第5節 ハイテク犯罪への取組み

ハイテク犯罪の現状
(1)社会の情報化の現状
 政府は、平成13年3月、「5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す」こととした「e-Japan重点計画」を策定した。これにより、今後、「超高速アクセスが可能な世界最高水準のネットワーク」等のインフラを形成することとされており、このインフラを活用した取引等の活動を活性化する諸施策を進めるに当たって、ハイテク犯罪(注)やサイバーテロへの対策がその重要度を増している。
(注) ハイテク犯罪とは、コンピュータ技術及び電気通信技術を悪用した犯罪を指す。
(2)ハイテク犯罪の特徴と主な事例
 ハイテク犯罪の主な特徴としては、匿名性が高いこと、こん跡が残りにくいこと、不特定多数の者に被害が及ぶこと、さらには、国境を越えることが容易であることが挙げられる。
 平成13年中に検挙したハイテク犯罪をみると、大幅に増加しているネットワーク利用犯罪の中でも、児童買春・児童ポルノ事犯及び詐欺が多発している(図3-38)。
 また、13年中の都道府県警察におけるハイテク犯罪等に関する相談の受理件数は1万7,277件であり、前年と比べ約1.6倍となった。特に迷惑メールに関する相談や不正アクセス、コンピュータ・ウイルスに関する相談の増加が顕著である(図3-39)。
[事例1] 土木作業員の男(22)は、12年9月、仲間3人と共謀して、インターネット・オークションにおいて、高級腕時計の出品を装い、その落札者に対し、不正に入手した健康保険証を利用して開設した銀行口座への代金の振り込みを指定し、同口座に現金を振り込ませるなどして、8名から約170万円をだまし取った。13年1月、詐欺罪で検挙した(埼玉)。
[事例2] 大学生の男(18)は、13年2月、雑誌で知り得たハッキング手法を試す目的で、携帯電話を利用し、無料ホームページサービス会社の管理者になりすまして、虚偽のメッセージを送信することにより利用権者からID・パスワードを入手して、これを不正に使用してウェブサーバに侵入し、同パスワードを変更した。5月、不正アクセス行為の禁止等に関する法律(以下「不正アクセス禁止法違反」という。)で検挙した(警視庁)。

ハイテク犯罪対策への取組み
(1)政府の取組み
①サミット等における取組み
 情報通信技術の進展は、各国の社会・経済に大きな利便を与える一方、ハッキング、コンピュータ・ウイルス等による形でハイテク犯罪の脅威を世界的に深刻化させている。G8諸国では、この問題に重点をおいて対策の検討を進めており、我が国としてもハイテク犯罪に適切に対処すべくサミットや閣僚会合等における国際的取組みに積極的に貢献している。
②高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部
 ハイテク犯罪対策については、平成12年5月に高度情報通信社会推進本部(注)において、ハイテク犯罪対策・セキュリティ対策が特に優先的に取り組むべき重要施策として位置付けられたことを始め、11月に制定された高度情報通信ネットワーク社会形成基本法において、高度情報通信ネットワークの安全性の確保等が施策の策定における基本方針として位置付けられるなど、その重要度が増している。
(注) 我が国の高度情報通信社会の構築に向けた施策を総合的に推進するため、6年8月、内閣に設置されたもの。12年7月、情報通信技術(IT)戦略本部に発展的に改組され、13年1月、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法の施行に伴い、同法に基づく高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部として体制が整備された。
③情報セキュリティ対策推進会議
 11年9月、政府は、ハッカー対策等の基盤整備、サイバーテロ対策、法整備の検討等の情報セキュリティ対策について、総合的な対策の推進を図るため、内閣官房副長官を議長とする「情報セキュリティ関係省庁局長等会議」を設置し、12年1月に「ハッカー対策等の基盤整備に係る行動計画」を策定した。また、12月には、同会議を発展的に改組した「情報セキュリティ対策推進会議」において、官民の連絡・連携体制の構築、緊急対処体制の強化等を内容とする「重要インフラのサイバーテロ対策に係る特別行動計画」を、13年10月には「電子政府の情報セキュリティ確保に係るアクションプラン」を策定した。
(2)警察の取組み
①体制及び法制の準備
○ 警察庁における体制整備
 ハイテク犯罪の特性を踏まえ、サイバーテロ等の新たな脅威から社会を防衛していくためには、情報通信に関する高度かつ最先端の技術力を確保する必要がある。
・ 平成11年4月、ハイテク犯罪に関し都道府県警察を技術的にリードするナショナルセンターとして、情報通信局に技術対策課を設置
・ 技術対策課の技術的中核として、同課に警察庁技術センターを開設
・ 13年4月、技術対策課にサイバーテロ対策技術室を、各管区警察局に技術対策課を設置
○ 都道府県警察における体制整備
・ 企業等においてシステム・エンジニアとしての勤務経験を有する者等をハイテク犯罪捜査官として中途採用
・ ハイテク犯罪等に関する相談への対応やハイテク犯罪の予防のための広報啓発等を行う情報セキュリティ・アドバイザーの設置
○ 不正アクセス行為の禁止等に関する法律
 不正アクセス行為や不正アクセス行為を助長する行為の禁止・処罰等を規定する不正アクセス禁止法は、12年2月(都道府県公安委員会による援助に関する規定は7月)に施行され、国家公安委員会、総務大臣及び経済産業大臣は、毎年2月、同法第7条第1項の規定に基づき、「不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況」を公表している。
②産業界との連携
 匿名性、無こん跡性、地理的・時間的無制約性といったハイテク犯罪やサイバーテロの特性は、これら犯罪の予防や捜査を困難なものとしており、今後予想されるこれらの犯罪の増加に対処するためには、電気通信事業者等産業界等との緊密な連携を確保していくことが重要である。都道府県警察では、ハイテク犯罪情勢や犯罪手口等の犯罪実態に係る情報交換を行うためのプロバイダ等連絡協議会の設置を推進している。また警察庁では、e-Japan重点計画に基づき産業界等との連携を強化するため、13年度に「総合セキュリティ対策会議」を開催し、情報セキュリティに関する有識者により、産業界等と政府機関の連携の在り方、特に警察に係る連携の在り方等について、検討を行っている。
③国際的な連携強化
 国際ハイテク犯罪対策を扱っているG8リヨン・グループのハイテク犯罪サブグループでは、9年12月のG8司法・内務閣僚級会合で策定された「ハイテク犯罪と闘うための原則と行動計画」等に基づき、国際捜査協力や各国国内の体制整備に関する議論がなされている。
 14年5月のG8司法・内務閣僚級会合においては、ハイテク犯罪捜査の特殊性に一層的確に対応すべく、24時間コンタクト・ポイントの拡充が合意されたほか、国際的な情報通信ネットワークを使用する犯罪者等の所在確認及び本人確認を迅速に行うための「テロ・犯罪捜査における国境を越えたネットワーク・コミュニケーション追跡のための勧告」が承認された。
 警察庁では、これらの会合や、12年5月(パリ)及び13年5月(東京)に開催されたG8ハイテク犯罪対策政府・産業界合同会合に積極的に参画したほか、先進諸国の関係機関との協調関係構築に向けて、専門家の育成を目的とした相互交流等を行っており、特に、アジアにおける近隣諸国及び地域については、情報交換のためのサイバー犯罪技術情報ネットワークシステムを整備するなど国際捜査協力体制の確立を図っている。
④情報セキュリティ意識の向上
 12年11月、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法が施行されたことにより、官民における高度情報通信ネットワーク社会の構築に向けた取組みが推進されるに伴い、ハイテク犯罪が今後ますます増加することが予想される。高度情報通信ネットワークの安全性の確保を図るためには、ハイテク犯罪を未然に防止し、国民の情報セキュリティに関する意識・知識を向上させる必要がある。
 都道府県警察では、市民がハイテク犯罪の被害に遭わないように、関係機関、消費者団体、学校教育関係者等と連携して、これまで蓄積してきた情報セキュリティに関する知見をいかした広報啓発活動を推進している。また、教育機関、地方公共団体、民間企業等の職員に対し研修、意見交換を実施し、情報セキュリティに関する知識・意識の向上に努めている。
⑤違法・有害コンテンツ対策
 違法・有害コンテンツ対策については、都道府県警察が実施するサイバーパトロールによって、認知、検挙に至った事例も見られるが、ネットワーク上を流通する情報は膨大であるため、より網羅的に実態を把握するためには一般のネットワーク利用者の協力が不可欠である。このため警察では、NPO等の各種民間団体との連携等、官民一体となった違法・有害コンテンツ対策に取り組んでいる。
 また、違法コンテンツに対する取締りの強化はもとより、その実態を国民に広報し、被害防止を図っており、産業界等に対しては、警察への通報等適切な措置がとられるようプロバイダ連絡協議会を通じて協力を要請している。
⑥調査研究の推進
 ハイテク犯罪やサイバーテロへの対策に当たっては、不正アクセス行為が行われにくい環境を構築することや不正アクセス行為が行われたことを早期に認知することが重要であるため、警察庁では、不正アクセス行為とその対策の実態、アクセス制御に関する技術動向、不正アクセス自動検知に関する調査研究を行っている。また、情報セキュリティの確保や隠匿された犯罪情報の解読に資するため、ネットワークセキュリティに関する技術、暗号の解読に関する技術についても調査研究を行っている。

セキュリティシステムの確立
(1)社会環境の変化に対応したセキュリティシステムの確立
 情報通信技術の急速な進歩に伴う社会環境の急激な変化に起因して、ハッキング等の新しい形態の犯罪や不正行為が発生するなどの問題が顕在化しつつある。このような状況において市民生活の安全と平穏を確保していくためには、経済社会システムにおける犯罪抑止力の形成を図ること、すなわち、セキュリティシステムを確立していくことが必要となる。
 そして、このようなセキュリティシステムの確立を図るためには、警察においても、企業や消費者の被害の防止を図るための広報啓発活動を行うとともに、企業等に対し、犯罪実態に基づく犯罪防止のための個別具体的な指導等の活動を行うことが必要である。
 また、このような技術進歩や社会環境の変化に対応して、情報通信ネットワークに係る防犯技術の開発・提供や、画像伝送システム等多様な防犯技術を活用した警備業等のセキュリティサービスの適切な発展を促していくことも重要である。警察においては、情報セキュリティ施策策定のための調査研究に取り組むほか、産業界及び関係機関・団体との連携を図るなどにより、セキュリティシステムの形成に努めている。
(2)セキュリティ産業の育成
①時代の変化に対応した良質なセキュリティサービスの提供
○ 活躍する警備業
 警備業の業務は、施設警備を始め、交通誘導警備、雑踏警備、現金輸送警備、ボディガード等の幅広い分野に及んでいる。また、ホーム・セキュリティ・システム等に係る機械警備の普及拡大等に伴い、警備業は民間におけるセキュリティサービスとして定着してきており、平成13年末現在の警備業者数は9,452業者、警備員数は44万6,703人に達している。
 警備業務は、人の生命、身体、財産等を守る業務であることから、警察では、その業務が適正に行われるように指導及び監督を行っているところであるが、更に優良な警備員の育成を図るため、警備員の検定制度の充実強化に取り組んでいる。
○ 優良な防犯機器の普及、推奨
 警察では、自主防犯体制の整備、充実のため、各種防犯機器の研究・開発を関係業界等に働き掛けるとともに、これらの研究・開発の状況を広く紹介することにより、その性能の向上と普及に努めている。また、(社)日本防犯設備協会では、防犯設備等に関する調査・研究を行い、防犯設備等の普及の促進を行っているほか、防犯機器の設計、施工及び保守管理を行う者の資質を向上させ、これらの業務の実施の適正化を図るため、平成3年から防犯設備士制度を実施しており、13年末までに7,149人が資格認定試験に合格している。
②流通を通じたセキュリティの確保
○ 古物営業法・質屋営業法とは
 古物営業法及び質屋営業法は、古物商、質屋等に盗品等が持ち込まれる蓋然性が高いことに着目して、これらの業者に取引の相手方の身分確認や不正品の疑いがある場合の申告、取引の記録等を義務付けることによって、盗品等の市場への流入を阻止するとともに、いったん流入した盗品等を発見するなどして、窃盗その他の犯罪の防止及びその被害の回復を図ることとしている。警察では、犯罪情勢や取引実態に配意しつつ、その適正な施行に努めている。
 古物営業法の規定により都道府県公安委員会から許可を受けている古物商及び古物市場主の数の推移は、表3-41のとおりである。また、質屋営業法の規定により都道府県公安委員会から許可を受けている質屋の数の推移は、表3-42のとおりである。
○ 高度情報通信ネットワーク社会への移行による環境の変化
 盗品等が流入する市場は、窃盗犯等の状況や古物等の流通実態により変化するものである。近年の高度情報通信ネットワーク社会への移行とともに、インターネットを利用した古物取引が量的に拡大してきていることに伴い、ホームページを利用した無許可の古物営業が出現してきている。
 一方、一般の消費者でも手軽に古物取引に参加できる、いわゆるインターネット・オークションが発達してきている中で、窃盗犯等がインターネット・オークションを利用して盗品等を処分する事例が多発しており、少年による犯行を始め、窃盗犯等が誘発されることを防止する必要が生じている。
[事例1] 男子高校生2名は、13年2月、校内で女子生徒の制服を盗み、インターネット・オークションに出品し(2点、4万円)、売却しようとした(島根)。
[事例2] 被疑者は、13年3月、駐車中の自動車からカーステレオ等を盗み出し、インターネット・オークションを利用して、売却した(3点、7万円)(神奈川)。
 このため、これらの新たな市場への盗品等の流入を阻止するとともに、いったん流入した盗品等を発見するなどのための制度的枠組みを構築する必要がある。
○ 総合的な盗品等の流通対策
 流通を通じた犯罪を抑止するための流通分野におけるセキュリティシステムの形成には、警察による古物営業法等の施行のみならず、盗品等に関する情報の交換・共有を始めとする業界団体の自主的取組みが重要なものとなるため、警察では、全国古物商組合防犯協力会連合会、全国質屋組合連合会、(財)全国防犯協会連合会等との緊密な連携の下、古物商、質屋等に対する啓発活動に努めている。
③その他
 探偵社、興信所等の調査業については、詐欺事案等、悪質な業者による不適正な営業活動が後を絶たないことから、警察では、悪質な調査業者の取締り等を行うことによって、調査業の健全な発展に取り組んでいる。


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