第2節 テロ対策

1 国際的な取組み
(1)国際協力の推進
 同時多発テロ事件にみられるとおり、近年の国際テロは、世界各地に散在した勢力による国際的ネットワークを利用して実行される例が多く、国際テロの未然防止には一国のみの努力では限界がある。
 このため、テロ組織やテロリストに関する情報交換を促進するなどの治安機関相互間の協力関係を一層緊密にしていくことに加え、G8や国連等において、国際テロ防止のための施策を世界的に進めるための議論も活発に行われている。
 国際的なテロ対策のための施策として特に強調されているのが次の資金対策である。

(2)テロ資金対策
 犯罪組織の根絶のためには、組織の活動に不可欠な資金を絶つことが極めて重要である。テロ対策においても、同時多発テロ事件以降、テロの未然防止のためにはテロ組織の根絶を目指さなければならないとの認識の下、国際的なテロ資金対策が格段に強化されている。
 1999年(平成11年)に国連で採択された「テロ資金供与防止条約」は、テロ行為に使用されることを意図して資金を提供する行為等を犯罪化すること等を義務付けており、2002年(14年)4月に発効した。我が国は、第154回通常国会で同条約の実施に関わる国内法(3(2)ウ参照)を整備し、6月に同条約を締結した。この国内法の整備により、我が国でも、情を知ってテロ行為の実行を容易にするために資金提供を行った場合には、テロ行為の実行の着手に至らなかった場合でも犯罪とされることなどが定められた。
 また、同時多発テロ事件を受けて採択された国連安保理決議第1373号は、加盟国に対して、テロ行為を行う目的での資金の供与・受領を犯罪化すること等のほか、テロ行為を行う者等により所有・支配されている資産等を凍結すること等を義務付けた。
 我が国は、国連安保理決議第1373号で求められているテロリスト等の資産凍結にも積極的に取り組んでおり、機動的な凍結措置の実施のため「テロリスト等に対する資産凍結等に係る関係省庁連絡会議」が設置され、警察庁もこれに参画している。2002年(14年)7月末日現在、315のテロ関連個人・団体を資産凍結対象としている。

2 欧米諸国のテロ対策
 欧米諸国では、従来から、各国の実情に応じて、テロ対策のため法制や組織が整備されてきたところであるが、今般の同時多発テロ事件の発生により、テロ対策に向けた国際的協調と各国のテロ対策の充実が一層求められることとなった。
 こうしたことを受けて、米国を始め、英国、フランス、ドイツ等主要国においては、捜査機関の権限・出入国管理・情報収集力の強化等、テロ防止に資する内容の法令が極めて短期間のうちに制定されている(主要法令の概要については、表2-4参照)。

(1)米国
ア 法制
 米国では、1980年代に、テロ対策法制として「国際テロ対策法」、「外交官等の防護及び反テロ法」等が制定されたが、それ以前から、国家安全保障局(NSA)は、国家の安全にかかわる外国勢力による通信に関し、大統領命令による無制限の行政傍受が可能とされ、また、連邦捜査局(FBI)は、「外国諜報監視法」により、外国の諜報活動に関する情報を得るため、裁判所の令状なく、通信傍受を行うことが可能とされていた。これらの行政傍受とは別に、FBIや州警察等は、「犯罪防止包括法」により、特定の個人が一定の犯罪を犯したと信じるに足りる相当の理由があること、通常の捜査手法では成果を挙げることが困難なこと等の要件の下、裁判所の許可に基づく司法傍受が可能とされている。
 このほか、「連邦移民国籍法」は、移民官が、国境地域において、無令状で船舶、列車、航空機、車両等に乗り込み、外国人を捜索することができること、米国に30日以上滞在する14歳以上の外国人は、指紋押なつに応じなければならないこと等を定めている。なお、2002年(平成14年)6月6日、アシュクロフト司法長官は、テロ対策の一環として「連邦移民国籍法」に基づき、国家安全保障上の懸念の対象となり得る外国人の出入国及び在留管理を厳格にする「国家安全保障・出入国登録制度」の導入を発表した。同制度には、海空港において指紋採取・顔写真の撮影を行い、犯罪者・テロリストのデータベースと照合すること等が盛り込まれている。
 1996年(8年)には、包括的なテロ対策を講ずるため、「反テロ及び効果的死刑法」が制定された。その内容は、外国テロ組織の指定と指定組織の資産凍結等、通信事業者に対する通信記録等の保全要請、法執行目的で使用される連邦財産周辺における駐車及び営業の禁止等である。
 同時多発テロ事件後の2001年(13年)10月には、外国人の拘束、通信傍受権限の強化等を盛り込んだ新たなテロ対策法が制定された(一般に「愛国法」と通称されている。)。
イ 組織体制
 米国では、連邦捜査局(FBI)テロ対策局に国際テロ対策課及び国内テロ対策課が設置されており、米国民、米国権益に対するテロ事件の捜査及びテロ活動に関する米国内外での情報収集、分析等を行っている。また、中央情報局(CIA)、NSA等は、主として国外のテロ関連情報の収集、分析を行っている。さらに、国務省には、国際テロ対策に関する外交政策の立案等を行うテロ対策調整官室及び在外公館警備、外国に対するテロ対策支援、テロ懸賞金関連事務等を行う外交警備局が置かれている。
 FBIには人質救出部隊(HRT)が、主要自治体警察には特殊武装戦術部隊(SWAT)がそれぞれ設置されており、国内のテロ事件の鎮圧、捜査に当たっている。
 2002年(14年)5月29日、モラーFBI長官は、FBIの大幅な組織改編案を発表した。これは、同時多発テロ事件の教訓等を踏まえ、テロ対策強化を第一の重点とし、情報収集・分析機能を強化して、テロに対する能動的な対応にシフトしようとするもので、テロの未然防止を重視したものとなっている。
 また、6月6日、ブッシュ大統領は、米国内のテロ対策を抜本的に強化するため、現在多くの省庁において管轄されている関連業務を統合した「国土安全保障省」の新設案を発表するなど、相次いで対テロ組織体制強化策を打ち出した。

(2)英国
ア 法制
 英国では、2000年(平成12年)に既存のテロ法制を整理・統合した「テロリズム法」が制定された。同法は、テロ組織の指定、テロ資金の規制、テロ防止のための警察権限の拡大等を主な内容とするものである。
 また、同年、通信傍受や秘密捜査官による捜査について既存の法制を整理・統合した「調査・捜査権限法」が制定された。
 これらのほか、「警察及び刑事証拠法」(1984年制定)では、無令状逮捕(注)できる者がいると信ずる合理的な理由がある場合や人の生命・身体を救護し、又は財産に対する重大な侵害を防止するため必要な場合には、無令状で家宅等に対する立入り、捜索を行うことができることとされており、テロ対策に活用し得るものとなっている。
 同時多発テロ事件後の2001年(13年)12月には、テロ対策を更に強化するため、「対テロ・犯罪・警備法」が制定され、関係機関相互間の情報共有の強化、出入国管理の強化等の規定が新設された。
(注) 英国では、5年以上の拘禁刑を科すことができる犯罪等は「逮捕可能犯罪」とされ、これらが既に行われたと疑う理由があるとき等において、警察官は、犯人であると疑う合理的な理由のある者を無令状逮捕することができる。
イ 組織体制
 英国では、内務省組織犯罪・国際犯罪局テロ防護部が、法制を含むテロ対策に関する政策の企画、立案等を担当している。また、保安庁(SS)は、内務大臣の監督の下、国内におけるテロ関連情報の収集、国内外で収集されたテロ関連情報の分析、評価及びその効果的活用について責任を有している。一方、国外でのテロ関連情報収集は、外務大臣の監督の下、秘密情報庁(SIS)が、テロ関連を含め、国家安全保障上必要なあらゆる情報の収集に当たっている。
 テロの予防と捜査を行うのは、それぞれの地方警察の公安部であるが、ロンドン警視庁では、公安部に設置されているスペシャル・ブランチが、北アイルランド関連のテロをはじめ、国内外のテロ情報の収集及び分析を担当している。また、ロンドン警視庁テロ対策調整官は、テロ事件捜査を自ら担当するとともに、国家レベルでその調整を行っている。

(3)フランス
ア 法制
 フランスでは、従来から、テロ行為に関する特則として、刑法にテロ行為への法定刑加重や捜査当局に協力するテロリストに対する刑の減免等に関する規定が、また、刑事訴訟法に、テロ行為に関する公訴時効延長、陪審制の適用除外、警察留置の制限時間延長等に関する規定が設けられている。このほか、個別の法制の中にも、テロ対策に活用し得るものがある。
 同時多発テロ事件後の2001年(平成13年)10月には、新たに「日常の安全に関する法律」が制定され、同法の第5章「テロ対策を強化する規定」において、テロ捜査のための身元確認等のテロ対策に関する規定が設けられた。
イ 組織体制
 フランスでは、内務省国家警察総局の国土監視局(DST)が、スパイ対策を担当するとともに国際テロに関する情報収集及び事件捜査に当たっているほか、国防省対外治安総局(DGSE)が、大統領の統制の下、一般的対外情報機関として、国外におけるテロ関連情報の収集等に当たっている。ジャンダルムリ(国防省国家憲兵隊)(注)も国家警察と並ぶ一般警察機関として、テロ事件捜査について捜査権限を有している。これら各部門を調整する機関として、内務大臣が主宰するテロ対策省庁間会議(CILAT)が設置されており、内務省国家警察総局テロ対策調整室(UCLAT)が事務局を務め、随時開催されている。
 一方、内務省国家警察総局に置かれた国家警察特別介入部隊(RAID)、ジャンダルムリに置かれた治安介入部隊(GIGN)は、対テロ特殊部隊としての任務を担っている。
(注) ジャンダルムリ(国防省国家憲兵隊)は、軍の警察という本来の任務に加え、国家警察とともに、一般の警察事務にも携わっている。ジャンダルムリが実施する業務のほとんどは、この一般の警察事務である。

(4)ドイツ
ア 法制
 ドイツでは、従来から、結社の目的又は活動が刑法に違反する場合等に結社を解散させ、又はその結成を禁止することができるとする「結社法」や、テロリスト団体の結成を処罰する刑法の規定のほか、各分野において、テロ対策に活用し得るものがある。
 また、一般に警察に関する立法権は各州に属する事項とされ、例えば、ノルトライン・ヴェストファーレン州の警察法では、身元確認等に関する広汎な権限が定められている。
 同時多発テロ事件後の2001年(平成13年)12月には、新たに「国際テロ対策に関する法律」が制定された。同法は、テロ犯人のドイツへの入国を阻止するとともに、国内の過激派の認知、活動の阻止を可能とすることを目的とするもので、旅券や身分証に、写真及び署名に加えて、指紋や顔の生物学的特徴を記載できること等の規定が盛り込まれている。
イ 組織体制
 ドイツでは、連邦内務省の連邦刑事庁(BKA)に置かれた国家保安局がテロ犯罪の捜査に当たり、同じく連邦内務省の連邦憲法擁護庁(BFV)が国内におけるテロ関連情報の収集に当たっている。同時多発テロ事件後、連邦刑事庁国家保安局内に、イスラム過激派・テロリスト対策グループが恒常的な組織として設置された。また、首相府直轄の連邦情報庁(BND)においては国外におけるテロ関連情報の収集に当たっている。
 一方、連邦内務省の連邦国境警備隊西部方面本部に第9国境警備隊(GSG9)が置かれ、対テロ特殊部隊として活動している。
 州レベルでも同様の体制が整備されており、州内務省の監督の下、州刑事庁と州憲法擁護庁がテロ関連の犯罪捜査と情報収集に当たっているほか、主要な州警察に特殊部隊(SEK)が置かれている。また、同時多発テロ事件を受け、テロ対策の情報交換及び調整のため、連邦(連邦刑事庁、連邦憲法擁護庁)、州(州刑事庁、州憲法擁護庁)の代表から成るテロ対策調整グループが設置されている。同グループには必要に応じ、連邦検察庁も参加する。

3 我が国のテロ対策に関する法制度
(1)テロ対策に関する法制度
 2で見たように、欧米諸国は、それぞれテロ対策の視点から包括的に法律が整備されており、テロの未然防止対策等を進める上で、捜査機関に種々の権限が付与されている。
 他方、我が国には、テロ対策を目的とした包括的な法律は存在せず、取締りに当たっては、刑法、刑事訴訟法の諸規定によることを基本としている。また、必要に応じ、ハイジャックの取締りのための、航空機の強取等の処罰に関する法律、爆発物の取締りのための、爆発物取締罰則及び火薬類取締法等の個別法の規定によって対応しているのが現状である。
 同時多発テロ事件を受け、国際的な協力の枠組みの下で、テロ根絶の対策を同一歩調で進めることが求められており、我が国としても、法整備の問題を含め、その対応に遺漏がないようにしなければならない。

(2)同時多発テロ事件後の法令の整備
ア テロ防止関連条約の締結、署名
 国際連合等の国際機関では、テロ行為の防止及び処罰に関する国際協力体制を整備するため、12のテロ防止関連条約が採択されていた。これまで、国連総会等の場において、各国に対し、これら条約の早期締結が呼び掛けられていたが、同時多発テロ事件を受け、2001年(平成13年)9月20日に発表されたG8首脳声明においては、これら条約の可及的速やかな締結に向けた措置をとることなどが強く要請された。我が国は、同時多発テロ事件以前に既に10条約について締結を済ませていたが、上記の情勢を受けて、残る2条約の締結を急ぐこととなり、10月30日、「テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約」の締結のために必要な国内関連法の整備に係る法律案を国会に提出し、また、同日、「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」に署名した。
イ 「テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約」の締結に伴う関係7法律の改正
 「テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約の締結に伴う関係法律の整備に関する法律」は、第153回国会において全会一致で成立した。同法は、爆発物取締罰則、サリン等による人身被害の防止に関する法律等7法律について、それぞれ、罰則の新設や適用範囲の拡大、国外犯処罰規定の新設等所要の改正を行ったものである。
 この国内法の整備を受けて、13年11月16日、我が国は「テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約」を締結した。
ウ 「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」締結のための関係法律の成立
 「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」は、締約国に対し、ハイジャックや爆弾テロその他のテロ行為に使用される資金を提供し又は収集する行為を、その資金が実際にテロ行為の実行に利用されたかどうかを問わず犯罪化することを義務付けるものである。我が国は、同条約締結に関連し、第154回国会において、2つの法律を新たに成立させるとともに、外国為替及び外国貿易法の一部を改正した。各法の内容は以下のとおりである。
○ 公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律
 公衆等脅迫目的の犯罪行為に対して資金を提供する行為等についての処罰規定、これらの行為に係る国外犯の処罰規定等の整備を内容とするもの。
○ 金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律
 金融機関等に対して顧客の本人確認及び取引記録保存を義務付けること等を内容とするもの。
○ 外国為替及び外国貿易法の一部を改正する法律
 資産凍結の対象となるテロリスト等を迅速、適切に指定するため関係省庁間における情報共有の明確な根拠規定を整備するとともに、金融機関に対し、支払、資本取引等に係る顧客の本人確認を義務付けること等を内容とするもの。
 なお、改正外為法のうち情報共有に関する部分の施行(平成14年5月7日)に合わせ、資産凍結措置の機動的な実施に資することを目的として「テロリスト等に対する資産凍結等に係る関係省庁連絡会議」が設置され、警察庁もこれに参画している。
 これら国内法の整備を受けて、14年6月11日、我が国は「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」を締結し、12のテロ防止関連条約すべてを締結した。

4 テロに対する警察の取組み
 従来から、警察はテロ対策に積極的に取り組んできたところであるが、同時多発テロ事件を受け、各種のテロ対策を格段に強化している。

(1)情報収集と捜査の徹底等
 同時多発テロ事件は、テロがひと度実行に移されると途中で阻止することは極めて困難であり、テロ対策上、未然防止が最も重要であることを改めて認識させた。
 テロ対策の要諦は、未然防止のための情報収集及び捜査の徹底等にあり、とりわけ広範な情報収集と的確な分析が不可欠である。テロは極めて秘匿性の高い行為であり、テロに関する情報の多くは断片的で、個々の情報のみではその真偽や情報としての価値を判断できないものにとどまるため、その未然防止のためには総合的な分析が必要となる。警察では、日本赤軍の追跡活動等を通じて長年にわたり培った各国治安機関との緊密な協力関係から、多種多様な情報を交換し、また情報の分析について専門的な意見交換を重ねているのみならず、全国警察をあげての情報収集活動、捜査活動、警戒活動を通じて得られた個々の情報について、テロとのかかわりがあるかどうか判断するための総合的な分析を行うとともに、不審点があればその真相解明のための諸活動を、テロの危険性が認められないと判断するに至るまで徹底して行っている。テロ対策に係る情報活動は、このような地道な作業の膨大な積み重ねの上に成り立っており、このことは、世界各国においても同様である。
 警察は、同時多発テロ事件以降、情報収集・分析活動を飛躍的に強化しており、各国治安機関との情報交換の内容を深め、頻度を高めるなど、連携を格段に強化したほか、全国の都道府県警察による情報の収集と警察庁による情報の集約を強化している。
 これらによって、テロに関連している可能性のある人物や不審な動向等に関する多数の情報が日々警察庁に集約され、警察庁ではこれらを総合的に分析するとともに、分析結果を具体的な捜査活動、警戒活動等に結び付け、テロの未然防止を図っている。
 さらに、警察では、国際テロリストの潜入防止を図るため、入国管理局、海上保安庁等関係機関との連携を一層緊密化し、水際対策を強化するなどしている。

(2)テロ対処部隊の活動
ア 特殊部隊(SAT)
 警察では、1977年(昭和52年)9月28日に発生した日本赤軍による「ダッカ事件」を契機として、警視庁及び大阪府警察に特殊部隊を設置した。
 平成8年4月、深刻さを増す銃器情勢等に的確に対応するために、警視庁、大阪府警察に加え、北海道、千葉、神奈川、愛知、福岡の5道県警察の機動隊等に特殊部隊を編成し、呼称を「SAT」(Special Assault Team)とした。
 SATは、全国で約200人の体制で、
○ ハイジャック、重要施設占拠事案等の重大テロ事件
○ 組織的な犯行や強力な武器が使用されている事件
等の事案に出動し、被害者等の安全を確保しつつ、事態を鎮圧し、被疑者を検挙することをその主たる任務としている。また、SATは、設置都道府県内の事案だけではなく、他府県の事案に対しても、その要請により出動して事案に対処することとしている。
 SATには、自動式けん銃、ライフル・自動小銃等の特殊銃、特殊閃光弾、ヘリコプター等が配備されており、ハイジャック事案や人質立てこもり事案等を想定した実戦的訓練を重ね、部隊活動能力の充実強化に努めている。
イ 銃器対策部隊
 SATと同様、8年4月に全国の機動隊に編成された銃器対策部隊は、合わせて千数百名の体制であり、銃器等を使用した事案への対処や重要施設の警戒警備のため、日々訓練を行っている。
 銃器対策部隊の主な任務は、銃器等使用事案の制圧・検挙であるが、SATが出動するような重大事案発生時には、SATの到着までの第一次的な対応に当たるとともに、到着後は、その支援に当たることとしている。
 銃器対策部隊には、ライフル銃、防弾チョッキ、防弾帽、防弾楯等が配備されているが、同時多発テロ事件を踏まえ、国内におけるテロ対策に万全を期すため、14年4月、新たに機関けん銃約1,400丁を配備した。
 この機関けん銃は、銃の性能に対する信頼性、警備対象となる重要施設周辺の環境、外国警察における導入実績等を考慮し、上記のような任務に当たる銃器対策部隊員等が所持するのにふさわしい銃種として選定したものであり、国際テロ情勢等を踏まえながら、的確な運用を行うこととしている。

(3)重要施設の警戒警備
 テロ防止対策として、重要施設の警戒警備を的確に実施することは極めて重要である。このため、警察では、組織の総合力を発揮して関連情報の収集・分析を行い、これらを基に情勢に対応した警備計画を立案の上、効果的かつ効率的な警戒警備を実施している。
 具体的には、施設周辺における警戒や車両検問を通じて不審者や不審車両の早期発見に努めるとともに、情勢に応じて、施設出入口付近や施設中枢部の直近等に装備資機材を配備した部隊を配置して数次の防衛線を張り、不審者や不審車両の施設中枢部への侵入防止を図っている(図2-1)。
 また、爆弾等を積載した車両で突入するいわゆる自爆型テロについては、早期発見と物理的障害物の設置が有効との判断のもと所要の体制で警戒を実施しており、これは国際的にも一般的な手法とされている。
 このように、警察では、火力のみに依存することなく、様々な警備措置を有機的に組み合わせることにより、重要施設の警戒警備に万全を期している。
 同時多発テロ事件の発生後は、直ちに米国関連施設、原子力関連施設等の重要施設に対する警戒警備を強化し、その対象は最大時で約580箇所に及んだ。特に原子力関連施設については、全国の警察力を動員して警戒を強化し、2002年ワールドカップサッカー大会(平成14年5月31日~6月30日)の開催にあわせて、前記の銃器対策部隊により原子力関連施設警戒隊を編成するなどして更なる警戒強化を図った。
 また、14年4月に供用が開始された新総理大臣官邸については、専門的知識・技能を有する官邸警備の専門部隊として約100人体制の「警視庁総理大臣官邸警備隊」を新設し、警備の万全を期している。

(4)生物化学テロ対策
ア 生物化学テロ対処能力の向上
 警察では、オウム真理教による地下鉄サリン事件等の発生を受け、生物化学テロへの対処能力の強化を図ってきた。
 具体的には、全国の機動隊等に防護服、化学剤検知器、除染器等各種装備資機材を順次配備し、現場対処訓練を積み重ね、練度の向上に努めてきた。また、平成12年、高度な装備資機材を配備したNBCテロ対応専門部隊を警視庁及び大阪府警察に設置するとともに、科学警察研究所による技術的バックアップ体制の確立にも努めてきた。
 さらに、同時多発テロ事件を受け、生物化学テロ対処能力の更なる向上を図るため、NBCテロ対応専門部隊の6道県(北海道、宮城、神奈川、愛知、広島及び福岡)への増設及び全国警察への化学防護服や生物剤検知器等の増強配備を行った。
イ 生物化学テロ未然防止のための措置
 警察では、生物化学テロの未然防止を図るため、生物化学テロに使用されるおそれのある物質の不自然な取引等に関する情報収集に努めるとともに、これらの物質を管理する事業者等に対し、盗難防止対策についての指導等を行っている。
ウ 生物化学テロ事案発生時の措置
 万が一、生物化学テロが発生した場合、警察は、化学防護服等必要な装備を着装した部隊を速やかに投入して、消防や保健・医療機関等の関係機関との連携を図りながら、被害者の救出、立入禁止区域の設定、散布された生物剤・化学剤の検知・回収及び付近住民の避難誘導等を実施して被害の拡大防止等に努めることとしている。
 なお、生物テロについては、潜伏期の存在により発症までに時間を要することから、その発生が公衆衛生当局や医療機関により認知される可能性が高い。そこで、これら関係機関とのネットワークを構築し、秘密裏に敢行された場合でも生物テロの発生を迅速に認知できるような体制づくりに努めている。
 また、米国における炭疽菌事件の発生後、我が国でこれを模倣した白い粉末を郵送するなどの事案が相次いだが、厚生労働省や郵政事業庁等関係省庁との連携を図りつつ、NBCテロ対応専門部隊等が出動して迅速な対応に努めた。
 白い粉末を郵送するなどの事案については、14年7月末日までに全国で約2,500件を取り扱っており、そのうち悪質な39件8人については威力業務妨害罪等で検挙等しているが、実際に炭疽菌が確認された事案はない。

(5)ハイジャック防止対策
 警察では、平素からハイジャック防止のために関係機関との密接な連携の下、旅客機への危険物持込みの防止に努めるとともに、実際に航空機を使ってのハイジャック対応訓練を重ね、その発生に備えてきた。
 同時多発テロ事件は、ハイジャックした航空機を自爆的に目標物に突入させるという形態で敢行されたが、これによりハイジャックの未然防止の重要性が改めて浮き彫りにされた。
 そこで、同事件発生後は、ハイジャックの未然防止の徹底を図るため、情報収集を強化するとともに、国土交通省、航空会社等の関係機関との連携を密にし、危険物の機内への持ち込み防止対策を強化した。また、主要な空港については、保安検査場の内外に警察官を増強配備し、危険物や不審者の発見に努めるなどの対策を講じた。
 また、2002年ワールドカップサッカー大会の開催期間中は、旅客機に警察官を警乗させてハイジャック防止に当たらせた。

(6)経空テロ対策
 小型航空機や無人ヘリコプター等を利用して上空から化学剤等を不法に散布する形態や、これらに爆発物を搭載して上空から対象に突入させる形態等で敢行されるいわゆる経空テロについては、小型航空機等の盗難防止対策を徹底するとともに、地方の飛行場等の警戒を強化すること等により、その未然防止に努めてきた。
 ところが、同時多発テロ事件後の国際テロの脅威の高まりを受けて、経空テロ対策の強化が重要な課題となり、そのような中で全世界の注目を集めるスポーツイベント2002年ワールドカップサッカー大会の開催を迎えることとなった。
 そこで、警察、国土交通省及び防衛庁が緊密に連携し、試合前後の数時間、競技場周辺上空を原則として飛行禁止とし、警察用航空機による上空警戒を行うとともに、両省庁から警察に対し、周辺空域を飛行中の航空機に関する情報を即時に提供する体制を確立するなどの諸対策を実施し、同大会における経空テロの未然防止を図った。

(7)国際テロ緊急展開チームの派遣
 警察では、国際テロ事件発生時に、専門知識を持つ要員を現地に派遣し、現地治安当局との連携、情報収集及び各国捜査機関への捜査支援活動等に当たらせるため、1997年(9年)、警備局外事課に「国際テロ緊急展開チーム(TRT:Terrorism Response Team)」を設置した。同時多発テロ事件発生直後も、同チームを米国に派遣し、治安当局との情報交換を行うとともに、邦人保護活動の支援を推進した。

(8)サイバーテロ対策
 政府は、平成13年3月、「5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す」こととした「e-Japan戦略」を具体化し、「e-Japan重点計画」を策定した。これにより、今後、「超高速アクセスが可能な世界最高水準のネットワーク」等のインフラを形成することとされており、このインフラを活用した取引等を活性化する諸施策を進めることとしている。
 我が国においては、サイバーテロに該当するとみられる事案はいまだ発生していないものの、12年1月及び13年8月には中央省庁等のホームページが改ざん、消去される事案が発生し、13年には強力なコンピュータ・ウイルスによる被害が世界的規模で発生した。また、12年2月にはオウム真理教関連のソフトウェア会社が、官公庁等のシステム開発を行っていたことが明らかになるなど、政府機関や重要インフラに対するサイバーテロの脅威が現実のものとなっている。
 警察では、サイバーテロの未然防止、事案発生時の被害拡大防止及び事件検挙を目的として、サイバーテロに関する捜査体制及び情報収集体制の整備、サイバーテロ防止のためのセキュリティ情報の提供、緊急対処体制の整備・強化等の施策を講じてきた。
ア サイバーフォースの創設
 警察庁では、11年4月、情報通信局に技術対策課を設置し、その技術的中核として警察庁技術センターを同課に設置するなど体制整備に努めてきた。さらに、今後、一層の進展が予想される社会の情報化に際し、大きな脅威となっているサイバーテロに的確に対応するため、13年4月、警察庁にサイバーテロ対策技術室を、各管区警察局に技術対策課を設置し、機動的技術部隊としてサイバーフォースを創設した。
 サイバーフォースでは、24時間体制によるサイバーテロの予兆の把握、事案の早期認知に努めるとともに、都道府県警察との一層の連携を図るなど、緊急対処体制を強化することとしている。
 また、民間の最先端技術の修得や外国捜査機関等との情報交換を行うとともに、システムの防御や緊急対処のため必要な技術を研究開発するなど日々高度化する技術に対応できる体制を維持している。各種情報システムのセキュリティ水準の向上に寄与するため、これらの活動を通じて得られた技術、知見等のうち、サイバーテロ対策に有効と思われる情報については広く一般に提供することとしている。
イ 重要インフラ事業者との連絡・連携体制構築
 重要インフラ(情報通信、交通機関、電力、ガス、行政サービス等)がサイバーテロの対象とされた場合、国民生活や社会経済活動に重大な影響を及ぼすおそれがあることから、警察と重要インフラ事業者との連携がとりわけ重要となる。そのため、警察では、セキュリティ水準向上のための自主的取組み、事案発生時等における警察への迅速な通報、捜査への協力等について事業者等に個別に要請するとともに、適宜、助言を行うなど、サイバーテロ対策に当たっての連絡・連携体制の構築に努めている。また、国際的なイベントが開催される場合等、大規模な警備実施に際しては、特に連携を強化し、警戒に当たることとしている。

(9)関係省庁との連携強化
 警察では、重大テロ等対策に関し、関係省庁と会議を通じた情報の交換や対応策の検討等を行っている。
 特に、防衛庁・自衛隊とは、平素から情報の交換、施設の利用、技術的事項に係る相互の助言等により密接な連携を図り、重大テロ等が発生した場合には、必要に応じ、装備資機材の貸与、警察部隊の輸送支援等を要請するなど、十分な連携の下で事態に対処することとしている。また、平成12年12月に武装工作員事案等様々な事態に柔軟に対応することができるよう改正された治安出動に関する防衛庁と国家公安委員会との協定に基づき、14年5月までに全都道府県警察とこれに対応する陸上自衛隊の師団等との間で治安出動に関する現地協定が締結され、一層の連携の強化が図られた。

(10)テロ対策のための技術移転等
 国際的なネットワークを有するテロ組織に対抗するためには、各国の治安機関がそれぞれの能力を高めるとともに、治安機関相互間のネットワークを構築する必要がある。
 警察では、政府開発援助(ODA)事業の一環として、1993年(平成5年)以降「国際テロ対策技術協力セミナー」を開催しているほか、1995年(7年)以降、国際協力事業団(JICA)との共催により、「国際テロ事件捜査セミナー」を開催し、開発途上国のテロ対策実務担当者等に対して、テロ事件の捜査技術に関するノウハウ等を積極的に提供している。
 また、地域テロ対策協議を開催し、地域別にテロ対策実務担当者を招致して、テロ対策に関する協議を行っている。

(11)海外安全対策
 我が国企業の海外拠点や在外邦人等を標的としたテロ、誘拐等が世界各地で発生しているため、(財)公共政策調査会等は、関係機関の協力を得て、1993年(平成5年)以降、毎年海外で「海外安全対策会議」を開催している。同会議には、現地の日本企業関係者を中心に、それぞれ百数十人が参加しており、2001年(13年)9月にフランクフルトで開催された会議では、警察庁から派遣された講師が「米国における同時多発テロ事件と欧州のテロ情勢」をテーマに講演を行った。

(12)国際会議への積極的参加
 国際テロ対策は、国際社会が直面する重要かつ緊急の課題であり、各国の連携、協力が不可欠との観点から、G8や国連等の場において、政府首脳間、治安等担当大臣間、警察機関相互間等による活発な討議がなされており、警察庁も、これらの国際会議に積極的に出席している。

5 警察におけるテロ対策の課題
 警察は、テロの発生を未然に防止するため、地道な方法ではあるが、これまで推進してきた情報収集活動を更に強化し、国際テロリストの動向等国内外のテロ情報をより広範に収集する必要がある。そして、得られた情報に多角的な分析を加え、重要施設警戒等の各種テロ対策に生かしていくほか、犯罪行為があれば必要な捜査を行い、容疑者を検挙するなどして、テロの未然防止を図っていくことが求められる。
 一方、万が一テロが発生した場合には、被害者を救護し、又は被害を最小限に食い止め、犯人を制圧・検挙することが必要であり、そのため、テロ対処専門部隊等の高度かつ専門的な訓練を積み重ねるとともに、テロ対処装備資機材の充実強化を図っていくこととしている。また、国際テロ対策は、我が国のみではなし得ないことから、国際協調をより一層推進する必要がある。

(1)テロの未然防止
ア 情報収集・分析力の強化
 テロ対策の要諦がその未然防止にあることにかんがみ、警察では、より専門的、総合的かつ広範な情報収集・分析力を強化するため、警察庁及び都道府県警察のテロ対策部門の体制強化を検討している。  さらに、今後、警察では、語学力に優れテロの背景や手法等の専門知識に通じた職員を育成することにより、各国治安機関との情報交換のレベルの高度化を図るほか、国内外から入手した情報を警察庁で一元的に集約・分析・管理し、情報面での支援・協力として、必要に応じて国内外の治安機関・関係機関や都道府県警察に提供していく「情報センター」としての体制・機能を一層強化していくこととしている。特に、これらの強化に当たっては、イスラム過激派対策に重点を置く方針である。
イ 重要施設の警戒警備
 テロの未然防止を図るため、警察においては、これまでの警戒方法等に改善すべき点はないか等について常に検討を行い、必要な訓練等を実施していくとともに、装備資機材の充実強化を図り、警戒力の向上に努めていく必要がある。
 また、昨今の国際テロの脅威の高まりを踏まえ、重要施設に対する不審者の接近を防止するための警察官の現場措置のあり方や経空テロ防止のための体制の整備等について検討していく必要がある。

(2)テロ対処能力の強化
ア テロ対処部隊の能力向上
 テロ対処特殊部隊としてのSATは、昨今の国際テロの脅威の高まりを踏まえ、国内外で発生しているあらゆる形態のテロを視野に入れた研究を重ね、多種多様な訓練を行い、更なる部隊の精鋭化を図っていく必要がある。
 また、テロリストが使用する武器等についても、多様化傾向にあることから、これらに適切に対処するため、SATの装備資機材を充実強化する必要がある。
イ 生物化学テロ対処能力の向上
 生物化学テロ対処部隊としてのNBCテロ対応専門部隊は、更なる対処能力の向上を目指して研修や訓練を重ねるとともに、海外の関係機関との情報交換や合同訓練の実施等を通じて、最先端の知識や技術の習熟に努める必要がある。さらに、設置都道府県以外の府県における体制の整備及び全国的な装備資機材の充実強化を図っていく必要がある。
ウ サイバーテロ対処能力の向上
 急激に進歩する情報通信技術を悪用するサイバーテロに対応するためには、攻撃の予告・扇動、偵察行為及び侵入行為等サイバーテロに直結しうる情報やセキュリティ情報等関連情報の入手に努めていく必要がある。また、サイバーテロ対策要員の民間企業での研修や訓練をはじめ、外国捜査機関との交流を一層推進するなど、高度な専門能力を有する人材の育成や体制の更なる充実・強化を行う必要がある。

(3)テロ対策の国際的な取組みへの参加
 国際的ネットワークを有するテロ組織に有効に対処し、国際テロを未然に防止するためには、世界的な規模でテロ対策を進める必要があり、各国治安機関相互間の積極的な情報交換の推進に加え、国際的な施策への取組みを一層強化する必要がある。
 テロリストは国境を越えて活動していることから、各国それぞれが国際的なテロ対策のループホールにならないように、従来以上に積極的にテロ対策に取り組んでいく必要がある。我が国においても、テロ資金対策等のテロ対策のため政府全体が積極的に国際協力に取り組んでおり、今後は更に分野を拡大するなど、取組みを強化していく必要がある。警察としても、こうした取組みにおいて重要な役割を果たすため、テロ対策面での国際協力のための体制・機能を一層強化していくこととしている。


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