第9章 国際化社会と警察活動

 近年の交通・通信手段等の飛躍的発展等に伴い、我が国と諸外国との交流はますます活発化しており、同時に、経済的利益を目的とした不法入国者数及び不法残留者数も多数に上っている。これに伴い、来日外国人による犯罪の多発、海外からの薬物、けん銃の流入等が顕著となり、特に、「蛇頭」をはじめとする外国人犯罪組織の存在は、我が国の治安に対する重大な脅威となっている。また、日本人の海外における犯罪及び我が国において犯罪を犯した者が国外へ逃亡する事案も依然として後を絶たない。
 これらの問題に対して、警察では、国際捜査力を強化するとともに、24時間対応可能な国際捜査協力体制を確保している。また、地域住民や関係行政機関との連携に努めている。
 さらに、諸外国に対して、警察分野に関する協力を目的とした各種セミナーの開催、技術専門家の派遣等を行っており、相手国の治安の向上等に貢献している。

1 警察事象の国際化

(1) 来日外国人犯罪
 昭和63年に約240万人であった外国人入国者総数は、平成9年には約1.9倍の467万人となっており、これを反映して、来日外国人(注)による犯罪も増加している。
(注)来日外国人とは、我が国にいる外国人から定着居住者(永住者等)、在日米軍関係者及び在留資格不明の者(国籍は不明であるが明らかに日本人ではない者等)を除いた者をいう。
ア 検挙人員全体に占める来日外国人構成比の高さ
 我が国の総人口(満14歳以上)に占める来日外国人人口の構成比は約1.0%であるとみられるが、9年の刑法犯検挙人員全体に占める来日外国人検挙人員の構成比は1.7%である。このように人口構成比との比較で見た場合、検挙人員全体に占める来日外国人の構成比の高いことは、国際化がもたらす治安上の問題として注目する必要がある。
イ 来日外国人による犯罪
 9年における来日外国人による刑法犯検挙状況をみると、検挙件数は、2万1,670件(前年比2,157件(11.1%)増)、検挙人員は、5,435人(591人(9.8%)減)である(図9-1)。
(ア) 凶悪犯
 来日外国人犯罪の検挙状況を包括罪種別にみると表9-1のとおりで、凶悪犯の検挙件数は、187件(前年比25件(15.4%)増)で、検挙人員は、213人(1人(0.5%)増)となっている。殺人の検挙状況は、69件、83人(16件、10人増)と検挙件数で30.2%増加し、統計

図9-1 外国人入国者数及び来日外国人刑法犯検挙状況(昭和63~平成9年)

表9-1 来日外国人刑法犯の包括罪種別検挙状況(昭和63~平成9年)

を取り始めた昭和55年以降で過去最高を記録した。そのうち、中国人は18件、26人であり、検挙件数の26.1%を占めている。また、凶悪犯の検挙人員のうち61.5%は、不法滞在者(注)による犯行である。
(注) 不法滞在者とは、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)第3条違反の不法入国者、同法第9条違反の不法上陸者及び適法に入国した後在留期間を経過して残留している不法残留者をいう。
[事例1] ネパール人の男(30)は、3月、渋谷区のアパート空き室内において、女性会社員の頚(けい)部を圧迫して殺害した上、現金約4万円を強取した。5月、強盗殺人罪で検挙(警視庁)
[事例2] イラン人の男(28)は、4月、中野区のマンション内の一室において、被害者であるイラン人の男に対し、手足等を粘着テープで緊縛し、トランクに押し込め、窒息させ殺害した上、翌日、隣接するマンションの貯水槽前に遺棄した。6月、殺人罪及び死体遺棄罪で検挙(警視庁)
(イ) 窃盗犯
 窃盗犯の検挙件数は、1万9,128件(前年比3,176件(19.9%)増)であった。不法入国者や不法残留者等のグループによる海外輸出を目的としたオートバイ盗、自動車盗事件、貴金属等を対象とした広域多額窃盗事件が多発したほか、外国貨幣を使用した自動販売機荒し事件が全国的に頻発した。
(ウ)  知能犯
 知能犯の検挙件数は、680件(前年比833件(55.1%)減)、検挙人員は、305人(192人(38.6%)減)とそれぞれ減少しているものの、外国に本拠を置く犯罪組織による偽造クレジットカード使用詐欺等、悪質な事件が目立っている。
(エ) 薬物事犯
 薬物事犯の検挙件数は、1,221件(前年比68件(5.9%)増)、検挙人員は、873人(89人(11.4%)増)とそれぞれ増加し、国籍別でみるとイラン人の検挙人員が依然として目立っている。詳細については、第3章第3節2(1)参照。
ウ 来日外国人犯罪の国籍別検挙状況
 9年の来日外国人犯罪の国籍別検挙状況は、表9-2のとおりであり、アジア地域が1万7,903件(全体の82.6%)、4,241人(全体の78.0%)で依然として高い割合を占めており、とりわけ、中国出身者が、検挙件数で全体の27.0%、検挙人員で全体の45.2%を占めている。
エ 大都市圏以外の地域への拡散
 来日外国人の刑法犯の地域別検挙状況をみると、東京、神奈川、大阪等の大都市圏において多発しているが、その一方で、図9-2のとおり、それ以外の地域へ拡散しつつある状況もうかがわれる。

表9-2 来日外国人刑法犯の国籍、地域別検挙状況(平成4~9年)

図9-2 都道府県別来日外国人刑法犯検挙件数の推移(平成4、9年)

(平成4年)


(平成9年)

(2) 外国人犯罪組織
ア 外国人犯罪組織の概況
 近年、海外に拠点を置く外国人犯罪組織の進出が顕著である。特に集団密航の請負組織である「蛇頭」が暗躍しており、中国人による密入国のほとんどに蛇頭が関与している。また、香港の犯罪組織「香港三合会」の構成員が日本国内で凶悪事件を引き起こしているほか、ロシア・マフィアの関与がうかがわれる自動車盗事件、「香港爆窃団」による窃盗事件等も発生している。
 他方、国内に居住する来日外国人については、国内に根付いた不法滞在者が犯罪グループを形成し、犯罪組織化の傾向を強めており、特に中国人犯罪グループによる身の代金目的誘拐事件、広域多額窃盗事件、ヴィエトナム人グループの広域オートバイ盗事件、イラン人密売組織による薬物事犯等悪質かつ組織性の高い犯罪が目立っている。
イ 外国に本拠を置く犯罪組織
 近年、海外に拠点を置く外国の犯罪組織の活動が全国的にみられるようになった。
 現在、我が国に進出しているとみられる外国人犯罪組織と主な検挙事例を挙げれば、次のようなものがある。
(ア) 蛇頭
 「蛇頭」とは、中国人等の密入国を請け負う国際的密航請負組織である。
 世界的な規模で広がる人的なネットワークを基盤として、各国の犯罪組織と連携しながら、密航者の勧誘、引率、搬送、隠匿及び船舶や偽造旅券の調達、不法就労のあっせん等を取り仕切っている。船舶による密航が中心であるが、手口の巧妙化が見られる。
[事例] 平成8年11月から9年1月にかけて4回にわたり延べ200人以上の密航者の受入れを仲介したとして、7月、「蛇頭」構成員である中国人1人及び日本人7人を入管法違反(集団密航助長罪)で検挙、青森県、東京都及び神奈川県内の26箇所を捜索したほか、中国人3人を国際手配した(警視庁、青森)。
(イ) 香港三合会
 「香港三合会」とは、中国の伝統的秘密結社を源流とする香港の犯罪組織である。
 我が国では、手斧(おの)等の凶器を所持し集団で貴金属店をねらった強盗事件、貴金属店をねらった集団窃盗事件、カード偽造工場を設置して広域にわたり行う偽造クレジットカード使用詐欺事件、集団密航事件等の犯罪を引き起こしている。
[事例]4月、「香港三合会」の構成員である中国人の男(41)ら4人は、白昼、大阪市浪速区の宝飾店において、けん銃様のもので店員を威嚇しながら、手斧等でショーウィンドウを破壊し、腕時計、貴金属等19点(約3,680万円相当)を強取した。2人を強盗傷害罪で検挙し、さらに、翌日、成田空港において1人を検挙した。10年5月現在捜査中である(大阪)。
(ウ) 香港爆窃団
 「香港爆窃団」は、店舗外壁と隣接建物との間に油圧ジャッキを入れて外壁を破り、貴金属類を根こそぎ窃取するなど大胆な手口が特徴であったが、最近では、日本人との共犯による窃盗を引き起こし、際立った特徴を残さないなど、手口が巧妙化している。
[事例] 「香港爆窃団」の構成員である中国人の男(40)らは、短期間の滞在中に窃盗事件を引き起こして国外逃亡することを計画して、金庫破り等177件を引き起こしたほか、盗品をブローカー等を介して売却するなどしていた(被害総額4億3,340万円相当)。 1月、窃盗罪で検挙(警視庁、和歌山、愛知)
ウ 国内に居住する外国人犯罪者のグループ化
 我が国に不法に滞在する外国人等が国籍、出身地等の別によりグループ化して組織的かつ悪質な犯罪を引き起こしている。
(ア) 中国人犯罪グループ
 中国人犯罪グループ間の利権争いを原因とする殺人事件、身の代金目的の誘拐事件のほか、貴金属、衣料品店、家電量販店等を対象とする広域窃盗事件、飲食店等対象の集団すり事件が検挙されている。
[事例] 中国人の男(24)ら9人は、2月、東京都内のマンションにいた中国人男女4人をら致監禁した上、被害者の兄に対し身の代金3,500万円を要求し、中国福建省に居住する被害者の家族を通じて、2回にわたり現金20万元(約330万円)を交付させた。同月、逮捕監禁罪及び恐喝罪で検挙(警視庁)
(イ) ヴィエトナム人犯罪グループ
 一般住宅の駐車場や家の倉庫に駐車してあったオートバイや農耕用トラクターを大量に盗み、組織的に海外輸出する事案等が検挙されている。
[事例] ヴィエトナム人の男(26)、会社役員の男(46)ら17人は、窃盗の実行犯、盗品の運搬、保管、輸出についてそれぞれ分担した上、1都11県下においてオートバイ盗2,707(被害総額3億2,865万円相当)を引き起こし、そのオートバイをヴィエトナムに輸出していた。6月、窃盗罪で検挙(神奈川、埼玉、静岡、警視庁、長野)
(ウ) イラン人薬物密売組織
 最近、イラン人密売組織による薬物事犯が急増しており、薬物の営利目的所持、譲渡事案等が検挙されている。なお、薬物密売組織については、第3章第3節2参照。
[事例] 9月、薬物密売グループを組織し、名古屋市内で薬物を密売していたイラン人(28)を、覚せい剤取締法(営利目的所持)及び入管法違反(不法残留)で検挙するとともに、覚せい剤約183.8グラム、大麻約162グラム、コカイン約14.4グラム、MDMA9錠を押収した(愛知)。
エ 暴力団の関与がうかがわれる外国人組織犯罪
 9年中は、国際的な密航の請負組織である「蛇頭」が引き起こす集団密航事件のうち、暴力団の関与がうかがわれるものがみられた。なお、外国人犯罪組織等の関与がうかがわれる暴力団犯罪については、第5章2(6)参照。
オ 外国人犯罪グループによる「地下銀行」
 外国人犯罪グループが、依頼者の金をその本人に代わって国外に不正に送金する業務を行う「地下銀行」が摘発されている。我が国に不法滞在する外国人が、旅券等による本人確認を求められる正規の海外送金システムを避け、「地下銀行」を利用し、不法就労で得た収益や、不正な遊技によるぱちんこ玉の窃盗等で得た収益を本国へ送金していたものである。
[事例1] 2月、入管法違反(旅券不携帯、不法入国)で検挙した中国人(30ら2人が、現金3,000万円、通帳50冊、キャッシュカード360枚を所持していた。その後の捜査により、これらの者は、7年12月から9年2月までの間、国内にいる多数の中国人から依頼を受け、0.5%~1%の手数料を徴収し、1~2日で中国向けに送金をしていた。なお、不正送金は、総額約126億円に上ることが判明した。6月までに、銀行法違反(無免許銀行業)で再逮捕した(神奈川)。
[事例2] 6月に都内マンションにて発生した中国人グループ間の強盗致傷事件の背後関係を捜査したところ、被害者である中国人の男(28)ら2人は、9年2月から5月までの間に、162件、総額5,408万円を中国向けに送金する営業を無免許で営んでいた。このほか、約3年半の間に、国内の不法滞在者である中国人約6,000人から依頼を受けて総額約20円に上る送金を行っていたことが判明した。8月、銀行法違反(無免許銀行業)で検挙(警視庁)
(3) 不法滞在者問題
ア 大量の不法滞在者の存在
 近年、我が国と周辺諸国の経済格差を背景に、多数の外国人が我が国に不法滞在し、入管法に在留資格が設けられていない、いわゆる単純労働を行っている。
 法務省の推計によると、不法残留者は、平成5年をピークに減少傾向にあるものの、10年1月1日現在で27万6,810人と依然として大量の不法残留者が存在している(表9-3)。
 また、9年中の不法入国者の検挙人員は、警察、海上保安庁を合計して1,751人(前年比926人増)と大幅に増加している。
 これら不法滞在者のほとんどが不法就労者(注)であるとみられるほか、来日外国人による凶悪犯の6割以上が不法滞在者によるものであること、不法滞在者による組織的、計画的な犯罪が目立っていることなどから、大量の不法滞在者の存在は我が国の治安に対する重大

表9-3 国籍、地域別不法残留者数の推移(平成6~10年)

な脅威となっている。
(注) 不法就労者とは、就労している不法滞在者及び無許可で資格外活動を行っている者をいう。
イ 不法就労を助長する犯罪
(ア) 身分事項等を偽るための文書偽造事件
 9年も合法的な入国・在留を装うための文書偽造事件が頻発し、偽造旅券を使用した不法入国事件の検挙件数は380件である。国籍別にみると、中国(260件)、フィリピン(29件)、タイ(29件)の順になっている。
 また、在留資格に係る証印の偽造や就労を目的に日本人の配偶者として在留資格を不正に取得する偽装結婚事件も依然発生しているほか、外国人登録証明書の偽造や留学生を装うための公立大学の学生証の偽造も行われている。こうした偽造事犯は、不法滞在を助長するものであり、その多くが偽造ブローカー等により組織的に引き起こされている。
[事例] 中国人(39)ら2人は、留学生を装うため、他人名義の学生証及び資格外活動許可書に自らの身分事項を書き込み、写真を貼り替えたほか、被疑者名義の外国人登録証明書の裏面に虚偽の在留期間等を書き加えるなどした上で、これらを就労するための身分証明書として使用した。5月、有印公文書偽造・同行使罪で検挙(千葉)
(イ) 集団密航事件の急増
 9年中の集団密航事件の検挙状況は、警察、海上保安庁を合計して73件、1,360人(前年

表9-4 集団密航事件一覧表(平成5~9年)

比44件、681人増)と大幅に増加した(表9-4)。
 特に中国人の集団密航事件は、8年から大幅な増加傾向にあり、9年の検挙件数は60件、検挙人員は1,209人(前年比39件、667人増)と、著しい増加傾向がみられた。これらの事件には、国際的な密航請負組織である「蛇頭」の組織的な関与が認められる。
 こうした情勢に対処するため、入管法の一部改正(9年5月11日施行)が行われ、いわゆる集団密航に係る罪、営利目的等不法入国等援助罪及び不法入国者等蔵隠匿隠避罪の新設等がなされた。
 5月11日から9年末までの間の、警察による改正入管法の適用状況については、集団密航に係る罪による検挙が18件、57人、営利目的等不法入国等援助罪による検挙が4件、5人、不法入国者等蔵隠匿避罪による検挙が1件、1人であった。
[事例] 5月、長崎県葛島に55人の中国人が不法上陸した集団密航事件で、集団密航者を漁船に乗船させ自己の支配下に置いた上、本邦に上陸させた者(23)に対し、改正入管法(集団密航に係る罪)を適用し検挙した。また、上陸させた集団密航者を輸送するため、トラック等を準備して待機した者(47)に対しても、改正入管法(同罪)を適用し検挙した(長崎)。
(ウ) 雇用関係事犯
 就労を目的として来日する外国人は、我が国の景気が一時期ほど良好ではないにもかかわらず、依然として高水準にあるが、その要因の一つとして、就労あっせんブローカーや外国人労働者を雇用しようとする者の存在が挙げられる。就労あっせんブローカーは、外国人労働者と雇用主との間に介在して不当な利益を得ており、また、雇用主の中には、外国人労働者を低賃金で酷使する悪質な者がみられるなど、不法滞在を助長する要因となっている。
 そのため、警察では、入管法に規定するいわゆる不法就労助長罪のほか、職業安定法、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律、労働基準法等の雇用関係法令を適用して、不法就労外国人の吸引力となっている暴力団、悪質雇用主等に対する取締りとともに、ブローカーへの突き上げ、国際協力及び関係機関との連携の強化により不法就労外国人の供給の遮断を推進している。最近5年間の外国人労働者に係る雇用関係事犯の法令別検挙状況は表9-5のとおりで、これに関与した外国人の国、地域別状況は表9-6のとおりである。
 9年中に検挙した就労あっせんブローカーは、40人(前年比32人(44.4%)減)となっている。その中には、外国人ブローカーが日本人ブローカーと結び付いて外国人労働者をあっせんするケースが多くみられるなど、手口が巧妙化している。また、検挙した外国人ブロー

表9-5 外国人労働者に係る雇用関係事犯の法令別検挙状況(平成5~9年)

表9-6 雇用関係事犯に関与した外国人の国、地域別状況(平成5~9年)

カーの出身国、地域別検挙状況は、表9-7にみられるとおり多数に及んでいる。就労あっせんブローカーは、以前は関東地方を中心に暗躍していたが、最近はそれ以外の都市でも多数検挙されており、その活動が全国に広がっているものとみられる。
 また、外国人労働者に係る雇用関係事犯には暴力団が関与するケースもみられ、外国人労働者のあっせん等によって得る利益は、暴力団の資金源になっているものとみられる。
[事例] 東京都内に本社を置き関東地方に約30店舗の販売店を有する食品製造販売会社が、「蛇頭」の手引きにより不法入国した中国人ら48人の不法就労者を同社工場及び販売店において、食品加工作業員や販売店員として雇用していた。 10月までに社長(44)ら同社の幹部5人を不法就労助長罪で検挙(神奈川)
(エ) 風俗関係事犯
 短期滞在、興行等の在留資格で入国し、風俗関係事犯に関与する外国人女性は依然多いが、これら外国人女性は、深夜飲食店等における接待行為、さらに、売春、わいせつ事犯等にまで関与しており、地域的にも大都市圏以外の地域にまで広がりをみせている。
 風俗営業、風俗関連営業、酒類提供飲食店営業等に従事する外国人女性の中には、売春を強要されている者も多く、現地のブローカー及びこれと結び付いた国内のブローカーにだまされて我が国に連れてこられ、ブローカーや経営者等に入国費用等の名目で借金を背負わさ

表9-7 外国人ブローカーの国、地域別検挙状況(平成6~9年)

れた上、旅券を取り上げられ、賃金を搾取されるなどの悪質な事案の増加が見られる。
 一方、2年ごろから新宿地区、池袋地区において外国人による街娼(しょう)型の売春が目立ち始めたが、最近では、首都圏以外の都市にまで広がりをみせ、これらに対する売春防止法違反(勧誘等)による検挙が多くみられる。
 これらの事案の中には、外国人女性や外国捜査機関等からの救出要請によるものも多く、また、国際的にも我が国に対する批判が高まってきている。警察では、今後とも、これら悪質な事犯の取締りを徹底するとともに、ブローカーやこれらの事犯に関与する暴力団等、外国人女性供給組織の壊滅に向けた取締りを強化することとしている。
 9年中に風俗関係事犯に関与した外国人女性は1,425人である。国、地域別では、タイ人が452人と最も多いなど、依然として東南アジア諸国の女性が多くなっている(表9-8)。
[事例] タイ人女性4人を売春婦として働かせていた飲食店経営者を、1月、売春防止法違反で検挙した。タイ人女性は、経営者に1人当たり約400万円の借金を背負わされ、旅券を取り上げられて売春を強要されていた。その後、同店にタイ人女性をあっせんしたブローカー3人(うち2人はタイ人)を職業安定法違反で検挙(千葉)

表9-8 風俗関係事犯に関与した外国人女性の国、地域別状況(平成5~9年)

(4) 銃器・薬物の流入
ア 銃器の密輸入
 平成9年に押収された真正けん銃のほとんどが外国製であり、海外から密輸入されたものであると考えられる。また、これまでに摘発した密輸事件等の流通ルートを分析すると、これらの真正けん銃のうち相当数は、犯罪組織により密輸入されたものであると考えられる。
 警察では、こうした密輸・密売組織を壊滅するため、その解明及び摘発を進めるとともに、外国捜査機関等との捜査協力の強化を図っている。なお、銃器犯罪の現状と対策については第3章第3節1参照。
イ 薬物の密輸入
 我が国で乱用されている覚せい剤等の薬物のほとんどは、暴力団等により海外から密輸入されたものであり、9年の大量押収事例(一度に1キログラム(コカインは500グラム)以上を押収した事例をいう。)60件のうち、水際における大量押収事例は26件であった。
 これらの事例における仕出し国を薬物の種類別にみてみると、覚せい剤では北朝鮮(1件)、中国(1件)、乾燥大麻ではタイ(4件)、パラオ(3件)、大麻樹脂ではタイ(4件)、インドネシア(2件)、コカインではブラジル(3件)、コロンビア(1件)、あへんではシンガポール(1件)、タイ(1件)等となっている。
 密輸入の手口としては、航空貨物・船舶貨物等の正規の貨物への偽装隠匿や、スーツケースの二重底等、手荷物への隠匿、体内への嚥(えん)下等巧妙な手口が目立っている。
 薬物の流入を阻止するため、警察では、関係機関との連携による水際対策の強化、関係諸国の取締機関との協力関係の緊密化等、薬物の密輸・密売組織の壊滅に向けた強力な取締りを推進している。なお、薬物犯罪の現状と対策については、第3章第3節2参照。
(5) 日本人の国外における犯罪
 平成9年中の日本人の出国者総数は1,680万2,750人であり、前年に比べ0.6%増加している。
 日本人が外国においてその国の法令に触れる行為をした場合、我が国の警察が国際刑事警察機構(ICPO)や外務省等を通じて通報を受けることがある。このようにして把握された日本人の国外犯罪者のほか、最近の日本人の出国者数の急激な伸びから考えると、通報を受けていない日本人の国外犯罪が増加していることが懸念される。
(6) 被疑者の国外逃亡事案
 平成9年末現在の国外逃亡被疑者は341人(うち88人は日本人)である(表9-9)。これらの者の逃亡先は、フィリピン、中国が多いものとみられる。

表9-9 国外逃亡中の被疑者数の推移(昭和63~平成9年)

 9年末現在の国外逃亡被疑者のうち、出国年月日の判明している127人について、その犯行から出国までの期間をみると、犯行当日に出国した者が4人、翌日に出国した者が15人であり、犯行から10日以内に50人(39.3%)が出国しており、犯行後短期間のうちに出国する計画的な事案が多い。
 警察では、被疑者が国外に逃亡するおそれがある場合は、港や空港に手配するなどしてそ の出国前の検挙に努めており、出国した場合でも、関係国の捜査機関等の協力を得ながら、被疑者の所在確認に努めている。また、ICPOに対し、国際手配書の発行を請求することもある。
 逃亡被疑者が発見されたときは、逃亡犯罪人引き渡しに関する条約又は相手国の国内法、国外退去処分等により、その者の身柄の引取りを行っている。
[事例] 日本国内で殺人事件を引き起こした元オウム真理教ロシア支部責任者の男(45)について、警察では、10年3月ロシアを出国し、キプロス共和国へ入国したとの情報により同国へ協力要請を行い、同国内において同人を発見、国外退去処分に付されたため4月、日本の領空内に入った航空機内において被疑者を逮捕した(警視庁)。

2 国際社会への対応

(1) 国際化対応の推進
ア 国際捜査力の強化
(ア) 来日外国人犯罪対策のための総合的取組体制の確立
 近年急増している来日外国人犯罪の捜査のためには、外国語の問題をはじめとして日本人による犯罪の捜査とは種々異なる点が認められるところである。また、来日外国人犯罪者は、同一の個人又はグループで多種多様な犯罪を引き起こしていることから、同時に多方面にわたる専門捜査員が共同して捜査に当たる必要がある。
 警察では、組織の総力を挙げて来日外国人犯罪対策を講じていくため、平成9年中に警察庁に「来日外国人犯罪対策室」を設置し、各都道府県警察にも同様の組織を置いて、警察内部の部門間調整、新たな捜査手法の開発等を行っている。また、各都道府県警察では、国際捜査課(室・係)等専門組織の設置、拡充、専任の捜査員の増員等を行っている。
(イ) 国際捜査官の育成及び通訳人の確保
 来日外国人犯罪等の国際犯罪の捜査に従事する警察官には、外国語はもとより、国際条約、出入国管理、国際捜査共助、刑事手続等に関する内外の法制等極めて幅広い分野に関する特別の知識、手法が要求される。
 そこで、警察では、警察大学校国際捜査研修所において国際捜査に関する実務研修、北京語、韓国語等アジア諸国の言語を中心とした語学教育、海外研修等を実施している(表9-10)。このほか、都道府県警察においては、国際捜査に従事する捜査員に対する教育や、通訳担当者も参加する実務的な語学研修等を実施するとともに、語学のたん能な者を、国際捜査官として中途採用するなどの措置をとっている。
 また、来日外国人被疑者の人権に十分に配慮した適正な捜査を推進するためには、被疑者等の供述を正確に把握することはもとより、我が国の刑事手続を理解させ、権利の告知を確

表9-10 警察職員を派遣した主な海外研修(平成9年)

実に行うことが不可欠である。都道府県警察においては、高い語学能力を備えた者を警察職員として採用し、取調べにおける通訳等に当たらせている。
 しかし、近年におけるアジア出身者を中心とする来日外国人犯罪の急増の結果、アジア系言語等の通訳の需要が急激に増加していることから、警察部内でそのすべてに対応することが極めて困難となっている。そこで、警察では、取調べにおける通訳の一部を部外の通訳人に依頼している。特に、警察では被疑者の人権の保護のため優秀な通訳人を確保する必要があり、また、夜間等に突発的に発生する事件等に迅速に対応する必要があるため、都道府県警察及び管区警察局に通訳センターを設置するなどして、通訳人の確保に努めている。
イ 国際捜査協力の強化
(ア) 外国捜査機関との協力
 国際犯罪の増加に伴って、外国捜査機関に対する各種照会や証拠資料の収集の依頼等を行うことが一層重要になっており、そのため、警察庁では、ICPOルート、外交ルート等により外国捜査機関との相互協力を実施している。
 過去10年間に警察庁が行った国際犯罪に関する情報の発信、受信の総数は、表9-11のとおりである。また、国際捜査共助法に基づき外国からの要請に応じて捜査共助を実施した件数は、年々増加しており、その大半はICPOルートである(表9-12)。

表9-11 国際犯罪に関する情報の発信、受信状況(昭和63~平成9年)

表9-12 外国からの要請に基づき捜査共助を実施した件数(昭和63~平成9年)

(イ) 国際社会における国際犯罪対策への取組み
 国境を越えて引き起こされる国際犯罪に対抗するためには国際的な捜査協力が不可欠であることから、近年、国際連合をはじめとした国際協議の場でも国際犯罪対策が重要なテーマとなっている。
 1997年(平成9年)6月のデンヴァー・サミットでは、8箇国共同による「コミュニケ」において「国際組織犯罪への取組み強化」がうたわれた。これを受けて従来のG8国際組織犯罪対策上級専門家会合(リヨングループ)の活動を更に継続、発展させ、特にハイテク犯罪や銃器その他のサブグループにおいて、デンヴァー・サミットで与えられた任務の実現のための議論が行われた。なお、銃器サブグループでは我が国(警察庁)が議長国となり、銃器の密造や密輸に関する国際文書の作成、取りまとめに貢献している。
 また、12月には米国において、国際組織犯罪関連では初めてのG8司法・内務閣僚級会合が開催された。同会合では、参加各国とも、国際組織犯罪の脅威は動かしがたいものになっており、その対策には各国の連携が不可欠であるとして、ハイテク犯罪をはじめとする国際犯罪に対処するための取組みの方向が議論された。
 さらに、1998年(平成10年)5月、英国で開催されたバーミンガム・サミットでは、「国際犯罪」が初めて主要議題の一つに取り上げられた。
 同サミットでは、「コミュニケ」において、リヨングループのこれまでの作業を評価し、G8各国における更なる取組み強化を要請するとともに、薬物と国際犯罪に対する諸対策が示された。具体的には、国際連合における国際組織犯罪対策条約の2000年までの策定、ハイテク犯罪対策、マネー・ローンダリング対策、人の密輸(密入国等)対策、銃器対策、犯罪収益から生ずる公職の腐敗防止対策、薬物対策等における国際協力を骨子とするものである。なお、バーミンガム・サミットにおけるハイテク犯罪対策については、第1章第2節2参照。
 マネー・ローンダリング対策については、1989年(平成元年)のアルシュ・サミットで設置が決定された「金融活動作業部会」(FATF)による我が国に対する第2回目の相互審査  (第1章第2節1(4)参照)が、1997年(平成9年)12月に行われ、我が国のマネー・ローンダリングの対策の制度の実効性等が審査された。本審査の結果は報告書として取りまとめられ、1998年(平成10年)6月のFATF全体会合において討議された。また、アジア・ 太平洋地域におけるマネー・ローンダリング対策のため、1997年2月にタイで開催されたシンポジウムにおいて「アジア・太平洋マネー・ローンダリング対策グループ(APG)」の設置が決定され、同年7月北京において作業会合を行った。 1998年(平成10年)3月には東京で第1回APG年次総会が開催され、正式に活動を開始し、ASEM(アジア欧州会合)による支援・協力等マネー・ローンダリング対策の地域的広がりとともに各国の国際協力について討議が行われた。警察は、同グループの今後の活動について、積極的な役割を果たしていく必要がある。
ウ ICPOとの協力
 ICPOは、国際犯罪捜査に関する情報交換、犯人逮捕と引渡しに関する円滑な協力の確保等の国際的な捜査協力を迅速、的確に行うための、各国の警察機関を構成員とする国際的な機関であり、その前身である国際刑事警察委員会(ICPC)の発展的解消により1956年(昭和31年)に創設され、1997年(平成9年)末現在、177箇国(領域を含む。)が加盟している。 ICPOの活動は、国際犯罪に関する情報の収集や交換のほか、逃亡犯罪人の所在確認や身柄の確保を求める国際手配書の発行、各種国際会議の開催等多岐にわたっている。
 我が国において、警察庁はICPOの国家中央事務局として捜査協力を積極的に実施するとともに、事務総局への警察職員の派遣、分担金の拠出、通信技術の提供等、ICPOに対し多大な貢献を行っている。現在の第15代ICPO総裁(任期4年)には警察庁国際部長が就任しており、1997年7月、同総裁はニュー・ヨークでアナン国連事務総長と会談し、国際犯罪対策に関してICPOと国連が相互に協力することを定めた協定に署名した。
(2) 来日外国人に対する施策の総合的推進
 警察では、不法滞在を助長する犯罪の徹底的な取締りや来日外国人による凶悪犯罪の確実な検挙に努めるとともに、来日外国人の生活の安全を確保するための活動をはじめ、関係省庁とも協議の上、来日外国人問題に対する施策の総合的な推進に努めている。
ア 来日外国人の生活の安全を確保するための活動
 外国人は、生活習慣の相違等から、地域住民とのコミュニケーションが希薄になりやすく、地域の安全に関する情報を得難い立場に置かれている。警察では、来日外国人向けの防犯教室の開催、外国語で記述された防犯パンフレットの配布等により、生活の安全に関するアドバイスを実施しているほか、来日外国人のための相談窓口を設置し、日常生活における不安の解消に努めている。そのほか、来日外国人を雇用し、又は研修生として受け入れている企業等が各地で結成している連絡協議会と連携して、外国人従業員、研修生に対し、事件事故等の被害に遭わないためのアドバイスを実施している。
[事例] 広島県警察では、秋の全国交通安全運動初日の9月21日に「外国人を対象とした交通安全教室」を開催した。同教室では、自転車の正しい乗り方に関する実技指導を通じ、日本の交通ルールについての指導が行われた。
イ 地域住民との連携及び関係行政機関との情報交換の推進
 来日外国人問題は、総合的な観点からの対策を必要とする問題であることから、地域住民との連携はもとより、法務省、労働省、地方公共団体等の関係機関・団体との情報交換を積極的に行い、行政全体として総合的な対策が講じられるように様々な形で働き掛けを行っている。3月には、警察庁、法務省及び労働省の担当局長によって構成される「不法就労外国人対策等関係局長連絡会議」が開催され、不法就労等外国人対策について、緊密な情報交換、合同摘発の強化等に取り組むことを合意し、各種対策を実施している。地方レベルでも、不法就労防止協議会を通じるなどして、積極的な指導啓発活動を行った。
 また、1月下旬から2月上旬にかけて、法務省入国管理局との不法滞在外国人の合同摘発を強化したほか、6月には、政府の「外国人労働者問題啓発月間」に合わせて「来日外国人犯罪対策及び不法滞在・不法就労防止のための活動強化月間」を実施した。
(3) 海外における安全対策
 近年、我が国の企業の海外拠点や駐在員等がテロ行為の対象となっており、海外安全対策に関する関係機関への期待が高まっている。こうした情勢の下、警察庁は、(財)公共政策調査会が開催した、「第5回海外安全対策会議(7月、フィリピン・マニラにおいて開催)」及び「海外邦人安全対策セミナー(11月から、国内において開催)」に、担当官を講師として派遣するなど、在外邦人の安全確保のための活動を行った。

3 外国警察に対する技術協力

(1) 警察活動に関するセミナー等の実施

 我が国警察の有する技術、ノウハウは世界各国から高い関心が寄せられているところであり、開発途上国から、警察運営、交番システム、捜査手法、犯罪鑑識等の各種分野での技術協力が強く求められている。

表9-13 警察が開催した主な国際セミナー、研修(平成9年)

 警察では、これらの要望にこたえるため、各種の分野においてセミナーを開催し、積極的な技術移転を進めている。平成9年に警察が独自に又は国際協力事業団(JICA)の協力を得て実施した主なセミナーは、表9-13のとおりである。特に、同年は、女性の社会進出を積極的に推進するパキスタンの強い要望により「パキスタン女性警察官セミナー」を開催した。
(2) 専門家の派遣
 開発途上国への技術協力に当たっては、相手国の担当者を我が国に招いて指導を行うだけでなく、現地において行うことも重要である。平成9年には、表9-14のとおり、JICAの協力を得て鑑識専門家をパキスタン、モンゴル、パナマに派遣し、指紋鑑識や写真鑑識等の技術指導を実施した。

表9-14 警察がJICAの協力により実施した主な専門家の派遣(平成9年)

(3) 国際会議への出席と開催
 犯罪の国際化に伴い、その防止、捜査及び検挙のために、国際的な対策の実施、関係国間の情報・資料の交換等が必要不可欠となっている。警察では、国際連合が主催する会議に積極的に参加するとともに、銃器・薬物対策関係の国際会議を我が国で開催し、犯罪の防止等に向けて関係諸国との協議を行った(表9-15)。

表9-15 警察職員が出席した主な国際会議(平成9年)


目次