第6章 公安の維持

 平成8年は、沖縄米軍基地問題等をめぐる全国的な反基地運動の盛り上がり、尖閣(せんかく)諸島及び竹島の領有権をめぐる日本、中国、韓国等での国内運動の激化等国内外で我が国の治安に密接に関連する注目すべき動きがみられた。また、4月には、クリントン米国大統領夫妻が国賓として来日し、これに伴い、大規模な警備が実施された。7年3月30日に発生した警察庁長官狙(そ)撃事件については、警察の最高責任者が狙撃されたという事案の重大性にかんがみ、一刻も早く真相を明らかにすべく、警視庁南千住警察署に設置した特別捜査本部を中心に、捜査が進められている。
 こうした情勢の中で、オウム真理教は、一連の取締り等により打撃を受けながらも、懸命に組織の生き残りを図った。右翼は、「住専問題」、「歴史教科書問題」等の社会問題に敏感に反応し、活発な街頭宣伝活動等を展開したほか、8件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。極左暴力集団は、「安保・沖縄問題」等で大衆闘争の盛り上げを図り、組織拡大に取り組む一方、成田闘争等をめぐって、凶悪なテロ、ゲリラ事件を引き起こした。日本共産党は、消費税、薬害エイズ等身近な問題に取り組むなどして無党派層の取り込みを図り、衆議院議員総選挙等で議席を増やしたものの、党員数及び機関紙発行部数は依然として低迷している。在日本朝鮮人総聯(れん)合会(朝鮮総聯)は、依然不透明に推移する北朝鮮情勢を背景として、北朝鮮に対する食糧支援等をめぐり我が国の政財官界等に対する諸工作を活発に展開した。また、ロシア、中国は、科学技術情報等の獲得のため、我が国各界各層に対する諸工作を行った。
 なお、国際テロについては、第1章を参照。

1 オウム真理教の動向

(1) オウム真理教の現状
 オウム真理教(以下「教団」という。)は、教団に対する一連の取締り、宗教法人法に基づく解散命令、破産法に基づく破産宣告等により打撃を受け、破壊活動防止法(以下「破防法」という。)に基づく解散指定に係る手続の進行中は活動を自粛していたが、解散指定の請求が棄却された後は、世論の動向等を見極めつつ再び活動を活発化させ、財政的基盤の充実、強化に努めるなど懸命に組織の生き残りを図っている。
 教団は、「地下鉄サリン事件」等一連の事件の発生後、対外的には破産手続への協力表明等ソフト路線を前面に打ち出しているが、教義、すなわち麻原彰晃こと松本智津夫(以下「松本智津夫」という。)の教えとその教義に基づいて活動する教団の本質は変わっていない。また、依然としてかなりの信者が松本智津夫に対する絶対的帰依を表明している。教団の組織運営は、形式的には幹部による集団指導体制により行われており、また、教団は、平成8年6月、教祖が松本智津夫からその長男(4)及び次男(3)に交代したことを発表したが、教団にとって松本智津夫は、いまだ絶対的な存在であり、松本智津夫の意向に反して重要事項が決定されることはない。
 教団施設については、本部、支部・道場等主要施設は、7年3月時点では、全国に約30箇所あったが、破産手続の進行等により、教団施設の閉鎖、解体が進んでおり、教団が所有する施設(ダミー会社や信者への名義変更後に再び元の教団名義に戻したものを含む。)は、山梨県西八代郡上九一色村所在の「第6サティアン」を最後にすべて閉鎖され、その他の施設も、ほとんどが閉鎖された。しかしながら、閉鎖された施設に代わり、マンション等に支部・道場等の活動拠点としての機能を移して活動している例が多くみられる。また、教団施設から退去した信者のほとんどは、全国の都市部のアパート、マンション等で数人単位の集団生活を行っており、教団は、分散居住先の信者について、グループごとにリーダーを選任し、数人の幹部が分担してこれを管理している。
 また、教団は、破産手続の進行等により財政が相当ひっ迫していることから、出家信者の大半を稼働させ、その収入のほとんどを布施させているほか、説法会の開催等の際に多額の布施を集めるなどの資金獲得活動を活発に行っている。
 さらに、教団は、組織防衛の強化等を目的として、「(株)神聖真理発展社」(8年12月に(株)アレフと改称)等に仮装して活動したり、説法会の開催等を秘密裏に行っているほか、信者を全国のアパート、マンション等に分散居住させ、これらの信者に対する指示・連絡事項の伝達をパソコン通信を利用して行うなど、活動の非公然化を進めている。
 なお、公安調査庁は、6回の弁明手続を経て、8年7月11日、公安審査委員会に対し、教団に対する破防法に基づく解散指定の請求を行い、公安審査委員会において審査が行われたが、9年1月31日、同請求は棄却された。
(2) 警察の諸対策
 今後も、松本智津夫の教えである教義とその教義に基づいて活動するという教団の本質は変わらず、松本智津夫の意向に沿った教団運営が行われていくものとみられる。また、現在もなお松本智津夫に対する絶対的帰依を表明している信者については、今後も教団にとどまり活動を継続する可能性が高い。
 警察では、教団による組織的違法事案の全容解明と再発防止を図るとともに、警察庁長官狙撃事件と教団との関連を解明するためにも、全国警察を挙げて、依然逃走中の平田信をはじめとする教団関係指名手配被疑者の早期発見、検挙に努めるとともに、教団の動向の把握 に取り組んでいる。なお、警察庁指定特別手配被疑者のうち、埼玉県警察が11月14日に八木澤善次と北村浩一を、同月24日、松下悟史を、また、沖縄県警察が12月3日、林泰男をそれぞれ検挙した。
 また、一連の組織的違法事案が教団により引き起こされたことにかんがみ、平素から、将来テロ行為を行うなど公共の安全を害するおそれのある集団を早期に発見し、把握するための情報収集、分析等を行うとともに、犯罪の捜査等の必要な措置を的確に講じていく必要がある。警察庁では、こうした特殊組織犯罪対策を的確に推進するため、5月、警備局公安第一課に特殊組織犯罪対策室を設置した。

2 右翼の情勢と対策

(1) 「尖閣問題」をめぐる動向
 昭和53年に尖閣諸島魚釣島に灯台様のものを設置した都内の右翼団体が、平成8年7月、尖閣諸島北小島に新たに灯台様のものを設置したことから、尖閣諸島の領有権を主張している中国、台湾、さらに、中国系住民が大多数を占める香港等において、激しい対日抗議運動が巻き起こった。
 9月26日には、我が国による尖閣諸島領有に反対する香港の抗議団体が、貨物船で我が国領海内に侵入し、尖閣諸島周辺海域で抗議活動を行った。その際、同団体の活動家4人が船上から海中に飛び込み、うち1人が溺死し、1人が重体となり、石垣島へ緊急輸送された。
 また、10月7日には、台湾や香港の議員らを中心とする抗議団体が組織した抗議船団(49隻)のうち41隻が我が国領海内に侵入し、尖閣諸島周辺海域で抗議活動を展開し、さらに、抗議船から数人の活動家が魚釣島に不法に上陸して、中国の「五星紅旗」、台湾の「青天白日満地紅旗」等を立てた。
 さらに、10月9日には、香港の抗議団体のメンバーら24人が在香港日本総領事館の施設内に領事館関係者の制止を振り切り乱入し、高歌放吟した上、領事館受付ホールに横断幕をはり付けるという事案が発生した。
 このような動きに対し、右翼は、延べ約420団体、約1,520人が街頭宣伝車約430台を動員して、全国各地で、「尖閣諸島は日本固有の領土」、「政府・外務省はき然たる態度を示せ」などとして、政府の対応や中国等を批判する街頭宣伝活動等に取り組んだ。
(2) 右翼の情勢
 右翼は、平成8年中、「尖閣問題」のほか、「住専問題」、「歴史教科書問題」、「夫婦別姓問題」、「国籍条項撤廃問題」、「竹島問題」等の社会問題に敏感に反応し、活発な活動を展開した。
 「住専問題」に関しては、西日本等から上京した右翼が、1月中旬から約2週間にわたり、延べ約180団体、約1,200人が街頭宣伝車約400台を動員して、「不良債権のための公的資金導入案を撤回せよ」などと大蔵省等を批判する街頭宣伝活動等に取り組み、この過程で「国会正門突入及び車両焼燬(き)事件」(1月、警視庁)及び「霞が関合同庁舎二号館車両突入事件」(1月、警視庁)を引き起こした。
 「歴史教科書問題」については、9年の中学生用歴史教科書に「南京大虐殺」、「従軍慰安婦」等の文字が記載されているとして、「自虐的教科書を容認するな」、「歪(わい)曲した歴史を教科書に載せるな」などと訴える街頭宣伝活動等に取り組んだ。また、「夫婦別姓問題」については、「夫婦別姓は日本の家族制度の崩壊につながる」として、「国籍条項撤廃問題」では、「外国籍の公務員採用拡大は外国人の参政権にもつながる」として、それぞれ政府等を批判する街頭宣伝活動等に取り組んだ。
 「竹島問題」をめぐっては、韓国政府が竹島に防波堤等接岸施設の建設を始めるとの計画が明らかになった2月以降、全国各地で、韓国等を批判する街頭宣伝活動等に取り組んだ。また、一部の右翼は、「大韓民国大使館正門に対する車両突入及び車両焼燬事件」(7月、警視庁)を引き起こした。

 このほか、マスコミに対しては、皇室関連記事をとらえ、「皇室を冒涜(とく)するもの」などとして、出版社等を批判する街頭宣伝活動や抗議行動に取り組んだ。
(3) 右翼対策の推進
ア 違法行為の防圧、検挙
 警察は、右翼によるテロ等重大事件を未然防圧するとともに、悪質な資金獲得活動に厳正に対処するため、違法行為の徹底した取締りに努めた。
 この結果、平成8年中、ゲリラ事件7件(7人)を含む計208件(324人)の右翼事件を検挙した(表6-1)。
 また、銃器使用テロの未然防圧等を図るため、銃器の取締り等を推進した結果、8年中、右翼及びその周辺者から銃器116丁を押収した(図6-1)。
 さらに、土地開発や企業倒産等に絡み、暴力団等と連携するなどして、資金を獲得しようとした事件等、右翼による悪質な資金獲得目的の犯罪193件(309人)を検挙した。
 「反体制」、「反権力」指向を強めている右翼は、今後も内外の諸問題に敏感に反応して、政府・政党要人、外国公館、報道機関、企業等を対象とするテロ、ゲリラ等重大事件を引き起こすことも懸念される。
 警察は、今後とも、右翼によるテロ等重大事件の未然防圧を図るため各種対策を強化するとともに、悪質な資金獲得活動に対しては、あらゆる法令を駆使して徹底した取締りを推進することとしている。

表6-1 右翼テロ、ゲリラ事件の検挙状況(平成4~8年)

図6-1 右翼及びその周辺者からのけん銃押収状況(平成4~8年)

イ 拡声機騒音対策の推進
 平成8年中、国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律による静穏を保持すべき地域として、新たに3都道府内延べ21箇所が指定された。
 警察では、右翼による拡声機騒音対策として、各種法令を適用した取締りを行った結果、住専問題に関する批判街宣を行った右翼2人(1月、警視庁)、クリントン米国大統領来日に伴う警備において右翼1人(4月、神奈川)を暴騒音規制条例違反で検挙したほか、日本共産党中央人民大学講座開催に伴う警備において右翼3人(8月、北海道)を軽犯罪法違反で検挙した。また、暴走音規制条例を制定している都府県においては、同条例に基づく停止命令(中止命令)94件、勧告67件、立入り33件を行った。

3 大衆運動の動向

(1) 反基地運動をめぐる動向
 平成7年9月に沖縄県で米兵による女児暴行事件が発生したことを契機として、各市民団体や極左暴力集団、反戦基地活動家らによって盛り上がりをみせた反基地闘争は、沖縄米軍基地の整理・縮小の一環として、「県道104号線越え実弾砲撃演習」の本土自衛隊演習地への移転が決定されたことから、移転候補地等の住民をも巻き込んだ運動へと拡大し、全国で1,413回、延べ約27万人を動員して展開された。
 特に、8年3月31日に楚辺通信所内の一部土地に係る賃貸借契約の期間が満了したことから、同日及び4月1日、東京と沖縄で計11行動に約3万700人を集めて、集会・デモ等が取り組まれた。4月1日に行われた「沖縄軍用地違憲訴訟支援県民共闘会議」(以下「違憲共闘会

議」という。)等による楚辺通信所への「立入り要求行動」では、「60年、70年を超える第三次安保・沖縄闘争の爆発」を呼号して、極左暴力集団等約900人が沖縄入りし、その大半を含む約1,200人が同通信所ゲート前に押し掛けるなど緊迫する場面も見られた。
 この過程で、同通信所への突入及び関連施設等へのテロ、ゲリラが予想されたことから、警察庁及び沖縄県警察をはじめとする関係都道府県警察では、県民感情等に十分配意し、現場における混乱防止等を第一義とした警備を実施した。
 さらに、沖縄の普天間基地返還に伴い、ヘリポートの建設候補地として取りざたされた沖縄県内の嘉手納、読谷、名護、金武の各市町村において、それぞれ地元住民が中心となり、反対集会・デモが行われたほか、中核派をはじめとする極左暴力集団も、「米軍の能力を強化するもの」、「嘉手納基地、岩国基地への移転反対、在日米軍基地全面撤去」等を掲げ、移転先である岩国基地(山口県)の周辺等で、集会・デモ等に取り組んだ。
 「県道104号線越え実弾砲撃演習」の本土移転問題をめぐっては、大分県において、「『日出生台(ひじゅうだい)』米軍演習反対玖珠(くす)・九重(ここのえ)・湯布院(ゆふいん)連絡会議」等が、7月7日に約1万5,000人を集めて、諸団体と住民が一体となった集会を行った。革マル派等の極左暴力集団も「移転阻止」を掲げ、各移転候補地において、独自に集会・デモ等を行ったり、他団体の主催する集会・デモ等に押し掛け参加した。
(2) 反原発、反核運動をめぐる動向
 平成8年の反原発運動は、全国で441回、延べ約3万2,000人を動員して展開された。運動形態については、従来の「原発反対」を掲げた集会・デモ等に加え、新潟県西蒲原(にしかんばら)郡巻町で、市民団体等により、住民投票を求める運動が展開された。その結果、8月4日、巻原発の建設に対する賛否を問う住民投票が実施され、反対票が賛成票を上回ったことにより、同原発の建設計画は暗礁に乗り上げることとなった。
 反核運動に関しては、1月28日にフランスが、6月8日及び7月29日に中国が、それぞれ核実験を実施し、これに対する抗議運動が、全国で461回、延べ約2万3,000人を動員して展開された。
(3) 運動課題の多様化
 「住専問題」や「食糧費問題」等を契機として、国、地方公共団体に対する批判が強まり、また、福祉の充実、税負担の軽減等を求める声が国民の間で高まる中、大衆運動の課題、担い手も多岐にわたってきている。
 平成8年中は、「薬害エイズ問題」、「住専問題」、「消費税率引上げ問題」等その時々の課題を取り上げ、全国で様々な大衆運動が展開された。地方空港建設や愛知万博誘致等をめぐっては、反対する地主の間で共同登記する土地共有化闘争に加え、その土地に植えている立木を反対派が所有し合う立木トラスト運動等の手法を採る勢力もみられた。また、新宿駅西口 における「動く歩道」建設等をめぐり、路上生活者の生活保障、就労保障等を訴え、建設現場での抗議行動や東京都庁への抗議行動等様々な反対運動がみられた。

4 極左暴力集団の情勢と対策

(1) 極左暴力集団の情勢
ア 「安保・沖縄闘争」、JRに係る諸問題等をめぐる動向
 極左暴力集団は、闘争資金及び活動家、シンパの獲得により組織拡大及び党建設を図るため、「安保・沖縄闘争」の高揚を追い風として、「4.1沖縄闘争」や「クリントン米国大統領来日阻止闘争」に取り組んだほか、「破防法問題」、「核実験問題」等その時々の課題を取り上げ、労働者、市民等を巻き込んだ大衆闘争を展開した。特に、「4.1沖縄闘争」及び「クリントン米国大統領来日阻止闘争」では、各派とも、主催者及び共催者に団体名を示さず、違憲共闘会議等が主催する集会・デモに、労組又は市民団体として参加し、ヘルメット等の着用及び団体旗の掲出をしないなど、セクト色を秘匿した行動に終始した。
 中核派は、平成5年8月に打ち出した「8.1路線」(武装闘争をより発展させるため、大衆闘争と党建設に力を入れていくという方針)を引き続き推進しており、特に、大衆組織の拡大に強力に取り組み、8年11月10日には、全国から活動家等約2,100人を動員して「全国労働者総決起集会」を開催した。
 革マル派は、中国及びフランスが実施した核実験に対し素早く反応し、中国大使館等に対する抗議活動を行った。また、東日本旅客鉄道労働組合(以下「JR東労組」という。)の分裂動向に絡んで、7年12月に電話盗聴事件を引き起こした。さらに、8年も機関紙において、  「JR採用差別問題」等をめぐって国労等を非難し、JR東労組を支援する記事を掲載したほか、4月以降続発したJR列車妨害事案について、「JR東労組の組織破壊を目的とした国家権力による謀略攻撃」と主張するなど、JRに係る諸問題への関与を強めている。
イ 「成田空港問題」をめぐる動向
 8年は、新東京国際空港を成田市三里塚に建設すると閣議決定した昭和41年から30周年という節目に当たることに加え、新東京国際空港公団(以下「公団」という。)本社の成田市への移転、元空港反対同盟小川グループの代表及び同盟員による建設予定地内所有地の売却・移転調印、四街道石油ターミナルの供用開始、さらに、芝山鉄道延長の基本計画決定や運輸省及び公団における用地取得費100億円の予算計上が行われるなど、「成田空港問題」は、新たな展開をみせた。
 極左暴力集団は、これら一連の動向を「二期工事を意識したもの、完全空港化への動き」ととらえ、一層危機感を強めており、中核派は、7月9日に「新東京国際空港公団工務部管

理課長宅爆発事件」(千葉)、10月21日に「運輸省航空局飛行場部環境整備課周辺整備事業室長宅車両放火事件」(茨城)を引き起こした。
 また、全国から活動家を動員した取組みとしては、三里塚芝山連合空港反対同盟北原グループ及びこれを支援する中核派等の極左暴力集団が、5月26日に両国公会堂で「全国住民交流集会」(約800人、東京)、10月13日に空港周辺で「全国総決起集会」(約980人、千葉)を開催した。
ウ 「破防法問題」をめぐる動向
 7年12月14日、政府は、オウム真理教に対する破防法に基づく解散指定に係る適用手続の開始を表明したが、極左暴力集団は、中核派、革マル派等がそれぞれ反対集会を開催するなど、強い危機感を示した。特に、革労協狭間派は、8年2月21日に公安審査委員会委員長宅等に対する2件の発射弾ゲリラ事件(東京)、9月24日に「中国公安調査局調査第一部首席調査官宅放火事件」(島根)を引き起こしたほか、公安調査庁、公安審査委員会等に対する「抗議はがき運動」、公安審査委員会委員宅周辺での抗議街宣等にも取り組んだ。さらに、同派は、「破防法問題」への取組みをめぐって革マル派との対立を強め、5月14日、神奈川県内の私立大学キャンパス周辺において、革マル派系全学連学生等に対する内ゲバ事件を引き起こし、1人を死亡させた。
 過去10年間の極左暴力集団によるテロ、ゲリラ事件の発生状況は、図6-2のとおりである。

図6-2 極左暴力集団によるテロ、ゲリラ事件の発生状況(昭和62~平成8年)

(2) 極左対策の推進
 警察は、各種法令を適用し、潜在的違法事案を掘り起こすなど、極左暴力集団に対する事件捜査の徹底を図るとともに、アパート、マンション等に対するローラー作戦を全国的に継続して取り組み、秘密活動を続ける極左活動家の摘発と組織力を減殺するための諸対策を強力に推進した。また、極左対策に対する国民の理解と協力を得るため、全国に広報ポスターを配布したほか、各種広報媒体を活用して広報活動を積極的に推進した。
 その結果、平成8年中は、秘密部隊員13人を含む60人の極左活動家を検挙し、秘密アジト4箇所を摘発した。
〔事例1〕 3月19日、東京都内において、革労協狭間派の秘密アジト「西新井アジト」を摘発し、同派幹部活動家2人を検挙した(警視庁)。
〔事例2〕 3月27日、埼玉県内において、中核派の秘密アジト「浦和仲町アジト」を摘発し、同派秘密部隊員2人を検挙した(埼玉)。
〔事例3〕 7月8日、私立大学全学自治会室を捜索、革労協狭間派活動家5人を凶器準備集合罪で検挙した(神奈川)。
〔事例4〕 8月中日、東京都内において、革マル派の秘密アジト「綾瀬アジト」を摘発した(警視庁)。
〔事例5〕 11月24日、神奈川県内において、革マル派の秘密アジト「大和アジト」を摘発し、同派秘密部隊員4人を検挙した(神奈川)。

5 各種重要警備

(1) クリントン米国大統領来日に伴う警備
 クリントン米国大統領夫妻は、平成8年4月16日、国賓として来日し、歓迎行事、天皇陛下との御会見、首脳会談、横須賀基地訪問等の諸行事に臨み、同月18日、東京国際空港から特別機で離日した。
 同大統領の来日をめぐり、極左暴力集団や反基地運動を展開している市民団体を含む左翼諸団体は、4月12日から17日までの間、28都道府県62箇所において約3万100人を集め、集会・デモや座込み等に取り組んだ。
 また、右翼の一部は、「クリントンをただでは帰すな」などと訴え、来日期間中、東京都及び神奈川県において街頭宣伝活動を行ったほか、米国大使館等2箇所で抗議行動を行った。警察は、この過程で、暴騒音規制条例違反(4月、神奈川)、威力業務妨害罪(4月、警視庁)でそれぞれ右翼1人を検挙した。さらに、アメリカ合衆国を明確に「イスラムの敵」として位置付けているイスラム原理主義過激派等国際テロリストの動きを封じ込めるため十分な警戒を行った。
 このような厳しい諸情勢の中、警察では、警備対策委員会等を設置して諸対策を推進した。特に、警視庁では、約2万2,000人、神奈川県警察では、約6,000人の警察官を動員して、警備に取り組んだ。
 これらの諸対策を講じた結果、同大統領の来日期間中、同大統領一行の安全と関係諸行事の円滑な進行を確保した。
(2) 警衛・警護
ア 警衛
 天皇皇后両陛下は、全国植樹祭(5月、東京都)、全国豊かな海づくり大会(9月、石川県)及び国民体育大会秋季大会(10月、広島県)への御臨席、地方事情御視察(4月、山梨県)等のため、行幸啓になった。
 皇太子同妃両殿下は、阪神・淡路大震災犠牲者追悼式典(1月、兵庫県)をはじめ、各種の行事・式典への御臨席等のため行啓になった。
 また、紀宮殿下がブルガリア及びチェッコを御訪問(9月)になるなど、各皇族方が計8回、外国を御訪問になった。
 警察は、極左暴力集団等が、依然として、「天皇制は『わが国支配の根源である』」などと主張して皇室闘争に取り組む中、効率的かつ重点的な部隊運用、市民の立場に立った必要最小限の交通規制等に努めつつ、皇室と国民との親和に配意した警衛警備を実施し、御身辺の安全確保と歓送迎者の雑踏事故防止等を図り、所期の目的を達成した。
イ 警護
 平成8年は、10月に第41回衆議院議員総選挙が行われたことなどから、国内要人の全国的な往来が活発に行われた。また、アラファト・PLO議長(9月)、アルベール・ベルギー国王、コール・ドイツ首相(10月)、シラク・フランス大統領(11月)等の警護警備を要する外国要人が多数来日した。
 警察は、厳しい諸情勢が続く中、銃器、毒物、爆発物等を使用したテロへの対応を念頭に置いた警護警備諸対策を徹底し、要人の身辺の安全確保に努めた。

6 対日有害活動

(1) 北朝鮮及び朝鮮総聯による対日諸工作
 北朝鮮は、深刻な食糧事情に象徴される経済問題、黄長樺書記の亡命問題、武装工作員の潜水艦による韓国侵入事件等で高まった南北間の緊張関係等国内外に多くの不安定要因を抱える中、「日朝国交正常化交渉再開問題」や「コメ支援問題」等をめぐり、我が国の政財官界関係者に対する諸工作を活発に展開した。特に平成8年4月には、労働党の対日担当者を我が国に派遣し、与党関係者に対してコメ支援や労働党幹部級代表団の招請を要請したほか、12月にも同担当者を我が国に派遣し、重ねてコメ支援を要請した。また、7月には、金正宇・対外経済委員会副委員長が来日し、我が国の経済団体との接触を図ったほか、9月には羅津・先鋒の自由経済貿易地帯で開催した「国際投資フォーラム」に、我が国の経済、マスコミ関係者等多数を招待し、同自由経済貿易地帯への投資を呼び掛けた。
 また、朝鮮総聯は、在日本大韓民国民団(民団)が推進する参政権獲得運動に反対し、地方政界、議会に対して同運動の破綻(たん)工作を組織的に展開したほか、北朝鮮に対する食糧支援に向けた自治体や親朝団体の積極的取組みを働き掛けた。
 一方、7月には、フィリピン国籍を装って韓国内でスパイ活動を行っていた北朝鮮工作員が韓国当局によって検挙されており、北朝鮮工作員の海外におけるスパイ活動は、依然として活発に行われていることが明らかとなっている。
(2) ロシアによる対日諸工作
 ロシアでは、1995年(平成7年)の「連邦保安機関に関する連邦法」の制定に続き、「対外諜報に関する連邦法」、「国防に関する連邦法」等が改正、施行され、情報活動の法的基盤の整備が図られた。また、1996年(平成8年)6月、レベジ安全保障会議書記(当時)が「西側諸国に対する経済諜報活動の再構築」を主張するなど、情報活動を強化しようとする動きがみられる。
 こうした中、スイス(4月)、エストニア(5月)、カナダ(5月)でロシア情報機関員等の摘発が判明したほか、米国では、中央情報局(CIA)と司法省連邦捜査局(FBI)の職員がロシアに秘密情報を提供していたとして相次いで逮捕されるなど(11月、12月)、ロシア情報機関の諸外国での活動が依然として活発に継続されていることが明らかとなっている。我が国においても、ロシアは、停滞する我が国との経済関係の進展を目指して各界各層への接近を強めたほか、ロシアの在日公館員等が高度先端技術を有する企業に対し、共同研究の働き掛けや資料要求を行うなど、活発な活動がみられた。
(3) 中国による対日諸工作
 中国は、1996年(平成8年)3月開催の第8期全国人民代表大会第4回会議で、「社会主義現代化建設の継続推進」を採択し、その中で、「国防現代化建設の強化」、とりわけ、武器、装備を優先的に開発する方針を表明した。同年の国防予算は、対前年比11.3%の伸びを示し、8年連続10%以上の伸びとなっている。中国は、現在、軍事力について「量」から「質」への転換を図っているものとみられ、その軍事力の近代化は着実に進んでいるものとみられる。
 中国は、こうした「軍の近代化」及び経済建設のためには、我が国からの技術移転が必要不可欠との認識に立ち、多数の学者、技術者及び留学生や代表団等を我が国に派遣し、技術の習得に当たらせている。また、在日公館員はもとより、これらの来日中国人等を介し、特に軍事転用可能な高度科学技術を重点に、多面的かつ活発な情報収集活動を行うとともに、政財界要人のほか、先端企業関係者等への幅広い働き掛けを強めている。
(4) 多様化する情報収集活動
 東西冷戦の終結に伴い、各国は、経済、外交の面で国益重視の姿勢をより鮮明にし、自国の利益を擁護するため、旧西側諸国間でも相互に諜報活動が行われるようになった。また、従来の政治、軍事情報に加え、経済情報への関心が強まるなど、諜報活動の対象とする情報についても、その見直しが図られている。こうした中、1996年(平成8年)9月には、米国海軍情報部員による在米韓国公館員への機密情報の漏えいが判明した。
 また、CIAのドイチュ長官(当時)は、1996年(平成8年)5月、議会に送った書簡の中で「経済・情報入手への方針転換は数年前から始まり、最近ではCIAの主要な任務になった」と公式に認めたとされている。
 こうした各国情報機関の活動に伴い、不法行為が行われるおそれがあることから、我が国警察としても、その動向に注目していく必要がある。
(5) 国際的な輸出管理体制の動向
 平成8年4月、兵庫県警察は、毒ガスの原材料になるなどとして輸出禁制品に指定されているフッ化ナトリウム等がコメ支援船によって北朝鮮に輸出された事件を検挙した。このように、北朝鮮等においては外国為替及び外国貿易管理法で規制されている物資を不正取得しようとする動きが依然として存在するものとみられている。
 1996年(平成8年)7月、こうした従来の大量破壊兵器関連物資の輸出規制のほかに、新たに通常兵器等の輸出規制を目的とする「ワッセナー・アレンジメント」が発足した。これは、旧共産圏諸国に対する戦略物資を統制していたココムと異なり、新たに地域紛争防止という観点から、通常兵器等の過剰な蓄積の防止を目的として、旧ココム加盟国にロシア、ウクライナ、ポーランド等を加えた33箇国で意見の一致をみたものである。
 これを受けて、我が国においては、外国為替管理令及び輸出貿易管理令の一部改正が行われ、9月13日から施行された。今後、こうした輸出規制の実効性を確保し、国際社会の平和と安全に寄与するため、大量破壊兵器等の不正輸出事案の摘発を積極的に推進する必要がある。

7 日本共産党の動向

(1) 党活動の動向
 日本共産党は、年初から、選挙での支持拡大を目指し、全国各地で、コメ・農業、いじめ・教育、地域経済等のテーマを取り上げてシンポジウムを開くなど、無党派層対策に力を入れるとともに、党への国民の「偏見」を取り除くことを重視した活動を行った。平成8年7月の東京・狛江市長選挙では党推薦の党員候補が、同年9月の東京・足立区長選挙では党推薦の候補が当選するなどして注目を集めた。
 このような情勢の中で行われた第41回衆議院議員総選挙では、日本共産党は、比例代表に53人、小選挙区には推薦1を含め300すべての選挙区に候補者を擁立し、「消費税率5%引上げ反対」を中心に訴えた。選挙の結果、日本共産党は、小選挙区2、比例代表24の計26議席を獲得し、解散前を11議席上回った。得票数及び得票率は、共に過去の国政選挙で最高であり、5年7月の前回総選挙や7年7月の参議院議員通常選挙と比較しても、大幅に得票を増やした。
 しかし、日本共産党は、党員数、機関紙発行部数については、依然として低迷を続けている。党員数については、8年5月の幹部会で、6年7月の20回党大会時の約36万人に比べて差引き1,202人の増加と発表され、微増にとどまっていることを明らかにした。機関紙発行部数については、減少に歯止めが掛かっておらず、8年12月末現在で235万部を下回っている。
 また、日本共産党がその後継者づくりの観点から重視し、指導、援助を強めている日本民主青年同盟は、「薬害エイズ問題」、「反核・平和問題」等をとらえ活動を行っているが、第24回全国大会では、現勢が十数年来、停滞、後退していることが明らかになった。
(2) 全労連の動向
 日本共産党の指導、援助により結成された全労連(全国労働組合総連合)は、「200万全労 連、800地域組織の確立」を目標とする「組織拡大・強化『第二次3カ年計画』」を決定し、その初年度となる平成8年は、「あらゆる労働者、労働組合との『総対話』と共同」を軸として組織拡大に全力を挙げた。しかし、公称勢力は144万人、地域組織も467にとどまり、大きな前進はみられなかった。
 一方、完全失業率が3%台の高水準で推移するなど依然厳しい雇用情勢の下で取り組まれた8年春闘では、「企業の内部留保の取崩しによる大幅賃上げ」を最重点に、2波のストを含む4次の全国統一行動に取り組んだが、春闘相場に影響を与えることはできなかった。
 7月の定期大会では、多数派形成に向け、「『総対話』運動を基本に、全労働者に共通する切実な制度的課題での共同の呼び掛けと職場・地域からのアンケート運動に取り組んでいく」ことなどを決定しており、今後、雇用問題や政治課題等社会的反響の大きい闘争課題を掲げ、連合等に加入している労働者等を対象として幅広い勢力の結集に向け、引き続き取り組むものとみられる。


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