はじめに

 平成6年は、流動的な内外情勢を背景に、様々な動きがみられた年であった。
 国際社会は、冷戦後の新しい国際秩序の構築が模索されたが、旧ユーゴースラヴィア地域、ソマリア、ルワンダ等における紛争が継続し、北朝鮮の情勢も不透明であるなど、依然として多くの課題が残された。
 世界経済は、地域によってばらつきがみられるものの、全体として拡大基調を強めている。
 国内では、政局が目まぐるしく変動し、4月には細川内閣が、6月には羽田内閣がそれぞれ総辞職し、その後、村山内閣が誕生した。
 国内経済は、総じて低迷の続く厳しい状況から始まったが、政府は、6年2月の総合経済対策や景気に配慮した6年度予算の着実な実施等に努めてきたところである。
 6年中の国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数が178万件を超え、引き続き高い水準で推移しており、重要凶悪犯罪の発生が増加しているほか、都道府県の境界を越えた犯罪の多発が目立っている。また、6年から7年にかけてサリン等の有毒ガスを使用した事案が多発し、国民に大きな脅威を与えた。
 銃器使用犯罪の情勢については、けん銃の銃口が市民生活や言論・政治活動、企業活動に向けられた凶悪な犯罪が目立ち、本年に入ってからも、警察庁長官に対する狙撃事件が発生するなど、深刻な事態にある。また、6年中のけん銃の押収丁数は5年を上回る1,747丁に達し、その大半は海外から密輸入されたと思われる外国製の真正けん銃であるとともに、押収けん銃の約3割は暴力団勢力以外の者からの押収であり、けん銃の一般社会への拡散傾向が依然として続いている。
 少年非行については、刑法犯検挙人員の半数近くを少年が占めるとともに、凶悪な事件やいじめに起因する事件の発生が目立った。また、性や暴力に関する情報の氾(はん)濫、新たな形態の性産業の増加のほか、引き続き少年の大麻等の薬物乱用や暴力団が少年を組織活動に利用している実態等の問題がみられた。
 生活経済事犯については、若者を対象としたマルチ商法が依然として多発したほか、新たな形態の悪質商法が次々と出現した。また、金融関係事犯、産業廃棄物事犯、不動産関係事犯等において暴力団の介在した事犯が目立った。
 薬物事犯については、暴力団が深く関与しているが、覚せい剤が高水準で推移していることに加え、大麻の乱用が青少年を中心に拡大するなど乱用薬物が多様化している。また、来日外国人による薬物事犯が急増するとともに、大量の薬物密輸事件の摘発が相次いだ。
 暴力団については、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)施行後3年を経過し、警察による暴力団犯罪の取締りの徹底、国民の暴力団排除気運の高揚等により、社会的、経済的に追い詰められつつあるが、一方で企業幹部に対する襲撃事件や無差別連続発砲事件を引き起こすなど新たな動向もみせており、依然として市民生活に対する重大な脅威となっている。
 交通事故については、発生件数、負傷者数は前年を上回っており、死者数は、昭和63年以降7年連続して1万人を超える深刻な事態となっている。一方、大都市を中心とした違法駐車問題は、重点的な指導取締り、違法駐車防止条例の制定促進等の総合的な対策の強化により若干の改善がみられたものの、依然として大きな社会問題となっている。
 警備情勢では、国内において、金泳三大韓民国大統領来日、関西国際空港開港、天皇皇后両陛下のアジア大会開会式御臨席及び御訪欧等に伴 う重要警備が相次いだ。極左暴力集団は、これらの行事を重点闘争課題として掲げ、集会、デモ等を行ったほか、成田闘争等をめぐり、個人を対象とした8件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。右翼は、反体制、反権力傾向を一段と強め、政党要人、報道機関等を対象に、けん銃等を用いた10件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。また、国外においては、国際テロは、一部で沈静化の兆しはみられるものの、イスラム原理主義過激派等の宗教、民族色の強い組織による事件が多発した。
 災害・事故については、平成6年10月に北海道東方沖地震、12月に三陸はるか沖地震が発生したほか、7年に入ってからは、阪神・淡路大震災が発生した。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 有毒ガス使用事案の徹底捜査
 6年から7年にかけて多発した有毒ガス使用事案の徹底捜査を行い、その全容の解明に努める。
○ 銃器対策の推進
 けん銃等の密輸入・密売ルートの摘発と暴力団等の組織管理に係るけん銃等の摘発を重点として、7年6月に施行された銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律の活用を図りつつ、内外の関係機関との緊密な連携の下で、強力なけん銃等の取締りを推進する。
 また、銃器問題が、世界各国に共通する問題であることを踏まえ、銃器規制の効果的な在り方について、国際的な場での協議を進める。
○ 阪神・淡路大震災を踏まえた災害警察活動の推進
 このたびの阪神・淡路大震災の教訓等を踏まえ、大規模災害時に、直ちに被災の全体像を把握するため、情報収集・伝達体制のより一層の充実を図るとともに、緊急輸送路等の確保等を図る。また、都道府 県の枠を越えて広域的かつ迅速に、救出救助活動、緊急交通路の確保等を行うことができるように広域緊急援助体制を充実強化する。
○ 生活安全の確保
 地域住民、自治体、関係団体等との連携により、地域の特性に応じた地域安全対策の推進、地域安全活動を行う住民ボランティアの支援、高齢者、障害者等の保護及び支援、交番及び駐在所の「生活安全センター」としての機能の強化等を図る。
 また、良好な社会生活環境の形成を図るため、非行少年の補導、少年相談、福祉犯の取締り、少年にとって有害な環境の浄化活動、いじめ問題対策、少年薬物乱用防止対策、少年を暴力団から守る活動、悪質な生活経済事犯の取締り、消費者被害防止のための積極的な広報啓発活動の実施、外国捜査機関との連携による麻薬密輸ルートの壊滅、麻薬密売組織や末端乱用者に対する取締り、麻薬乱用防止のための広報啓発活動等の諸対策を総合的に推進する。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団が市民生活に対する重大な脅威となっている情勢に対処し、暴力団を壊滅させるため、暴力団犯罪の徹底検挙、暴力団対策法の適正かつ効果的な運用及び暴力団排除活動の積極的推進を3本の柱として暴力団総合対策を強力に推進する。
○ 重要犯罪、重要窃盗犯の検挙向上
 国民に強い不安をもたらす重要犯罪及び重要窃盗犯の検挙向上を推進するため、引き続き広域捜査力及び国際捜査力の強化、捜査活動の科学化、捜査官の育成、捜査に対する国民協力の確保等を図る。
○ 来日外国人に係る犯罪等に対する総合的な対策の推進
 来日外国人犯罪の増加と大量の不法滞在者の存在が治安上重要な問題となっていることから、不法滞在を助長する犯罪の徹底的な取締り と我が国の治安を直接脅かす犯罪の確実な検挙を行うとともに、地域住民及び関係行政機関と連携し、来日外国人の生活の安全を確保する活動、不法就労防止のための指導啓発活動等を総合的に推進する。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、総合的、計画的な駐車対策の推進、交通安全施設や交通情報収集提供施設等の整備、合理的な交通規制による快適な交通環境の確保、体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政による交通モラルの向上、社会の高齢化に備えた相互的な高齢者安全対策の推進、総合的な交通事故調査分析の整備充実、危険性、迷惑性の高い悪質な違反の重点的取締り等の諸施策を総合的に推進する。
○ テロ、ゲリラ事件の防圧
 極左暴力集団による凶悪なテロ、ゲリラ事件の防圧、検挙のため、国民の理解と協力の下に徹底した取締りを行う。また、右翼によるテロ等重大事件の未然防止を図るため、銃器摘発を徹底するなど、強力な取締りを推進する。さらに、地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件にみられるような無差別テロが、オウム真理教により組織的に引き起こされたことにかんがみ、今後、こうした違法行為を企図する反社会的集団の動向の的確な把握に努めるなど、テロを未然、に防止するため、総合的な対策を推進する。
○ 警察力強化のための総合的取組み
 増員の抑制及び週40時間勤務制の完全定着という状況の下、複雑困難化する警察事象に的確に対応するため、第一線の警察力を強化する視点から、デスク組織のフラット化をはじめとする人員の効率的運用、業務の合理化を推進していくとともに、個々の警察職員の能力向上、多様な人材の確保、婦人警察職員の職域拡大、人材の広域活用等を図 る。
 また、職員の高い士気を維持するとともに、今後の警察を担う人材を確保するため、警察署、交番等の勤務環境の改善、職員住宅や独身寮の整備充実、給与の改善、海外研修制度の拡充、休暇制度の活用等による魅力ある職場づくりを積極的に推進する。

 平成6年から7年にかけて、銃器犯罪が相次いだほか、サリンという猛毒を使用した殺人事件、阪神・淡路大震災が発生し、我が国の治安の根幹を揺るがした。
 そこで、この白書では、第1章において「サリン・銃・大震災に対峙(じ)した警察」と題する特集を組み、「サリン等の有毒ガスを使用した事案」、「銃器犯罪」、「阪神・淡路大震災」の3つに焦点を当て、警察活動を振り返るとともに今後の課題を検討することとした。


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