特集 組織犯罪を許さない社会を目指して ~資金獲得活動との対決~ 

2 犯罪収益移転防止対策の推進

 暴力団に対する資金源対策を確固たるものとする上では、犯罪収益の隠匿や収受を規制することに加え、その移転を防止する対策を的確に講ずることにより、マネー・ローンダリング対策の強化を推進することが重要である。

(1)マネー・ローンダリング行為を防ぐための国際的な取組み

 マネー・ローンダリング行為(特集第1節3参照)は、相対的に規制の緩い国で行われる傾向にあることから、これを防止するためには、国際的な枠組みの下、各国が連携して対策を採る必要がある。
 金融活動作業部会(FATF)(注1)は、マネー・ローンダリング対策に関する国際協力を推進するため、1989年(平成元年)のアルシュ・サミット経済宣言を受けて設置された政府間会合であり、2007年(19年)4月現在、我が国を含む31の国・地域及び2国際機関が参加している。FATFは、1990年(2年)、法執行、刑事司法及び金融規制の分野において各国がとるべきマネー・ローンダリング対策を示した「40の勧告」を策定し、1996年(8年)には、マネー・ローンダリング行為の前提犯罪を拡大するなどの改訂を行い、顧客の本人確認、金融機関への疑わしい取引の届出の義務付け等を提言した。また、2001年(13年)、米国同時多発テロ事件発生を受けてFATFの対象分野にテロ資金対策も含めることとし、テロ資金供与に関する「8の特別勧告」(注2)を策定した。さらに、2003年(15年)、マネー・ローンダリング行為が巧妙化したことなどから、指定非金融機関や職業専門家への対象の拡大等を内容とする「40の勧告」の再改訂を行った。
 
 COPYRIGHT/COUNCIL OF EUROPE/OECD フランス・ストラスブールにおけるFATF全体会合(平成19年2月)
フランス・ストラスブールにおけるFATF全体会合(平成19年2月)

 アジア太平洋地域においては、1997年(9年)、タイで開催されたFATF第4回アジア・太平洋マネー・ローンダリング・シンポジウムにおいて、アジア・太平洋マネー・ローンダリング対策グループ(APG)(注3)の設置が決定された。2007年(19年)4月現在、APGは、32の国・地域により構成されている。
 我が国は、FATF及びAPGのいずれについても、設立当時から加盟し、とりわけ10年7月から11年6月にかけてFATFの議長国を務め、また、16年7月から18年6月にかけてオーストラリアと共にAPGの共同議長国を務めるなど、FATFやAPGにおけるマネー・ローンダリング対策のための国際的基準の策定、普及等に積極的に参画しており、警察庁も、これらに係る会議や協議に貢献している。

注1:Financial Action Task Force on Money Laundering
 2:2004年(16年)、キャッシュ・クーリエ(現金等支払手段の輸出入)に関する項目が追加され、現在は「9の特別勧告」となっている。
 3:Asia/Pacific Group on Money Laundering


 
(2)これまでの我が国のマネー・ローンダリング対策

〔1〕 疑わしい取引の届出
 疑わしい取引の届出は、マネー・ローンダリング行為に金融機関等における架空名義又は他人名義の口座が利用されたり、金融機関等を利用して送金されたりすることが多いことを踏まえ、あらかじめ定められた参考事例(ガイドライン)に照らして業務で収受した財産が犯罪収益である疑いがある場合に、金融機関等に疑わしい取引の届出を義務付ける制度である。
 我が国では、平成4年の麻薬特例法の施行に伴い、金融機関に対し、薬物犯罪収益に関する疑わしい取引の届出制度が創設された。そして、1998年(10年)に開催されたバーミンガム・サミットにおいて各国における資金情報機関(FIU)(注)の設置について合意がなされたことを受けて、12年2月、疑わしい取引の届出の対象となる犯罪を薬物犯罪から一定の重大犯罪に拡大する組織的犯罪処罰法の施行と同時に、FIUが金融庁に設置された。また、14年7月、公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律の施行に伴い、組織的犯罪処罰法が一部改正され、テロリズムに対する資金供与の疑いがある取引についても疑わしい取引の届出対象とされた。さらに、15年1月、金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律の施行に伴い、金融機関等に対し、顧客等の本人確認及び本人確認記録・取引記録の作成・保存が義務付けられた。
 疑わしい取引の届出は年々増加しており、また、個別事件の直接的端緒としてだけでなく、犯罪被害財産の発見や、暴力団の資金源の把握に役立つなど、組織犯罪対策を推進する上で重要な情報源となっている。

注:Financial Intelligence Unit

 
 図-24 疑わしい取引に関する情報の届出状況(平成14~18年)
図-24 疑わしい取引に関する情報の届出状況(平成14~18年)


コラム8 疑わしい取引の参考事例

 金融機関等による届出が必要と考えられる疑わしい取引としては、次のようなものが考えられる。

第1 現金の使用形態に着目した事例
 ○ 短期間のうちに頻繁に行われる取引で、現金又は小切手による入出金の総額が多額なもの
 ○ 顧客の収入、資産等に見合わない高額な取引
 ○ 多量の小額通貨により入金又は両替を行う取引
 ○ 夜間金庫への多額の現金の預入れ又は急激な利用額の増加に係る取引
第2 真の口座保有者を隠匿している可能性に着目した事例
 ○ 架空名義口座又は他人名義口座であるとの疑いが生じた口座を使用した取引
 ○ 口座名義人である法人の実体がないとの疑いが生じた口座を使用した取引
 ○ 住所と異なる連絡先にキャッシュカード等の送付を希望する顧客又は通知を不要とする顧客に係る口座を使用した取引
 ○ 多数の口座を保有していることが判明した顧客に係る口座を使用した取引
第3 口座の利用形態に着目した事例
 ○ 多額の入出金が頻繁に行われる口座に係る取引
 ○ 送金を行う直前に多額の入金が行われ、多数の者に頻繁に送金を行う口座に係る取引
 ○ 多数の者から頻繁に送金を受け、送金を受けた直後に当該口座から多額の送金又は出金を行う口座に係る取引
 ○ 通常は資金の動きがないにもかかわらず、突如多額の入出金が行われる口座に係る取引
第4 債券等の売買の形態に着目した事例
 ○ 大量の債券、株券等を持ち込み、現金受渡しを条件とする売却取引
 ○ 本人が保有していることが疑われるほど大量な無記名証券又は他人名義株券に係る取引
第5 外国との取引に着目した事例
 ○ 短期間のうちに頻繁に行われる外国送金で、送金総額が多額にわたる取引
 ○ マネー・ローンダリング対策に非協力的な国・地域又は不正薬物の仕出国・地域に拠点を置く者との間で顧客が行う取引
第6 その他の事例
 ○ 公務員や会社員によるその収入に見合わない高額な取引
 ○ 複数人で同時に来店し、別々の店頭窓口担当者に多額の現金取引等を依頼する顧客に係る取引
 ○ 届出を行わないように依頼、強要、買収等を図った顧客に係る取引
 ○ 暴力団構成員、暴力団関係者等に係る取引


〔2〕 起訴前の犯罪収益等の没収保全
 没収すべき犯罪収益等が隠匿等され、没収できなくなる危険を回避するため、組織的犯罪処罰法又は麻薬特例法に基づき、起訴前においても、検察官又は司法警察員の請求を受け、裁判官の命令によりその処分を禁止することができる。18年中における起訴前の没収保全命令は、組織的犯罪処罰法で9件(前年比1件(12.5%)増)、麻薬特例法で3件(前年比5件(62.5%)減)発出されている。
 
 表-7 起訴前の没収保全命令状況(平成14~18年)
表-7 起訴前の没収保全命令状況(平成14~18年)


コラム9 犯罪被害財産の回復に向けた組織的犯罪処罰法の改正等

 これまで、犯罪収益が被害者から犯人に財産や価値が移転することによって生じた場合には、被害者への被害回復を優先させるために没収・追徴を控えるべきとの趣旨から、組織的犯罪処罰法第13条第2項及び第16条第1項ただし書において、犯罪収益等の没収・追徴が禁止されていた。しかし、現実には、犯罪行為が組織的な態様で行われたり、犯罪被害財産がマネー・ローンダリングされたりした場合、被害者による犯罪被害財産の追及は困難であり、結果として、犯人からの犯罪収益のはく奪が行われないケースが生じていた。
 このような状況に対応するため、18年12月に組織的犯罪処罰法の一部を改正する法律が施行され、改正後の組織的犯罪処罰法第13条第3項及び第16条第2項の規定により、振り込め詐欺やヤミ金融事犯に由来する犯罪被害財産の没収・追徴が可能となり、また、同時に施行された犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律により、犯罪被害財産を原資として被害者に給付することが可能となった。


(3)犯罪収益移転防止法の制定

 近年、金融機関以外の事業者がマネー・ローンダリング行為に利用されるなど、マネー・ローンダリング行為の手口が複雑かつ巧妙化していることから、疑わしい取引の届出の対象となる事業者を不動産業者、貴金属、宝石等取扱業者等の非金融機関や、弁護士、会計士等の職業専門家に拡大するなど、その対策を抜本的に強化する必要があった。そこで、平成16年12月、政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部において、FATF「40の勧告」の実施を盛り込んだ「テロの未然防止に関する行動計画」を決定し、17年11月には、警察庁が同勧告を実施するための法律案を作成することなどが決定された。これを受けて、警察庁は関係省庁と協力して、法律を策定し、19年3月、第166回通常国会において成立し、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯罪収益移転防止法」という。)として、その一部が同年4月1日から施行された。
 犯罪収益移転防止法では、顧客等の本人確認、本人確認記録・取引記録等の作成・保存及び疑わしい取引の届出等を行う特定事業者(注)が拡大されたほか、国家公安委員会が特定事業者への情報提供その他の援助等を行うとともに、金融庁に代わり、我が国のFIUとして疑わしい取引に関する情報の分析、分析結果の捜査機関、外国FIU等への提供を行うこととなった。

注:金融機関、ファイナンスリース業者、クレジットカード業者、宅地建物取引業者、貴金属等取引業者、郵便物受取・電話受付サービス業者、弁護士、司法書士、行政書士、公認会計士、税理士等

 
 図-25 犯罪収益移転防止法の概要
図-25 犯罪収益移転防止法の概要

(4)警察における体制の整備

 犯罪収益移転防止法の施行に関連して、警察庁においては、長官官房に犯罪収益対策を担当する審議官が、また、刑事局組織犯罪対策部に犯罪収益移転防止管理官が設置された。
 犯罪収益移転防止管理官は、金融機関等が届け出た疑わしい取引に関する情報を様々な角度から分析し、捜査機関に捜査の端緒となるべき情報を提供するとともに、疑わしい取引の届出の目安となるガイドラインの作成について所管省庁・業界との連携を図るなど、疑わしい取引の届出制度の適切な運用に努めている。また、犯罪による収益の移転防止の重要性について広報活動等により国民の理解を深めるよう努めるとともに、外国FIU等との協力を通じ、マネー・ローンダリング対策及びテロ資金対策における国際的な連携を強化している。
 
 図-26 犯罪収益移転防止法の効果
図-26 犯罪収益移転防止法の効果

(5)戦略的な犯罪収益の移転防止対策

 警察では、全国の都道府県警察が一体となって効果的な犯罪収益対策を推進するため、平成19年4月に警察庁が策定した犯罪収益対策推進要綱に基づき、犯罪による収益の移転防止、犯罪組織の弱体化及び壊滅、テロ資金供与の防止等を図ることを目的とし、
 ・ 犯罪による収益の移転防止に関する特定事業者の自主的な取組み及び国民の理解の促進
 ・ 犯罪による収益に関する情報の分析及び活用
 ・ 犯罪収益関連犯罪(注)の取締り及び犯罪による収益のはく奪
 ・ 犯罪収益対策に関する国際的な連携
 等を推進している。

注:犯罪収益移転防止法第11条第1項に規定する罪


 第3節 暴力団の資金獲得活動との対決

前の項目に戻る     次の項目に進む