第5章 公安の維持と災害対策 

第2節 外事情勢と諸対策

1 対日有害活動の動向と対策

(1)北朝鮮による対日諸工作

 平成23年中、北朝鮮は、金正日国防委員長から金正恩(キムジョンウン)氏への体制移行に向けた動きを表面化させ、金正恩氏が金正日国防委員長の現地指導に同行する姿、外国要人との会談に陪席する姿等を内外に示すことで、体制の安定性を誇示するとともに、金正恩氏が後継者にふさわしい人物であるとのイメージづくりを推進した。
 一方、韓国国内では、地下組織「旺載山(ワンジェサン)」を組織し、韓国の軍事情報や政治・社会情勢等に関する情報を収集して北朝鮮に報告するなどしていたとして、同年8月までに5人が韓国当局に起訴されるなど、北朝鮮が依然として工作活動に関与していることが明らかとなった。

① 金正日国防委員長の死去後の動向

 北朝鮮は、23年12月19日、金正日国防委員長の死去を発表した。その発表の中で、「今日我が革命の陣頭には、主体革命偉業の偉大な継承者であり、我が党と軍隊と人民の卓越した領導者である金正恩同志が立っている」として、金正恩氏を後継者とする体制に移行したことを明示した。
 
錦繍山(クムスサン)記念宮殿で花輪を献じる南昇祐朝鮮総聯中央副議長(右)(時事)
錦繍山(クムスサン)記念宮殿で花輪を献じる南昇祐朝鮮総聯中央副議長(右)(時事)

 北朝鮮は、金正日国防委員長の死去後も、軍事優先の政策を継続することを明らかにするとともに、宣伝活動を通じて金正恩氏による統治の正当性を強調した。金正恩氏は、同月に軍最高司令官に就任し、24年4月の朝鮮労働党代表者会及び最高人民会議では、新設された朝鮮労働党第一書記及び国防委員会第一委員長に就任した。
 
永訣式で霊柩車に寄り添う金正恩氏(時事)
永訣式で霊柩車に寄り添う金正恩氏(時事)

 対外的には、我が国、米国及び韓国を繰り返し批判しているが、特に韓国に対しては、南北対話の停滞の原因が韓国の李明博(イミョンバク)政権にあると繰り返し指摘するなど、批判を強めている。
 また、同月13日、我が国を含む関係各国が自制を強く求めたにもかかわらず、人工衛星の打ち上げと称してミサイルの発射を強行した。これを受け、同月16日、国際連合安全保障理事会は、北朝鮮を強く非難する議長声明を採択した。
 一方、朝鮮総聯(れん)(注)は、23年12月、金正日国防委員長の死去を受けて南昇祐(ナムスンウ)朝鮮総聯中央副議長らを弔意団として北朝鮮に派遣するとともに、同月29日、東京都内において中央追悼式を開催した。同式では、許宗萬(ホジョンマン)朝鮮総聯中央責任副議長が、追悼の辞の中で「総聯は、尊敬する金正恩同志を団結の中心、領導の中心とする隊伍の一心団結を鉄桶のように固めます」と述べるなど、朝鮮総聯の北朝鮮と金正恩氏に対する従属性を明らかにした。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

② 我が国に対する牽制等

 東日本大震災に際し、北朝鮮の海外同胞事業局副局長が、「災害を収拾するための闘争を共に広げたいが、日本当局が「制裁」を加える中で事情が許されない」と述べたほか、金正日国防委員長の死去に当たり弔問のため訪朝しようとした朝鮮総聯幹部の再入国を認めないとの我が国政府の方針に対し、北朝鮮は「血の流れる傷口に塩を塗るような振る舞い」と非難するなど、我が国を牽(けん)制した。

③ 各界関係者に対する働き掛け等

 朝鮮総聯は、朝鮮総聯、傘下団体等が主催する各種行事に国会議員、地方議員、著名人等を招待し、北朝鮮に対する理解、朝鮮総聯の活動に対する支援等を働き掛けるなど、我が国の各界各層に対して諸工作を展開している。
 23年中には、国会議員、地方議員らに働き掛けながら、朝鮮学校の生徒を高等学校等就学支援金の支給対象とさせることを企図した運動を展開した。
 警察では、北朝鮮や朝鮮総聯による諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。また、警察では、対北朝鮮措置に関係する違法行為に対しても徹底した取締りに努めており、23年中には、対北朝鮮措置に係る違法行為を計6件検挙した。

事例
 貿易会社役員(71)は、18年11月15日から北朝鮮を仕向地とした奢侈(しゃし)品の輸出禁止措置がとられていたにもかかわらず、奢侈品に該当する中古普通乗用自動車を20年9月に1台(約240万円相当)、同年12月に2台(総額約480万円相当)、経済産業大臣の承認を受けないで、韓国を経由して北朝鮮に輸出した。23年6月、同役員を外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)違反(無承認輸出)で逮捕した(警視庁)。

(2)中国による対日諸工作

 平成23年、中国共産党は創建90周年を迎え、7月1日に開かれたその記念式典で、胡錦濤(こきんとう)中国共産党総書記は、中国を国内総生産(GDP)で世界第2位の経済大国に導いた党の功績を強調した。
 その一方、国内では、都市部と農村部の所得格差や党幹部の腐敗等に対する国民の不満が表面化する事案が目立った。同年2月以降、中東や北アフリカで発生した政変に触発された民主化要求集会が各地で呼び掛けられたほか、各地で民衆の暴動が頻発した。7月23日には、高速鉄道の車両追突事故が浙江(せっこう)省で発生し、40人以上が死亡し、170人以上が負傷した。事故処理に当たった鉄道部の対応は国民から強い批判を浴びた。
 外交面では、急伸する経済力を背景に世界各国において存在感を増し、南シナ海では海洋権益をめぐり周辺諸国との摩擦が生じている。我が国との関係では、我が国固有の領土である尖閣諸島周辺に中国の漁業監視船及び海洋調査船が繰り返し接近しており、8月24日には、漁業監視船2隻が尖閣諸島周辺の我が国の領海内に一時侵入する事案が発生した。
 
中国の海洋調査船((時事)第11管区海上保安部提供)
中国の海洋調査船((時事)第11管区海上保安部提供)

 また、軍事面では、中国政府が平成23年の国防予算を約915億ドルと公表していたのに対して、24年5月に米国国防総省が発表した「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」が「国防総省は中国の2011年の軍事関係支出の合計は1,200億ドルから1,800億ドルと見積もっている」と指摘するなど、急速な近代化と不透明な予算に対して懸念が広がっている。
 中国は、我が国において、先端技術保有企業、防衛関連企業、大学・研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣して、先端技術に対する情報収集活動を行っているほか、環境、食料、医療等にその情報収集活動の対象を拡大しているとみられる。
 警察では、我が国の国益が損なわれることのないよう、こうした諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

(3)ロシアによる対日諸工作

 メドヴェージェフ大統領(当時)は、国家の全面的な近代化を目指した政策を推進し、平成23年12月の年次教書演説において、任期中の成果として経済危機の克服と経済の近代化等を挙げたが、下院選挙での不正投票疑惑をめぐる国民の大規模な抗議行動を受けて、政治・選挙制度改革等の必要性に言及した。外交面では、互恵的な二国間・多国間パートナー関係拡大に向けた政策を推進したが、核戦略に関して国益重視の立場を鮮明にした。
 
モスクワ中心部で行われた大規模抗議集会の状況(12月)(時事)
モスクワ中心部で行われた大規模抗議集会の状況(12月)(時事)

 我が国との関係では、東日本大震災に際して、エネルギー支援案を提案するなどの対日外交を推進した。北方領土問題をめぐっては、メドヴェージェフ大統領が「政治より経済が先に行く」と領土問題の解決よりも経済協力の進展を優先する考えを明確にしたほか、22年の同大統領の国後島訪問に続いて閣僚級の要人が相次いで北方領土を訪問するなど、強硬な姿勢を示している。
 また、メドヴェージェフ大統領は、23年12月、「国家保安機関員の日」の祝賀会で演説し、「特務機関は、祖国の国家的利益の保護に直結する非常に困難な課題に対応している」などと述べ、国家の安全保障等における特務機関の活動を重要視する姿勢を改めて示した。
 同年10月には、ドイツ国内で長期間にわたり情報収集活動をしていた疑いでドイツ捜査当局がロシア対外情報庁(SVR)のスパイとみられる男女を逮捕した。これにより、依然として、ロシア情報機関による違法な情報収集活動が活発に行われている実態が明らかになった。
 これまでに、ロシア情報機関員は、在日ロシア連邦大使館員や在日ロシア通商代表部員等の身分で入国し、我が国において違法な情報収集活動を繰り返し行っており、近年には、17年、18年及び20年と違法行為の摘発が続いた。
 警察では、我が国の国益が損なわれることのないよう、こうした諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。
 
図5-8 近年のスパイ事件
図5-8 近年のスパイ事件

 第2節 外事情勢と諸対策

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