特集:犯罪のグローバル化と警察の取組み 

3 各種犯罪のグローバル化

(1)薬物銃器犯罪のグローバル化

〔1〕 来日外国人による薬物事犯

ア 国籍・地域別の検挙人員
 平成21年中の来日外国人による薬物事犯の検挙人員は577人と、前年より45人(7.2%)減少したが、覚せい剤事犯の検挙人員は増加し、全薬物事犯の73.8%を占めている。国籍・地域別にみると、イラン、フィリピン及びブラジルの比率が高く、3か国で全体の43.8%を占めている。

イ イラン人薬物密売組織等の検挙状況
 21年中のイラン人の覚せい剤事犯検挙人員は85人と、前年より16人(15.8%)減少した。このうち、営利犯(注1)は77.6%を占め、他の国籍・地域の者と比べると著しく高率であり、依然としてイラン人が覚せい剤の密売に深くかかわっている状況がうかがわれる。
 また、最近では、イラン人だけでなく、多国籍化した犯罪組織が密売を敢行する事案もみられる。
 
図-14 来日外国人による覚せい剤事犯の検挙人員に占める営利犯(平成21年)
図-14 来日外国人による覚せい剤事犯の検挙人員に占める営利犯(平成21年)
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注1:営利目的所持、営利目的譲渡及び営利目的譲受け


事例
 19年11月、日系ブラジル人の男(37)を覚せい剤取締法違反(譲渡)で逮捕した際に、同男が薬物密売組織の一員であることを供述したため、内偵捜査を実施した結果、20年6月、フィリピン人の女(40)ら4人を覚せい剤取締法違反(営利目的所持等)で逮捕(同女については、同年10月、麻薬特例法(注2)違反(業として行う譲渡)に訴因変更)した。捜査の結果、同組織は、フィリピン人、イラン人、日系ブラジル人から構成され、茨城県等の関東数県において、覚せい剤、大麻、コカイン等の複数の薬物を密売していた実態を解明するに至った(茨城)。

注2:国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律

コラム4 外国における日本人の薬物犯罪の検挙

 日本において来日外国人が薬物犯罪で検挙されるのと同様に、外国において日本人が薬物犯罪で検挙される事例も存在する。典型的な事例としては、外国の空港の税関検査において、スーツケースの中に大量の覚せい剤等の薬物を隠匿していた事実で検挙されるというものである。この場合、検挙された国の法令に従って裁判を受けることとなるが、薬物犯罪に対して刑罰の最高刑である死刑が規定されている国も存在する。
 日本人の男(67)ら3人は、15年6月から同年7月にかけて、中国国内で入手した覚せい剤約5キログラムを日本に密輸しようとして、中国において麻薬密輸等の罪でそれぞれ死刑判決を受け、22年4月、同人らに対する死刑が相次いで執行された。中国の刑法においては、違法薬物の密輸等に関する罪に死刑の規定を設けるなど、薬物犯罪を厳罰で臨むべき重大な犯罪と位置付けている。

〔2〕 薬物密輸入事件の情勢
 21年中の薬物密輸入事件の検挙件数は260件と、前年より61件(30.7%)増加した。我が国で乱用される薬物の大半は、国際的な薬物犯罪組織の関与の下に密輸入されている。
 21年中の覚せい剤密輸入事件についてみると、検挙件数は164件、検挙人員は219人と、それぞれ前年より大幅に増加し、過去10年間で最高となった。この背景には、従来からの船舶を利用した大量密輸入事件に加え、薬物犯罪組織が募った運び屋が航空機の手荷物内に隠匿したり、身体に巻き付けたりするなどして密輸入を行う携帯密輸事犯が増加していることが挙げられる。
 最近の携帯密輸事犯についてみると、イラン人等の薬物犯罪組織が多様な国籍の外国人を運び屋として雇い、中国、香港、台湾だけでなく、東南アジア、アフリカ等を仕出地として、覚せい剤等の密輸を世界的に敢行している状況がうかがえる。
 
表-2 覚せい剤密輸入事件の検挙状況の推移(平成12~21年)
表-2 覚せい剤密輸入事件の検挙状況の推移(平成12~21年)
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事例
 シンガポール人の女(46)は、21年1月、マレーシア・クアラルンプール国際空港から成田国際空港に到着した際の税関検査において、スーツケースの二重底内に覚せい剤約1キログラムを隠匿して日本国内に持ち込もうとした。同日、覚せい剤取締法違反(密輸入)等で逮捕した。女は、「マレーシアでイラン人から報酬2,000ドルで違法な薬物を運ぶよう頼まれた。日本に着いたら、別の者が薬物を取りに来ることになっていた」と供述した(千葉)。

〔3〕 けん銃等密輸入事件の情勢
 日本で押収されるけん銃の大半が海外で製造され、国内に流入していることから、税関、海上保安庁等の関係機関と連携を図り、水際対策の強化を図るとともに、けん銃等密輸入事件(予備を含む。)の一体的な取締りを推進している。
 けん銃等密輸入事件の検挙状況の推移は、表-3のとおりである。
 
表-3 けん銃等密輸入事件の検挙状況の推移(平成12~21年)
表-3 けん銃等密輸入事件の検挙状況の推移(平成12~21年)
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 最近5年間で押収した真正けん銃2,203丁を製造国別でみると、アメリカ製が620丁(28.1%)と最も多い。次いで、日本製が357丁(16.2%)、ベルギー製が188丁(8.5%)、フィリピン製が130丁(5.9%)となっており、欧米を始めとする世界各国のけん銃が日本に流入している状況がうかがえる。
 なお、日本製の真正けん銃は、旧日本軍が使用していた軍用けん銃が大半である。
 
図-15 押収した真正けん銃の製造国別の内訳(平成17~21年)
図-15 押収した真正けん銃の製造国別の内訳(平成17~21年)
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(2)サイバー犯罪のグローバル化
 インターネットは、日本国内のみにとどまるものではなく、海外にも広がっていることから、海外からの不正アクセス行為等の国境を越えたサイバー犯罪が発生している。平成21年中の海外からの不正アクセス行為の認知件数は40件であり、主な不正アクセス元は、中国、韓国であった。
 また、インターネット上には児童ポルノ画像等の違法情報を掲載するウェブサイトや電子掲示板が多数存在し、これらの中には、海外のウェブサーバに蔵置されているものもある。21年中にインターネット・ホットラインセンター(特集第2節6第1章第1節9参照)が違法情報と分析した件数のうち、5,419件が海外のウェブサーバに蔵置されていた。
 
図-16 不正アクセス行為の認知件数の推移(平成17~21年)
図-16 不正アクセス行為の認知件数の推移(平成17~21年)
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事例1
 中国人の男(28)は、19年2月から21年3月にかけて、プロキシサーバ(代理サーバ)を国内で立ち上げ、海外からのアクセスを制限している日本国内のサーバに対し、中国を始めとする海外等の利用者からの通信を中継させて報酬を得ていた。同年8月、電気通信事業法違反(無届)で検挙した。本事件で使用されたプロキシサーバは、20年9月に発生したインターネット・オークションのサイトに対する不正アクセス行為にも用いられていることから、不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反についても、22年5月現在、捜査中である(愛知)。

事例2
 ぱちんこ店従業員の日本人の男(37)らは、20年9月から21年2月にかけて、米国のウェブサーバに児童ポルノ等の画像を蔵置し、インターネット上で公開し、児童ポルノ等の画像を不特定多数のインターネット利用者に閲覧させた。同年6月、わいせつ図画公然陳列罪及び児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反(公然陳列)で逮捕した(神奈川)。

コラム5 ボットネット

 ボットネットとは、攻撃者の命令に基づき動作するコンピュータ・ウイルス(ボット)に感染したコンピュータ及びこれらのコンピュータに攻撃者の命令を送信する命令サーバからなるネットワークのことをいい、国内外の十数万台のコンピュータから構成されるものも観測されている。ボットネットは、攻撃者の一度の命令で多数のコンピュータが動作するという特徴を持つことから、DDoS攻撃(注1)やフィッシング(注2)目的の迷惑メールの大量送信等に使用することも可能であり、その攻撃等を停止させることは困難である。
 
コラム5 ボットネット

注1:Distributed Denial of Service攻撃の略。特定のコンピュータに対し、複数のコンピュータから大量のアクセスを繰り返し行い、コンピュータのサービス提供を不可能とするサイバー攻撃
 2:金融機関を装って電子メールを送信するなどして、受信者が偽のウェブサイトにアクセスするよう仕向け、そこに個人のID・パスワード等を入力させ、それらを不正に入手する行為


(3)知的財産権侵害事犯のグローバル化
 平成21年中の知的財産権侵害事犯の検挙事件数(注)は364事件、検挙人員は620人と、依然として高水準で推移している
 偽ブランド事犯(商標法違反)では、押収した偽ブランド品の大半が中国及び韓国を中心とするアジア諸国から国際郵便等を利用して密輸入され、主としてインターネットを利用して販売されている。
 海賊版事犯(著作権法違反)では、パソコン等を使用した国内での複製が大半を占めているが、中国等のアジア諸国からも密輸入されており、主としてインターネットを利用して販売されている。また、ファイル共有ソフトを利用した公衆送信権侵害事犯(著作権法違反)も増加傾向にある。

注:同一の被疑者で関連の余罪がある場合でも、一つの事件として計上した統計

 
表-4 知的財産権侵害事犯の検挙状況の推移(平成17~21年)
表-4 知的財産権侵害事犯の検挙状況の推移(平成17~21年)
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表-5 押収した偽ブランド品のうち、仕出国・地域が判明したものの国別押収状況の推移(平成17~21年)
表-5 押収した偽ブランド品のうち、仕出国・地域が判明したものの国別押収状況の推移(平成17~21年)
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 また、経済のグローバル化やインターネットの普及に伴い、偽ブランド品が中国等で製造され、第三国を経由し、日本に流入する事犯が発生するなど、知的財産権侵害事犯のグローバル化が進んでいる状況がみられる。

事例
 貿易業者(55)らは、17年11月ころから18年1月ころにかけて、中国において船舶に積載した偽ブランド品を、韓国等において別の船舶に積み替え、密輸入しようとした。19年5月までに、6人を関税法違反(輸入してはならない貨物の輸入未遂)等で逮捕し、偽ブランド品約10万点を押収した(和歌山、佐賀)。
 
押収した偽ブランド品

(4)マネー・ローンダリング事犯のグローバル化
 マネー・ローンダリング(資金洗浄)とは、一般に、犯罪によって得た収益を、その出所や真の所有者が分からないようにして、捜査機関による収益の発見・犯罪の検挙を逃れようとする行為であり、経済・金融サービスのグローバル化により、日本人が国境を越えて犯罪収益を移転させるマネー・ローンダリングのほか、来日外国人によるマネー・ローンダリングも敢行されている。
 警察では、犯罪による収益の移転防止に関する法律に定める疑わしい取引の届出制度(注)を活用するなどして、マネー・ローンダリング事犯の取締りを推進している。
 平成21年中に検挙したマネー・ローンダリング事犯のうち、来日外国人によるものは13件と、前年より5件(62.5%)増加し、全体の5.5%を占めている。

注:金融機関等、ファイナンスリース事業者、クレジットカード事業者、宅地建物取引業者、宝石・貴金属等取扱事業者、郵便物受取サービス業者及び電話受付代行業者は業務で収受した財産が犯罪収益である疑いがあると判断した場合等に所管行政庁へその旨届け出ることが義務付けられている。


コラム6 グローバル化するマネー・ローンダリング事犯に対する捜査

 日本人の男(56)は、タイで通帳等を窃取し、その口座から払い戻しを受けた約5,000万円を香港の銀行を経由させ、日本の銀行に開設された他人名義の預貯金口座に送金していた。21年4月、同男を窃盗罪で逮捕するとともに、同年5月、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)で再逮捕した(警視庁)。
 また、本件に関連して、他人名義の預貯金口座に滞留する犯罪収益である預貯金債権約5,000万円に対して、組織的犯罪処罰法の規定に基づき起訴前の没収保全命令が発出された。

 このように、本件では一連の犯罪行為が世界的規模で敢行されており、マネー・ローンダリング事犯のグローバル化が認められる。
 近年、捜査対象となる資産や人物が世界的に拡散し、捜査をより困難なものとしていることから、警察では、外国関係機関等との連携を強化し、被疑者の検挙とともに、犯罪収益の没収にも努めるなど、グローバル化するマネー・ローンダリング事犯に的確に対応するための取組みを推進している。
 
コラム6 グローバル化するマネー・ローンダリング事犯に対する捜査

コラム7  無水酢酸不正輸出未遂事件の検挙

 犯罪のグローバル化と同様、国際テロについても、インターネット等により国境を越えて広がる過激思想、国際テロ組織のネットワーク化等を背景として、その脅威が世界各地に拡散しており、21年中も、アフガニスタン、パキスタン、インドネシアを始めとして、世界各地でテロが発生した(第4章第1節1参照)。
 テロの実行やテロ組織の維持には資金が必要不可欠であることから、テロの未然防止及びテロ組織の根絶のため、各国は連携してテロ資金を封じるための対策に取り組んでいる。
 特に、アフガニスタンにおいては、反政府武装勢力タリバンがあへんの栽培や取引等から利益を受けていると指摘されており、そのあへんを原料としてヘロインを精製する際に用いられる無水酢酸については、2000年(12年)12月19日、国際連合安全保障理事会において、タリバンの支配下にあるアフガニスタンの領域におけるすべての者等に対する無水酢酸の販売、供給又は移転の防止の決定等が決議されている(国際連合安全保障理事会決議第1333号)。アフガニスタンに対する無水酢酸の輸出は、同国内でのヘロインの生産を助長することとなるため、これを阻止することがテロ資金を封じるための対策を推進する上で国際的な課題となっている。
 こうした状況の下、2008年(20年)及び2009年(21年)中には、スロベニア(約112トン)、ハンガリー(約20トン)、韓国(約12トン)、パキスタン(約5トン)等を始め、各国で無水酢酸の不正輸出未遂事件等が摘発され、大量の無水酢酸が押収されている(注)
 我が国においても、21年中、アフガニスタンやアラブ首長国連邦に無水酢酸を輸出しようとした4つの事件が発生し、神奈川県警察及び愛知県警察では、税関との緊密な連携により、同年2月から同年10月にかけて、パキスタン人の男(40)ら5人をそれぞれ関税法違反(無許可輸出未遂)で逮捕し、合計約8.5トンを押収した。この結果、大量の無水酢酸の不正輸出が未然に阻止された。

注:国際麻薬統制委員会(International Narcotics Control Board)の報告書による。
 
無水酢酸が入っていたポリタンク
無水酢酸が入っていたポリタンク
 
ポリタンクが隠匿されていた車両
ポリタンクが隠匿されていた車両

 第1節 犯罪のグローバル化の脅威

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