第3章 犯罪情勢と捜査活動

 既に述べたとおり、平成7年は、オウム真理教関連事件の発生や銃器使用強盗殺人事件等の重要凶悪事件の多発等により、我が国の良好な治安に対する国民の信頼に陰りが生じたのではないかと言われるほどに厳しいものとなった。このほか、都道府県の境界を越えた犯罪、来日外国人による犯罪の増加等犯罪のボーダーレス化(とりわけ広域化、国際化)の傾向も著しい。
 このような情勢に対応するため、警察では、広域捜査力及び国際捜査力の強化、国民協力の確保、捜査官の育成と捜査力の集中運用、捜査活動の科学化の推進といった諸施策を講じ、捜査力の充実強化を図っている。
 なお、オウム真理教関連事件については第1章参照。

1 平成7年の犯罪の特徴

(1) 重要凶悪事件の多発
ア バラバラ殺人・死体遺棄事件の増加
 平成7年中の捜査本部設置事件(殺人、強盗殺人等殺人の絡む事件のうち捜査本部を設置した事件をいう。オウム真理教関連事件では、地下鉄サリン事件のみ計上)は110件(前年比32件減)であるが、そのうちバラバラ殺人・死体遺棄事件が10件発生し、前年に比べ、2件増加した(表3-1)。
〔事例〕 犬猫等繁殖販売業の男(53)は、前妻及び元従業員と共謀し、5年4月から8月までの間に、行田市の愛犬家主婦ほか3人を金銭上のトラブル等から硝酸ストリキニーネを飲ませて殺害し、死体をバラバラにして焼損した上、骨等を川に投棄した。1月27日検挙(埼玉、群馬)

表3-1 捜査本部設置事件解決状況の推移(平成3~7年)

イ 銃器発砲を伴う強盗事件の増加
 2年以降増加傾向にあった強盗事件の認知件数は、7年は2,277件で前年に比べ、407件(15.2%)減少した。しかし、銃器発砲を伴う強盗事件は14件発生しており、前年に比べ、2件増加している(表3-2)。

表3-2 銃器発砲を伴う強盗事件の対象別認知件数(平成4~7年)

〔事例1〕 7月30日、八王子市にあるスーパー2階事務所において、アルバイト高校生2人を含む女性店員3人がけん銃で射殺された。捜査本部を設置して捜査中(警視庁)
〔事例2〕 9月17日、横浜市港南区の路上において、釣具店店長ら3人が、店の売上金を徒歩にて搬送中、何者かにけん銃で撃たれ、1人が死亡、1人が重傷を負い、現金約100万円が奪われた。8年1月25日検挙(神奈川)
ウ 幼児等を対象とした身の代金目的誘拐事件の増加
 7年中に発生した身の代金目的誘拐事件は9件(前年比1件増)であるが、その特徴を見ると、幼児等(年齢13歳未満の者をいう。)を対象とするものが3件発生し、前年に比べ、2件増加した。
〔事例〕 7年2月24日、高知県宿毛市内の幼稚園において、会社員の男(37)が、口実を用いて女児(4)を連れ去り、その父親等に身の代金3,500万円を要求した。同日検挙(高知)
(2) 都道府県の境界を越えた犯罪
ア 広域にわたる凶悪事件
 平成7年は、広域にわたる殺人・死体遺棄事件等都道府県の境界を越えた殺人の絡む事件が多発し、複数の都道府県警察が合同・共同捜査本部を設置して犯人を検挙している(表3-3)。

表3-3 殺人の絡む合同・共同捜査実施事件数の推移(平成3~7年)

〔事例1〕 無職の男(54)は、昭和60年6月から平成6年3月までの間に、大阪府富田林市の女性ほか4人をそれぞれ甘言を用いて誘い、絞殺の上、死体をバラバラにして山中に遺棄した(警察庁指定第122号事件)。5月12日検挙(大阪、奈良)
〔事例2〕 無職の男(39)ほか20数人の交遊者は、5年8月から7年5月までの間、金融不動産ブローカー2人を殺害し遺体を海中に投棄するなど、広域にわたり身の代金目的誘拐・逮捕監禁、けん銃使用の強盗傷人等事件を敢行した(警察庁指定第123号事件)。12月4日殺人事件検挙(神奈川、千葉、警視庁、栃木、福岡、熊本)
イ 広域窃盗犯
 窃盗常習者が敢行する窃盗事件は、手口の巧妙化、犯行区域の広域化がますます顕著になる一方、来日外国人グループによる組織的な窃盗事件が多発している。関係都道府県警察においては、合同・共同捜査を積極的に実施し、7年中の実施件数は138件(前年比18件増)で、過去最高を記録した(表3-4)。

表3-4 窃盗犯の合同・共同捜査実施事件数の推移(平成3~7年)

〔事例〕 窃盗常習者の男(26)ほか10人は、3年から7年7月までの間、9都県下にわたり、幹線道路沿いの給油所を対象とした金庫破り等事件(被害総額5億6,602万円相当)を敢行した。7月29日検挙(神奈川、警視庁)
(3) 犯罪の国際化
 諸外国との交流が活発化するに従い、来日外国人による犯罪が多発したほか、日本人が国外で犯罪を犯すなど、国際的な犯罪が増加している。詳細については、第8章参照。

図3-1 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和22~平成7年)

2 犯罪情勢及び捜査活動の現況

(1) 全刑法犯の認知及び検挙の状況
ア 認知状況
 平成7年の刑法犯の認知件数は178万2,944件(前年比1,488件(0.1%)減)であった(図3-1)。
 7年の刑法犯認知件数の包括罪種別構成比をみると、窃盗犯が157万492件で、全体の88.1%を占めている(図3-2)。
 過去20年間の刑法犯包括罪種別認知件数の推移をみると、粗暴犯、風俗犯が減少傾向にあるのに対し、窃盗犯は増加傾向にある(図3-3)。
 なお、7年は知能犯の認知件数が大幅に減少したほか、凶悪犯、粗暴犯の認知件数も減少した。
イ 検挙状況

図3-2 刑法犯認知件数の包括罪種別構成比(平成7年)

図3-3 刑法犯包括罪種別認知件数の推移(昭和51~平成7年)

 7年の刑法犯検挙件数は75万3,174件(前年比1万4,670件(1.9%)減)、検挙人員(注)は29万3,252人(1万4,713人(4.8%)減)である(図3-4)。
 過去20年間の年齢層別犯罪者率の推移をみると、近年では、14歳から19歳までの層の犯罪者率が著しく高くなっている。
(注) 検挙人員には、触法少年を含まない。

図3-4 刑法犯検挙件数、検挙人員の推移(昭和22~平成7年)

(2) 犯罪による被害者の状況
ア 生命、身体の被害
 平成7年に認知した刑法犯により死亡し、又は負傷した被害者の数は、死者が1,292人(前年比67人(4.9%)減)、負傷者が2万8,054人(4,410人(18.7%)増)である(表3-5)。死者数を罪種別にみると、殺人による死者が724人で最も多く、全体の56.0%を占めている。
イ 財産犯による被害
 7年に認知した財産犯(強盗、恐喝、窃盗、詐欺、横領、占有離脱物

表3-5 刑法犯による死者数と負傷者数の推移(平成3~7年)

横領をいう。)による財産被害の総額は約2,184億円(前年比約41億4,474万円(15.9%)減)であり、このうち、現金の被害は約723億円(約118億5,155万円(14.1%)減)である(表3-6)。

表3-6 財産犯による財産の被害額の推移(平成3~7年)

(3) 重要犯罪及び重要窃盗犯の認知及び検挙の状況
 警察では、刑法犯のうち個人の生命、身体及び財産を侵害する度合いが高く、国民の脅威となっている重要犯罪、重要窃盗犯の検挙に重点を置いた捜査活動を行っている。
ア 重要犯罪
 平成7年の重要犯罪(注)の認知件数は1万652件(前年比451件(4.1%)減)、検挙件数は9,643件(248件(2.5%)減)、検挙人員は6,969人(133人(1.9%)減)である。
 なお、昭和61年から平成7年までの重要犯罪の罪種別検挙率の推移は、図3-5のとおりである。

図3-5 重要犯罪罪種別検挙率の推移(昭和61~平成7年)

(注) 「重要犯罪」とは、殺人、強盗、放火、強姦(かん)の凶悪犯に略取・誘拐、強制わいせつを加えたものをいう。
イ 重要窃盗犯
 7年中の重要窃盗犯(注)の認知件数は31万3,922件(前年比1万2,065件(3.7%)減)、検挙件数は23万1,226件(3,509件(1.5%)減)、検挙人員は2万4,423人(2,052人(7.8%)減)である。
 なお、昭和61年から平成7年までの重要窃盗犯手口別検挙率の推移は、

図3-6 重要窃盗犯手口別検挙率の推移(昭和61~平成7年)

図3-6のとおりである。
(注) 「重要窃盗犯」とは、侵入盗、自動車盗、ひったくり、すりをいう。
(4) 不況下における金融犯罪
ア 金融犯罪の検挙状況
 平成7年には、いわゆるバブル経済後の経済情勢を反映した金融機関役職員による大規模な背任事件、金融機関のコンピュータ・システムを悪用した詐欺事件等を検挙している。
〔事例1〕 信用組合元理事長(49)らは共謀の上、その任務に背き、融資先会社等の利益を図る目的をもって、5年12月から6年3月までの間、前後4回にわたり、無担保で10数億円の貸付けを行い、同信用組合に同額の財産上の損害を与えた。7年9月18日検挙(警視庁)
〔事例2〕 都市銀行行員(32)らは、6年12月ころ、オンライン・システムに接続できるパソコンの端末機を用いて、同行の預金業務等のオンライン処理に使用する電子計算機に対し、他行の指定口座に数億円の振込みをした旨の虚偽の情報を与え、不法に資金移動させて同額相当の財産上不法の利益を得た。7年2月3日検挙(愛知)
イ 金融機関をめぐる情勢
 昨今、金融機関が多額の不良債権を抱えて破綻(たん)するケースが相次いでいるが、これらの金融機関の破綻の主たる要因となっている不良債権の発生、膨張あるいは債権回収の過程において、背任等の違法行為が行われた事案が発生しており、今後における不良債権処理の過程において、この種の犯罪がさらに顕在化するおそれがある。
 このような状況の中、7年12月19日、住宅金融専門会社(住専)をめぐる不良債権問題に関し、「住専問題の具体的な処理方策について」が閣議決定され、この問題の処理に公的資金が導入されることとなった。このことも一つの契機となって、金融機関及び不良債権をめぐる不正事案の解明を望む国民の声がかつてない高まりをみせている。
ウ 警察としての取組み
 このような情勢の中、警察では金融機関及び不良債権をめぐる不正事案の解明に努めてきたが、さらに8年に入り、警察庁では、1月9日、刑事局内に刑事局長を室長とする「金融・不良債権関連事犯対策室」を設置するとともに、同月12日、全国の主要都道府県警察の関係課長等を集めて「金融・不良債権関連事犯対策関係捜査課長会議」を開催した。2月8日には「金融・不良債権関連事犯対策室」の長を警察庁次長に格上げするなどして同室を拡大強化し、各都道府県警察の捜査に対する指導、調整等を強力に行う態勢を整えた。
 都道府県警察においても、金融機関及び不良債権をめぐる不正事案の解明を行うため、捜査態勢の整備を行うなどの取組みを行っている。警視庁においては約200名の専従捜査体制、大阪府警察においては約250名の専従捜査体制を確立したほか、各地の警察本部に「金融・不良債権関連事犯取締本部」等を設置し、金融機関及び不良債権をめぐる不正事案の解明を進めている。
〔事例1〕 都市銀行支店長代理(39)は、印等を偽造して顧客名義の預金口座を無断開設した上、顧客に対する融資を装い、融資申込書等を偽造するなどして、2年3月から5月にかけて、前後3回にわたり、合計約数億円を同預金口座に振込送金させた。8年1月25日検挙(警視庁)
〔事例2〕 農業協同組合金融課長(48)らは、任務に背き、融資先の利益を図る目的で、6年9月ころ、前後数回にわたり、組合資金合計約数千万円を無担保で貸し付けて回収不能にさせ、同組合に財産上の損害を与えた。8年3月23日検挙(埼玉)
(5) 「政治とカネ」をめぐる不正事案
ア 選挙違反の取締り
(ア) 第13回統一地方選挙違反取締り状況
 第13回統一地方選挙(平成7年4月9日及び23日投票)の違反取締りにおける公職選挙法違反による検挙状況(投票日後90日現在)は、件数が4,649件、人員が6,753人(うち被逮捕者763人)で、前回に比べ、件数は1,282件(21.6%)、人員は2,142人(うち被逮捕者417人)(24.1%(うち被逮捕者35.3%))それぞれ減少している(表3-7)。
 しかし、首長、地方議会議員の被逮捕者は、県議4人及び町長、村長各1人をはじめ合計112人(前回同時期92人)となっており、20人(21.7%)増加している。

表3-7 統一地方選挙における罪種別検挙状況の比較

(イ) 第17回参議院議員通常選挙違反取締り状況
 第17回参議院議員通常選挙(7月23日投票)における公職選挙法違反による検挙状況(投票日後90日現在)は、件数が346件、人員が481人(うち被逮捕者36人)で、前回に比べ、件数は97件(21.9%)、人員は536人(うち被逮捕者32人)(52.7%(うち被逮捕者47.1%))それぞれ減少している(表3-8)。
(ウ) 一般地方選挙に伴う選挙違反取締り状況
 統一地方選挙、参議院議員通常選挙以外の一般地方選挙の違反取締りについては、首長、地方議会議員による違反を数多く検挙するとともに、大がかりな投票偽造、詐欺登録等悪質な事件を検挙した。特に、市長1人、町長2人をはじめ首長、地方議会議員を合計45人逮捕している。
〔事例〕 海老名市長(58)は、同市議(47)らと共謀の上、7年5月下旬ころから6月下旬ころまでの間、運動員である会社役員らに対して、3回にわたり現金合計数百万円を供与した。11月2日検挙(神奈川)。

表3-8 参議院議員通常選挙における罪種別検挙状況の比較

イ 贈収賄事件
 平成7年の贈収賄事件の検挙状況は図3-7のとおりであり、6年に

図3-7 贈収賄検挙件数、検挙人員の推移(昭和61~平成7年)

比べ、検挙件数、検挙人員とも減少しているが、首長の検挙人員は14人(前年比2人減)であり、引き続き高い水準で推移している。
(6) コンピュータ犯罪、カード犯罪
ア コンピュータ犯罪
 社会の様々な分野でコンピュータが不可欠なものとなり、コンピュータ・ネットワークが世界各国にまで広がりつつある現在、コンピュータ・ネットワークを不正に利用した新しい犯罪が問題となっている。
 平成7年におけるコンピュータ犯罪(注)の認知件数は168件で(表3-9)、6年に比べて大幅に増加しているが、これは、選挙の際に不

表3-9 コンピュータ犯罪の認知状況(平成7年)

正に住民票を移動させるといった「事情を知らない係官に電磁的記録である公正証書の原本に不実の記録をさせる事件」が増加したことによるもので、これ以外の形態のものについては、ほぼ例年と同様である。
(注) コンピュータ犯罪とは、コンピュータ・システムの機能を阻害し、又はこれを不正に使用する犯罪(過失、事故等を含む。)をいう。
〔事例〕 農協職員(32)は、実兄である会社社長(41)と共謀の上、5年11月から7年7月にかけて、自己の勤務先に設置されている為替オンライン・システムの端末機を操作し、A銀行事務センターやH銀行本店内に設置されている電子計算機に対し、実際には振替入金の事実がないのに各行に開設されている実兄が管理する会社名義の当座預金口座に振替入金があったとする虚偽の情報を与えて、財産権の得喪・変更に係る不実の電磁的記録を作り、よって、合計161件、総額約3億1,900万円の財産上不法の利益を得た。9月21日検挙(秋田)
イ カード犯罪

図3-8 カード犯罪の認知、検挙状況(平成3~7年)

 7年のカード犯罪(注)の認知件数は6,671件(前年比2,069件(23.7%)減)、検挙件数は6,204件(1,918件(23.6%)減)、検挙人員は1,186人(43人(3.5%)減)である(図3-8)。
(注) カード犯罪とは、クレジットカード、キャッシュカード及び消費者金融カードを利用した犯罪で、コンピュータ犯罪以外のものをいう。
 態様別にみると、窃取したカードを使用したものが2,700件(全体の43.5%)で最も多く、次いで他人名義で不正取得したカードを使用したものが1,358件(21.9%)、拾得したカードを使用したものが523件(8.4%)の順となっている。
(7) その他の特異な事件
 平成7年には、地下鉄サリン事件が発生し、教団に対する大規模な強制捜査が行われているさなか、警察庁長官狙(そ)撃事件、ハイジャック事件、横浜駅周辺における刺激臭による傷害事件等、重大特異な事件が発生している(警察庁長官狙撃事件、ハイジャック事件については、第6章参照)。
〔事例〕 4月19日午後0時45分ころから午後1時ころにかけて、無職の男(29)が、横浜駅に到着したJR京浜東北線下り線車両内、横浜駅構内通路等の計4箇所において、護身用スプレーを次々と噴霧し、その結果、通行人や乗客約600人が目や喉(のど)の痛みを訴え、横浜市内の病院で手当てを受けた。7月6日検挙(神奈川)

3 捜査力の充実強化

 近年の情報化の進展や交通手段、科学技術の発達等の社会情勢の変化に伴い、有毒化学物質を使用した事件等、かつては予測もできなかった新しい形態の犯罪が発生するとともに、犯罪の悪質化、巧妙化、広域化、スピード化が一層進むなど、犯罪は質的な変化をみせている。
 一方、都市部においては、一般的に自分に直接かかわりのないことには無関心、非協力的な態度をとる者も多く、聞き込み捜査等の「人からの捜査」が困難になってきている。さらに、大量生産、大量流通が著しく進展したことから、遺留品等、事件と関係ある物から被疑者を割り出す「物からの捜査」も難しくなってきている。このように捜査活動はますます困難になってきており、捜査期間は長期化する傾向にある(図3-9)。

図3-9 刑法犯発生から検挙までの期間別検挙状況(昭和61~平成7年)

 こうした情勢にかんがみ、警察では捜査力の充実強化のための施策を積極的に推進している。
(1) 広域捜査力の強化
 社会のボーダレス化に伴い、犯罪についてもその広域化が一層顕著となっており、これら広域事件に的確に対応するために次の施策等を行っている。
ア 合同・共同捜査の積極的実施
 広域重要犯罪の発生時に、指揮系統を一元化し、関係都道府県警察が一体となって捜査を行う合同捜査、指揮系統の一元化までは行わないが、捜査事項の分担やその他捜査方針の調整を図りつつ捜査を行う共同捜査を積極的に推進している。
 なお、平成6年の警察法改正で、合同捜査に関し、警視総監又は警察本部長の協定により関係都道府県警察の指揮権の一元化を行うことが可能となり、オウム真理教関連事件の捜査においても、この改正規定を有効に活用し、合同捜査本部を迅速に設置するなどして適切な捜査を進めている。
イ 広域捜査隊の設置
 経済的、社会的一体性の強い都府県境付近の区域において発生した犯罪に即応するために、都道府県警察の単位を越え、広域的に捜査、訓練等を行う広域捜査隊の整備を進め、初動捜査強化のための体制づくりに努めている。広域捜査隊については、6年の警察法改正により、法律上の明確な根拠が与えられたところであり、現在、全国で11区域に設置されている。
ウ 広域機動捜査班の設置
 各都道府県警察の機動捜査隊に高度の捜査技術と機動捜査力を有する広域機動捜査班を設置し、広域捜査の中核として運用している。
エ 広域的な捜査情報の共有
 広域重要犯罪においては、警察庁や関係都道府県警察が捜査情報を共有し、組織的な捜査活動を展開することが不可欠であることから、警察庁では、捜査過程で収集された情報等を一元的に管理するとともに、関係都道府県警察の間で必要な情報を伝達することを目的とする「捜査情報総合伝達システム」の整備を推進している。また、今後は、個々の捜査情報を単に管理し伝達するだけでなく、それぞれの情報の関連等を体系的に整理し、総合された情報として活用することが不可欠となることから、情報形式の標準化、情報の総合化システムの開発等を計画している。
(2) 専門捜査力の強化
ア 捜査官の育成
 犯罪の質的変化、捜査環境の悪化等に適切に対応し、国民の信頼にこたえるち密な捜査を推進するには、捜査技術の向上を図るとともに各種の専門的知識を備えた捜査官を育成するなど刑事警察のプロフェッショナル化を総合的に推進していく必要がある。
 このため、警察大学校等において、国際犯罪捜査、広域特殊事件捜査等に関する研究や研修を行うとともに、都道府県警察において、若手の捜査官に対し、経験豊富な捜査官がマンツーマンで実践的な教育訓練を行うことにより、新しい捜査手法や技術の研究・開発、長期的視野に立った捜査官の育成、捜査幹部の指揮能力の向上に努めている。
 また、警察庁、管区警察局及び都道府県警察において、捜査上得られた教訓及び効果的な捜査手法等を他の捜査幹部に模擬的に体験させるための研修を行うなどして捜査技術の向上に努めている。
 なお、財務解析、国際犯罪捜査等専門的知識や特別な技術を必要とする分野においては、即戦力として公認会計士や海外経験豊富な者を積極的に中途採用するなどして、捜査力の向上に努めている。
イ 専門捜査員制度
 航空機事故、列車事故、複雑な証券・金融犯罪のように、事案の種類によっては発生頻度が低い等の理由により、すべての都道府県警察において捜査に必要な知識を有する捜査員を確保することが困難な場合があり、このような場合は他の都道府県警察からの応援派遣が有効である。 そこで、都道府県公安委員会等が相互に協定を結び、一定の事案の捜査に必要な知識、技能、経験を有する捜査員を専門捜査員として応援派遣できるようにするための制度を確立し、その円滑な実施を推進している。
 また、発生頻度の低い航空機事故、列車事故、爆発事故等の大規模事件事故に関して、事件捜査の経験を有する捜査員を多く育成するために、事案が発生した際にあらかじめ指定された捜査員を現場に臨場させて研修を行う指定臨場官制度を併せて運用している。
ウ 警察庁指定広域技能指導官制度
 警察庁指定広域技能指導官制度とは、極めて卓越した専門的技能又は知識を有する警察職員を指定することにより、これらの者の名誉をたたえるとともに、警察全体の財産として都道府県の枠にとらわれず広域活用する制度である。平成6年度から運用が開始され、現在、火災犯捜査、すり犯捜査等に卓越した能力を有する21人を指定している。
(3) 捜査活動の科学化の推進
ア コンピュータの活用
(ア) 自動車ナンバー自動読取システム
 自動車利用犯罪や自動車盗の捜査のために自動車検問を実施する場合、実際に検問が開始されるまでに時間を要すること、徹底した検問を行えば交通渋滞を引き起こすおそれがあるなど、問題が多い。
 警察庁では、これらの問題を解決するために、走行中の自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読取システムを開発し、整備を進めている。
(イ) 指紋自動識別システム
 指紋は万人不同、終生不変であり、個人識別の最も確実な資料である。警察庁では、コンピュータによるパターン認識の技術を応用して指紋自動識別システムを開発し、犯行現場に遺留された指紋から犯人を特定する遺留指紋照合業務や、逮捕した被疑者の身元と余罪の確認、犯罪の被害者や災害、事故等により死亡した者の身元確認等に活用している。
(ウ) 被疑者写真検索システム
 警察庁では、都道府県警察で撮影した被疑者写真を一元的に管理、運用し、犯罪の広域化、スピード化に対応した効率的な活用を図ることを目的として、コンピュータによる被疑者写真検索システムを全国に整備した。このシステムの導入により、全国の警察署において被疑者写真を迅速に入手することが可能となった。
イ 鑑識・鑑定の強化
(ア) 鑑識活動の強化
 警察では、科学技術の発達に即応した鑑識資機材の研究開発や整備を推進するとともに、機動鑑識隊(班)や現場科学検査班等の強化を図ることにより、現場鑑識活動の強化に努めている。
 また、警察庁の鑑識資料センターでは、あらかじめ繊維、土砂、ガラス等の各種資料を収集、分析し、これらの情報のデータベースを作り、都道府県警察が採取した微量、微細な資料と比較照合することによって、その物の性質や製造業者等を迅速に割り出し、犯罪捜査に役立てている。
(イ) 鑑定の高度化
 近年、鑑定対象物の多様化に伴い、鑑定の内容も複雑になり、高度な専門的知識・技術が必要とされている。
 このような情勢に対処し、各種の鑑定を一段と信頼性の高いものにするため、警察庁科学警察研究所や都道府県警察の科学捜査研究所(室)に最新鋭の鑑定機材を計画的に配備するとともに、都道府県警察の鑑定技術職員を科学警察研究所に附置されている法科学研究所に入所させ、法医学、化学、工学、指紋、足こん跡、写真等の各専門分野に関する組織的、体系的な技術研修を実施している。
(ウ) DNA型鑑定
 DNA型鑑定は、ヒトの身体組織の細胞内に存在するDNAの塩基配列の多型性に着目し、これを分析することによって、個人識別を行う鑑定方法である。
 警察で主として実施しているDNA型鑑定は、科学警察研究所において検証されたPCR増幅法によるMCT118型及びHLADQα型鑑定であり、再現性が高く、微量な現場資料等からの鑑定が可能であり、型分類が豊富なことから個人識別能力に優れている。
 DNA型の出現頻度は、ABO式血液型等と組み合わせることにより、一般的には日本人数千人~数万人に1人となることから、殺人、強姦事件等の犯罪現場において犯人のものと判断し採取した血液、精液等のDNA型と、聞き込み等の捜査から浮上した容疑者のDNA型が一致した場合にはその容疑者が犯人である可能性は極めて高いといえ、逆にDNA型が一致しない場合にはその容疑者を捜査対象から除外することができる。

 このように、DNA型鑑定は、血液、精液等の現場資料が残されやすい殺人、強姦事件等の凶悪事件の捜査における極めて有効な鑑定手法である。
 また、前記2種類のDNA型鑑定と8年度から順次導入される予定である短鎖DNA型(TH01型)とPM検査(いずれも、より古い資料からの型判定が可能)とを組み合わせて用いることにより、DNA型鑑定の精度の一層の高度化に努めている。
(4) 国際捜査力の強化
 急増する来日外国人犯罪や国外における日本人犯罪等の国際犯罪に対応するため、警察では、国際捜査官の育成、組織体制の整備、通訳体制の強化及び外国捜査機関との積極的な連携を図っている。
 なお、国際犯罪への対応については、第8章を参照。
(5) 犯罪捜査に対する国民協力の確保
ア 国民協力確保方策の推進
 犯人検挙、事件解決のためには、犯罪捜査に対する国民の理解と協力が不可欠である。
 警察では、新聞、テレビ、ラジオ等の報道機関に協力を要請するとともに、人の出入りの多い場所でポスター等を掲示するなどの方法により、国民に犯罪捜査に対する協力を呼び掛けている。
 平成7年には、オウム真理教関連事件解明のため、オウム真理教関係指名手配被疑者の検挙を重点とした追跡捜査強化月間を6月及び10月に実施し、市民からの情報を24時間受け付けるフリーダイヤルサービスの「オウム24時間」を設置するなどして、情報の提供等を広く国民に呼び掛けたところ、市民からの通報によりアジトに潜伏していた警察庁指定特別手配被疑者を検挙するなど、警察庁指定特別手配被疑者12人を含む98人のオウム真理教関係指名手配被疑者を検挙した。
イ 被害者等の立場に立った捜査の推進
 犯罪捜査に対する国民の協力を確保するためには、被害者、参考人等に対する適切な応接を推進するなど国民の立場に立った捜査活動を推進していくことが必要である。
 とりわけ被害者やその遺族に対する適切な応接に努め、その立場に立った捜査活動を行うことは、犯罪捜査への国民協力の確保だけではなく、被害者保護等の被害者対策を実施していく上でも欠くことのできないものである。
 警察では被害届の受理に当たっては、被害者に精神的苦痛を与えないよう配慮した事情聴取を行っているほか、被害届の受理に関連して各種相談を受けた場合には誠意をもって対応し、適切な措置をとるとともに、告訴、告発については、各都道府県警察に告訴専門官を設置するなどして、その迅速、的確な処理に努めている。
 また、被害者は孤独や不安を感じやすく、精神的負担を負うことがあるが、これらを解消するために、捜査の経過、結果等を被害者に通知する被害者連絡を積極的に推進している。加えて、暴力団員等をはじめとする被疑者その他の事件関係者の不穏当な動向に注意を払い、被害者、参考人等が危害を加えられるおそれがある場合には、徹底した警戒、保護活動を行っている。


目次