第4章 公安の維持と災害対策

第4章 公安の維持と災害対策

第1節 国際テロ情勢と諸対策

1 国際テロ情勢

(1)イスラム過激派

平成22年中には、表4―1のとおり、世界各地でテロ事件が相次いで発生した。

13年9月の米国における同時多発テロ事件以降、世界各国でテロ対策が強化されているものの、イスラム過激派によるテロの脅威は依然として高い状況にある。中でも、「アル・カーイダ」は、米国に対するジハード(聖戦)の象徴的存在として、世界のイスラム過激派を惹(ひ)き付けている。また、イスラム過激派は、過激思想を介して緩やかなネットワークを形成しているとみられる。

「アル・カーイダ」を始めとする過激派組織及びその支援者は、インターネットを活用して過激思想を広め、構成員を勧誘するなどしているとみられる。特に、テロと関わりのない個人がインターネット等を通じて過激化してテロを引き起こすことが懸念され、22年5月には、米国・ニューヨークのタイムズスクエアにおいて、テロと関わりがないとみられていたパキスタン系米国人が、爆弾テロ未遂事件を敢行している。

こうした情勢の中、23年5月、米国の作戦により、「アル・カーイダ」の指導者のオサマ・ビンラディンが死亡した。イスラム過激派組織等は、米国等に対する報復を行う旨を表明しており、同人の死後に発生したテロ事件の中には、同人の死に対する報復として行われたとされているものもあり、同人の死は、今後の国際テロ情勢に影響を与えるとみられる。

オサマ・ビンラディンが潜伏していた建物(時事)

オサマ・ビンラディンが潜伏していた建物(時事)

表4―1 平成22年に発生した主な国際テロ事件等

(2)我が国に対するテロの脅威

我が国は、「アル・カーイダ」を始めとするイスラム過激派から米国の同盟国として指摘されており、オサマ・ビンラディンのものとされる声明等において、これまで度々テロの標的として名指しされている。また、米国で拘束中の「アル・カーイダ」幹部のハリド・シェイク・モハメドが、我が国に所在する米国大使館を破壊する計画等に関与したと供述していたことなどが明らかになっている。

さらに、国際手配されていた「アル・カーイダ」関係者が不法に我が国への入出国を繰り返していたことも判明しており、過激思想を介して緩やかにつながるイスラム過激派のネットワークが我が国にも及んでいることを示している。

このような事情や我が国にはイスラム過激派がテロの対象としてきた米国関係施設が多数存在すること、海外においても、現実に邦人や我が国の権益がテロの標的となる事案等が発生していることなどに鑑みると、我が国は、国内外において、大規模・無差別テロの脅威に直面していると言える。

図4―1 我が国に対するテロの脅威

(3)日本赤軍と「よど号」グループ

<1> 日本赤軍

日本赤軍は、最高幹部の重信房子がハーグ事件(注1)等により起訴され公判中(注2)の平成13年4月に日本赤軍の「解散」を宣言したのを受け、同年5月、組織としても「解散」の決定を表明したが、その後も別名称を使用して活動を継続しており、テロ組織としての危険性に変化はない。

警察では、国内外の関係機関との連携を強化し、国際手配中の7人の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組を推進している。

国際手配中の日本赤軍

国際手配中の日本赤軍

注1:昭和49年9月、奥平純三ら3人が、オランダ・ハーグ所在のフランス大使館を占拠し、大使ら11人を人質として監禁した事件

注2:平成18年2月、東京地方裁判所で懲役20年の判決を受け、同年3月、弁護側、検察側双方が東京高等裁判所に控訴していたが、19年12月、これらが棄却されたため、20年1月、弁護側が最高裁判所に上告した。22年7月、同上告が棄却され、同年8月、懲役20年の刑が確定した。

<2> 「よど号」グループ

昭和45年3月31日、田宮高麿ら9人が、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。現在、ハイジャックに関与した被疑者5人及びその妻3人が北朝鮮にとどまっているとみられており(注3)、このうち3人に対し、日本人を拉致した容疑で逮捕状が発せられている。

また、「よど号」犯人の妻らについては、これまでに帰国した5人を旅券法違反(返納命令拒否)等で逮捕し、いずれも有罪が確定している。その子女については、これまでに20人全員が帰国している。

警察では、「よど号」犯人らを国際手配し、外務省を通じて北朝鮮に対して身柄の引渡し要求を行うとともに、「よど号」グループの活動実態の全容解明に努めている。

国際手配中の「よど号」グループ

国際手配中の「よど号」グループ

注3:ハイジャックに関与した被疑者1人及びその妻1人は死亡したとされているが、真偽は確認できていない。

(4)北朝鮮

<1> 北朝鮮による拉致容疑事案

ア 拉致容疑事案の捜査状況

警察では、平成23年6月1日現在、日本人が被害者である拉致容疑事案12件(被害者17人)及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)の合計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断し、北朝鮮工作員等拉致に関与したとして8件に係る11人について、逮捕状の発付を得て国際手配を行っている。

また、警察では、これらの事案以外にも、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案があるとの認識の下、告訴・告発や相談・届出に係る事案についても、関係機関との連携の強化を図りつつ、警察の総力を挙げて徹底した捜査や調査を進めている。

なお、北朝鮮は、20年6月に「拉致問題は解決済み」との従来の立場を変更し、全面的な調査の実施を約束したにもかかわらず、22年10月、宋日昊(ソンイルホ)外務省朝日会談担当大使が、拉致問題について、「我々は、解決のためのあらゆる誠意を尽くした」と主張するなど、いまだ問題の解決に向けた具体的な行動をとっていない。

イ 拉致の目的

北朝鮮の金正日(キムジョンイル)国防委員長は、14年9月に行われた日朝首脳会談において、日本人拉致の目的について、「一つ目は、特殊機関で日本語の学習ができるようにするため、二つ目は、他人の身分を利用して南(韓国)に入るためである」と説明した。また、「よど号」犯人の元妻は、「金日成(キムイルソン)主席から「革命のためには、日本で指導的役割を果たす党を創建せよ。党の創建には、革命の中核となる日本人を発掘、獲得、育成しなければならない」との教示を受けた田宮高磨から、日本人獲得を指示された」と証言している。

これらを含め、諸情報を分析すると、拉致の主要な目的は、北朝鮮工作員が日本人のごとく振る舞うことができるようにするための教育を行わせることや、北朝鮮工作員が日本に潜入して、拉致した者になりすまして活動できるようにすることなどであるとみられる。

表4―2 日本人が被害者である拉致容疑事案(12件17人)

表4―3 日本人以外が被害者である拉致容疑事案(1件2人)

図4―2 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)

<2> 北朝鮮による主なテロ事件

北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙(じ)しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。

中でも、昭和62年に発生した大韓航空機爆破事件は、日本人を装った工作員により敢行された。

図4―3 北朝鮮による主なテロ事件

第1節 国際テロ情勢と諸対策

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