第4節 諸外国の状況

 これまでみてきたように、教団は、テロ事件を含め数々の重大特異な事件を引き起こしており、中でも松本サリン事件、地下鉄サリン事件は、化学兵器用の有毒物質による無差別大量殺人を目的としていた点で、世界のテロ犯罪史上においても例を見ないような残虐極まりないものであったといえるが、こうしたテロの凶悪化、先鋭化の傾向は、我が国にとどまらず世界的にも顕著となっている。
 凶悪なテロに苦しめられている各国では、こうしたテロを引き起こす犯罪組織に対する法制度を整備している。
 本節では、諸外国におけるテロの状況及びテロに対する法制度の概要を紹介する。

1 諸外国のテロの状況

(1) 概要
 1995年(平成7年)は、イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)によるパレスチナ暫定自治拡大合意調印(9月)にみられる中東和平交渉の進展や、PIRA(暫定アイルランド共和軍)の停戦宣言(1994年(平成6年)8月)による北アイルランド紛争の長期沈静化等、紛争地域における和平機運がこれまでになく高まった。しかし、その一方で、一般市民を巻き込んだ自爆テロが増加するなど、テロの手段が、凶悪化、先鋭化する傾向がみられた。
 また、冷戦構造の崩壊に伴い共産主義思想に基づくテロが減少する一方、これに代わって、イスラム原理主義過激派等の宗教的過激主義者や

表1-1 平成7年に発生した主なテロ事件

表1-2 最近6年間の国際テロ発生件数

オウム真理教のような終末論的集団によるテロの脅威の高揚がみられた(表1-1)。なお、最近6年間の国際テロ発生件数は、表1-2のとおりである。
(2) 地域別テロ情勢
ア 中東
 1995年(平成7年)6月、エジプト反政府過激派組織「イスラム集団」の犯行と見られるムバラク・エジプト大統領暗殺未遂事件がエチオピアで発生し、イスラエルでは、8月、パレスチナ人過激派組織「ハマス」の犯行とみられるバス停前自爆テロ事件が発生するなどイスラム原理主義過激派によるテロが頻発した。さらに、イスラエルでは、11月、PLOとの自治拡大交渉の進展に危機感を抱いたユダヤ人右翼学生によるラビン首相暗殺事件が発生した。
イ 欧州
 フランスでは、アルジェリア国内でのイスラム原理主義過激派のテロが波及し、7月、パリ地下鉄内爆弾テロ事件等GIA(武装イスラム集団)の犯行とみられる連続爆弾テロ事件が発生した。さらに、スペインでは、バスク地方の分離独立を主張するETA(バスク祖国と自由)によるテロが多発した。
ウ 北米
 アメリカ合衆国では、4月、民間武装組織「ミシガン・ミリシア」のメンバーの犯行とみられるオクラホマ連邦政府ビル爆破事件が発生した。また、10月、極右組織の犯行とみられるアリゾナ州列車転覆テロ事件が発生した。
エ 中南米
 失業、貧困及びこれに伴う政情不安等を背景に、ペルーの左翼ゲリラ組織SL(センデロ・ルミノソ)の残党やコロンビアのFARC(コロンビア革命武装軍)等による爆弾テロが引き続き発生した。
オ アジア
 人種、宗教対立を背景に、インドのシーク教徒過激派及びカシミール過激派並びにスリランカのLTTE(タミル・イーラム解放の虎(とら))等によるテロが多発した。また、フィリピンでは、イスラム原理主義過激派「アブ・サヤフ・グループ」による爆弾テロ及び武装攻撃事件が発生した。
(3) 我が国に波及するテロの脅威
 イスラム原理主義過激派によるテロ事件が世界各地で頻発する中、1995年(平成7年)2月、ニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件(1993年(平成5年)2月)の主犯格とみられるイスラム原理主義過激派テロリスト、ラムジ・アハメド・ユセフがパキスタンで逮捕され、同人らが東京経由便を含む複数のアメリカ合衆国旅客機の同時爆破を計画をしていたことが明らかになった。さらに、日本人乗客1人が犠牲となったフィリピン航空機内爆発事件(1994年(平成6年)12月)も、同計画のテストとして同人らによって敢行されていたことが判明し、我が国にもイスラム原理主義過激派によるテロの脅威が波及していることがうかがわれた。

2 テロ犯罪組織等に対する各国の法的対応

(1) アメリカ合衆国
 アメリカ合衆国においては、1983年(昭和58年)から1984年(昭和59年)にかけて、駐西ベイルート米国大使館爆破事件、ベイルート駐留米国海兵隊指令部爆破事件、駐クウェイト米国大使館爆破事件、駐東ベイルート米国大使館別館爆破事件等のテロが発生し、甚大な被害が生じた。
 同国では、1984年(昭和59年)、テロに関する情報提供者への報奨金の支払い、国際テロ対策のための国際協力の推進等を内容とする「国際テロ対策法」や、人質拘禁行為に対する刑の加重、航空機又はその関連施設に対する破壊又は脅迫の取締り強化等を内容とする「包括的犯罪防止法」が制定された。さらに、1986年(昭和61年)、在外公館の警備強化、テロ支援国に対する軍事物資の輸出の規制、核物質を使用するテロへの対策、テロ被害者への補償等を内容とする「外交官等の防護及び反テロ法」が制定された。
 その後、同国では、1993年(平成5年)ニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件、続けて1995年(平成7年)には、オクラホマ連邦政府ビル爆破事件等が発生する中、包括的なテロ対策のための新たな法案の検討が行われ、1996年(平成8年)4月には「包括テロ対策法」が成立した。
 また、同国においては、イタリア系でアメリカ社会全般に強い影響力を有するラ・コーザ・ノストラ、南米に本拠を置くカリ、メデジン、ノースコース等のコカイン・カルテル、薬物の密輸等に関与するメキシコやイタリア系のグループ、中国系の三合会等多種多様な犯罪組織が活動していることに加え、日本の暴力団の活動もうかがわれるところである。
 同国では、1970年(昭和45年)に、犯罪組織の経済活動領域への浸透等を規制するため、殺人、賭博、恐喝等の一定の犯罪行為を繰り返し行って得られた資金を投資するなどして企業活動を行うことを新たな犯罪として禁止するとともに、それによって得られた不正収益の没収、このような企業活動を行う組織に対する活動の制限等を規定した「RICO法(Racketeer lnfluenced and Corrupt Organization Act)」が制定されているほか、いわゆるマネー・ローンダリングの禁止等を内容とする法制度が整備されている。
(2) 英国
 英国では、1973年(昭和48年)ころからPIRA(暫定アイルランド共和軍)によるテロ事件が活発化し、翌1974年(昭和49年)には、約200人の死傷者を出したバーミンガム・パブ爆破事件が発生した。
 この事件を契機として、同国では、同年、北アイルランド問題に関連したテロ行為を取り締まることを目的として、関係テロ組織の禁止団体としての指定及びその活動に関する規制、テロ関係者の国外退去を含む一定地域からの排除、テロ容疑者に対する令状によらない逮捕・勾留及び出入国者に対する保安審査を行う権限の警察官に対する付与等を内容とする「テロ防止法」が時限立法として制定された。その後、同法は、逐次期限が延長されるとともに、内容についてもテロ対策の充実のために一層強化されており、現在、上記のほか、テロ助力行為及びテロ行為に関して知り得た情報の不告知に対する処罰、テロ組織への寄付の禁止、テロ資金の保有又は管理の禁止、テロ資金の没収、テロ目的での物品所持の禁止、一定の犯罪の故意等についての挙証責任の転換等が規定されている。
(3) ドイツ
 ドイツでは、1964年(昭和39年)、憲法に当たる「基本法」の規定に基づいて、目的又は活動が刑事諸法律に違反し、又は憲法的秩序若しくは諸国民協調の思想に反する結社を禁止することを内容とする「結社法」が制定された。
 その後、1970年(昭和45年)ころから、RAF(西独赤軍派)による殺人、誘拐等のテロ事件が頻発した。
 同国では、1974年(昭和49年)に、過激派に属する弁護人の訴訟手続からの排除等を内容とする「第一次刑事訴訟法改正法補充法」を制定したのを最初に、同年から1978年(昭和53年)にかけて、過激派対策として、刑法、刑事訴訟法等の改正を相次いで行った。その後も、1986年(昭和61年)には、テロリスト団体結成に対する処罰の対象の拡大等を内容とする「テロ防止法」が、1989年(平成元年)には、捜査当局に協力するテロリストに対する刑の減免等を内容とする「刑法、刑事訴訟法及び集会法の改正並びにテロ犯罪における王冠証人規定の導入に関する法律」が、1992年(平成4年)には、身分を偽変した捜査官を犯罪組織内部に送り込む潜入捜査、秘聴等の捜査手法を盛り込んだ「麻薬の不法取引その他の組織犯罪に対処するための法律」が、1994年(平成6年)には、右翼犯罪対策のための民衆扇動罪等が規定された「刑法、刑事訴訟法その他の法律改正のための法律」がそれぞれ制定されている。
(4) フランス
 フランスでは、1986年(昭和61年)、テロ関連犯罪に関する訴追の集中化、捜査権限の強化及び陪審制の適用除外、特定の犯罪行為に対する刑の加重及び構成要件の拡大、捜査当局に協力するテロリストに対する刑の減免、テロリスト団体に対する解散命令処分、テロを扇動する出版物の規制、テロ被害者の救済等を内容とする「テロ等対策法」、予防的な身元検査を容易にすることなどを内容とする「身元検査及び確認法」、軽罪に関する犯罪結社の取締り、司法関係官吏等に対する傷害致死罪の刑罰強化、重大犯罪人に関する服役保証期間制度(注)の拡大等を内容とする「犯罪対策法」及び服役刑期軽減の抑制等を内容とする「刑の適用に関する法律」が一括して制定されている。また、1992年(平成4年)、刑法が改正され、テロ行為として刑が加重される犯罪の範囲が拡大されるとともに、テロ関連危険物質の放出及び一定の戦闘集団を組織し又はこれに参加することも処罰されることとなった。
(注) 重大犯罪を犯した者に対しては、裁判所の特別の決定により仮釈放の措置を認める期間を通常より長くするなどして、一定期間の服役期間を保証する制度
(5) イタリア
 イタリアには、マフィア、カモッラ等と呼ばれる犯罪組織が存在している。マフィアは、組織犯罪対策等マフィアの利益に反する活動を行う政治、司法、警察等の関係者に対するテロを繰り返し行っており、同国において、マフィア対策は、国政上の最重要課題の一つと位置付けられている。
 同国では、1965年(昭和40年)、マフィア型結社に属する疑いのある者に対する特別監視等の予防処分、財産状態の調査等を内容とする「マフィアに対する規定(いわゆる対マフィア法)」が制定された。また、1982年(昭和57年)には、従来のマフィア対策立法を統合した「財産上の予防措置に関する規定及び1956年12月27日法律第1423号、1962年2月10日法律第57号及び1965年5月31日法律第575号の補完、マフィア現象に関する議会の委員会設置(いわゆるマフィア対策統合法)」が制定され、マフィア型結社への加入、結社の発起の禁止等犯罪組織の存在そのものの非合法化、財産の没収等が規定された。


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