特集:変容する捜査環境と警察の取組 

2 警察捜査をめぐる制度の変革

一連の司法制度改革による裁判制度やその運用の変革により、公判中心主義(注)の実現が図られた一方、警察では、これに対応するため、取調べの録音・録画の試行や客観証拠の収集の徹底に取り組むなど、警察捜査の在り方は変革を迫られている。こうした中、公訴時効の廃止・延長に伴い捜査期間が長期化していることもあり、警察捜査における業務が増大していることにも留意する必要がある。

注:公開の法廷において、裁判所自らが公判廷で証拠や証人を直接調べて評価するとともに、検察官と弁護人らは口頭で主張、立証することによって、刑事責任の存否・程度を確認すること。一連の司法制度改革においては、特に争いのある事件については、明確化された争点をめぐって、検察官と弁護人らが活発に主張、立証を行い、それに基づいて裁判官や裁判員が心証を得ていくという本来の公判の姿にするための諸方策が検討された。

(1)取調べをめぐる環境の変化

一連の司法制度改革において、裁判員制度が導入された一方で、否認事件が増加しており、取調べをめぐる環境は目まぐるしく変化している。また、警察では、裁判員裁判における供述の任意性、信用性等の効果的・効率的な立証に資する方策について検討するため、取調べの録音・録画の試行を実施している。

① 否認事件の増加

図表-36のとおり、傷害、詐欺、窃盗等の罪種において、通常第一審事件(注1)の手続が終局した時点(注2)において否認(注3)する者の割合は増加傾向にある。

事件の真相の解明、余罪に関する情報の入手等のために、取調べが果たす役割は極めて大きい。しかし、こうした否認事件の増加から、捜査段階において、警察での取調べにより真相を究明することが困難となっている状況がうかがわれる。

注1:地方裁判所に限る。

注2:通常の公判手続による事件(略式事件以外の事件)の第一審において、判決が言い渡されるなどして、第一審の手続が終了した時点

注3:一部否認及び黙秘を含む。

 
図表-36 通常第一審事件の終局人員における否認率(平成25~24年)【刑法犯】
図表-36 通常第一審事件の終局人員における否認率(平成25~24年)【刑法犯】
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図表-36 通常第一審事件の終局人員における否認率(平成25~24年)【傷害】
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図表-36 通常第一審事件の終局人員における否認率(平成25~24年)【詐欺】
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図表-36 通常第一審事件の終局人員における否認率(平成25~24年)【窃盗】
図表-36 通常第一審事件の終局人員における否認率(平成25~24年)【窃盗】
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② 被疑者に対する弁護活動

平成18年10月、被疑者に対する国選弁護人制度が導入され、捜査段階から国選弁護人が選任されることにより、弁護人の早期の争点把握が可能となり、刑事裁判の充実・迅速化が図られた。

警察では、対象事件の被疑者に対して同制度の教示を徹底するとともに、被疑者から同制度利用の申立てがなされた場合には、裁判官及び弁護士会への取次業務を速やかに行っている。また、判例の動向を踏まえ、取調べ中の被疑者について弁護士等から接見の申出があった場合には、できる限り早期に接見の機会を与えるように配慮している。

なお、図表-37のとおり、同制度が導入された18年以降、被留置者の年間延べ人員は減少傾向にある一方、被留置者と弁護人等(注1)との面会回数(注2)は増加し続けている。

注1:弁護人又は弁護人になろうとする者

注2:私選弁護人及び国選弁護人それぞれの面会回数の合計数

 
図表-37 被留置者と弁護人等との面会回数(平成18年~25年)
図表-37 被留置者と弁護人等との面会回数(平成18年~25年)
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③ 裁判員制度の導入と取調べの録音・録画の試行
ア 裁判員制度

裁判員制度は、地方裁判所における一定の重大な事件の刑事裁判において、一般の国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に公判審理と裁判に参加する制度である。裁判員は、衆議院議員の選挙権を有する者から無作為抽出の方法で選ばれた裁判員候補者名簿に登載された者の中から事件ごとに選任され、裁判体は、原則として裁判官3人、裁判員6人の合計9人によって構成される。

 
図表-38 裁判員制度の概要
図表-38 裁判員制度の概要
イ 取調べの録音・録画の試行の導入の経緯

警察では、裁判員裁判における自白の任意性の効果的・効率的な立証に資する方策について検討するため、20年9月から警視庁等において取調べの録音・録画の試行を開始し、21年4月からは全ての都道府県警察で試行を開始した。24年4月からは、裁判員裁判対象事件について、自白事件に限らず必要に応じて否認事件等にも試行を拡大するとともに、様々な場面を対象に試行を実施している。また、同年5月からは、知的障害を有する被疑者に係る事件についても試行を開始している。

 
図表-39 取調べの録音・録画の試行の導入の経過
図表-39 取調べの録音・録画の試行の導入の経過
ウ 取調べの録音・録画の試行の実施状況

裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施件数については、図表-40のとおり、全国で試行を開始した21年4月以降年々増加している。また、知的障害を有する被疑者に係る事件については、試行を開始した24年5月から26年3月にかけて、合計2,023件となっている。

 
図表-40 裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施件数(平成21~25年度)
図表-40 裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施件数(平成21~25年度)
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警察において取調べの録音・録画を実施する際は、まず、事前に、捜査幹部と取調べ警察官が、事件内容や被疑者の性格等を考慮し、質問内容や録音・録画する場面等を個々具体的に検討する。録音・録画は、補助者を立ち会わせた上で実施し、終了後は、捜査幹部が取調べ状況を記録したDVDを視聴してその内容を確認している。

 
取調べの録音・録画の試行の実施状況(イメージ)

取調べの録音・録画の試行の実施状況(イメージ)


取調べの録音・録画の試行は、警察の物的・人的負担につながっている側面もある。例えば、警察庁と都道府県警察は、25年度末までに録音・録画装置を合計1,116式整備し、その経費として約10億8,500万円を要した。また、25年度における裁判員裁判対象事件等として報告があった検挙件数は3,315件であり、そのうち録音・録画を実施した事件は3,105件で、DVDの視聴や録音された音声等の文書化といった新たな業務が生じている。

(2)公判における客観証拠の重視に伴う業務の増加

裁判員制度の導入に伴い、公判において裁判員の的確な心証形成に資する客観証拠がより重視されるようになっている。捜査の在り方が問われる深刻な無罪事件が相次いだことも受け、警察においては、客観証拠の収集の一層の徹底を図るなどしている。このような客観証拠重視の流れは、犯罪の効果的な立証に資する一方、客観証拠の収集、鑑定等に関する業務の増加にもつながっており、捜査上の制約になっている。

① 裁判員制度を踏まえた客観証拠の収集

裁判員制度の下では、一般国民から選ばれる裁判員が刑事裁判に参加し、裁判官と共に被告人の有罪・無罪及び量刑を決めることとなる。

このことを受け、警察では、法律の専門家ではない裁判員であっても、的確な心証形成が可能となるよう、事件現場における遺留物等犯行の裏付けとなる客観証拠の収集を徹底するため、初動捜査体制を強化している。

② 客観証拠の収集、鑑定等の手続における業務の増加

図表-41のとおり、鑑識関係の業務に携わる職員が証人として公判出廷する機会が増えている。

 
図表-41 鑑識関係業務証人出廷状況(平成21~25年)
図表-41 鑑識関係業務証人出廷状況(平成21~25年)
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例えば、犯行現場における客観証拠の収集状況や、警察におけるDNA型鑑定の鑑定手続等、警察が適正に客観証拠の収集・鑑定を行ったかについて証言を求められる場合が多い。

このような公判における立証活動に対応するための業務が増大している。

(3)公訴時効の廃止・延長に伴う捜査期間の長期化

平成22年4月、重要凶悪事件の公訴時効を廃止・延長すること等を内容とする刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律が施行された(注)

警察では、未解決事件の捜査期間の長期化に的確に対応し、重要凶悪事件の解決を望む国民の期待に応えるため、未解決事件の解決に必要な捜査体制を整備している。捜査本部を設置した事件については、事件が解決するまで必要な体制を維持しつつ、捜査方針の再検討、新たな情報の収集、各種情報の見直し、有力情報の掘り下げ、証拠資料の再鑑定等を実施している。また、公訴時効が廃止され又は延長された罪に係る事件については、捜査本部を設置していないものであっても、捜査本部設置事件に準じた捜査を推進している。一方で、このような取組は他の事件に捜査員を投入する上での制約とならざるを得ない側面もある。

注:同法の施行により、例えば、殺人罪(既遂)や強盗殺人罪など、「人を死亡させた罪」のうち、法定刑の上限が死刑であるものについて、公訴時効が廃止されるとともに、それ以外の「人を死亡させた罪」についても、公訴時効が延長された。


 第2節 警察捜査を取り巻く環境の変容

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