特集 日常生活を脅かす犯罪への取組み 

第2節 日常生活を脅かす犯罪への取組み

1 国民の財産を脅かす犯罪への取組み

(1)振り込め詐欺(恐喝)を撲滅するための取組み
 犯行グループは、振り込め詐欺(恐喝)をいわばビジネスとしてとらえており、費用(コスト)及び危険性(リスク)と利益(リターン)との関係を強く意識しながら犯行を反復継続して行っている。したがって、振り込め詐欺(恐喝)を撲滅するためには、犯行ツールの調達コスト及び警察に検挙されるリスクを上げるとともに、被害金が犯行グループの手に渡ることを防ぐための諸対策によってリターンを下げ、犯行グループが振り込め詐欺(恐喝)を断念する環境をつくっていく必要がある。
 
図-20 振り込め詐欺(恐喝)を撲滅するための取組み
図-20 振り込め詐欺(恐喝)を撲滅するための取組み

〔1〕 従来からの取組み
ア 首都圏派遣捜査専従班の設置
 振り込め詐欺(恐喝)の被害者は全国に広がっているが、被害金は首都圏において引き出されることが多いことから、警察では、捜査を効率的に進めるため、首都圏を拠点として、各道府県警察の捜査員により構成された首都圏派遣捜査専従班を設置している。首都圏派遣捜査専従班は、各道府県警察からの捜査共助の依頼を受け、首都圏内において、犯行に利用された携帯電話や預貯金口座等の捜査に従事しており、これにより被害が広域にわたる振り込め詐欺(恐喝)の捜査を効率的に行うことが可能となっている。

イ 振り込め詐欺(恐喝)に係るデータベースの構築
 被害が全国に広がっている振り込め詐欺(恐喝)に対応するため、警察では、振り込め詐欺(恐喝)の犯人の氏名、犯行の手口等の捜査情報を一元的に集約したデータベースを構築し、振り込め詐欺(恐喝)の実態解明や関連情報の収集の効率化を図っている。
 
ウ 口座凍結依頼の実施
 振り込め詐欺(恐喝)に利用された預貯金口座の凍結(取引停止の措置)は、犯人による被害金の引き出しを阻止し、新たな被害の発生を防止するという重要な意義を有していることから、警察では、振り込め詐欺(恐喝)に係る相談、届出等を受けた場合は、事件性の有無を判断した上で、迅速に金融機関に対して預貯金口座の凍結依頼を実施している。

エ 関係事業者等への働き掛け
 金融機関に対し、振り込め詐欺(恐喝)の被害に遭っている可能性がある者への積極的な声掛けを依頼するなど、振り込め詐欺(恐喝)の犯行に利用される各種サービスを担う関係事業者等に対する働き掛けを実施している。

コラム5 振り込め詐欺対策に関係する法律の制定及び改正

(1)金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律の改正
 平成16年12月、金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律(金融機関等本人確認法)が改正され、預貯金通帳等の売買やその勧誘・誘引行為等が処罰されることとなった。
 なお、同法は、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯罪収益移転防止法」という。)の全面施行に伴い廃止され、その規定は、犯罪収益移転防止法に引き継がれている。
(2)携帯電話不正利用防止法の制定
 17年4月、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(以下「携帯電話不正利用防止法」という。)が成立し、携帯電話等の不正売買(注1)やその勧誘・誘引行為等が処罰されることとなった。また、犯罪に利用された携帯電話等について、警察署長から事業者に対し、契約者の確認を求めることができ、契約者が事業者による本人確認に応じない場合、事業者は役務の提供を拒むことができることとされた。
(3)犯罪収益移転防止法の制定
 19年3月、犯罪収益移転防止法が成立し、20年3月の全面施行により、郵便物受取サービス業者(いわゆる私設私書箱事業者)等に対し、顧客等の本人確認、本人確認記録の作成・保存、疑わしい取引の届出等の義務が課された。
(4)携帯電話不正利用防止法の改正
 改正前の携帯電話不正利用防止法において、いわゆるSIM(注2)カード(契約者特定記録媒体(注3))単体での取引は規制対象とされていなかったため、SIMカード単体の売買が横行し、犯罪に利用されるという実態があった。また、携帯電話等の貸与業者に対して、顧客の本人確認記録の作成・保存義務が課されていなかったことから、本人確認義務の履行を担保できないという問題があった。
 これらの問題への対応のため、20年6月、携帯電話不正利用防止法が改正され、SIMカード単体の不正売買も処罰されることとなるとともに、携帯電話等の貸与業者に対してより厳格な本人確認の実施及び本人確認記録の作成・保存義務が課された。

注1:事業者からあらかじめ承諾を得ることなく業として有償で行う携帯電話等の譲渡、自己が契約者となっていない携帯電話等の譲渡等
 2:Subscriber Identity Module
 3:契約者を特定するための情報を記録した電磁的記録媒体であって、携帯電話端末等に取り付けることによって通話が可能になるもの
 
改正携帯電話不正利用防止法リーフレット(作成:総務省・警察庁)
コラム5 写真 改正携帯電話不正利用防止法リーフレット(作成:総務省・警察庁)

〔2〕 振り込め詐欺対策室設置以降の取組み
ア 振り込め詐欺対策室の設置
 20年上半期においては、過去最悪のペースで振り込め詐欺(恐喝)の被害が発生し、極めて深刻な状況にあったことから、警察庁では、20年6月、警察庁次長を長とする「振り込め詐欺対策室」を設置して、組織を挙げた振り込め詐欺対策を推進することとした。また、都道府県警察では、刑事部門、生活安全部門等の関係部門を統括する職員に、振り込め詐欺対策における「司令塔」の役割を担わせ、関係部門間の連携を強化するとともに、関係機関・団体等の協力を得ながら、総合的な取締活動及び予防活動を推進することとした。

イ 振り込め詐欺撲滅アクションプランの策定・公表
 振り込め詐欺(恐喝)を撲滅するためには、取締活動の強化はもとより、官民を問わず社会を挙げて諸対策に取り組んでいく必要があり、何よりも国民の理解と協力が不可欠であることから、20年7月、警察庁及び法務省は、振り込め詐欺対策における基本的な考え方及び方針を取りまとめ、「振り込め詐欺撲滅アクションプラン」として公表した。
 
図-21 振り込め詐欺撲滅アクションプランの概要
図-21 振り込め詐欺撲滅アクションプランの概要

ウ 振り込め詐欺撲滅のための取締活動及び予防活動の強化推進期間の実施
 振り込め詐欺(恐喝)の被害を大幅に減少させるために、警察では、20年10月を「振り込め詐欺撲滅のための取締活動及び予防活動の強化推進期間」とし、総力を挙げて撲滅のための取締活動を推進するとともに、関係機関・団体等と連携しながら広報啓発活動を始めとする予防活動を実施するなど、振り込め詐欺(恐喝)の撲滅に向けた社会環境づくりに努めた。
 その結果、同月は、20年中のピーク時であった3月から6月までの1か月平均と比べると、認知件数は36.5%、被害総額は46.6%減少した。
 これらの取組みによって、20年の被害総額は、過去最悪であった16年を上回ることは免れた。
 また、21年2月に再び強化推進期間を設定し、警察の総力を挙げた取締活動及び官民一体となった予防活動を強力に推進した結果、同月は、20年10月と比べると、認知件数は50.0%、被害総額は47.8%減少し、共に20年中のピーク時の3分の1以下となり、16年7月以降で最少となった。

〔3〕 警察の総力を挙げた取締活動の推進
ア 犯行グループの検挙の徹底
 都道府県警察では、振り込め詐欺対策に専従する組織の設置や要員の確保、部門横断的な集中取締体制の構築等により、体制の強化を図っている。
 また、警察庁では、集約した情報を都道府県警察に還元し、戦略的な取締活動を推進するとともに、都道府県警察間の合同・共同捜査を積極的に推進しており、警察の総力を挙げて犯行グループの検挙を徹底している。
 その結果、20年中、中核メンバー(注)132人を含む699人の振り込め詐欺(恐喝)の被疑者を検挙した。

注:首謀者、現場責任者等、複数のメンバーを統括する幹部

 
図-22 警察庁の指導・調整及びデータベースの活用による合同・共同捜査の推進
図-22 警察庁の指導・調整及びデータベースの活用による合同・共同捜査の推進

イ 詐取金引出役の集中取締り及び画像公開
 詐取金引出役の取締りは、犯行グループの中核メンバーへの捜査の契機となるのみならず、被害金が犯行グループの手に渡ることを阻止し、ひいては犯行グループに犯行を継続する動機を失わせる契機としても重要である。そこで、被害金が引き出される可能性の高いATMの設置場所において、その時間帯に、私服警察官による張り込みや制服警察官による警戒活動を行い、サングラスや帽子等を着用して殊更顔を隠している者等に対する職務質問を強化している。
 また、必要に応じて、ATMの防犯カメラ等に写された詐取金引出役の画像を一般に公開することにより、早期の犯人の検挙と被害の拡大防止を図っている。

事例1
 20年7月、自動車警ら隊員は、ATM周辺において不審な動きをしていた無職の男(44)に対し職務質問を行い、同男が他人名義のキャッシュカードを所持していたことから、犯罪収益移転防止法違反(預貯金通帳等譲受け)で逮捕した。その後の捜査の結果、同男が振り込め詐欺グループの詐取金引出役であることが判明し、同月、捜査担当部門において電子計算機使用詐欺罪で再逮捕した(警視庁)。

ウ 振り込め詐欺(恐喝)を助長する犯罪の検挙の推進
 振り込め詐欺(恐喝)においては、架空・他人名義の携帯電話や預貯金口座等の犯行ツールが利用されていることから、これらの流通を遮断し、犯行グループの手に渡らないようにするため、振り込め詐欺(恐喝)を助長する行為について、刑法、携帯電話不正利用防止法、犯罪収益移転防止法等の関係法令を駆使して取締りに当たっている。
 他人に売却する意図を秘し、又は架空・他人名義の本人確認書類を用いて携帯電話や預貯金口座等の不正契約・開設をする者を詐欺罪等で検挙しているほか、犯行グループに犯行ツールを反復継続的に供給している道具屋の摘発にも取り組んでいる。道具屋の取締りの一つの手法として、インターネット等を利用して携帯電話や預貯金口座等の不正売買を誘引する者に対し、捜査員が顧客を装い接触して検挙する、いわゆるおびき出し捜査を推進している。

事例2
 振り込め詐欺グループのメンバーを取り調べたところ、犯行に利用した携帯電話を携帯電話貸与業者から借り受ける際に、本人確認がなされていなかったことが判明した。このため、当該業者について捜査を行った結果、当該業者が本人確認をせずに業として有償で携帯電話端末を貸与していた事実が判明し、20年9月、経営者の男(26)ら3人を携帯電話不正利用防止法違反(匿名貸与営業)で逮捕した(警視庁)。

エ 犯行に利用される電話及び預貯金口座の無力化
 未遂事件に係る情報等を積極的に収集・活用し、被害者をだますために利用された電話については、警察官が電話をかけて警告を実施するとともに、事業者に対する契約者確認の求めを実施することにより、また、振込先に指定された預貯金口座については、金融機関に対する口座凍結依頼を実施することにより、これら犯行ツールの無力化を図っている。
 21年2月から同年3月にかけて、振り込め詐欺(恐喝)に利用された電話5,262回線に対して、電話による警告を合計4万8,758回実施した。また、20年中、振り込め詐欺(恐喝)に利用された預貯金口座の凍結依頼を3万1,079件実施した。

オ 犯行拠点対策の徹底
 地域警察部門による巡回連絡等、あらゆる警察活動を利用して犯行拠点を割り出すとともに、国民から提供を受けた情報を振り込め詐欺(恐喝)の捜査担当部門へ一元的に集約することにより、犯行グループを検挙するための捜査活動に活用している。

事例3
 アパートの住人から「テレビで見た振り込め詐欺の文言が聞こえてきた。入れ墨をした若い男が複数出入りしている」との情報提供を受けて内偵捜査を行った結果、同アパートの一室が還付金等詐欺を行っている犯行グループの犯行拠点であることが判明し、20年9月、無職の男(20)ら2人を電子計算機使用詐欺罪で逮捕した(警視庁)。

カ 捜査を効率化するための環境づくり
 振り込め詐欺(恐喝)は、殺人や窃盗等の犯罪と大きく異なり、犯人が社会のどこかに身を潜めたまま姿を見せずに敢行する犯罪であり、初動捜査の段階では、目撃証言や指紋、微物等、犯人と犯行を結び付ける証拠が得られない。このような困難を伴う捜査において、被害者をだますために利用された電話や振込先に指定された預貯金口座等が、数少ない手掛かりとなる。預貯金口座の捜査によって判明する被害金の引き出し場所に設置された防犯カメラの画像等は、犯人を特定するために極めて重要であるが、必要な捜査を行っている間にこれらの記録の保存期間が経過し、捜査上必要な資料が得られなくなる例も多い。
 警察では、こうした問題に対処して犯人の検挙を徹底するため、事業者、金融機関等の理解と協力を得て、警察からの照会に対する受付窓口の拡大や迅速な回答の実現等により、捜査上必要な資料の早期入手を図るなど、犯罪の追跡可能性を確保し、捜査を効率化するための環境づくりを進めている。
 
〔4〕 官民一体となった予防活動の推進
ア 警察による直接の予防活動
 警察では、振り込め詐欺(恐喝)の被害を予防するため、地域警察官によるATMの設置場所への立ち寄りによる警戒、ATMの利用者への声掛け等を積極的に行っている。
 また、振り込め詐欺(恐喝)の被害発生状況について把握・分析を行い、犯行に利用されることの多いATMの設置場所や被害発生時間帯等を地図情報化するなどして、当該分析情報を警察官の立ち寄り警戒等に活用している。
 さらに、警察署と管内金融機関等との間にホットラインを構築し、金融機関等において、振り込め詐欺(恐喝)の被害に遭っていると認められる者を発見した場合には、振り込みを思いとどまらせるため、当該金融機関等と協力して説得を行っている。
 
ATMの警戒を行う警察官
写真 ATMの警戒を行う警察官
 
広報啓発活動を行う警察官
写真 広報啓発活動を行う警察官

事例1
 県内で発生した振り込め詐欺(恐喝)の被害金が振り込まれたATM等の場所を、各警察署に配備されている地図分析システムの画面に表示させ、当該情報を警察官の立ち寄り警戒等に活用することによって、振り込め詐欺対策の効果的な推進を図っている(兵庫)。
 
地図分析システム
事例1 写真 地図分析システム

イ 効果的な広報啓発活動
 振り込め詐欺(恐喝)の被害を予防するためには、国民の理解と協力を確保することが重要である。このため、防犯関係の集いや各種イベントを活用し、広く国民一般に向けた広報啓発活動を行っている。
 また、振り込め詐欺(恐喝)の被害者の多くは、犯行グループからの電話を受けてから、第三者に相談することなく、短時間のうちに振り込み等を行っていることから、振り込め詐欺(恐喝)と疑われる電話を受けた場合は、家族等に相談することはもとより、積極的に警察へ通報・相談するように呼び掛けている。
 警察では、110番通報のほか、警察相談専用電話(全国統一電話番号「♯(シャープ)9110」)及び振り込め詐欺相談専用電話等、様々な窓口を設け、幅広く相談を受け付けているところである。
 
広報啓発用ポスター
写真 広報啓発用ポスター
 特に、オレオレ詐欺(恐喝)及び還付金等詐欺の被害者の多くが高齢者であることから、警察では、巡回連絡、交通安全教育等、警察職員が高齢者と直接向き合う機会を活用し、最近の手口、被害に遭わないための注意点等を個別具体的に解説し、一人一人の心に響くような広報啓発に努めている。
 また、ATMの利用限度額の引下げ等、事前に被害を防止し得る方策について、高齢者の理解と協力が得られるように説明し、具体的な行動を促すことにより、振り込め詐欺対策の実効性の確保に努めている。
 
防犯指導を行う警察官
写真 防犯指導を行う警察官

事例2
 茨城県警察音楽隊による演奏会において、隊員が実際の被害に基づく寸劇を実施し、分かりやすく被害防止に向けた注意喚起を行った(茨城)。
 
警察官による寸劇
事例2 写真 警察官による寸劇

事例3
 多数の高齢者が集まる公演会場において、振り込め詐欺(恐喝)の手口を分かりやすく解説したチラシを来場者に配布し、被害防止を呼び掛ける広報啓発活動を実施した(佐賀)。
 
チラシを配布する警察官
事例3 写真 チラシを配布する警察官

事例4
 振り込め詐欺(恐喝)の概要を分かりやすく説明するアニメを制作し、振り込め詐欺(恐喝)の被害を防止するための効果的な広報を実施した(三重)。
 なお、同アニメは、ウェブサイトにも掲載されている
http://www.police.pref.mie.jp/camp_m/top.html)。
 
アニメ
事例4 写真 アニメ

ウ 関係事業者等との連携による予防活動
 振り込め詐欺(恐喝)では、被害金の多くがATMや金融機関窓口を利用して送金されていることから、金融機関、コンビニエンスストア等の従業員による利用者への声掛けや警察への通報は、被害防止のために極めて重要である。このため、警察は、金融機関、コンビニエンスストア等に対し、振り込め詐欺(恐喝)が疑われる場合の従業員による声掛けや警察への通報を積極的に行うよう求めている。
 また、警察では、関係機関・団体等との情報交換や意見交換を継続的に行い、振り込め詐欺対策を推進するための連携の強化を図っている。
 さらに、振り込め詐欺(恐喝)の被害を未然に防止し、万一被害に遭った場合でも被害を最小限にとどめるため、金融機関に対して、振り込め詐欺(恐喝)に悪用されている預貯金口座を監視するシステムの導入・改善、ATMの利用限度額の引下げの促進、ATMの設置場所において携帯電話の利用を不可能とする機器の導入等を促している。
 最近、被害者に対し、エクスパック等を利用して、現金を私設私書箱等へ送付させる手口が増加していることから、警察では、郵便事業者に対して、犯罪に利用された私設私書箱等に関する情報を提供し、当該私設私書箱あての郵便物等の差出人への注意喚起を働き掛けるなど、郵便事業者等と連携して、振り込め詐欺(恐喝)の被害の未然防止を図っている。
 また、官民一体となった取組みが不可欠であることから、警察では、振り込め詐欺対策に多大な貢献があった関係事業者等に対し、感謝状の贈呈を行っている。
 
感謝状の贈呈式
写真 感謝状の贈呈式

コラム6 金融機関の振り込め詐欺対策

(1)「異常取引・不正口座検知システム」の導入
 金融機関において、コンピュータによって全口座の入出金状況をリアルタイムで監視し、通常の取引ではあり得ない取引を検知する「異常取引・不正口座検知システム」を導入し、システムが検知した預貯金口座について、調査の上、必要に応じて凍結する取組みが進められている。警察では、被害を未然に防止し、万一被害に遭った場合でも被害を最小限にとどめるために有効なシステムとして、金融機関にその導入を促している。
 
コラム6 図 金融機関の振り込め詐欺対策

(2)ATMの利用限度額の引下げの促進
 金融機関では、顧客の要望に応じて、ATMを利用したキャッシュカード等による振り込み機能の利用を停止すること又は口座間送金等の利用限度額を引き下げることができる。振り込め詐欺(恐喝)の被害を未然に防止し、万一被害に遭った場合でも被害を最小限にとどめるため、警察では、金融機関と連携しながら、高齢の口座開設者を中心に、これらの仕組みを利用するよう促している。

(3)ATM周辺における携帯電話の利用を制限するための対策
 還付金等詐欺を未然に防止するため、多くの金融機関では、顧客に対して、ATM周辺における携帯電話の利用を自粛するよう求めるとともに、携帯電話を利用しながらATMを操作している顧客に対して声掛けを行い、効果的な被害防止に努めている。また、一部の金融機関では、ATM周辺に、携帯電話の電波を遮断して携帯電話を利用することができなくなる装置や、携帯電話を利用した際に生じる電波を感知して顧客に対し警告を発する装置を設置する取組みを進めている。

〔5〕 犯行ツールの一掃
 振り込め詐欺(恐喝)は、犯行グループが架空・他人名義の携帯電話や預貯金口座等を利用して、組織的に繰り返している犯罪であることから、一般利用者や関係事業者の理解と協力を得て、これらの犯行ツールを一掃するための対策が重要である。

ア 本人確認の強化
 携帯電話については、事業者が、利用料金の支払方法を原則としてクレジットカード払い又は口座引落しに限定し、店頭でクレジットカード又はキャッシュカードを確認することによって、本人確認の実効性を高めている。
 また、預貯金口座については、金融機関が、口座開設時の本人確認書類に記載された住居にキャッシュカード等を簡易書留で送付するなどによって、本人確認の実効性を高めている。

イ 個人による多数の携帯電話契約及び預貯金口座開設の防止
 携帯電話については、原則として、個人による契約回線数を各事業者で5回線までに制限することとし、預貯金口座については、原則として、個人による開設数を各金融機関で2ないし3口座までに制限している。

ウ 本人確認できない携帯電話の契約者及び凍結口座の名義人に関する情報の共有
 携帯電話については、警察から本人確認の求めがあり、契約者が本人確認に応じないため利用停止となった回線に関する契約者の情報を事業者間で共有し、契約時における審査の強化に活用している。
 また、預貯金口座については、振り込め詐欺(恐喝)に利用されて凍結された預貯金口座の名義人のリストを警察庁が作成し、全国銀行協会等へ提供することにより、関係金融機関において情報が共有されている。リストに登録された者が新たな口座開設のため金融機関窓口を訪れた際に、金融機関が口座開設を断るとともに、警察へ通報することによって、不正口座の開設の防止と検挙の推進が図られている。
 この制度の運用が開始された21年1月から同年5月にかけて、警察庁は、2,714人分のリストを全国銀行協会等に提供した。

エ 運転免許証に偽変造の疑いがある場合の警察への情報提供
 携帯電話の契約時に、契約申込者が本人確認書類として事業者に対して提示した運転免許証が偽変造されたものと疑われる場合に、事業者は、警察へ情報提供を行い、警察は、当該情報を捜査に活用して犯人を早期に検挙するとともに、不正に契約された携帯電話の流通を防止している。
 この制度の運用が開始された20年12月から21年3月にかけての事業者から警察への情報提供を端緒とする検挙人員は、39人である。

コラム7 被害回復への取組み

 19年12月、金融機関の凍結口座に滞留している振り込め詐欺等の被害金を、裁判を経ずに被害者に対して迅速に返還するため、犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律が可決・成立し、20年6月に施行された。
 警察では、振り込め詐欺(恐喝)に利用された預貯金口座の金融機関に対する凍結依頼、被害届等の受理の有無に関する金融機関からの照会への対応、被害者に対する制度の教示を行うなどして、被害者の財産的被害の迅速な回復を図っている。

コラム8 「だまされた振り作戦」

 警察では、国民に協力を求め、振り込め詐欺(恐喝)の電話等を受け、被害に遭う前に振り込め詐欺(恐喝)であると見破った場合に、だまされた振りをしつつ、犯人が利用する携帯電話や預貯金口座等に関する情報を入手し、又は犯人に現金等を手渡しする約束をした上で警察へ通報してもらう「だまされた振り作戦」を実施している。警察は、だまされた振りをした国民からの通報に基づき、犯行に利用された携帯電話等に対する警告、携帯電話不正利用防止法に基づく契約者確認の求め、預貯金口座に対する凍結依頼等の実施により犯行ツールの無力化を図っているほか、被害者宅等の約束した場所へ現金等を受け取りに来た犯人を検挙している。
 「だまされた振り作戦」は、国民の積極的かつ自発的な協力により、警察と国民が一体となって振り込め詐欺(恐喝)を社会から排除していく効果的な取組みである。

コラム9 韓国及び台湾における振り込め詐欺(恐喝)の類似犯罪への対策

 韓国及び台湾では、
 ・ 国税庁等の職員を名乗り、税金等の還付をするための認証手続であるなどと偽って、被害者にATMを操作させる
 ・ 子どもを誘拐したと偽って、親に身代金を要求する
 ・ 裁判所の職員や検察官等を名乗り、口座が犯罪者にねらわれているので安全な口座に預金を一時避難するなどと偽る
といった手口によって被害者をだまし、犯人の管理する口座に送金させるという、振り込め詐欺(恐喝)に類似した犯罪により多額の被害が発生しており、次のような諸対策を講じている(注)
(1)口座対策
 ・ 金融機関は、ATMから引き出せる限度額を1日当たり600万ウォン(約48万円)に引き下げた(韓国)。
 ・ 金融機関は、ATMを利用したキャッシュカードによる振り込みの限度額を1日当たり3万元(約8.7万円)に引き下げた(台湾)。
 ・ 金融機関は、口座開設の際に顧客が申請しない限り、振り込み機能のないキャッシュカードを交付することとした(台湾)。
 ・ 金融機関は、電話又はインターネットによる振り込みについては、申請日の翌日以降に送金することとした(台湾)。
 ・ 金融機関は、口座開設時の口座名義人の写真を保存することとした(台湾)。
(2)官民の連携
 ・ 金融機関は、捜査機関からの口座名義人に関する照会に対し、1週間以内に回答することとした(台湾)。
 ・ 通信事業者は、捜査機関からの電話契約者に関する照会に対し、3日以内に回答することとした(台湾)。

注:韓国及び台湾における対策について網羅的に説明するものではない。


(2)悪質商法への取組み
 警察では、悪質商法による被害を防止するため、関係機関・団体等と連携しながら各種対策に取り組んでいる。

〔1〕 生活経済事犯対策推進要綱に基づく取締り等の推進
 警察では、平成20年7月に制定した「生活経済事犯対策推進要綱」に基づき、国民の安全・安心を脅かす悪質な事犯に重点を置いた取締り、関係機関との連携強化等による事犯の早期把握、犯罪収益のはく奪と被害回復の支援の強化等の諸対策を推進している。

〔2〕 関係機関との連携強化
 警察庁では、「悪徳商法関係省庁連絡会議」(内閣府主催)、「集団投資スキーム(ファンド)連絡協議会」(金融庁主催)等を通じて、悪質商法に関する情報の共有を図り、関係機関と連携した取組みを推進している。

事例
 千葉県警察では、千葉県県民生活課、千葉県消費者センター等の関係機関との間で悪質商法に関する情報の共有体制を整備しており、20年8月、同センターからの情報提供に基づき、高齢者宅を訪問して配水管の点検を口実に不要なリフォーム工事を高額で行う悪質商法を繰り返し行っていたリフォーム工事会社代表取締役(39)ら5人を詐欺罪及び特定商取引法違反(不実の告知)で逮捕した(千葉)。

〔3〕 被害防止に向けた広報啓発活動の推進
 警察では、政府が毎年5月に実施している「消費者月間」等を通じて、関係機関・団体等と連携し、被害防止に向けた広報啓発活動を推進している。

事例
 悪質商法の手口等を分かりやすく説明するCD-ROMを制作し、高齢者、主婦等を対象に、悪質商法による被害を防止するための効果的な広報啓発活動を実施している(京都)。

被害に遭わないための7つの心得
〔1〕扉を開けず、名前と用件を確認する
〔2〕「タダ」「無料」という言葉に気を付ける
〔3〕契約する前に、家族や周りの人に相談する
〔4〕いらない時は、きっぱり断る
〔5〕「うまいもうけ話」に注意する
〔6〕個人情報は教えない
〔7〕新聞、テレビやラジオで、常に最新の社会の情報を取り入れる
 
事例 写真 被害に遭わないための7つの心得
 
広報啓発用リーフレット(企画・編集:(社)全国消費生活相談員協会)
写真 広報啓発用リーフレット(企画・編集:(社)全国消費生活相談員協会)
写真 広報啓発用リーフレット(企画・編集:(社)全国消費生活相談員協会)

コラム10 悪質商法の被害防止に向けた情報提供

 警察庁では、悪質商法の被害に遭わないための留意事項や検挙事例等をウェブサイトに掲載している(http://www.npa.go.jp/safetylife/seikan44/akutoku_boushi.pdf)。
 
警察庁ウェブサイト
コラム10 写真 警察庁ウェブサイト

 また、警察庁では、悪質商法による被害を防止するため、高齢者等を見守る立場にある民生委員等にメールマガジン「見守り新鮮情報」を配信している独立行政法人国民生活センターに対して、被害の拡大が予想される悪質商法等に関する情報を提供している。
 なお、「見守り新鮮情報」は、メールによる配信のほかウェブサイトにも掲載されている(http://www.kokusen.go.jp/mimamori/mj_mglist.html)。
 
見守り新鮮情報(配信:(独)国民生活センター)
コラム10 写真 見守り新鮮情報(配信:(独)国民生活センター)

コラム11 消費者庁の設置

 21年5月、第171回国会において、消費者庁関連三法(注)が可決・成立し、22年5月までに内閣府の外局として設置される消費者庁が、消費者の利益の擁護及び増進、商品及び役務の消費者による自主的かつ合理的な選択の確保並びに消費生活に密接に関連する物資の品質に関する表示に関する事務を一体的に行うこととされた。
政府は、消費者・生活者の視点に立つ行政へ転換し、消費者に安全・安心を提供すると同時に、ルールの透明性や行政行為の予見可能性を高め、産業界も安心して、新商品や新サービスを提供できる消費者行政を目指している。
 警察では、消費者庁と連携しながら、悪質商法を始めとする消費者の安全・安心な生活を脅かす事犯への取組みを推進することとしている。

注:「消費者庁及び消費者委員会設置法」、「消費者庁及び消費者委員会設置法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」及び「消費者安全法」


(3)ヤミ金融事犯への取組み
 〔1〕 多重債務問題改善プログラムに基づく施策の推進
 平成19年4月、内閣に設置された多重債務者対策本部は、有識者会議の意見「多重債務問題の解決に向けた方策について」を踏まえ、「多重債務問題改善プログラム」を決定した。
 同プログラムでは、直ちに取り組むべき具体的な施策が取りまとめられ、関係機関・団体が一体となって実行するとともに、各施策の進ちょく状況のフォローアップを各年度において行うこととされた。
 警察では、同プログラムに基づく施策を着実に推進している。
 
図-23 多重債務問題改善プログラムの推進
図-23 多重債務問題改善プログラムの推進

〔2〕 取締りの強化等
 深刻化するヤミ金融事犯に対応するため、15年に、各都道府県警察に集中取締本部を設置して取締りを強化した。警察では、引き続き、集中取締本部の体制を維持して効果的な取締りを行っているほか、警視庁に各道府県警察の若手捜査員を派遣し、首都圏におけるヤミ金融事犯等の捜査を通じて、捜査能力の向上を図ることを目的とする「生活経済事犯捜査長期実務研修」を実施している。
 
生活経済事犯捜査長期実務研修制度発足式
写真 生活経済事犯捜査長期実務研修制度発足式

〔3〕 被害防止対策の推進
 警察では、分かりやすいマニュアルを現場の警察官に配布するなど、ヤミ金融事犯への適切な対応について周知徹底を図り、相談を受けるに当たっては、相談者の心情に配意し、その訴えを誠実に聴取するとともに、悪質な取立てが行われている場合には、被害者の保護のため、業者に対して電話による警告を積極的に行っている。
 また、携帯電話不正利用防止法に基づく契約者確認の求めや口座凍結依頼は、被害防止の観点から有益であることから、その積極的な運用を行っている。
 さらに、多重債務問題対策を効果的に推進するためには、関係機関・団体との連携が必要不可欠であることから、各都道府県に設立されている多重債務者対策協議会等に参画して意見や情報の交換を行うとともに、合同キャンペーン等の広報啓発活動を推進し、ヤミ金融による被害の防止に努めている。
 
広報啓発用リーフレット(企画・編集:(社)全国消費生活相談員協会)
写真 広報啓発用リーフレット(企画・編集:(社)全国消費生活相談員協会)

(4)インターネットを利用した詐欺への取組み
〔1〕 取締りの強化
 インターネットを利用した詐欺は、被害が広域にわたる傾向があり、複数の者によって、ID・パスワードの不正入手、犯行に利用する預貯金口座の調達、詐欺の実行行為等の役割を分担し組織的に行われる場合も少なくない。警察では、広域的・組織的な犯行に対し、効果的かつ効率的な捜査が実施されるよう、必要に応じて合同・共同捜査を推進するなど、取締りを強化している。

〔2〕 事業者等による被害防止対策の促進
 警察では、
 ・ インターネット・オークションの運営事業者に対しては、出品者の本人確認の強化や落札商品と代金の同時決済による取引の安全確保
 ・ インターネットバンキングのサービスを提供している銀行に対しては、ワンタイムパスワード(注)等による個人認証の強化
等に取り組むよう働き掛け、被害の防止を図っている。

注:インターネットバンキング等における認証用のパスワードであって、文字列が認証のたびに変わるもの。これを導入することにより、パスワードを盗まれても、当該パスワードは次回の認証時に無効となっており、不正利用を防止できる。

 
広報啓発用パンフレット
写真 広報啓発用パンフレット

〔3〕 広報啓発活動の推進
 警察では、ウェブサイトやパンフレット、サイバーセキュリティに関する講習等を通じて犯行手口や被害防止対策を紹介するなど、被害防止に向けた広報啓発活動を推進している。

コラム12 ID・パスワードの不正利用を防止するために

 インターネットを利用した詐欺の犯人は、自らの犯行であることを分からないようにするため、不正に入手した他人のID・パスワードを利用して不正アクセス行為を行い、他人になりすまして犯行に及んでいるケースが多い。ID・パスワードの不正利用を防止するためには、
○ パスワードの適切な設定・管理方法として、
 ・ 生年月日やIDと全く同じパスワード、IDの一部を使ったパスワード等、推測が容易なものを避ける
 ・ 複数のウェブサイトで同じパスワードを使用しない
 ・ 定期的に変更する
○ フィッシング対策として、
 ・ 発信元に心当たりのない電子メールに注意し、安易に応答しない
 ・ ID・パスワードの入力を要求するウェブサイトについては、金融機関等を装った偽のウェブサイトではないかURL等を確認する
○ スパイウェア等の不正プログラム対策として、
 ・ 信頼できないファイルについては、不用意に開かず、ダウンロードしない
 ・ インターネットカフェ等の不特定多数が利用するコンピュータでは重要な情報を入力しない
 ・ ウイルス対策ソフトを利用する
といった点に留意することが有効である。

 第2節 日常生活を脅かす犯罪への取組み

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