯電話会社の代表取締役(32)は、平成24年10月、詐欺に悪用されることを知りながら、他のレンタル携帯電話会社から有償で貸与されている携帯電話のSIMカード(注)を契約者の本人確認をせず詐欺の犯行グループのメンバーに貸与した。25年1月、同グループの犯行を容易にしたとして、同人を詐欺罪の幇助で検挙した(大分)。

注:契約者を特定するための情報を記録した電磁的記録媒体であって、携帯電話端末等に取り付けることによって通話が可能になるもの。平成20年6月、携帯電話不正利用防止法が改正され、SIMカード単体の不正売買も処罰の対象となるとともに、レンタル携帯電話事業者に対して、より厳格な本人確認の実施及び本人確認記録の作成・保存義務が課せられている。

 
SIMカード

SIMカード

○ 契約者確認の求め

警察では、携帯電話が犯罪に悪用されていると認められる場合、携帯電話不正利用防止法に基づき、携帯電話事業者に対し、当該携帯電話の契約者に契約者情報を確認するなどして本人確認を行うよう求めており、警察からこれを求めた件数は年々増加している。

なお、警察から契約者の確認を求められた携帯電話事業者は、契約者が本人確認に応じない場合には、同法に基づき、携帯電話の利用を停止する措置を執っている。

 
図表-46 警察が契約者の確認を求めた状況(平成21~25年)
図表-46 警察が契約者の確認を求めた状況(平成21~25年)
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コラム④ レンタル携帯電話の悪用への対策

レンタル携帯電話が犯罪に悪用された場合、携帯電話事業者にとっての直接の契約者はあくまでレンタル携帯電話事業者であるため、レンタル携帯電話の使用者である実際の利用者(犯罪に悪用されるときは犯人)の本人確認まで行うことができない。警察では、レンタル携帯電話が犯罪に悪用されていると認めた際は、当該レンタル携帯電話を貸与したレンタル携帯電話事業者において、契約約款に基づき、迅速に解約するよう促している。

また、携帯電話事業者に対しては、携帯電話不正利用防止法違反で検挙したレンタル携帯電話事業者の保有回線を全て確認し、契約者の本人確認を行わずに貸与していたことが判明した回線等に係る契約を解除するとともに、当該レンタル携帯電話事業者との新規契約を拒否するよう促している。

イ インターネット

サイバー空間は、匿名性が高く、犯罪の痕跡が残りにくいといった特性を有していることから、警察では、民間事業者と連携し、次のような取組を進めている。

○ インターネットカフェ利用者の本人確認に向けた取組

インターネットカフェのコンピュータが犯罪に悪用された場合、事業者が利用者の本人確認を行い、その利用状況を記録していなければ、犯罪に悪用されたコンピュータを特定することができたとしても、これを悪用して犯罪を行った者を特定することは困難となる。

警察庁では、都道府県警察を通じて、インターネットカフェ事業者における書面による本人確認やコンピュータの利用状況の記録の保存の実施率について調査を行っている。これらの実施率はいずれも増加傾向にあるものの、コンピュータの利用状況の記録を保存する事業者は、未だ半数程度にとどまっている。

 
図表-47 インターネットカフェについての調査結果(平成21~25年)
図表-47 インターネットカフェについての調査結果(平成21~25年)
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インターネットカフェを悪用した犯罪等を防ぐため、警察では、インターネットカフェ事業者における、書面による利用者の本人確認、コンピュータの利用状況の記録の保存等を推奨している。日本複合カフェ協会(注1)においても、業界として更なる社会的責任を果たしていくことを目的として、加盟店舗に対して書面による本人確認を推奨するなどの取組が行われている。

なお、東京都では、インターネットカフェを悪用した犯罪の防止等を図るため、22年からインターネット端末利用営業の規制に関する条例により、インターネット端末利用営業者(注2)に対し、書面による本人確認、コンピュータの利用状況の記録の保存等が義務付けられている。

注1:平成13年7月に設立されたインターネットカフェ、漫画喫茶等の業界における唯一の事業者団体であり、業界の健全発展等を図るため、運営ガイドラインを策定し、これに従った店舗運営を加盟店舗に推奨している。

注2:個室等を設け、顧客に対し、インターネットを利用することができる通信端末機器を提供して当該個室等においてインターネットを利用できるようにする役務を提供する者

○ 通信履歴の保存に向けた検討

我が国では、プロバイダ等の事業者において、通信履歴を平素から保存しなければならないこととする制度が存在しないため、サイバー犯罪等に対処する際に、犯人の追跡が困難となる場合がある。

25年12月に閣議決定された「「世界一安全な日本」創造戦略」では、「サイバー犯罪に対する事後追跡可能性を確保するため」「関係事業者における通信履歴等の保存の在り方について、所要の措置を講ずることができるよう検討を行い、可能な範囲で速やかに一定の結論を得る」こととされており、警察庁では、関係省庁と共に検討を進めている。

ウ その他のサービス

架空又は他人名義の預貯金口座は特殊詐欺やマネー・ローンダリング事犯(注1)等の犯罪に悪用されることが多く、これらの口座が犯罪の痕跡を残さないための手段として悪用されている実態がみられる。また、近年では、郵便物受取サービスや電話受付代行等のサービスが特殊詐欺等の犯罪に悪用されることが多く、捜査を一層困難にしている。

警察では、預貯金口座を売買するなどの行為の取締りに努めているほか、口座凍結のために金融機関への情報提供を行うなど、預貯金口座への対策を行っている。

また、犯罪収益移転防止法(注2)に基づき、郵便物受取サービス業者等の特定事業者(注3)によるサービスが容易に犯罪に悪用されることを防ぐため、国家公安委員会・警察庁は、関係機関と連携しつつ、特定事業者による取引時確認等が適正に行われるよう努めている(注4)

注1:139頁参照

注2:犯罪による収益の移転防止に関する法律

注3、4:138頁参照

事例

出資法違反事件の被疑者であるヤミ金融業者が悪用した郵便物受取サービス業者は、当該被疑者を含め、顧客と契約を締結する際に、犯罪収益移転防止法に規定する顧客の本人確認等の措置を適正に履行していなかった。24年9月、国家公安委員会は、当該郵便物受取サービス業者の所管行政庁である経済産業大臣に対して、是正命令等を行うべき旨の意見陳述を行った。これを受け、25年8月、経済産業大臣は、当該業者に対して法令遵守等を求める是正命令を発した。

コラム⑤ 現金送付型被害への対策

~「「レターパック、宅配便で現金送れ」は全て詐欺」で呼び掛け~

特殊詐欺では、レターパックや宅配便で現金を東京都内の私設私書箱に送付させる手口による被害が増加している。しかし、これらの方法で現金を送ることは郵便法や各事業者の約款で禁じられている上、通常の商取引では、送金の有無や金額をめぐる事後の紛議を防ぐ必要があるため、送金記録の残らないレターパックや宅配便で現金を送ることは想定しにくい。

警察では、警察庁ウェブサイトで「レターパック、宅配便で現金送れ」は現金送付型の典型的手口であり、詐欺を疑い警戒するよう、注意喚起している(注)。また、実際に被害が発生した宛先を一覧表にして公表するとともに、一覧表を郵便・宅配事業者に提供して被害阻止への協力を求めている。

注:警察庁ウェブサイト(http://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/furikome_jyusyo.pdf)参照

(2)情報分析の高度化・効率化

社会情勢が変化し、被疑者の検挙に直結する情報を入手することが困難になる中、様々な犯罪関連情報の高度かつ効率的な分析を行い、被疑者の絞り込み、捜査の方向性及び捜査項目の優先順位の判断を支援する取組が重要になっている。

① 情報分析支援システム(CIS-CATS(注)

警察では、様々な犯罪関連情報を迅速に系統化し、総合的な分析を可能とするシステムとして、平成21年1月から情報分析支援システム(CIS-CATS)を運用している。同システムは、犯罪発生状況のほか犯罪手口、犯罪統計等の犯罪関連情報を地図上に表示し、その他の様々な情報とも組み合わせることで、犯罪の発生場所、時間帯、被疑者の特徴等を総合的に分析することが可能である。

警察では、同システムを活用して、的確な捜査指揮や効率的な捜査の支援を行うことにより、事件解決に役立てている。

注:Criminal Investigation Support - Crime Analysis Tool & Systemの略

 
図表-48 情報分析支援システム
図表-48 情報分析支援システム
② プロファイリング

プロファイリングとは、犯行現場の状況、犯行の手段、被害者等に関する情報や資料を、統計データや心理学的手法等を用い、また情報分析支援システム等を活用して分析・評価することにより、犯行の連続性の推定、犯人の年齢層、生活様式、職業、前歴、居住地等の推定や次回の犯行の予測を行うものである(注)

プロファイリングは、連続して発生している性犯罪、放火、通り魔事件等、犯行状況に関する情報量の多い事件や犯人の行動の特徴がつかみやすい事件において、特に効果が期待される。

警察では、より高度で効率的な捜査を推進するため、捜査員とプロファイリング担当者が情報を共有・連携し、聞き込み捜査等の従来の捜査の結果と科学的見地に基づくプロファイリングによる推定結果の双方から、犯人像の推定等を行っている。また、プロファイリングには、行動科学や統計分析に関する専門的知識が求められることから、警察庁では、全国警察から捜査員を集め、科学警察研究所で研修を実施するなどして、プロファイリング担当者の育成を図る一方、全国警察における分析結果の集約、検証等を通じて分析技術の高度化について研究を進めている。

注:我が国では、平成6年、科学警察研究所においてプロファイリングに関する研究が開始され、12年には、北海道警察が都道府県警察として初めて特異犯罪分析班を設置した。18年には、警察庁がプロファイリングを担当する情報分析支援室を設置し、それ以降、都道府県警察においても体制の整備を進めている。

 
図表-49 プロファイリング
図表-49 プロファイリング

 第3節 警察の取組

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