第6章 公安の維持と災害対策 

第2節 外事情勢と対策

1 対日有害活動の動向と対策

(1)北朝鮮の動向

① 「新たな並進路線」の下での軍事力強化

平成25年中、北朝鮮は、指導者としての経験に乏しい金正恩(キムジョンウン)国防委員会第一委員長(以下「第一委員長」という。)の求心力を高めるため、故金日成(キムイルソン)主席及び故金正日(キムジョンイル)国防委員長の威光を利用した宣伝・扇動を展開した。

同年3月には、朝鮮労働党中央委員会 2013年3月全員会議において、「経済建設」と「核武力建設」を並行して推進する「新たな並進路線」に関する決定書を満場一致で採択したほか、「核武力」について質的・量的に拡大・強化するとの方針を明らかにし、経済的な発展を目指しながら軍事力を強化する方針を示した。

また、北朝鮮は「祖国解放戦争勝利 60周年」(同年7月27日)や「共和国創建65周年」(同年9月9日)に際して閲兵式を開催し、軍事優先の方針を維持していることを内外にアピールした。

 
閲兵式で観覧者に答礼する金正恩第一委員長(時事)

閲兵式で観覧者に答礼する金正恩第一委員長(時事)


② 対外姿勢の変遷等

北朝鮮は、同年2月 12日に3回目の核実験が成功したことを内外に発表し、同年4月には寧辺(ニョンビョン)の黒鉛減速炉を再稼働する方針を明らかにした。また、同年1月から同年3月にかけては、国際連合安全保障理事会が採択した制裁決議や米韓合同軍事演習に反発して「朝鮮停戦協定を完全に白紙化する」旨を発表するとともに、同年4月には韓国との共同事業である開城(ケソン)工業団地から北朝鮮側の従業員を撤収させるなど、軍事行動の可能性を示唆することで、朝鮮半島の緊張状態を高めた。

しかし、同年5月以降は、それまで発していた政府機関による挑発的な内容の声明等を抑制するなど、緊張状態を緩和するような動向が見られた。さらに、同年6月に米国に対して高官級会談の開催を提案したほか、韓国との協議を重ね、同年9月には開城工業団地の操業を再開させるなど、挑発的な姿勢から対話を呼び掛ける姿勢に転じた。

一方、北朝鮮は、同年10月には国防委員会報道官声明により軍事的衝突をちらつかせながら米国に敵視政策の撤回を要求するなどしている。

同年 12月には、金正恩第一委員長の後見人とされていた張成沢(チャンソンテク)党行政部長を粛清し、今後、金正恩第一委員長の意向が強く反映された形での政権運営を加速させる可能性がある。

③ 我が国に対する牽制等

北朝鮮は、25年中、国営メディア等を通じ、我が国の安倍首相を名指しで批判するなど、戦争中の「犯罪」に対する補償や謝罪といった「過去の清算」を繰り返し要求した。また、同年2月の北朝鮮による3回目の核実験を受け、我が国政府が更なる対北朝鮮措置を決めたことについて、「朝日関係にも重大な禍根を残すことになる」と非難した。 26年3月には、我が国のほぼ全域を射程に入れる「ノドン」とみられる中距離弾道ミサイルを2発発射するなど、我が国に対する牽制を行っている。

④ 各界関係者に対する働き掛け等

朝鮮総聯(れん) (注)中央本部の土地及び建物に対する競売手続が進むなど、朝鮮総聯を取り巻く環境は厳しくなる一方であるが、そのような状況においても、朝鮮総聯は、各種行事に国会議員、地方議員、著名人等を招待し、朝鮮総聯の活動に対する支援等を働き掛けるなど、引き続き我が国の各界各層に対して工作を展開している。25年中には、朝鮮学校に対する我が国政府の施策の不当性を訴える街頭宣伝や高校授業料無償化に関する中央省庁への要請活動等、親朝世論の醸成に向けた取組を展開した。

警察では、北朝鮮や朝鮮総聯による工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、最近では、同年1月に、北朝鮮工作員による著作権法違反事件を検挙している。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

(2)中国の動向

① 中国国内の情勢

平成25年3月、第12期全国人民代表大会第1回会議で、国家主席に習近平(しゅうきんぺい)総書記が選出された。これにより習近平総書記は、党(中国共産党総書記)・軍(党中央軍事委員会主席)・国家(国家主席)の三権を掌握し、名実ともに中国の最高指導者となった。

国内では、中国共産党幹部の腐敗や都市部と農村部の所得格差に加え、環境汚染、土地の収用、家屋立ち退き等、様々な問題に関する国民の不満が表面化し、各地で民衆の暴動が頻発した。また、中国治安当局とウイグル族との衝突が発生し、多数の死傷者を出すなど、少数民族問題も大きな問題となっている。これら中国が抱える社会の不安定要素は、中国共産党の指導基盤の安定にも影響を与えるおそれがある。

 
武装警察と衝突するウイグル族(共同通信社)

武装警察と衝突するウイグル族(共同通信社)


同年中に収賄罪等の汚職で摘発された公務員が5万人を超えるなど、国内では汚職問題も深刻化しており、習近平総書記が中国共産党中央紀律検査委員会全体会議で「党と国家が永遠に生気と活力を保てるか否かに及ぼす大問題」と危機感を示すなど、腐敗撲滅が中国における大きな課題となっている。

同年11月に開催された中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議(三中全会)において、習近平指導部は、減速傾向にある経済成長を維持するため様々な改革案を示したが、改革に対する既得権益層の強い抵抗が予想され、改革案が実行に移されるかどうかは不透明である。また、三中全会で、習近平総書記は、改革全体を指揮する「全面深化改革領導小組」や、国家の安全体制及び戦略の整備等を目的とする「中央国家安全委員会(注)」の設置を決定し、総書記自らトップに就任するなど、権力の集中化を図っているとみられる。

注:平成26年1月、中国は正式名称を「中央国家安全委員会」と決定した。

外交面では、急伸する経済力及び軍事力を背景に世界各国において存在感を増し、南シナ海では海洋権益をめぐり周辺諸国との摩擦が生じている。我が国との関係では、尖閣諸島に関する独自の主張に基づき、強硬姿勢を示した。

軍事面では、同年3月、同年の予算案の国防費が7,202億元(前年比10.7%増加)になると発表した。同国の国防費は、過去10年間で約4倍に増加しており、米国に次ぐ世界第2位となっている。また、24年に就役した中国初の空母「遼寧」の遠洋航行を実施したほか、レーダーで捕捉しにくい次世代ステルス戦闘機や大陸間弾道ミサイルの開発を行うなど、軍備の拡充を図った。

 
中国初の空母「遼寧」(新華社=共同)

中国初の空母「遼寧」(新華社=共同)


② 我が国との関係を巡る動向

24年9月、日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域で中国公船の出現が常態化するとともに、我が国の領海に侵入する事案が度々発生し、緊迫した事態が続いている。警察では、尖閣諸島周辺海域において、関係省庁と連携しつつ、情勢に応じて部隊を編成するなどして、不測の事態に備えている。

また、中国は、25年11月、尖閣諸島の領空をあたかも「中国の領空」であるかのような形で含む「東シナ海防空識別区」を設定したと発表し日中間に新たな緊張を生じさせ、同年12月には、安倍首相の靖国神社参拝を激しく批判した上で、日本との首脳会談に応じない考えを表明した。

 
尖閣領海内に入った中国海警局公船(共同通信社)

尖閣領海内に入った中国海警局公船(共同通信社)


③ 我が国に対する工作

中国は、我が国において、先端技術保有企業、防衛関連企業、大学、研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣し、先端技術に関する情報収集活動を行っており、その情報収集の対象は、環境、食料、医療等に拡大しているとみられる。

警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、こうした工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

(3)ロシアの動向

ウクライナでは、親ロシア派のヤヌコーヴィチ政権がEUとの連合協定の署名を見送ったことを受けて同政権の退陣を求める運動が激化し、平成26年2月に同政権が事実上崩壊すると、同年3月、プーチン大統領は、ウクライナから「クリミア共和国」として独立を宣言した地域のロシアへの「編入」を表明した。

日露関係については、25年4月に、安倍首相が日本の首相として10年ぶりにロシアを公式訪問し、プーチン大統領とクレムリンで首脳会談を行った。会談では、戦後67年を経て日露間で平和条約が存在しないことは異常であるとし、「平和条約問題の双方に受入れ可能な解決策を作成する交渉を加速化させる」との指示を与えることで一致した。また、同年11月には、日露両政府は、初の日露外務・防衛閣僚協議を開催し、今後、テロ・海賊対処や防衛交流等で協力を進めることで一致した。

近年のロシア情報機関の活動をみると、同年7月、ドイツ裁判所は、国内において23年間にわたり、ロシアのスパイとして活動していた夫婦に禁固刑を言い渡した。世界各地において、こうしたロシア情報機関の関与が疑われるスパイ事件が摘発されており、依然として活発に活動している実態が明らかとなっている。また、我が国でもロシア情報機関は活発に情報収集を行っており、警察では、ソ連崩壊以降、これまでに8件の違法行為を摘発している。警察としては、ロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、今後も厳正な取締りを行うこととしている。


 第2節 外事情勢と対策

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