第1章 組織犯罪との闘い 

ウ 薬物犯罪による収益等

 我が国で乱用される薬物のほとんどは海外から密輸入されたものであり,密輸入された薬物は,元売,中間卸,末端密売等の段階を経るが,これらの過程に暴力団等の犯罪組織が関与し,莫大な収益を上げている。
 薬物の取引価格は,取引量,取引する薬物の質,取引条件等により変動が大きいが,これまでの事例をみると,例えば,覚せい剤1キログラム当たりの密造組織との取引価格は40万円から80万円といわれる。その仕入価格に関係者の渡航費用,運搬役等密輸実行行為者の費用・報酬,組織の利益等が加算され,水際での取引価格は100万円から200万円となり,さらに国内の一次卸価格は250万円から400万円に跳ね上がるといわれる。そして,数段階もの流通過程を経て末端乱用者に密売される段階では,1グラム当たり2万円から10万円(1キログラム当たり2,000万円から1億円)で密売されるといわれる。
 4年に施行された麻薬特例法では,薬物犯罪収益等の発生の原因やその取得等につき事実を仮装し,又は薬物犯罪収益等を隠匿した者等を新たに処罰の対象とするとともに,薬物犯罪収益等の没収及び追徴の制度等の規定が設けられたが,同法違反に係る没収・追徴規定の適用状況は,表1-12のとおりであり,4年以降14年までのその合計金額は約88億円となっている。

 
表1-12 麻薬特例法違反に係る没収・追徴規定の適用状況(平成4~14年)

表1-12 麻薬特例法違反に係る没収・追徴規定の適用状況(平成4~14年)
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 密売人に対するアンケート調査では,密売による売上金は,「すべて自分のものにする」と回答した者が38.4%であったが,「組織・グループにいくらか上納し,残った金が自分のものになる」と回答した者が15.1%,「仲間内で分配する」が9.6%,「一旦,売上金すべてを上納し,給料としていくらか分け与えられる」が6.8%であり,薬物密売による収益が組織内部に上納され,暴力団等の維持・拡大等のための資金とされていることがうかがわれる。
 また,暴力団がその縄張内で,他の暴力団等に薬物密売を行わせ,場所代名目でその収益を収受している事例もみられている。

事例1
 山口組傘下組織幹部(28)は,関東一円で営利目的で十数人に覚せい剤等約5.1キログラムを約3,700万円で密売するなど,薬物を譲り渡すことを業としていた。14年7月,同人を麻薬特例法違反で検挙するとともに,12金融機関に隠匿されていた薬物密売によって得た預金債権約2億2,000万円に対して,麻薬特例法に基づき起訴前の没収保全を行った(栃木,群馬,茨城)。

事例2
 山口組傘下組織組長(56)らは,7年6月ころから8年10月ころまで,他の組の暴力団員らが覚せい剤密売により得た薬物犯罪収益等であることを知りながら,場所代名目で,1日当たり29万円,合計約1億5,000万円を収受していた。9年9月,同人らを麻薬特例法違反で検挙した(大阪)。

 イラン人薬物密売組織の場合,密売による収益は地下銀行を通じてイラン本国に不法に送金されている(図1-57)。

 
図1-57 地下銀行による送金システム

図1-57 地下銀行による送金システム

事例
 イラン人薬物密売グループに対する集中取締りで検挙したイラン人薬物密売人は,「密売グループのボスから密売車両や住居の提供を受け,給料制で薬物の密売を行っていた」,「密売する薬物はグループの運搬役から定期的に供給を受け,その売上金は,自分の給料分を差し引いた金額をグループに渡していた」などと供述していたが,その捜査の過程で,イラン人密売人(22)が売上金を本国に不正送金していた事実が明らかとなり,14年12月,雑貨店を経営するイラン人(38)らを麻薬特例法,銀行法違反等で検挙した。本件は,イラン人密売人が密売で得た約700万円を雑貨店を装う地下銀行の送金システムを利用して,イランに送金し,薬物犯罪収益の取得事実を仮装・隠匿した事案であるが,地下銀行は11年から検挙されるまでの間,正規の貿易を装い,アラブ首長国連邦(UAE)等23か国を経由して,約15億円をイランに送金していたことが明らかとなった(愛知)。

 

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