(2)犯罪組織による薬物の不正取引の実態 ア 薬物の密輸 (ア)密輸の仕出地の推移  薬物の製造を厳しい管理下に置いている我が国では,国内で乱用されている薬物のほとんどは海外から密輸入されている。  我が国で最も多く乱用されている覚せい剤は,昭和29年を検挙人員のピークとする第一次覚せい剤乱用期には,我が国で密造されていたが,取締りと法規制の強化により30年代にほぼ途絶し,以降は,ほとんど海外から流入している。  主な密輸入ルートの変遷をみると,59年を検挙人員のピークとする第二次覚せい剤乱用期には,韓国ルート,台湾ルート,現在の第三次覚せい剤乱用期には,中国ルート,北朝鮮ルートとなっている。  なお,覚せい剤の大量押収事犯(1キログラム以上)の仕出地の推移は,表1-9のとおりである。 表1-9 覚せい剤の大量押収事犯(1キログラム以上)の仕出地(昭和58~平成14年) コラム10 北朝鮮を仕出地とする覚せい剤密輸入等事件  平成9年以降,警察では,北朝鮮を仕出地とする覚せい剤密輸入等事件を6件検挙するとともに,大量の覚せい剤を押収している。  6件の密輸入等事件の手口は,9年4月に宮崎県細島港で58.6キログラムの覚せい剤を押収した事件と,11年4月に鳥取県境港で100.0キログラムを押収した事件の2件が船舶の貨物内に覚せい剤を隠匿していたものであり,その他の4件が覚せい剤を洋上取引した後,我が国に陸揚げをし又は陸揚げを図ったものである。また,10年に高知県沖等で202.6キログラムの覚せい剤を押収した事件を始めとして,暴力団の関与が明らかとなっている事件もある。  これら検挙した北朝鮮を仕出地とする覚せい剤密輸入等事件の特徴として,1回の押収量が大量であること,押収した覚せい剤の純度が高いこと,比較的整った規格の包装が行われていることなどが挙げられる。現在までに得られた証拠に基づいて判断する限り,覚せい剤が北朝鮮において製造され,あるいは,北朝鮮が国家として覚せい剤の密輸入や製造に関与していると断定するまでには至っていないものの,高度の技術水準及び相当の資金を有する組織が関与している可能性が推測されている。  10年から14年までの5年間の北朝鮮を仕出地とする覚せい剤の押収量は1,466.8キログラムに上り,覚せい剤の大量押収事犯(1キログラム以上)の押収量の34.6%を占め,北朝鮮ルートが中国ルートと並ぶ覚せい剤密輸入の二大ルートの一つとなっている。このため,警察では,関係機関と連携し,水際での監視・取締りを強化している。 (イ)密輸手口  大量の薬物がより巧妙な方法で,密輸されている。過去3年間(12~14年)の覚せい剤の大量押収事犯(1キログラム以上)の主な密輸手口別の押収状況は,図1-53のとおりであり,洋上取引やコンテナ貨物を利用した密輸入が顕著となっている。洋上取引は,「瀬取り」ともいわれ,運搬船と引取船が,GPS(Global Positioning System:全地球測位システム)等を用い,洋上で接触して薬物を受け取り,あるいは,運搬船が浮体を付けた薬物を海上に投下して去った後,引取船が回収して,地方港等の警戒の薄い地域で陸揚げを行う手口である。また,コンテナ貨物を利用したものでは,コンテナの一部を改造して薬物を隠匿したり,輸入貨物である家電製品,生鮮食品等に薬物を隠匿・混入するなどして,薬物が密輸入されている。このほか,航空機旅客による密輸では,摘発を逃れるため犯罪組織が,一見,犯罪組織とは関係がないとみられる国籍の者を運搬役(密輸の実行行為者)として利用している事例もみられる。 図1-53 覚せい剤大量押収事犯(1キログラム以上)の密輸手口(平成12~14年) 事例1  11年10月,鹿児島県黒瀬海岸沖に停泊した台湾船籍の漁船からゴムボートを使用して覚せい剤を陸揚げした台湾人(48)ら12人を覚せい剤取締法違反等で検挙するとともに,一度の押収量では過去最高となる覚せい剤564.6キログラムを押収した(福岡,熊本,鹿児島,警視庁)。 事例2  海上コンテナを利用して大量の覚せい剤を密輸入しているとの情報に基づき捜査を行い,10年8月,香港から到着した金属加工用ボール盤に覚せい剤を隠匿し,密輸入した中国人(24)ら3人を覚せい剤取締法違反で検挙するとともに,覚せい剤312.0キログラムを押収した(千葉)。 (ウ)海外の密輸組織と暴力団との関係  薬物の密輸は,海外の密輸組織と国内の暴力団が結託して敢行されることが多い(表1-10)。暴力団は来日外国人を通じ,海外の密輸組織と接触し,取引する薬物の品質,取引価格,取引日時,代金支払方法等の具体的な事項を事前に交渉しているものとみられる。そして,密輸組織は,事前の交渉により特定された期日までに我が国に薬物を密輸入し,暴力団に引き渡している。このため,密輸の実行行為は,海外の密輸組織と暴力団とが共に行うのではなく,海外の密輸組織の構成員等によって行われることが多い。 表1-10 覚せい剤密輸入事件の検挙状況(平成5~14年)  海外の密輸組織の多くは台湾,香港等に拠点を置く犯罪組織であり,その組織構成はピラミッド型の組織であるとみられ,幹部の下に運搬役のグループ,運搬役から薬物を受け取り搬送を行うグループ,薬物の保管を行うグループ等に分業され,これらグループ間の連絡は,通話料前払い方式(プリペイド式)携帯電話等を用いて幹部を介してのみ行われている。こうした組織防衛のため,一つのグループを検挙しても,その構成員等は他グループと面識はなく,突き上げ捜査が困難となっている。  また,従来,海外の密輸組織により我が国に陸揚げされた薬物を暴力団員等が直接荷受けする手口が多くみられたが,近年,海外の薬物密輸組織が構成員等を我が国に入国させるなどし,陸揚げした薬物を荷受けし,暴力団に譲り渡すまで保管している傾向が見受けられる。その背景には,荷受役の暴力団員等が検挙されるなどしたため,暴力団が警戒を強め,この種の密輸形態をとっていること,国内の乱用拡大を背景に海外の密輸組織が我が国に進出して積極的に暴力団への薬物密売を行うようになったことが原因と推測される(図1-54)。 図1-54 薬物密輸の流れ 事例1  12年8月に発覚した台湾人による香港ルート覚せい剤密輸入事件では,香港で活動する台湾人密輸組織が,暴力団と覚せい剤の取引価格,取引量,取引日時,取引場所等を交渉し,中国の覚せい剤密造組織から覚せい剤を仕入れ,当該台湾人密輸組織の運搬役を各地の国際空港から入国させ,密輸入していた。  事件は,12年8月,東京都内路上において,台湾人(31)の旅行バッグの中から21.0キログラムの覚せい剤を発見し,逮捕したことに端を発する。取調べ等の結果から,同人は組織の運搬役が密輸してきた覚せい剤を都内のホテルで受け取り,それを保管し,組織幹部の指示を受けて,小分けし,他の台湾人の運搬役に引き渡す役割であることが明らかとなった。また,同人のマンションから10.6キログラムの覚せい剤が発見されたが,後日,他の台湾人運搬役を経て暴力団に譲り渡される予定であったことが明らかとなった。  その後,他の運搬役を割り出し,8月下旬に香港から入国しようとした台湾人グループ5人を,また,9月下旬,密輸ルートを変え,香港から台湾を経由して入国しようとした台湾人グループ4人を,それぞれ検挙するとともに,バッグ等の中に隠匿されていた計21.5キログラムの覚せい剤を押収した。さらに,9月中旬,我が国国内に送り込んだ運搬役等の異変を察知し,状況を確認するために来日した密輸組織のナンバー2と目される台湾人(45)を,覚せい剤密輸入等の共犯として検挙した(警視庁,千葉)。 事例2  15年3月,都内路上において覚せい剤5.5キログラムを所持していた香港在住の中国人の男A(40)を検挙するとともに,関係箇所を捜索し,146.5キログラムの覚せい剤を押収し,中国人の男B(43),C(31)らを検挙した。  本件では,覚せい剤が隠匿された貨物の密輸の時期に合わせて入国した香港の密輸組織の構成員2人が覚せい剤を荷受けし,都内のホテルでB,Cに覚せい剤を引き渡した後,当該密輸組織構成員は国外に逃亡したことが明らかとなっている。  Bらは,覚せい剤を同人らの居宅に保管し,AはBらが小分けした覚せい剤を受け取り,これを暴力団に譲り渡そうとする途中に,検挙されたものである。A,B,Cらの供述によると,B,Cは密輸入された覚せい剤の保管役であり,Aは小分けされた覚せい剤をB,Cから引き取り,これを暴力団等に引き渡す運搬役であることが明らかとなっている。しかしながら,A,B,Cらの役割は分業化されており,香港の密輸組織の指揮者の具体的な指示を介して行動することから,密輸手口や実行行為者の連絡先等は全く知らされていなかった(警視庁)。