第1章 世界一安全な道路交通を目指して 

第4節 今後の目標と課題

(1) 今後の交通安全対策の目標
 平成15年1月、今後10年間で年間の交通事故死者数(24時間以内死者数)を5,000人以下とし、道路交通に関して世界一安全な国を目指すとの政府目標が示された。この目標水準は、昭和45年のピーク時の約3分の1に当たり、また、人口10万人当たりの死者数(30日以内死者数を5,750人と推定)としては、国際道路交通事故データベース(IRTAD)がデータを保有する29か国のうちで最も少ない(他国の水準が2003年(平成15年)と変わらないと仮定した場合の順位)。
 もとより、道路交通安全の究極の目標は、交通事故のない社会をつくることである。今後、この政府目標をあくまでも通過点として、減少傾向にある交通事故死者数を更に大幅に減少させていかなければならない。事故発生件数についても、昭和53年に増加に転じて以降、ほぼ一貫して前年を上回る状況が続いているところであり、これを減少に転じさせなければならない。

 
図1-58 人口10万人当たりの交通事故死者数(30日以内死者数)の国際比較

図1-58 人口10万人当たりの交通事故死者数(30日以内死者数)の国際比較
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(2) 今後の交通警察の重要課題
 我が国では、自動車交通の規模が拡大を続けたにもかかわらず、交通事故死者数はピーク時の2分の1以下にまで減少した。これには、交通警察も大きく貢献しており、交通規制、違反取締り、運転免許制度、交通安全教育等を一体的に組み合わせた政策体系の下で、道路交通における「人」の危険な行動の防止に多大な成果を上げてきたものと考えており、今後とも、この政策体系の下で、各種施策を充実強化してくことが望まれる。
 他方、昨今の国や地方の厳しい行財政事情を踏まえると、対策の「量」の大幅拡大を図ることは容易でなく、今後は、個々の施策の「質」をいかに高めていくかがますます重要になる。その前提として、交通事故の発生原因を徹底解明するとともに、対策の成果を的確に測定・評価することなどにより、施策立案能力を向上させる必要がある。また、関係行政機関や民間事業者等との連携を深め、相互に協力して施策の高度化を図るとともに、「人」の危険行動の防止を主眼とした交通警察の施策と「車」や「道路」の安全性の向上を主眼とした施策との相乗効果を高めていく必要がある。
 交通警察がこれまで一定の成果を上げることができたのは、時代の変化を見極めながら、情勢に応じて適時適切に制度や取組み重点の見直しを行ってきたことによるものと考えられる。今後とも、社会の少子高齢化を始め、交通情勢に強い影響を及ぼす時代の変化に的確に対応していかなければならない。以下、今後交通警察が対応すべき重要課題4点について述べる。

 [1] 超高齢化社会への対応
 第3節で述べたとおり、最近は、歩行中・自転車乗用中の死者の過半数を高齢者が占めるほか、高齢運転者による死亡事故の割合が増加するなど、高齢者の交通事故の問題は深刻さを増しているが、平成26年には4人に1人が高齢者となる超高齢化社会が到来することが予測されており、中・長期的にみて、更なる情勢の悪化が懸念される。
 今後、高齢者が積極的に社会参加し、生涯にわたり充実した生活を送ることができる社会を構築していくためには、道路管理者と連携して高齢者の通行に適した道路交通環境を整備するとともに、高齢者向けの交通安全教育を充実させていくことが急務である。
 運転免許保有者については、安全に運転できるよう支援するという考え方を基本とし、その能力を維持・向上させるための教育を充実させるとともに、運転継続の可否をよりきめ細かく判断するための手法を導入し、運転継続が不可能な者の運転免許を取り消すなど現行制度の一層的確な運用に努めるほか、事故実態等を踏まえながら、運転免許制度の在り方について検討を進める必要がある。
 また、法定講習の受講が義務付けられている運転免許保有者以外の者については、特に、交通安全教育を受講する機会を確保し、歩行中・自転車乗用中の事故防止を図っていく必要がある。

 [2] 歩車共存の安全・安心なまちづくり
 近年、全国各地域で、官民が連携して安全で安心なまちづくりを推進していこうとする気運が高まっており、交通安全対策に関しても、住宅街、商店街・繁華街等の地域特性に応じて、官民連携した総合的な対策を講じていく必要性が高まっている。
 また、我が国では、全交通事故死者のうち歩行中・自転車乗用中の死者が占める割合が、欧米諸国と比べて著しく高くなっており、道路交通に関して世界一安全な国を目指すに当たって、歩行者・自転車利用者の交通事故防止対策が重要な課題となっている。
 このため、くるま優先とも言える幹線道路の安全確保や円滑化を図るための施策を推進するだけでなく、生活の中心となる住宅街や、多くの人々が行き交う商店街・繁華街の道路において、道路管理者による道路や交通安全施設等の整備と警察による交通規制の実施や交通安全施設等の整備を効果的に組み合わせ、自動車の速度の抑制や通行の制限、道路の形状や交差点の存在の運転者への明示、歩車それぞれの通行区分の明示等を進め、歩車が共存する安全で安心な道路空間を創出していく必要がある。また、このような取組みを進めるに当たっては、その地域に住む人々の理解が不可欠であることから、多くの関係当事者の意見を聴きつつ合意形成を図り、当該地域にとって最適な交通管理、交通安全対策を選択・実施していかなければならない。

 
図1-59 生活道路対策のイメージ図

図1-59 生活道路対策のイメージ図

 
図1-60 欧米と日本の状態別死者数(30日以内死者数)の割合の比較

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 [3] 高度情報通信技術の活用
 インターネットや携帯電話の普及にみられるように、高度情報通信技術(IT)は様々な分野で国民生活の利便性を大きく高めるものであり、道路交通の分野でも、その積極的な活用により交通事故の防止を図っていくことが期待される。
 近年、走行中の自動車の追突事故が増加傾向にあるが、都市部の慢性的な交通混雑が追突事故の要因の一つとなっているとみられることから、ITの活用により道路交通の円滑化を図っていくことは、交通安全対策の観点からも重要な課題である。警察が運用する交通管制システムは、光ビーコン等により収集した交通量や走行速度等のデータを交通管制センターにおいて分析し、これに基づき信号機の制御や交通情報の提供を行うコンピュータ・ネットワークであるが、今後、最新技術を的確に取り入れてその高度化を図る新交通管理システム(UTMS)の開発・整備を一層推進することにより、複雑・過密化した都市部の道路交通を整序化し、安全水準を向上させる必要がある。
 また、交通事故の原因の大半を占める自動車の運転者のミスを防止するため、車載のカーナビゲーション装置を通じて安全運転に資する情報を提供するシステムや、時々刻々と変化する交通状況に応じた信号制御を行うシステムの開発・普及を進め、安全運転を支援していく必要がある。さらに、自動車製造事業者等では、ITを活用して車両の追突やはみ出し走行等を防ぐシステムの研究開発が進められており、警察としても、これに積極的に協力していく必要がある。

 
図1-61 安全運転情報を提供するシステム

図1-61 安全運転情報を提供するシステム

 [4] 交通事故分析の充実強化
 今後、施策立案能力を高度化し、施策の「質」を高めていくに当たっては、交通事故の実態を捉え、その原因を解明する交通事故調査分析を充実強化することが重要である。
 警察は、交通事故捜査等を通じて、すべての交通事故に関する情報を直接把握することができる立場にあり、我が国の交通事故分析を充実させていくに当たって、中心的な役割を担うことを期待されている。
 そのため、交通事故分析がより交通安全対策の立案に資するものとなるよう、現在、全事故を対象に必要最小限の情報を収集し、統計的手法を用いて分析を行っているマクロ調査分析について、その時々の交通情勢に合わせて収集項目の不断の見直しを行うとともに、発生メカニズムの徹底解明が必要不可欠な事故を対象に、より詳細な情報を収集し、心理学、交通工学、医学等の観点から分析を行うミクロ調査分析の充実を図っていく必要がある。
 また、関係行政機関や民間事業者等に対して分析結果等を積極的に提供することにより、我が国全体の交通安全対策の「質」の向上に貢献していくべきである。

 我が国社会が交通事故問題を克服するためには、関係行政機関や民間事業者等が一丸となって交通安全対策に取り組んでいく必要があるが、そこで何より必要なことは、国民の理解と協力を得ることである。警察では、諸対策の意義や考え方について広く周知するとともに、国民の意見・要望を的確に把握し、対策に反映させることなどにより、国民の理解と協力に支えられた交通警察行政を推進していくこととしている。

 第4節 今後の目標と課題

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