第4節 高度に進化する交通社会への対応

1 高度情報通信技術を活用した交通管理

(1) ITSの推進
 ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)とは、最先端の情報通信技術を用いて人と道路と車両とを一体のシステムとして構築することにより、ナビゲーションシステムの高度化、交通管理の最適化等を図り、安全性、輸送効率及び快適性の飛躍的向上を実現するとともに、渋滞の軽減等の交通の円滑化を通じ、環境保全に大きく寄与するものである。
 平成6年8月に内閣に設置された高度情報通信社会推進本部により、7年2月に「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」が策定され、産官学が連携してITSの構築を目指していくことが確認された。
 7年8月には、警察庁をはじめとするITS関係5省庁が「道路・交通・車両分野における情報化実施指針」を決定し、さらに、8年7月には、ITSの構築に関して相互に調整し、体系的、効率的に推進するため、目標とする機能、主要な研究開発等に係る基本的な考え方を示した「高度道路交通システム(ITS)推進に関する全体構想」を取りまとめている。
(2) UTMSの推進
 警察庁では、ITSの実現に向けて信号制御の最適化及び交通情報収集・提供システムの高度化を実現するUTMS(Universal Traffic Management Systems:新交通管理システム)構想を推進している。
 このシステムは、赤外線方式による個々の車両と交通管制システムとの間の双方向通信により、ドライバーに対するリアルタイムで詳細な交通情報・誘導情報を提供し、交通流の積極的な管理を行うことを目標とするものであり、以下の6つのシステムで構成されている。
ア 高度交通管制システム(ITCS)
 これまでの交通管制システムに、車両との双方向通信によって得られた膨大な情報を処理する機能を加えた、新交通管理システム(UTMS)の核となるシステムであり、旅行時間等を基にした信号制御の完全自動化、提供する交通情報の自動生成等により、交通実態に応じた最適な交通管理を行う。
イ 交通情報提供システム(AMIS)
 交通渋滞、交通規制等の情報に加え、目的地までの旅行時間等の情報を、様々なメディアを用いることによりリアルタイムに提供するシステムであり、交通情報に基づくドライバー

図2-11 新交通管理システム(UTMS)

の自律的な交通流・量の分散を図る。
ウ 公共車両優先システム(PTPS)
 バス専用レーンの設定、バス優先信号制御等の設置により、公共交通機関の優先通行を確保するシステムであり、公共交通機関の効率的な運行や定時性の確保により、利用者の利便性の向上を図る。
エ 動的経路誘導システム(DRGS)
 車両から収集した目的地情報に基づく予測旅行時間等を活用し、そのときの交通状況に応じた最適な経路誘導を行うシステムであり、交通全体を視野に入れた交通流の最適化を図る。
オ 車両運行管理システム(MOCS)
 車両との通信機能を活用し、車両位置情報の把握、車両への運行情報の伝達等を行うシステムであり、タクシー、トラック等の業務用車両の効率的な運行管理を支援する。
力 交通公害低減システム(EPMS)
 自動車の排気ガスによる大気汚染の状況等に応じて、不要な発進・停止の削減、大気汚染・騒音等の顕著な地域からのう回情報の提供等を行うシステムであり、環境保護の観点から交通公害の低減を図る。
 また、平成8年4月には、(社)新交通管理システム協会が設立され、UTMSに係る技術的な研究開発等の推進を行っている。
〔事例〕 8年4月から路線バスの円滑な運用確保を目的として、札幌市内の国道36号線の5.7kmの区間において公共車両優先システム・車両運行管理システムの試行を実施している。本システムの導入により、路線バスの運行時間の短縮(1分26秒減)及び都市内交通量の削減(21.7%減)がみられた(北海道)。
(3) VICSの推進
 VICS(Vehicle Information and Communication System:道路交通情報通信システム)とは、路上に設置された光ビーコン及び電波ビーコン、又はFM多重放送(通常のFM放送にデジタルデータを重ねて放送するもの)のメディアを利用して、渋滞、事故、規制等の道路交通情報を車載のカーナビゲーション装置に直接リアルタイムに提供し、ドライバーに適正なルート選択を促すものである。
 平成7年7月に、事業主体となる(財)道路交通情報通信システムセンター(VICSセンター)が設立され、8年4月に首都圏等において、12月には大阪地区において運用を開始している。さらに、9年4月には愛知地区及び全国の高速道路において運用を開始しており、逐次運用地域の拡大を図る予定である。

図2-12 VICS

(4) 運転免許証の高機能化の検討
 運転免許証の偽変造防止、交通警察業務の合理化・効率化等を図る観点から、高度なセキュリティ機能を有する電子技術を応用した運転免許証のICカード化について調査研究を実施した。警察庁では、この調査研究の結果等を踏まえ、運転免許証の高機能化について検討を進めている。

2 高度化する高速道路交通の新しい姿

(1) 高速道路交通の拡大と変貌(ぼう)
ア 高速道路ネットワーク構築の現状
 平成8年末現在、高速道路の全供用距離は61路線、7,017.3キロメートル(高速自動車国道6,046.2キロメートル、指定自動車専用道路971.1キロメートル)である。8年には、九州横断道(玖珠(くす)~湯布院(ゆふいん))等138.4キロメートルが新たに供用開始された。
 現在、従来の高速道路と比べてかなり高規格となる第二東名・名神高速道路、総延長約10キロメートルに及ぶ海底トンネルを含む東京湾横断道路等の建設が進められている。他方、列島横断道路として整備される路線は、非分離2車線の部分が極めて多くなり、また、山間部を通過することから雪氷対策が必要となるなど、交通管理の難しい路線も増加する傾向にある。
イ 高速道路における交通事故の現状
 高速道路における交通事故は、図2-14のとおり増加傾向にあり、一時の増勢はみられないものの、死者数は8年連続して400人を超えている。
 高速道路においては、高速走行のため、わずかな運転上のミスが重大事故に結び付きやすく、しかも死傷者が多数に及ぶ場合が多い。8年中に、高速道路において1件で3人以上が死亡した事故の全人身事故に占める割合は、高速道路では3.1%であり、高速道路以外の道路での割合が、0.4%であるのに比べ、著しく高くなっている。
 また、高速道路を走行する車両には貨物自動車が多いこともあり、貨物自動車による重大事故が多く発生している。8年中の高速道路における死亡事故のうち、50.9%が貨物自動車による事故で、特に大型貨物自動車による死亡事故が、発生件数92件、死者110人(前年比4件、16人増)となっている。
〔事例〕 8月、東名高速道路において大型トレーラーが中央分離帯を突破して、上り車線走行中の2台の車両に衝突し横転炎上した上、積荷の鉄板ロールが高速道路下に落下して停止中の乗用車を直撃した。この事故により6人が死亡した(静岡)。

図2-13 高速道路ネットワーク

図2-14 高速道路における交通事故の発生状況(昭和63年~平成8年)

(2) 高度化する高速道路交通への対応
ア 事故実態等を踏まえた重点対策の推進
 平成8年中は、大型貨物自動車の重大事故が多発したことから、これら車両の運行の適正化を図るため、指導取締りを強化するとともに、事業者団体等に対する指導・啓蒙等、関係省庁との連携を図りながら各種事故防止対策を講じている。
 8年中の高速道路における交通違反取締り状況は、表2-12のとおりである。
 さらに、トレーラーが高速で車線変更することに伴う危険を防止するため、9年の道路交通法の一部改正により、トレーラーは高速自動車国道等の本線車道においては、最も左側の車線を通行しなければならないこととされ、9年10月からの施行が予定されている。また、大型貨物自動車についても、車線利用に関する規制を行うなどして、大型貨物自動車に係る事故の防止に努めることとしている。
イ 先行対策等の積極的展開
 高速道路の計画段階から道路管理者と、道路線形の改良等必要な協議を行うとともに、最高速度規制等の交通規制を決定するに当たっても、道路構造、気象条件等を総合的に勘案し、

表2-12 高速道路における交通違反取締り状況(平成7、8年)

その適正を期している。交通安全施設の整備については、道路管理者との間において、道路環境観測施設、融雪・凍結防止施設、排水性舗装等の設置や中央分離帯施設の改良に関して事前に協議し、また、交通規制をより認識しやすいようにオーバーヘッド型の標識の採用等の対策を進めている。
 さらに、既に供用されている区間における事故多発地点においては、事故の実態に照らし、規制の見直し、交通安全施設の改良整備等の事故防止対策を積極的に推進している。
ウ 高規格の高速道路に対応した規制、取締り手法等の調査研究
 高規格の高速道路における規制の在り方について人間工学的観点を含めた調査研究を行うとともに、従来の装備では取締りが困難かつ危険となることから、受傷事故防止の観点を踏まえながら、高速走行に対応できる取締り手法や機器の研究を進めている。

3 国際化の進展と交通警察

(1) ITSに関する国際協調の推進
ア 第3回ITS世界会議’96オーランド
 ITSについては、日米欧を中心とした世界的規模の開発が進められており、平成6年以降毎年、道路交通のインテリジェント化に関する情報や研究成果を相互に交換し、実用化に向けた国際協力の推進を目的とした世界会議が、欧州地域、アジア・太平洋地域、アメリカ地域の3地域持ち回りで開催されている。
 8年11月には、第3回世界会議が、世界37箇国から産官学の交通関係者約4,000人の参加を 得て、アメリカ合衆国フロリダ州オーランドで開催された。我が国の警察からも多数参加し、新交通管理システム(UTMS)に関する論文発表や他国のITS関係者との意見交換等、ITSの国際協調に向けた活発な討議が展開された。
イ 第1回アジア太平洋地域ITSセミナー
 経済の発展に伴い、交通需要の拡大に起因する交通障害が年々顕在化しているアジア・太平洋地域の各国では、近年、ITSに対する関心が非常に高まっている。そこで、地域内におけるITS推進の相互理解・協力体制の確立を図るため、8年9月には、13箇国(地域を含む。)から約680人の参加を得て、「第1回アジア太平洋地域ITSセミナー」が東京で開催された。
(2) 国際化に対応した運転免許行政
 国際化の進展に伴い、人的な交流が活発化し、外国において自動車等を運転する日本人や、我が国において自動車等を運転する外国人が増加しており、警察ではこれらに対応した施策を推進している。
ア 国外運転免許証の交付等
 国外へ出国する者の増加に伴い、国外運転免許証の交付件数も年々増加しており、平成8年の交付件数は39万8,469件で、10年前と比べて約2.2倍となっている。警察では、国外運転免許証の申請・交付窓口の拡大、電子計算機処理による国外運転免許証の発行事務の迅速化等、国際化に対応した事務の合理化を推進している。
〔事例〕 8年に運転免許本部における日曜日の国外運転免許証申請・交付窓口を開設したほか、全警察署に平日の国外運転免許証申請・交付窓口を拡大した(神奈川)。
イ 国内の外国人運転者対策
 我が国に滞在する外国人のうち、我が国の運転免許を有する者は、8年には48万2,251人となっている。
 外国の行政庁の運転免許を有する者については、一定の条件の下に運転免許試験のうち技能試験及び学科試験を免除している。8年のその免除に係る我が国の運転免許の件数は2万7,801件であり、その外国の行政庁の数は137に上っている。
 外国人運転者に対しては、運転免許証の交付時等における講習用視聴覚教材として5箇国語による運転者教育用ビデオを制作するなど、適切な運転者教育に努めている。
〔事例〕 県内における外国人の運転免許取得者が急増する中で、その85%がブラジル人であることから、ブラジル人の国際交流員を講師として招致し、係員のポルトガル語の理解力を向上させることにより適正な対応が図られるよう努めた(富山)。
 一方、国際化の進展に伴い、外国において偽造又は不正取得された国際運転免許証を購入し、我が国においてその運転免許証により自動車を運転する事案が発生しているほか、真正 でない外国の運転免許証を使用して運転免許試験の一部免除により我が国の運転免許を取得しようとする事案が発生していることから、警察では、これら事案の発見検挙に努めている。
〔事例〕 暴力団幹部が普通自動車で交通事故を起こした際、臨場した警察官に対して提示したフィリピン国際運転免許証の取得方法についての供述があいまいであったことから・捜査したところ、同人が国際運転免許証を不正に取得した事実が明らかとなり、同人を業務上過失傷害及び道路交通法違反で逮捕した(茨城)。
(3) 国外への交通技術の移転
ア 第14回交通警察行政研修の開催
 平成8年11月から12月までの25日間、関係各国の経済開発と民生の安定向上に寄与することを目的として、「第14回交通警察行政研修」が実施された。本研修においては、国際協力事業団(JICA)との協力の下、12箇国からの12人の研修生に対し、我が国の交通事情、交通警察の組織・活動全般にわたり広く紹介するとともに、参加各国の交通警察に関する重要な諸問題等について、情報の交換、施策の検討等を行った。
イ 交通管理技術移転のための調査研究
 発展途上国においては、社会・経済の発展に伴う自動車交通の急激な伸長により、交通事故の多発、交通渋滞の激化等、様々な社会問題が発生している。
 警察では、日本の進んだ交通管理技術の移転を図ることにより、発展途上国における自動車交通の適正な発展を支援するため、元年度以降、発展途上国に対して順次調査団の派遣を行い、道路交通の実態、交通管理技術のレベル、具体的ニーズ等についての調査を実施するとともに、交通管理技術の専門家の長期派遣等を行っている。
〔事例〕 インドネシア政府の要請に基づき、7年4月より、同国運輸省陸運総局に対して警察庁職員1人をJICA専門家として派遣しており、交通渋滞が深刻化している首都ジャカルタをはじめとする同国各都市への交通管制システムの導入、交通管理技術者の養成方策等に関する指導・助言を行っている。
ウ 運転免許管理技術等の移転
 発展途上国から我が国の運転免許管理技術や運転者教育制度に対して高い関心が寄せられており、これらの技術や制度を積極的に紹介している。
 8年は、我が国の運転免許管理技術等の移転について要望が寄せられているタイに対して、運転免許管理技術等に関するセミナーを開催した。また、技術移転の実施に当たっては、現地において指導を行うことも重要であることから、運転免許管理技術の専門家をタイに派遣した。
 また、アルゼンティンからも同様の要望が寄せられていることから、8年度に運転免許管理技術の専門家を派遣し、具体的協力の実施に向けた調査を行った。


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