特集:変革を続ける刑事警察 

4 警察捜査と司法制度改革

 一連の司法制度改革により、刑事裁判の充実・迅速化等を図るための方策として、公判前整理手続、即決裁判手続及び被疑者に対する国選弁護人制度等の各制度が順次導入され、裁判員制度が平成21年5月21日から実施される。一連の司法制度改革による刑事裁判の在り方の変化は警察捜査にも大きな影響を与えることとなるので、警察としては、新たな制度に適切に対応する必要がある。

(1)公判前整理手続と証拠開示の拡充
 公判前整理手続とは、公判審理を充実・迅速化するために、第1回公判期日の前に、十分に争点等の整理を行い、連日的な開廷を可能とする明確な審理計画を立てるために設けられた手続で、この手続の中で、一定のルールに従い、検察官手持ち証拠が弁護人らに開示される。平成17年11月1日から実施されている。
 警察捜査においては、被告人側に証拠が従来以上に開示されることを踏まえ、捜査協力者の生命、身体、財産等の保護に配意する必要がある場合には、証拠の開示による弊害を明らかにしておくなど、的確な準備・対応を行うことが課題となっている。
 
 図-32 公判前整理手続の概要
図-32 公判前整理手続の概要

(2)被疑者に対する国選弁護人制度
 被疑者に対する国選弁護人制度とは、被疑者の段階から弁護人の援助を受ける権利を実効的に担保するとともに、捜査段階から国選弁護人が選任されることにより、弁護人の早期の争点把握を可能にし、刑事裁判の充実・迅速化を図るもので、平成18年10月2日から実施されている。
 被疑者に対する国選弁護人制度に関する捜査運営上の基本的な留意事項として、対象事件の被疑者に対する制度教示の徹底、裁判官及び弁護士会との取次業務を行う留置部門との連携が挙げられる。
 
 図-33 被疑者に対する国選弁護人制度の概要
図-33 被疑者に対する国選弁護人制度の概要

(3)即決裁判手続
 即決裁判手続とは、明白軽微な争いのない事案について、被疑者の同意等を要件として、検察官が起訴と同時に申立てをし、早期に開かれる公判期日において、簡略・効率化した証拠調べを行い、罰金以下の刑や執行猶予付きの懲役刑又は禁錮刑の判決を、原則として、審理を行ったその日に言い渡す手続であり、平成18年10月2日から実施されている。主として、万引き、薬物所持・使用事犯、出入国管理及び難民認定法違反(不法在留)等で活用されている。
 被疑者に対する即決裁判制度への同意の確認や裁判所への即決裁判手続の申立て等は検察官の役割であり、警察がこれらの手続に関与することはないが、検察官が即決裁判手続の申立てを行うかどうかを判断するためには、事件の背景等の関連事情を把握しなければならず、警察捜査においては、できるかぎり早期に事件の背景等の関連事情を明らかにして、検察官と緊密に連携をとるなどの必要性が生じている。
 
 図-34 即決裁判手続の概要
図-34 即決裁判手続の概要

(4)裁判員制度
 裁判員制度とは、地方裁判所における一定の重大な事件の刑事裁判において、一般の国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に公判審理と裁判に参加する制度である。裁判員は、衆議院議員の選挙権を有する者から無作為抽出の方法で選ばれた裁判員候補者名簿に登載された者の中から事件ごとに選任され、裁判体は、原則として裁判官3名、裁判員6名の合計9名によって構成される。
 平成21年5月21日から実施される同制度の下では、一般国民から選ばれる裁判員が刑事裁判に参加し、裁判官と共に被告人が有罪かどうか、有罪の場合にどのような刑にするかを決めることから、法律の専門家ではない裁判員の的確な心証形成が可能となるよう、犯行の裏付けとなる客観的証拠の収集を徹底する必要があるほか、裁判員が理解しやすいような簡略明瞭な捜査書類の作成、捜査の適正の一層の確保等が課題となる。
 
 図-35 裁判員制度の概要
図-35 裁判員制度の概要

コラム2 警察における取調べの一部録音・録画

 警察では、裁判員裁判における自白の任意性の効果的・効率的な立証方策を検討するため、20年4月、取調べの一部録音・録画の試行を行うことを決定した。対象事件は、裁判員裁判対象事件で、かつ、自白があったものであり、この中から、公判で自白の任意性が争点となるおそれがあるものを選定し、取調べの機能を損なわないことを第一義として実施することとしている。具体的には、選定した事件の捜査が一定程度進展した時点で、犯行の概略と核心部分について供述調書を作成する場合において、当該供述調書の録取内容を被疑者に対して読み聞かせ、閲覧させ、署名及び押印又は指印を求めている状況等を録音・録画することとしている。20年度中に警視庁、埼玉県警察、千葉県警察、神奈川県警察及び大阪府警察において試行することとしている。
 
 警察における取調べの一部録音・録画のイメ-ジ
警察における取調べの一部録音・録画のイメ-ジ

(5)取調べの適正化
 我が国の刑事手続において、被疑者の取調べは、事案の真相解明に極めて重要な役割を果たしている。しかし、昨今、その在り方が問われる深刻な無罪判決等が相次いだ。平成14年に富山県で発生した強姦及び同未遂事件では、富山県警察が逮捕した元被告人が服役を終えた後、別に被疑者がいることが判明し、19年10月、再審無罪判決が言い渡され、確定した。また、15年に行われた鹿児島県議会議員選挙に関して鹿児島県警察が捜査した公職選挙法違反事件につき、被告人12名全員に対し無罪判決が言い渡され、19年3月に確定し、取調べを始めとする警察捜査における問題点が厳しく指摘された。
 警察は、これらの点について深く反省し、今後の捜査にいかすべき事項を抽出し、再発防止に向けた緊急の対策を講じてきたところであるが、国民からの批判は厳しいものがあった。
 また、21年5月21日に導入される裁判員制度の下では、警察捜査の結果が直接、国民の視点から検証されることから、警察における捜査手続、とりわけ被疑者の取調べの在り方について、一層の適正性の確保が求められている。
 このような諸情勢を踏まえ、国家公安委員会は、警察捜査における取調べの一層の適正化を喫緊の課題と認め、19年11月、「警察捜査における取調べの適正化について」を決定した。警察庁では、この決定に基づき、対策の検討を進め、警察捜査における取調べの適正化に関する有識者懇談会における有識者の意見も踏まえつつ、20年1月、警察が当面取り組むべき施策の柱を、取調べに対する監督の強化、取調べ時間の管理の厳格化、その他適正な取調べを担保するための措置及び捜査に携わる者の意識向上の4点とする「警察捜査における取調べ適正化指針」(以下「指針」という。)を取りまとめた。
 
 有識者会議の様子
有識者会議の様子

 警察庁では、指針の実施のため、同年2月、警察庁次長を長とする取調べ適正化施策推進室を設置して全庁を挙げた部門横断的な体制を整備し、取調べの適正化に向けた各種施策を推進している。また、同年4月には、国家公安委員会において被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則(以下「取調べ適正化規則」という。)及び犯罪捜査規範の一部を改正する規則が制定され、捜査部門以外の部門による取調べに関する監督が制度化された。
 
 図-36 警察捜査における取調べ適正化指針の概要
図-36 警察捜査における取調べ適正化指針の概要

 警察庁では、指針にのっとり、取調べの適正化に向け次のような施策を推進している。
〔1〕 取調べに対する監督の強化
 指針の最大の眼目は、取調べに対する監督の強化、すなわち、捜査部門以外の部門による取調べに関する監督である。警察機構全体の中でチェック機能を働かせるため、警視庁及び道府県警察本部の総務又は警務部門に取調べに関する監督を担当する所属を置くとともに、同所属及び警察署の総務又は警務部門に監督担当者を置き、取調べに関する監督を行うこととした。監督の目的は、不適正な取調べにつながるおそれがある行為を監督対象行為とし、これを現に認めた場合には取調べを中止させるなどの措置をとることにより、不適正な取調べを未然に防止することにある。具体的な監督の手続は取調べ適正化規則に規定されているが、警視庁、道府県警察本部及び方面本部(以下「警察本部」という。)並びに警察署に置かれる取調べ監督官は、取調べ室外部からの視認等により被疑者取調べの状況を確認し、現に監督対象行為が認められた場合には取調べの中止要求等の措置をとるほか、警察職員が受理した被疑者取調べに係る苦情の申出を集約する。また、警視総監、道府県警察本部長及び方面本部長(以下「警察本部長」という。)は、巡察官を指名し、取調べ室を巡察させることもできる。取調べ監督官、巡察官による確認の結果や苦情の申出により、監督対象行為の疑いがある場合には、警察本部に置かれる取調べ調査官が調査を実施し、監督対象行為の有無を確定することとなる。取調べに関する監督は、取調べ適正化規則に基づき21年4月から施行することとしている。
 また、犯罪捜査規範が改正され、現在は身柄を拘束されている被疑者等の取調べを行う場合に限定されている取調べ状況報告書の作成について、罪種や事案の軽重を問わず、任意捜査段階の被疑者を取調べ室又はこれに準ずる場所において取り調べたときにも義務付けるなどされた。

コラム3 監督対象行為

 取調べ適正化規則に規定されている監督対象行為は、次の7類型である。
○ やむを得ない場合を除き、身体に接触すること。
○ 直接又は間接に有形力を行使すること。
○ 殊更に不安を覚えさせ、又は困惑させるような言動をすること。
○ 一定の姿勢又は動作をとるよう不当に要求すること。
○ 便宜を供与し、又は供与することを申し出、若しくは約束すること。
○ 人の尊厳を著しく害するような言動をすること。
○ 次の場合に、警視総監、道府県警察本部長若しくは方面本部長又は警察署長の承認を受けないこと。
 ・午後十時から翌日の午前五時までの間に被疑者取調べを行うとき。
 ・一日につき八時間を超えて被疑者取調べを行うとき。
 
 図-37 取調べ適正化規則における業務の流れ
図-37 取調べ適正化規則における業務の流れ

〔2〕 取調べ時間の管理の厳格化
 取調べの在り方が問われる中で、深夜又は長時間にわたる取調べがその任意性に疑念を生じさせる可能性が指摘されている。そこで、犯罪捜査規範において、やむを得ない理由がある場合のほか深夜又は長時間にわたる取調べを避けなければならないことが明確化されるとともに、取調べ適正化規則において、一定の時間帯等の取調べに警察本部長又は警察署長の承認を受けないことを監督対象行為とすることとされた。
 
 透視鏡(取調べ室外側)
透視鏡(取調べ室外側)
 
 透視鏡(取調べ室内側)
透視鏡(取調べ室内側)

〔3〕 その他適正な取調べを担保するための措置
 犯罪捜査規範が改正されたことにより、取調べ室の構造及び設備の基準が規定され、取調べ環境が国民の目に見えるように明確化された。
 また、取調べの外的状況のチェックを行い監督対象行為の有無を確認するため、すべての取調べ室に透視鏡等を整備することとしたほか、業務の合理化を図る観点からも、取調べ室への入退室時間を電子的に管理するシステムや、取調べ状況報告書等の記載内容を電子的に把握するシステム等についても研究を進め、整備を図ることとした。
〔4〕 捜査に携わる者の意識向上
 いくら取調べに関する監督を厳格に実施しようとも、取調べを行う警察官や捜査主任官等捜査に携わる者の意識の向上を図ることなしに取調べの適正化は図れない。そこで、適正捜査に関する教養の充実を図るとともに、弁護士を始めとする法曹関係者の積極的な招聘を図り、適正捜査についての意識の向上を図ることとした。また、取調べに関する監督を行うことによって、第一線の捜査活動が萎縮するのではないかとも考えられたことから、能力及び実績に応じた人事管理を推進し、取調べ警察官等職員の勤務成績の昇任、給与等の処遇への一層的確な反映に努めるとともに、その功労を適切に評価し、表彰を一層積極的に実施するなどして、第一線が旺盛な士気を維持することができるような措置をとることとした。

 第2節 警察捜査を取り巻く状況

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