第7章 公安の維持

 平成9年は、「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」で幕を開け、11月には、「エジプトにおける観光客襲撃事件」の発生で、日本人観光客が巻き込まれて死傷者が出るなど、国際テロが我が国にとって現実の脅威となっていることを示す重大事案が発生した。
 一方、国内に目を向けると、オウム真理教(以下「教団」という。)は、破壊活動防止法に基づく解散指定請求の棄却後再び活動を活発化させ、組織の再建を図った。右翼は、「歴史教科書問題」、「竹島問題」、「尖閣(せんかく)問題」等をとらえ、活発な活動を展開した。極左暴力・集団は、一貫して「安保・沖縄闘争」を掲げ、労働者、市民等を巻き込んだ大衆運動を展開し、その過程で凶悪なテロ、ゲリラ事件を引き起こした。また、沖縄米軍基地をめぐる全国的な反基地運動は、「日米防衛協力のための指針」(以下「ガイドライン」という。)の見直しをめぐって更に盛り上がりをみせた。
 こうした情勢の中、10年2月には、長野オリンピック冬季競技大会が開催され、開会式等に数多くの国内外の要人が参列し、これに伴い大規模な警備が実施された。そのほか、金泳三・韓国大統領来日に伴う警備をはじめ重要警備も相次いだ。警察では、このような情勢に的確に対応するため、各種テロ対策を最重点に諸対策を推進し、公安の維持に努めている。
 また、7年3月に発生した警察庁長官狙撃事件については、一刻も早く全容を解明するため、引き続き捜査を進めている。

1 オウム真理教の動向

(1) オウム真理教の現状
 教団は、破壊活動防止法に基づく解散指定に係る手続の進行中は活動を自粛していたが、平成9年1月31日に解散指定請求が棄却された後は、再び活動を活発化させ、財政的基盤の充実、強化に努めるなど組織の再建を図っている。
ア 教団運営
 教団においては、形式的には幹部による集団指導体制がとられているが、麻原彰晃こと松本智津夫が、依然として教団の絶対的な存在であり、同人の確立した教義に沿った運営が行われている。
イ 信徒
 教団は一連の取締り、破産手続の進行等により打撃を受け、信徒数も大幅に減少しているが、脱会を表明していながら、再び教団に復帰した者や、依然として松本智津夫に対して強 い帰依心を有しており本当に脱会したのかどうか明らかでない者が多い。また、一連の事件により逮捕された信徒のうち多数の者は教団に復帰している。
 信徒は、支部・道場等の活動拠点のほか全国のアパート、マンション等に分散居住し、各種説法会、セミナー等に積極的に参加しているほか、教団名を明記したビラの配布、アンケート調査による勧誘活動等、新しい信徒獲得に向けた活動を活発に行っている。
ウ 教団施設等
 教団の本部、支部・道場等主要施設は、7年3月時点で約30箇所あったが、破産手続の進行等により、山梨県西八代郡上九一色村所在の第6サティアン(8年11月1日閉鎖)を最後にすべて閉鎖された。
 しかし、教団は、閉鎖された施設に代えて、アパート、マンション等に活動拠点としての機能を移して活動している。
エ 資金獲得活動
 教団は、説法会開催時の布施集めや関連企業によるコンピュータ、食品、修行用具の販売等の資金獲得活動を活発に行うなど、財政的基盤の充実強化を図っている。また、信徒が関連企業等で稼働し、収入の大半を教団に布施として提供している例も多くみられる。
(2) オウム真理教対策
 教団は、「タントラ・ヴァジラヤーナ(秘密金剛乗)」(注)等の反社会的教義を依然として維持しており、その本質は変わっていない。教団は、松本智津夫の確立した教義に沿った運営を行い、引き続き新しい信徒の獲得や脱会した信徒の復帰工作を図るほか、布施集めや関連企業の業務拡大等による財政的基盤の充実に努め、組織の再建強化及び拡大に力を注いでいくものとみられる。
(注)麻原彰晃こと松本智津夫の確立した教義であり、殺人さえも教団のいう救済活動として“善業”となる場合もあるとする反社会的なもの。
 警察は、10年4月、殺人容疑で指名手配中の元教団幹部大内利裕(としやす)容疑者(45)を逮捕したが、引き続き、教団による組織的違法事案の全容解明と再発防止を図るとともに、警察庁長官狙撃事件と教団との関連を解明するため、全国警察を挙げて、依然逃走中の平田信をはじめとする特別指名手配被疑者等の早期発見、検挙に全力を尽くすとともに、教団の動向把握に取り組んでいる。
(3) その他の特殊組織犯罪
 教団による一連の組織的違法事案は、特定の指導者の下で反社会的な教義、思想を盲信し、熱狂的な行動を実践する集団が、過激な反社会的集団に変容し、思いもよらない事件を引き起こした典型的なケースということができる。
 また、諸外国においても、いわゆるカルト団体による数多くの悲惨な事件が発生している。 主な事件として、「ブランチ・デビディアン事件」(注1)、「太陽寺院教団事件」(注2)、「天国の門事件」(注3)等が挙げられる。これらの事件は、団体の特殊な教義、思想に基づいて引き起こされたものである。こうしたことから、諸外国では、カルト団体に対しいずれも強い関心を持っており、例えばフランスでは、国民議会がカルト団体の危険性の判定基準を公表している。
 8年5月に警察庁警備局公安第一課に設置した特殊組織犯罪対策室においては、引き続き、将来テロ行為を行うなど公共の安全を害するおそれのある集団を早期に発見し、把握するための情報収集、分析を行うとともに、犯罪捜査等の必要な措置を的確に推進していくこととしている。
(注1) 1993年(平成5年)2~4月、米国テキサス州で、終末論を唱えた教祖が信者に全財産を寄付させるとともに武装させ、教団本部にろう城したことから、司法省連邦捜査局(FBI)が教団本部へ突入。教団側は機関銃等で反撃したが、最後には自ら教団施設を爆発炎上させて教祖以下80人以上が死亡した。
(注2) 1994年(平成6年)10月、スイス山中等で、世紀末を説く教祖が、「生き残れるのは選ばれた信者だけ」、「死は幻想にすぎない」等と唱え、これに従って信者50余人が教祖とともに集団焼身自殺した事件
(注3) 1997年(平成9年)3月、米国カリフォルニア州で、宇宙からやって来たと称する教祖が、「高い次元の世界へ旅立つ」ことを主張し、ヘール・ポップ彗星の地球接近を旅立ちの合図であるととらえて教祖以下39人が集団服毒自殺した事件

2 右翼の情勢と対策

(1) 右翼の情勢
ア 社会問題等をとらえた活動
 右翼は、平成9年中、「歴史教科書問題」をはじめ、「竹島問題」、「尖閣問題」、「国籍条項撤廃問題」等の問題をとらえ、活発な活動を展開した。
 「歴史教科書問題」に関しては、9年度から使用される中学生用歴史教科書に「南京大虐殺」、「従軍慰安婦」等の文言が記述されているとして、延べ約1,710団体、約7,120人が街頭宣伝車約1,860台を動員し、全国各地で、「自虐的教科書を容認するな」、「歪(わい)曲した歴史を教科書に載せるな」等と訴える街頭宣伝活動等に取り組んだ。この過程で、一部の右翼は、3月、東京にて「民間放送局玄関ドア等損壊事件」を引き起こした。
 「竹島問題」をめぐっては、韓国政府による竹島の防波堤等接岸施設の建設等をとらえ、延べ約800団体、約3,670人が街頭宣伝車約1,080台を動員して、全国各地で、「韓国は速やかに竹島から撤退せよ」等と訴える街頭宣伝活動等に取り組んだ。この過程で、一部の右翼は、11月、大阪にて「在大阪大韓民国総領事館直近における火炎びん投てき事件」を引き起こした。また、1月の金泳三・韓国大統領の来日に際しては、大分、東京、広島の3都県に おいて、延べ約90団体、約420人が街頭宣伝車約14。台を動員し、韓国等を批判する街頭宣伝活動等を展開した。
 「尖閣問題」をめぐっては、我が国による尖闇諸島領有に反対する台湾、香港の活動家が5月、尖閣諸島周辺海域で抗議活動を展開した。右翼は、9年中、延べ約570団体、約2,200人が街頭宣伝車約670台を動員して、全国各地で、「尖閣諸島は日本固有の領土」、「政府・外務省はき然たる態度を示せ」等として、政府の対応や中国等を批判する街頭宣伝活動等に取り組んだ。また、11月の李鵬・中国国務院総理の来日に際しては、東京、神奈川、愛知、大阪の4都府県において、延べ約70団体、約230人が街頭宣伝車約70台を動員し、中国等を批判する街頭宣伝活動等を展開した。
 「国籍条項撤廃問題」については、一部の自治体において国籍条項を見直す動きが具体化したため、右翼は、「外国籍の公務員の採用拡大は外国人の参政権にもつながる」として、延べ約290団体、約870人が、街頭宣伝車約230台を動員し、て、全国各地で、政府、自治体等を批判する街頭宣伝活動等に取り組んだ。
イ 暴力団、総会屋とのつながり
 右翼の中には、企業等に対し、街頭宣伝活動により糾弾する旨をほのめかして賛助金等を要求するなど、悪質な手口で利益を得ているものがある。最近では、暴力団、総会屋とつながりを持って、バブル経済の崩壊に伴う企業の倒産や商取引等に介入し、あるいは住宅金融専門会社等に関する不良債権の処理の過程で団体の威力まるを示して担保物件の競売を妨害するなど、資金獲得の手法を多様化させている。
 こうしたことから、9年中の資金獲得目的の犯罪のうち、暴力団と関係を有する右翼によるものの検挙件数が全体の7割近くを占めた。この中には、街頭宣伝活動で団体の威力を示し、水面下で金銭を要求するもののほか、巧妙な手口で資金源を模索する動きも見られた。
[事例1] 5月、右翼団体幹部(45)ら2人は、化粧品会社に対して「購入した化粧品で皮膚炎を発症した」などと因縁を付け、休業補償名下に金員を要求したものの拒絶されたことから、団体の名刺を示し、商品卸先等に対する街頭宣伝活動を示唆するなど、団体の威力を示して脅迫した。5月、暴力行為等処罰に関する法律違反で検挙(兵庫)
[事例2] 7月、右翼幹部(53)ら3人は、大手販売店出入りの惣菜業者に対し、同社の食品運搬処理方法をとらえ、街宣車に「○○は食中毒の元凶」等と記載した横幕を掲出しての街頭宣伝活動や、「これでも食品業者か!驚くべき○○の食品運搬法!」等と記載されたビラの配布等を、執拗(よう)に繰り返し、水面下で、同社役員を呼び出し、街頭宣伝活動の中止と引換えに金銭を要求した。9月、恐喝未遂罪で検挙(神奈川)
 他方、9年中は、大手企業に係る総会屋への利益供与事件が相次いで摘発され、一部の企業と暴力団、総会屋等との関係が依然として続いていたことが明らかとなり、これら企業に 対する批判や暴力団、総会屋をはじめとする反社会勢力の排除を望む声が一挙に高まった。こうした事態を受け、企業等の中には、総会屋、右翼等が発行する情報誌等の購読や賛助金等の提供を打ち切る動きが見られた(第5章2(3)参照)。また、企業等に向けられた不当な要求には、き然と対処すべきという風潮が強まり、資金獲得の手段、道具ともなっている右翼の街頭宣伝活動について、民事保全法に基づき街頭宣伝を制限する仮処分決定が相次いで出された。
(2) 右翼対策の推進
ア 違法行為の防圧、検挙
 警察は、右翼によるテロ等重大事件を未然防圧するとともに、資金獲得活動等に伴う違法行為の徹底した取締りに努めた。
 この結果、平成9年中、ゲリラ事件7件(7人)を含む計254件(380人)の右翼事件を検挙した(表7-1)。
 また、銃器使用テロの未然防圧等を図るため、銃器の取締りを推進した結果、9年中、右翼及びその周辺者から銃器107丁を押収した(図7-1)。なお、押収した銃器のうち、暴力団と関係を有する者からの押収が約6割を占めた。
 さらに、企業の倒産や商取引等に絡み、暴力団等とつながりを持つなどして、資金を獲得しようとした事件等、右翼による資金獲得目的の事件251件(375人)を検挙した。
[事例1]10月、右翼団体幹部(43)ら5人は、銀行の支店が、倒産会社から担保提供されていた土地の競売手続を進めていることを察知するや、同銀行関係者を脅迫して競売を断念させ任意売却に同意させることを企て、同銀行に押し掛け、応対に出た副支店長に対して団体の名刺を呈示して脅迫した。 11月、暴力行為等処罰に関する法律違反で検挙(神奈川)
[事例2] 6年2月、右翼団体会長(57)は、暴力団組長と共謀の上、海砂採取組合の会長に対し、団体の名刺を示して「海砂を採取して環境を破壊している」等と団体の威力を背景に因縁を付け、さらに、「長崎市長の事件も右翼がやった」等と脅迫して、多額の現金を脅し取った。9年12月、恐喝罪で検挙(広島)
 「反体制」、「反権力」指向を強めている右翼は、今後も内外の諸問題に敏感に反応して、政府・政党要人、外国公館、報道機関、企業等を対象とするテロ等重大事件を引き起こすことも懸念される。
 警察は、今後とも、右翼によるテロ等重大事件の未然防圧を図るため各種対策を強化するとともに、悪質な資金獲得活動に対しては、あらゆる法令を駆使して徹底した取締りを推進することとしている。

表7-1 右翼テロ、ゲリラ事件の検挙状況(平成5~9年)

図7-1 右翼及びその周辺者からのけん銃押収状況(平成5~9年)

イ 拡声機騒音対策の推進
 9年中、国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律による静穏を保持すべき地域として、全国において延べ55箇所が指定された。
 警察では、右翼による拡声機騒音対策として、各種法令を駆使した取締りを行った結果、7月に和歌山県で開催された全日本教職員組合第11回定期大会開催に伴う警備において右翼6人、8月に三重県で開催された日本共産党中央人民大学夏期講座開催に伴う警備において右翼5人を暴騒音規制条例違反で検挙した。また、暴騒音規制条例を制定している都府県においては、同条例に基づく停止命令(中止命令)223件、勧告219件、立入り158件を行った。

3 極左暴力集団の情勢と対策

(1) 極左暴力集団の情勢
ア 「安保・沖縄闘争」等をめぐる動向
 極左暴力集団は、平成9年前半は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(以下「特措法」という。)改正反対を、後半は新ガイドライン反対を闘争の重点に据えるなど、一貫して「安保・沖縄闘争」を掲げて、労働者、市民等を巻き込んだ大衆運動を展開するとともに、これら活動を通じて闘争資金や活動家、シンパの獲得を図り、組織拡大に取り組んだ。
 なかでも、中核派は、8年に引き続き、「安保・沖繩闘争」で違憲共闘会議等との共闘関係を重視したほか、「普天間ヘリポート移設問題」や各地の反基地闘争に介入して地元市民団体との連携を企図した。
 新ガイドライン闘争では、中核派系大衆組織を闘争の前面に出し、文化人、知識人を呼び掛け人として「日米新ガイドラインと有事立法制定に反対する百万人署名運動」を展開するなど、各種活動に取り組むとともに、「組織犯罪対策法問題」や「労働基準法改正問題」等を、新ガイドラインと関連付け、各種反対組織との共闘を図るなど、大衆運動や労働運動にも積極的に取り組み、労働者層の獲得を目指した。
 また、7月には、「新たな労働者党の建設」等を内容とする、中核派最高幹部の一人である清水丈夫の「選集」を刊行し、同派内の必読文献に指定するなど、5年に打ち出した「8.1路線」(武装闘争をより発展させるため、大衆闘争及び党建設に力を入れていくという方針)を引き続き推進した。
イ 革マル派の動向
 革マル派は、5月に発覚した神戸市須磨区における小学生殺人及び死体遺棄事件(以下「神戸小学生殺害等事件」という。)について、「危機管理体制強化のための国家権力の謀略」ととらえ、学者、大学教授、文化人等を呼び掛け人、賛同人として、同問題等をテーマとした集会を開催するとともに、小冊子を作成して労働組合、マスコミ、一般市民等に頒布、販売した。また、大学における自治会活動や学園祭運営に介入するなど、組織の拡大を図った。
 さらに、10年1月、同派が、東京都内に設定していた秘密アジト「豊玉アジト」に神戸小学生殺害等事件の検事調書等を引き写したとみられる文書を記録したフロッピー・ディスク、偽造警察手帳、偽造公安調査官証票、大量の鍵、印鑑及び書類等を隠匿していたことが同アジトの摘発から判明した。また、同年4月、千葉県内に設定していた秘密アジト「浦安アジト」に、警察無線を傍受するための無線機等を設置していたことが同アジトの摘発から

判明した。このことから、同派が、神戸小学生殺害等事件の検事調書等の窃取や警察、対立組織等に対する調査等非合法活動を組織的に行っていたものとみられる。
ウ 「成田空港問題」をめぐる動向
 「成田空港問題」をめぐっては、8年末の運輸省による「2000年度平行滑走路完成」計画公表に続き、9年は、6月に、新東京国際空港公団が空港建設予定地の取得と総合的な共生策を推進するための「空港づくり推進本部」及び「地域共生推進本部」を発足させた。また、空港建設予定地内居住者の転出や土地の売却等が相次ぎ、11月には、中核派等が支援する三里塚芝山連合空港反対同盟北原グループの1戸が初めて移転に合意するなど、「話し合い路線」に基づいて、問題の解決に向け進展がみられた。
 極左暴力集団は、こうした用地交渉に関連する動きを「新たな強制収用=農民殺しの攻撃」ととらえて、危機感と反発を強めた。
 また、新ガイドラインの米軍による「民間空港・港湾の使用」等により、成田空港が朝鮮侵略戦争のための出撃基地、兵站(たん)基地になるとみなし、「成田闘争」を「新ガイドライン反対闘争」と一体のものと位置付けて「新たな三里塚二期決戦に突入した」等と強調した。
 こうした中、中核派が、「12.15運輸省大臣官房技術審議官宅車両等放火事件」等7件のテロ、ゲリラ事件を、革労協狭間派が、「9.22成田警察署に向けた金属弾発射事件」をそれぞれ引き起こした。その手口は、ますます個人テロの色彩を強め、関係者等を攻撃対象としたものとなっている。
(2) 極左対策の推進
 警察は、各種法令を適用し、潜在的違法事案を掘り起こすなど、極左暴力集団に対する事件捜査の徹底を図るとともに、アパート、マンション等に対するローラー作戦を継続的に実

図7-2 極左暴力集団によるテロ、ゲリラ事件の発生状況(昭和63~平成9年)

施するなど、秘密活動を続ける極左活動家の摘発と組織力を減殺するための諸対策を強力に推進した。また、極左対策に対する国民の理解と協力を得るため、全国に広報ポスターを配布したほか、各種広報媒体を活用して広範な広報活動を積極的に推進した。
 その結果、平成9年中は、秘密部隊員7人を含む52人の極左活動家を検挙し、秘密アジト2箇所を摘発した。
[事例1] 9年3月、大阪府内で開催された中核派集会会場において、8年3月に摘発した中核派秘密アジト「浦和仲町アジト」の関連人物として、有印私文書偽造同行使罪等で指名手配中の中核派秘密部隊員(51)を発見し、検挙した(埼玉、大阪)。
[事例2] 8月、神奈川県内において、中核派秘密アジト「藤沢アジト」を「6.17運輸省大臣官房審議官宅爆発事件」等の捜査により摘発し、水溶紙メモ、武器製造、開発・研究等に関する資料、工具類等を押収した(神奈川)。
[事例3] 9月、「6.17運輸省大臣官房審議官宅爆発事件」捜査のための全国一斉捜索に伴い、東京都内所在の中核派拠点を捜索した際、免状不実記載罪で指名手配中の中核派秘密部隊員(39)を発見し、検挙した(群馬、警視庁)。
[事例4] 10月、和歌山県内において、免状不実記載罪で指名手配中の革マル派秘密部隊員(47)を発見し、検挙した(和歌山)。
[事例5] 10月、兵庫県内において、革マル派秘密アジト「神戸アジト」を私印偽造罪等の捜査により摘発し、財政報告書、機関紙「解放」、メモ等を押収するとともに、同所に潜伏していた同派秘密部隊員(52)を私印偽造罪等により検挙した(兵庫)。

4 大衆運動の動向

(1) 「反基地、反安保」運動をめぐる動向
 平成9年中の「反基地、反安保」運動は、全国的な広がりをみせ、4,560回、延べ約46万人を動員して展開された。
ア 特措法改正反対運動
 特措法改正に際しては、これに反対する諸勢力が、32都道府県で226回、延べ約5万人を動員し、集会、デモ、国会周辺での座り込み、国会傍聴行動等に取り組んだ。
 なかでも、極左暴力集団は、特措法改正を嘉手納飛行場等12施設の一部土地使用期限切れをめぐる「5.14、15沖縄闘争」と一体のものとして、9年前半の「最大の闘い」に設定した。特に、中核派は、4月、特措法改悪攻撃に対する実力反撃の第一弾」として運輸省幹部宅爆発事件を引き起こした。さらに、同月、中核派等が参議院本会議の傍聴に臨み、特措法改正案採決の寸前に怒号を上げるなどして審議を妨害し、21人が衛視により威力業務妨害罪で逮捕されるという事案が発生した。
イ 「5.14、15沖縄闘争」
 沖縄返還の日に当たる5月15日には、「権利と財産を守る軍用地主会」等のメンバー約1,100人(うち極左活動家約900人)が、「基地返還」を求めて嘉手納基地ゲート前に集結したのをはじめ、「沖縄平和運動センター」等が、集会、デモに取り組んだ。
 極左暴力集団は、中核派、革マル派等が、約1,100人の活動家を全国から沖縄入りさせるなど、5月12日から16日までの間、23回、延べ約4,900人を動員して現地闘争に取り組んだ。
 沖縄県警察及び関係都道府県警察では、これらの過程で、集会、デモ等に伴う不法事案等が予想されたことから、情勢に応じた所要の警備を行った。
ウ 晋天間ヘリボート移設反対運動
 普天間基地代替ヘリポートの建設をめぐっては、労働組合、市民グループ等が、建設候補地として事前調査が行われた名護市内において、集会、デモ等を展開した。6月には、労働組合等が、「ヘリポート基地建設の是非を問う名護市民投票推進協議会」を結成して、市民投票実施に向けた署名活動等に取り組んだ結果、10月、市民投票条例が成立し、12月に投票が実施され、反対票が有効投票数の過半数を占めた。
 極左暴力集団は、ヘリポート建設の動きを「新たな基地強化攻撃」等ととらえ、現地集会、デモ、情宣活動等に取り組んだ。
エ 実弾射撃訓練移転反対運動
 沖縄での米海兵隊の県道104号線越え実弾射撃訓練は、9年度から本土へ移転されることとなり、7月に北富士(山梨県)、9月に矢臼別(北海道)、11月に王城寺原(おうじょうじはら)(宮城県)の各自衛隊演習場において行われた。
 労働組合、市民グループ等は、同演習に反対し、104回、延べ約9,000人を動員し、集会、デモ等を行った。なお、北富士における演習の期間中には、「忍草(しぼくさ)母の会」のメンバー2人が演習場内に侵入し、軽犯罪法違反で検挙されるという事案が発生した。
 極左暴力集団は、「米軍実弾演習粉砕、演習場撤去」を掲げ、現地集会、デモに取り組んだ。
オ 新ガイドライン反対運動
 9月に策定された新ガイドラインをめぐっては、反対を訴える諸勢力が、22都道府県で59回、延べ約2万4,000人を動員し、集会、デモに取り組んだ。
 極左暴力集団は、新ガイドライン反対運動を9年最大の闘争と位置付け、「5.14、15沖縄闘争」以降、合意した旨を発表した当日の「9.23ガイドライン改定反対闘争」までの間、35都道府県で778回、延べ約1万5,200人を動員して反対行動に取り組んだ。
 また、中核派、革労協狭間派は、ガイドライン問題に「成田問題」を絡めてテロ、ゲリラ事件を引き起こした。
(2) 「反原発」運動をめぐる動向
 平成9年の「反原発」運動は、全国で490回、延べ約3万3,200人を動員して展開された。
 原発をめぐっては、2月にプルサーマル計画が閣議了解されたことにより、同計画の当面の受入先となる福島、新潟、福井3県の「反原発」団体を中心に、計画の見直しを求める抗議行動が活発に行われた。全国の各「反原発」団体は、3月の動力炉・核燃料開発事業団東海事業所内における火災爆発事故をはじめ、原子力発電所等で相次いで発生した事故をとらえ、各地で抗議集会等を開催した(第3章第4節2(4)ア事例参照)。
 関係都道府県警察では、これら抗議行動の過程で混乱も予想されたことから、情勢に応じた所要の警備を行った。
(3) 環境問題をめぐる動向
 平成9年中は、産業廃棄物の最終処分場の建設等、環境問題をめぐり、各地で住民運動が活発に行われた。岐阜県御嵩(みたけ)町及び宮崎県小林市における産業廃棄物の最終処分場の建設問題では、建設の是非を問う住民投票が実施されたが、いずれも反対票が多数を占めた。このほかにも、ダイオキシン汚染に対する法的規制の強化を要求したり、ダム(堰(せき))建設、干潟干拓、空港建設等に反対する様々な運動がみられた。
 関係都道府県警察では、これら運動の過程で、建設反対派と推進派とのトラブルが懸念されたほか、環境問題をめぐって、暴力団員等による岐阜県御嵩町長に対する殺人未遂事件(8年10月)や埼玉県嵐山町議会女性議員に対する傷害事件(9年9月)のような不法事案が発生したことから、情勢に応じた所要の警備を行った。

5 国際テロ情勢の現状と対策

(1) 厳しさを増す国際テロ情勢
 1996年(平成8年)12月17日(日本時間18日)、ペルーの左翼テロ組織「トゥパク・アマル革命運動(MRTA)」のメンバー14人が、天皇誕生日記念祝賀レセプションを開催中の在ペルー日本国大使公邸に侵入し、当初約700人に上る人質をとって立てこもった「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」は、1997年(平成9年)4月22日(日本時間23日)、ペルー軍の特殊部隊約140人が大使公邸に突入し、終結した。この結果、最後まで公邸に残った人質72人のうち、死亡したペルー最高裁判事1人を除く71人が、事件発生から127日目に救出された。一方、ペルー軍の特殊部隊の隊員2人が死亡したほか、犯人グループ全員が死亡した。本事件は、我が国の権益や在外邦人に対する国際テロの脅威を改めて明らかにするとともに、我が国のテロ対策上に大きな教訓を残した。
 一方、1997年中は、アジア及び中近東アフリカ地域を中心として、一般市民を巻き込んだ自爆テロ事件や銃撃事件が頻発し、日本人にも多数の被害が生じた。ことに、イスラム原理主義過激派によるものをはじめとして、宗教問題、民族問題を背景としたテロ事件が数多く発生した。
 1997年11月、エジプトのルクソール・ハトシェプスト女王葬祭殿において、6人の武装グループが銃を乱射し、日本人10人を含む死者62人、日本人1人を含む負傷者24人の被害が生じた。犯行後、武装グループは全員射殺されたが、犯行声明等から、エジプト最大のイスラ ム原理主義過激派「イスラム集団(アル・ガマーア・アル・イスラミーヤ)」によるテロと判明した。本件は、直接日本人を標的としたものではないものの、イスラム原理主義過激派が、自国の現政権に打撃を与えることなどを目的として、外国人及び外国権益を対象としたテロ事件を引き起こす可能性を明らかにし、日本人がこの種のテロ事件に巻き込まれる危険があることを示した。また、その他のアフリカ地域においては、アルジェリアにおいて、現政権と鋭く対立するイスラム原理主義過激派「武装イスラム集団(GIA)」によるものとみられる大量虐殺テロ事件が頻発した。
 一方、中東和平交渉に関連しては、イスラエル政府が、東エルサレムのユダヤ人入植地建設に着工したことを機に、自爆テロ事件やパレスチナ住民とイスラエルとの衝突が発生し、多数の死傷者が生じた。7月には、エルサレム市内において自爆テロ事件が発生し、死者16人(他に犯人2人死亡)、負傷者約170人というネタニヤフ政権発足以来最大の被害が生じたのに続き、9月にも、同市内において自爆テロ事件が発生し、死者5人(他に犯人3人死亡)、負傷者約150人という被害が生じた。犯行はいずれもイスラム原理主義過激派組織「ハマス」によるものと見られている。また、レバノン南部では、イスラム教シーア派民兵組織「ヒズボラ(神の党)」によるイスラエル攻撃と、それに対するイスラエル軍の報復攻撃が繰り返され、双方に多くの犠牲者が出ている。
 アジア地域においては、根深い民族・宗教対立を背景とした凶悪なテロ事件が頻発した。中国においては、新彊(きょう)ウイグル自治区等で騒動やテロが発生する中、2月には、同地区内ウルムチ市内において、路線バス爆破事件が発生した。スリ・ランカにおいては、「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」による凶悪なテロ事件が頻発しており、10月には、コロンボ中心街において、大規模な爆弾テロ事件(死傷者115人以上)が発生し、日本人7人が負傷した。インドにおいても、分離独立を主張するカシミール過激派やシーク教過激派による爆弾テロが発生しており、日本人にも被害(負傷者1人)が生じている。

表7-2 最近6年間の国際テロ件数

(2) 日本赤軍、「よど号」犯人グループの動向
ア 日本赤軍
 1997年(平成9年)2月中旬、レバノン治安当局は、身分を偽って潜伏していた国際手配中の日本赤軍メンバー5人(岡本公三、足立正生、和光晴生、戸平和夫、山本萬里子)を発見、身柄拘束した。その後、5人は旅券偽造、不法入国等の罪で起訴され、7月末、全員に対して禁錮3年、足立、戸平、山本の3人に対しては罰金60万レバノンポンドを併科、刑期終了後は全員を国外退去処分とする旨の判決が下された。これに対し、検察側及び弁護側双方が上訴したが、1998年(平成10年)6月、レバノン最高裁判所において斥けられた。我が国は、レバノン当局に対し、レバノンにおける刑期が終了し次第、速やかに5人の身柄の引渡しが行われるように求めている。
 この一斉検挙は、日本赤軍が、25年近く本拠を置き活動してきたレバノンという最も重要な拠点を失ったことを意味し、その人的損失の大きさを考え併せると、日本赤軍は多大な組織的打撃を受けたものとみられる。
 さらに、11月中旬、ボリヴィアにおいて、日本赤軍メンバー西川純が、現地治安当局に身柄拘束された。警察は、同人が国外退去処分によってボリヴィアを出国し、我が国に帰国した時点で、「ダッカ事件」による航空機の強取等の処罰に関する法律違反で逮捕し、その後、同人は、同法律違反で起訴された。
 1995年(平成7年)以降、メンバーがルーマニア(1995年3月、浴田由紀子)、ペルー(1996年5月、A)、ネパール(1996年9月、城崎勉)及びボリヴィアで相次いで身柄拘束されたことなどから、日本赤軍が、南米をはじめとする中東以外の地域に新たな拠点の構築を図り、世界各地に分散、潜伏している実態が、改めて浮き彫りにされたといえる。
イ 「よと号」犯人グループの動向
 「よど号」犯人グループは、依然として北朝鮮を本拠地とし、執筆活動や貿易会社の運営を中心とした経済活動を行っている。しかし、1996年(平成8年)3月には、これまで北朝鮮にいるとされていた田中義三が、経済活動を装ってカンボディアに潜伏中のところを発見され、タイに身柄を移送された後、偽造米ドルの行使目的所持罪等で逮捕される事件(同国において公判中)が発生したことから、メンバーが北朝鮮外で違法活動に従事している可能性が表面化した。現在も北朝鮮を拠点に活動していると思われるメンバーは、5人とみられている。
 「よど号」犯人グループは、メンバーの子女らの帰国を最優先課題として取り組んでおり、子女の国籍取得手続を進め、子女数人を第一陣として早期に帰国させたいとしている。また、「よど号」犯人グループは、実質的に時効が完成しているなどとして無罪の合意を取り付け帰国する「無罪合意帰国」や、人道的見地から無罪で帰国を行う「無罪人道帰国」を主張し、帰国実現に向け、インターネット等を活用し、活発な宣伝活動等を行っている。
(3) 我が国のテロ対策
 警察においては、厳しい国際テロ情勢や、「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」等の教訓にかんがみ、以下のようなテロ対策を推進している。
ア 情報収集、分析の強化
 警察においては、職員を海外に派遣し、各国治安機関との情報交換や情報収集活動を積極的に行うなどして、国際テロ組織の動向把握に努めており、一連の日本赤軍メンバーの発見、身柄拘束は、このような諸対策が功を奏したものであるといえる。また、近年、海外において日本人がテロの標的となり、あるいは巻き込まれるケースが顕著であることから、現地における情報収集等を通じて、国外におけるテロ情勢やテロ組織の動向を把握し、的確な脅威評価を行うこととしている。 1997年(平成9年)11月の「エジプトにおける観光客襲撃事件」についても、事件後速やかに現地に警察職員を派遣し、イスラム原理主義過激派等に関する情報収集を行った。
イ 事案対処能力の強化
 警察においては、「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」と類似の事案が国内において発生した場合にも十分に対処し得るよう、特殊部隊(SAT:Special Assault Team)の充実強化を図るため、車両や装備資機材等を整備するとともに、様々な形態の事案を想定した実戦的な訓練の徹底等により事案対処能力の向上を図っているほか、今後、海外の特殊部隊との交流を一層充実させることとしている。
 さらに、「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」のような国際テロ事件の発生に対処するため、警察庁警備局外事課に、国際テロ緊急展開チーム(TRT:Terrorism Response Team)を設置した。本チームは、テロ対策の専門家で構成されており、国際テロ発生時においては、現地に緊急派遣され、現地治安当局との連携、迅速かつ的確な情報収集、各国捜査機関への捜査支援活動等に当たることとされているほか、平素から、国際テロ事件の捜査手法や、人質事件における犯人との交渉方法等に関する研究、各国人質交渉専門家との訓練等を行うこととしている。
ウ 国際協力の促進に向けた取組みの強化
 厳しさを増す国際テロ情勢を背景として、テロ対策については、各国との連携が必要不可欠であるとの観点から、サミットや国際連合等の場において活発な討議がなされており、警察も、我が国政府の一員として、国際協力の促進に向けた取組みを強化している。
 1997年中は、6月に開催されたデンヴァ-・サミットにおいて、主要議題の一つとしてテロ対策が取り上げられ、同会議の席上、内閣総理大臣は、「テロに屈しないとの信念の下に国際社会とともにテロと闘っていく決意」を改めて表明するとともに、サミット参加国間の協力強化の必要性、テロ対策における地域協力の重要性を訴えた。
 また、10月、東京において、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国のテロ対策担当者を招へいし、「日・ASEANテロ対策協議」が開催され、日本とASEAN諸国との間で、テロ対策の姿勢の明確化、情報収集に関する協力体制の強化、事件発生時における協力体制の強化等が確認された。

6 対日有害活動

(1) 北朝鮮及び朝鮮総聯による対日諸工作
 北朝鮮は、深刻な食糧事情に象徴される経済問題や、「日本人ら致疑惑問題」等による我が国国内における対北朝鮮世論の悪化等内外に多くの問題を抱える中、「日朝国交正常化交渉再開問題」や「コメ支援問題」等をめぐり、我が国の政財官界関係者等に対する働き掛けを活発に展開した。
 1997年(平成9年)8月には「日朝国交正常化交渉再開のための審議官級予備会談」で北朝鮮在住の日本人配偶者の故郷訪問」の早期実現につき意見の一致をみ、11月には15人の日本人配偶者の故郷訪問を実現させ、日朝間の人道問題改善に向けた積極姿勢を示した。その一方で、北朝鮮は、4月以降、我が国の中央・地方政界関係者等を活発に招請して日朝関係改善や食糧不足を訴えるなどし、特に、11月には、訪朝した与党代表団に対して「日朝国交正常化交渉」の早期再開を強く要請した。また、9月には、北朝鮮から孟鉄虎・対外経済協力推進委員会課長が来日し、東京や大阪等で「羅津・先鋒自由経済貿易地帯への投資説明会」を開催して、日本企業に北朝鮮への経済投資を呼び掛けた。
 朝鮮総聯は、与党関係者に対して北朝鮮在住の日本人配偶者の故郷訪問問題」を提起するとともに与党訪朝団の実現を働き掛けたほか、10月には、与党三党に北朝鮮からの招請状を届けるなど、北朝鮮の意向に従った活動を展開した。
 一方、7月には、北朝鮮工作員の指示を受けスパイ活動に従事していた在日韓国人が、10月には、北朝鮮の夫婦スパイがそれぞれ韓国当局によって検挙されており、北朝鮮工作員の海外におけるスパイ活動は依然として活発に行われていることが明らかとなっている。
(2) ロシアによる対日諸工作
 ロシアでは、1995年(平成7年)以来、「連邦保安機関に関する連邦法」の施行や「対外諜報活動に関する連邦法」の改正が行われるなど、情報活動の法的基盤の整備が図られているほか、諜報活動、とりわけ経済諜報活動を強化しようとする動きがみられる。また、米国(10月)やドイツ(11月)で、旧東独及びロシアに国防情報やハイテク情報を提供していた協力者が摘発されるなど、依然として、非公然・非合法活動を継続していることが明らかになっている。
 こうした中、警視庁は、7月、1965年(昭和40年)ころに失踪した日本人男性になりすまして、旅券を不正に取得していた者について、逮捕状の発付を受け国際手配を行った。その被疑者宅からは、乱数表や換字表、短波受信機等が発見され、同人及び対外情報庁(SVR)

と日本人関係者が諜報のため無線連絡を行っていたことが判明しており、被疑者は、SVRに所属するイリーガル機関員(注)として、我が国内外の政治、経済、軍事情報の収集等の諜報活動を行っていたとみられる。また、SVRに所属するとみられる在日ロシア連邦大使館書記官が、数度にわたり、日本人関係者の動向監視に従事するなど、本件に関与していたことも明らかになった。
 このほか、我が国において、在日公館員等が先端企業に対して共同研究を働き掛けるなど、高度科学技術の入手等に向けた動きや、停滞している経済交流の拡大を目指して各界各層へ接近する動きがみられた。
(注) イリーガル機関員とは、国籍を偽るなど身分を偽装して入国し、スパイ活動を行う者をいう。
(3) 中国による対日諸工作
 「軍の近代化」を目指す中国は、1997年(平成9年)3月に開催された第8期全国人民代表大会第5回会議で「国防現代化建設の強化」を採択し、また、9月に開催された中国共産党第15回党大会の江沢民総書記の報告においても、「科学技術による軍隊強化を重視し、武器装備の逐次更新を進める」ことが明らかにされた。
 中国は、こうした「軍の近代化」等のためには、我が国からの技術移転が必要不可欠であるとの認識に立ち、多数の学者、技術者及び留学生や代表団等を我が国に派遣し、技術の習得に当たらせている。また、これらの来日中国人や在日公館員等を介して、多面的かつ活発な情報収集活動を行うとともに、政財界要人のほか、先端企業関係者等に対する幅広い働き掛けを強め、我が国からの技術移転等の拡大を図っている。
(4) 多様化する情報収集活動
 東西冷戦の終結に伴い、各国は、経済、外交の面で国益重視の姿勢をより鮮明にし、自国の利益を擁護するため、西側情報機関が友好国に対する諜報活動を行うなど、各国の情報収集活動の多様化が認められる。また、従来の政治、軍事情報に加え、経済情報への関心が強まるなど、諜報活動の対象とする情報についても、その見直しが図られている。ドイツでは、1997年(平成9年)3月、米国の外交官が先端技術に関するスパイ行為を理由として国外退去を命じられたとの報道が注目を集めた。
 また、米国では、クリントン大統領が、1997年9月、中央情報局(CIA)の創立50周年記念演説において、冷戦後の米国に対する脅威の拡散とハイテク情報時代に対応した情報活動の必要性を強調している。
 各国情報機関の活動の多様化に伴い、不法行為が行われるおそれもあることから、我が国警察としても、その動向に注目していく必要がある。
(5) 国際的な輸出管理体制
 1997年(平成9年)4月、65箇国の批准を受け、化学兵器とその生産施設の全廃を定めた「化学兵器の開発、生産、貯蔵、及び使用並びに廃棄に関する条約」が発効した。発効後、化学兵器保有国であるロシア等も条約を批准し、世界的な枠組みで軍縮の動きが推進されている。
 我が国では、条約の発効を受けて、外国為替管理令及び輸出貿易管理令の一部が改正され、従来から規制されていた化学兵器に使用されるおそれが高い軍用の化学製剤の原料となる物質に加え、それと同等の毒性を有するシアン化水素等の物質や原料に係る役務取引又は貨物の輸出についても規制が行われることとなった。
 1996年(平成8年)には、地域紛争防止という観点から通常兵器等の過剰な蓄積を防止するために発足した「ワッセナー・アレンジメント」(注)等を受けて、関係法令の改正が行われており、今回の改正で一段と輸出管理体制の基盤が整備された。
 しかし、依然として、軍事転用が可能な高度先端科学技術等をねらったスパイ活動の強化が懸念され、また、国際テロ対策等の観点からも、大量破壊兵器等の不正輸出事案の摘発を積極的に推進する必要がある。
(注) 戦略物資の共産圏への流出防止を目的としたココム(対共産圏輸出統制委員会)が1994年(平成6年)に撤廃された後、地域紛争の防止の観点から、通常兵器及び関連汎用品の過度の移転と蓄積を防止することを目的として、1996年(平成8年)に発足した国際的輸出管理体制。平成10年5月現在、33箇国が加盟しており、事務局はオーストリアのウィーンに設置されている。

7 日本共産党の動向

(1) 党活動の動向
 日本共産党は、同党の「変化」を演出し、イメージアップを図るため、平成9年4月から、機関紙の紙名を日刊紙、日曜版共に「赤旗」から「しんぶん赤旗」に、また、日曜版をタブロイド判にそれぞれ変更するなどの「刷新」を図った。また、同月には、韓国の呼称も従来の「南朝鮮」から「韓国」に変えるなど、対韓政策を大きく変更した。
 また、現在の政治、経済、社会に対する批判層に積極的に働き掛けて同党への支持拡大を図るため、全国各地で、原子力発電所、産業廃棄物、交通渋滞、医療・介護、地域経済等の地域の実情や生活に密着したテーマを中心に取り上げ、党外の関係者にも積極的に働き掛けてシンポジウムを開催し、同党の政策をアピールした。また、機関紙に、他の政党の関係者、県医師会、主婦連合会の会長等の党外者のインタビューを頻繁に掲載するなど、無党派層対策に力を入れた。
 7月の東京都議会議員選挙では、前回に比べて投票率が10.6ポイント低下した中で、日本共産党は前回より約18万票上回る約80万票、7.8ポイント上回る過去最高の21.3%の得票率を得て、現有13議席を倍増させる過去最高の26議席を獲得し、自由民主党に次ぐ第2党となった。地方議員数は、年初の3,979人から、12月末現在、4,065人となっており、徐々にではあるが着実に増加している。
 日本共産党は、9月22日から26日までの5日間、第21回党大会を開催した。大会では、「21世紀の早い時期」に「民主連合政府を実現することをめざして奮闘する」として、昭和52年の第14回大会以来20年振りに、目標時期を示して「民主連合政府」樹立を改めて提起した。また、当面、保守も含めた無党派層との連携、革新懇運動の発展等その樹立のための条件整備を進め、将来、条件が整った時点で「民主連合政府」の相手となる政党等を決めて政権作りに着手するとの手順を示した。
 宮本顕治議長(大会当時88歳)は名誉議長となって引退し、これによって、39年間にわたる「宮本体制」に終止符が打たれ、名実共に不破哲三委員長が最高指導者となった。不破委員長は、日本共産党は「社会民主主義の路線や体質」とは「無縁」であると強調し、引き続き、綱領で示す革命の基本路線を維持することを明らかにした。また、活動面でも、「ガイドライン見直し反対」闘争を中心とする「反基地」、「反安保」の各闘争、大企業への攻勢を内容とする「大企業に対する民主的規制」を強調するなど、同党の綱領に定める「反米」、「反独占」の路線に忠実な方針を提起した。
 なお、大会では、党員数については、前回大会時に比べ1万1,000人以上増えて約37万人と発表したが、増加数は、前々回の第19回大会時から前回大会時までに減少した約10万7,000人の1割未満にとどまった。機関紙発行部数については、230万を超えると発表し、前回大会時から約20万部減少していることを明らかにした。
(2) 全労連の動向
 日本共産党の指導、援助により結成された全国労働組合総連合(全労連)は、「組織拡大・強化『第二次3ヵ年計画』」(平成8年1月~10年12月)に基づき、「200万全労連、800地域組織の確立」に取り組んでいる。9年はその中間年に当たり、7月の第16回定期大会では、  「組織人員が150万人を超えた」と公表した。また、「200万全労連の早期達成と、500万全労連の建設」に向けて、「総対話と共同・10万人オルグ大運動」を展開する方針を決定し、組織拡大に取り組んだ。
 全労連は、引き続き、連合を含む広範な労働者・労働組合に、「大規模アンケート」や「総対話」運動を通じ、「一致する要求(課題)」での共同行動を呼び掛けていくものとみられる。

8 各種重要警備

(1) 長野オリンピック冬季競技大会等警備
 長野オリンピック冬季競技大会は、平成10年2月7日から22日までの16日間にわたり、長野市等5市町村において開催され、冬季競技大会史上最高の72の国と地域から約3,800人の選手、役員が参加し、延べ約144万人の観客が競技等を観戦した。
 また、引き続き長野パラリンピック冬季競技大会が、3月5日から14日までの10日間にわたり、長野市等4市町村において開催され、32の国から約1,200人の選手、役員が参加し、延べ約15万人の観客が競技等を観戦した。
 両大会には、開閉会式御臨席及び競技御覧のため、天皇皇后両陛下が3回行幸啓になり、皇太子同妃両殿下が4回行啓になったほか、多数の国内外要人が長野入りした。
 大会では、過去しばしば国際テロ等の重大事件等が発生しており、今回も、国際テロの標的となるおそれのある国や民族・宗教問題を抱えている国が多数参加したのに加え、開催直前になってイラク情勢が悪化するなど、テロの発生が懸念される極めて厳しい情勢となった。さらに、インターネット、郵便物での組織委員会、選手団等に対する脅迫、不審物件の郵送等が相次いで発生したほか、極左暴力集団等は、オリンピックを「天皇制のもとに民衆を統合するもの」、「環境破壊や財政破綻を引き起こすもの」等ととらえ、開催期間中、長野市を中心に集会、デモ、情宣活動を行った。

 このような厳しい情勢の中、警察では、「長野オリンピック冬季競技大会等対策委員会」等を設置し、全国警察の総力を挙げて警備諸対策を推進した。
 特に、長野県警察では、オリンピックでは最大時約6,000人、パラリンピックでは最大時約3,200人の警察官を動員し、国内外要人、大会関係者、観客等の安全確保、式典・競技の円滑な進行の確保、交通の安全確保等を図り、所期の目的を達成した。
(2) 金泳三・韓国大統領来日に伴う警備
 金泳三・韓国大統領は、平成9年1月25日に来日し、首脳会談、共同記者会見等の日程を滞りなく終え、翌26日、大分空港から専用機で離日した。
 同大統領の来日をめぐって右翼は、「竹島問題」等をとらえ、来日期間中、大分県、東京都及び広島県において、韓国等を批判する街頭宣伝活動等に取り組んだ。また、在日韓国反体制派団体の在日韓国民主統一連合(韓統連)等は、東京都内において、韓国大使館と外務省に対して要請行動を行った際に、同大統領来日に反対するアピールを行った。
 さらに、極左暴力集団等は、大分県、福岡県、東京都及び沖縄県において、「日韓首脳会談粉砕」等を訴える抗議行動や情宣活動等に取り組んだ。
 このような厳しい情勢の中、警察では、警備対策委員会等を設置して諸対策を推進した。特に、大分県警察では、約3,700人の警察官を動員して警備に取り組んだ。
 これらの諸対策を講じた結果、同大統領の来日期間中、同大統領一行の安全と関係諸行事の円滑な進行を確保した。
(3) 警衛・警護
ア 警衛
 天皇皇后両陛下は、全国植樹祭(5月、宮城県)、全国豊かな海づくり大会(10月、岩手県)及び国民体育大会秋季大会(10月、大阪府)への御臨席、地方事情御視察(8月、京都府、岐阜県、10月、秋田県、和歌山県)等のため行幸啓になった。
 皇太子同妃両殿下は、国民体育大会冬季大会(2月、秋田県)をはじめ、各種の行事・式典への御臨席等のため行啓になった。
 また、天皇皇后両陛下がブラジル及びアルゼンティンを御訪問(6月)になったほか、各皇族方が計8回、外国を御訪問になった。
 これに対し、極左暴力集団等は、「天皇制反対」等と主張し、各種反対集会・デモや情宣活動等に取り組んだ。特に、国民体育大会秋季大会開会式においては、スタンド内から、お言葉中の天皇陛下に向かって「天皇帰れ、天皇国体やめろ。」等と大声を上げるなどの妨害事案を引き起こした。
 このような情勢の中で、警察は皇室と国民との親和に配意した警衛警備を実施し、御身辺の安全確保と歓送迎者の雑踏事故防止等を図り、所期の目的を達成した。
イ 警護
 平成9年は、銃器、爆発物等を使用したテロの脅威が依然として憂慮されるなど、厳しい警護情勢が続く中、首相をはじめ国内要人の全国的な往来が活発に行われた。また、フジモリ・ペルー大統領(7月)、ネタニヤフ・イスラエル首相(8月)、李鵬・中国国務院総理(11月)等の警護警備を要する外国要人が多数来日した。
 警察は、銃器、爆発物等を使用したテロへの対応を念頭に置いた警護警備諸対策を徹底し、要人の身辺の安全を確保した。


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