第5章 公安の維持と災害対策 

第5章 公安の維持と災害対策

第1節 国際テロ情勢と諸対策

1 国際テロ情勢

(1)イスラム過激派

 平成23年中には、表5-1のとおり、世界各地でテロ事件が相次いで発生するなど、イスラム過激派によるテロの脅威は依然として高い状況にある。また、イスラム過激派組織は、過激思想を介して緩やかなネットワークを形成しているとみられる。
 23年5月、米国の作戦により、「アル・カーイダ」の指導者のオサマ・ビンラディンが死亡した。その後、「アル・カーイダ」等イスラム過激派組織は、米国等に対して報復する旨を表明し、同月、パキスタンのカラチにおける海軍基地に対する襲撃テロ事件により米国が供与した哨(しょう)戒機が破壊されるなど、現に報復テロが発生している。また、「アル・カーイダ」の新たな指導者となったアイマン・アル・ザワヒリは、欧米諸国等に対するジハードの継続を表明している。さらに、同年6月以降、アンワル・アウラキ等「アル・カーイダ」及びその関連組織の幹部等が米国により殺害又は拘束されているものの、「アル・カーイダ」関連組織は依然として勢力を維持している。
 
「アル・カーイダ」の新指導者アイマン・アル・ザワヒリ(時事)
「アル・カーイダ」の新指導者アイマン・アル・ザワヒリ(時事)

 近年、イスラム過激派組織は、インターネットを活用して過激思想を広め、構成員を勧誘するなどしているとみられる。特に、テロと関わりのない個人がインターネット等を通じて過激化した「ローン・ウルフ(一匹おおかみ)」によるテロの危険性が、各国で認識されている。23年中には、3月、ドイツのフランクフルト国際空港において米軍バスに対する襲撃テロ事件が発生したほか、11月、米国のニューヨークにおいて爆弾テロ計画が発覚するなど、「ローン・ウルフ」によるテロが発生した。
 
表5-1 平成23年に発生した主な国際テロ事件等
表5-1 平成23年に発生した主な国際テロ事件等
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(2)我が国に対するテロの脅威

 我が国は、「アル・カーイダ」を始めとするイスラム過激派組織から米国の同盟国として指摘されており、「アル・カーイダ」幹部による声明等において、これまで度々テロの標的として名指しされている。また、米国で拘束中の「アル・カーイダ」幹部のハリド・シェイク・モハメドが、我が国に所在する米国大使館を破壊する計画等に関与したと供述していたことなどが明らかになっている。
 さらに、国際手配されていた「アル・カーイダ」関係者が不法に我が国への入出国を繰り返していたことも判明しており、過激思想を介して緩やかにつながるイスラム過激派組織のネットワークが我が国にも及んでいることを示している。
 このような事情や我が国にはイスラム過激派がテロの対象としてきた米国関係施設が多数存在すること、海外においても、現実に邦人や我が国の権益がテロの標的となる事案等が発生していることなどに鑑みると、我が国は、国内外において、大規模・無差別テロの脅威に直面していると言える。
 
図5-1 我が国に対するテロの脅威
図5-1 我が国に対するテロの脅威

(3)日本赤軍と「よど号」グループ

① 日本赤軍

 日本赤軍は、最高幹部の重信房子がハーグ事件(注1)等により起訴され公判中(注2)の平成13年4月に日本赤軍の「解散」を宣言したのを受け、同年5月、組織としても「解散」の決定を表明したが、その後も別名称を使用して活動を継続しており、テロ組織としての危険性に変化はない。
 警察では、国内外の関係機関との連携を強化し、国際手配中の7人の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組を推進している。

注1:昭和49年9月、奥平純三ら3人が、オランダ・ハーグ所在のフランス大使館を占拠し、大使ら11人を人質として監禁した事件
注2:平成18年2月、東京地方裁判所で懲役20年の判決を受け、同年3月、弁護側、検察側双方が東京高等裁判所に控訴していたが、19年12月、これらが棄却されたため、20年1月、弁護側が最高裁判所に上告した。22年7月、同上告が棄却され、同年8月、懲役20年の刑が確定した。
 
国際手配中の日本赤軍と「よど号」グループ
国際手配中の日本赤軍と「よど号」グループ

② 「よど号」グループ

 昭和45年3月31日、田宮高麿ら9人が、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。現在、ハイジャックに関与した被疑者5人及びその妻3人が北朝鮮にとどまっているとみられており(注3)、このうち3人に対し、日本人を拉致した容疑で逮捕状が発せられている。
 また、「よど号」犯人の妻らについては、これまでに帰国した5人を旅券法違反(返納命令拒否)等で逮捕し、いずれも有罪が確定している。その子女については、これまでに20人全員が帰国している。
 警察では、「よど号」犯人らを国際手配し、外務省を通じて北朝鮮に対して身柄の引渡し要求を行うとともに、「よど号」グループの活動実態の全容解明に努めている。

注3:ハイジャックに関与した被疑者1人及びその妻1人は死亡したとされているが、真偽は確認できていない。

(4)北朝鮮

① 北朝鮮による拉致容疑事案

ア 拉致容疑事案の捜査状況
 警察では、平成24年6月1日現在、日本人が被害者である拉致容疑事案12件(被害者17人)及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)の合計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断し、北朝鮮工作員等拉致に関与したとして8件に係る11人について、逮捕状の発付を得て国際手配を行っている。
 また、警察では、これらの事案以外にも、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案があるとの認識の下、告訴・告発や相談・届出に係る事案についても、関係機関との連携の強化を図りつつ、徹底した捜査や調査を進めている。
 なお、北朝鮮は、20年6月に「拉致問題は解決済み」との従来の立場を変更し、全面的な調査の実施を約束したにもかかわらず、同年9月、一方的に調査開始を見合わせた。23年12月19日の金(キム)正(ジョン)日(イル)国防委員長死去の発表後も、24年1月3日に、朝鮮中央通信が、拉致問題について「もはや存在せず、においもしない」とする論評を発表するなど、いまだ問題の解決に向けた具体的な行動をとっていない。

イ 拉致の目的
 北朝鮮の金正日国防委員長は、14年9月に行われた日朝首脳会談において、日本人拉致の目的について、「一つ目は、特殊機関で日本語の学習ができるようにするため、二つ目は、他人の身分を利用して南(韓国)に入るためである」と説明した。また、「よど号」犯人の元妻は、「金(キム)日(イル)成(ソン)主席から「革命のためには、日本で指導的役割を果たす党を創建せよ。党の創建には、革命の中核となる日本人を発掘、獲得、育成しなければならない」との教示を受けた田宮高麿から、日本人獲得を指示された」旨を証言している。
 これらを含め、諸情報を分析すると、拉致の主要な目的は、北朝鮮工作員が日本人のごとく振る舞うことができるようにするための教育を行わせることや、北朝鮮工作員が日本に潜入して、拉致した者になりすまして活動できるようにすることなどであるとみられる。
 
表5-2 日本人が被害者である拉致容疑事案(12件17人)
表5-2 日本人が被害者である拉致容疑事案(12件17人)
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表5-3 日本人以外が被害者である拉致容疑事案(1件2人)
表5-3 日本人以外が被害者である拉致容疑事案(1件2人)
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図5-2 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)
図5-2 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)
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② 北朝鮮による主なテロ事件

 北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙(じ)しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。
 中でも、昭和62年に発生した大韓航空機爆破事件は、日本人を装った工作員により敢行された。
 
図5-3 北朝鮮による主なテロ事件
図5-3 北朝鮮による主なテロ事件

 第1節 国際テロ情勢と諸対策

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