第3章 犯罪情勢と捜査活動

 平成6年においては、刑法犯認知件数は178万件を超え、戦後最高を記録した5年に比べ約2万件減少したものの、依然として高い水準で推移しており、その特徴としては、銃器使用殺人事件等の重要凶悪犯罪の多発や都道府県の境界を越えた犯罪、来日外国人による犯罪の増加等犯罪のボーダーレス化(とりわけ広域化、国際化)が挙げられる。
 このような情勢に対応するため、警察では、広域捜査力及び国際捜査力の強化、国民協力の確保、捜査官の育成と捜査力の集中運用、捜査活動の科学化の推進といった諸施策を講じ、「事件に強い警察」の確立を図っている。

1 平成6年の犯罪の特徴

(1) 重要凶悪犯罪の多発
ア 捜査本部設置事件の多発
 平成6年中の捜査本部設置事件(殺人、強盗殺人等殺人の絡む事件のうち捜査本部を設置した事件をいう。)は142件(前年比6件増)で、なかでも、銃器使用殺人事件(9件)、バラバラ殺人事件(8件)の多発

表3-1 捜査本部設置事件解決の状況(平成2~6年)

が注目された(表3-1)。
〔事例〕 2月27日、美容院女性マネージャー(38)は、同僚の女性美容師(30)を福岡市内の事務所において包丁で突き刺すなどして殺害。同人の死体を切断し、熊本県の山林、九州自動車道のパーキングエリア等に遺棄した。3月15日検挙(福岡、熊本)
イ 強盗事件の増加
 強盗事件の認知件数は2年以降増加傾向にあり、6年は2,684件(前年比218件(8.8%)増)で、特に深夜スーパーマーケット対象強盗事件及び現金輸送車対象強盗事件の多発が目立った(表3-2)。

表3-2 深夜スーパーマーケット及び現金輸送車対象強盗事件の認知状況の推移(平成2~6年)

〔事例1〕 5月4日、無職男性(33)は、遊興費欲しさから、果物ナイフで深夜スーパーマーケットの従業員(21)を脅し、同店から現金約61万円を強奪した。5月6日検挙(千葉)
〔事例2〕 8月5日、銀行支店において、現金輸送車から現金入りのジュラルミンケースを降ろす作業中、二人組の男性がこれを襲撃し、現金5億4,100万円を強奪した。捜査本部を設置して捜査中(兵庫)
(2) 都道府県の境界を越えた犯罪
ア 殺人の絡む合同・共同捜査本部設置事件の増加
 平成6年は、殺害後死体を他府県に遺棄するなど、都道府県の境界を越えた殺人の絡む事件が多発し、複数の都道府県警察が合同・共同捜査本部を設置して犯人を検挙した事例が多くみられた(表3-3)。

表3-3 殺人の絡む合同・共同捜査実施事件数の推移(平成2~6年)

〔事例1〕 自称犬の訓練士の男性(39)は、4年6月から5年10月までの間に、大阪市在住の主婦(47)ほか4人を筋肉弛緩剤を注射して殺害し、同人らの死体を長野県の畑地に埋めて遺棄した。1月26日検挙(大阪、長野、警察庁指定第120号事件)
〔事例2〕 5年10月8日、無職の男性(33)は、暴力団員及び外国人等数人と共謀し、滋賀県で金融業を営む男性(53)方に押し入り、包丁で突き刺して殺害した上、現金約1,240万円在中の耐火金庫等を強奪した。さらに、この男性は、5年10月から12月までの間、東京都、群馬県、静岡県において4件の強盗殺人等事件を敢行していた。3月検挙(警視庁、群馬、静岡、警察庁指定第121号事件)
イ 窃盗犯の合同・共同捜査実施事件の増加
 常習窃盗犯による重要窃盗事件は、広域化が顕著であり、6年中に実施した窃盗犯の合同・共同捜査は120件(前年比36件(42.9%)増)で、過去最高を記録した(表3-4)。このうち、広域にわたる空き巣ねら

表3-4 窃盗犯の合同・共同捜査実施事件数の推移(平成2~6年)

い事件、金庫破り事件、出店荒らし事件等101件が検挙されている。また、国際的職業犯罪グループによる組織的広域事件も近年多発している。
〔事例〕 男性(45)は、4年8月から6年2月までの間、41道府県にわたり、旅行代理店等を対象とした金庫破り等375件(被害総額約1億2,011万円相当)を敢行した。3月6日検挙(富山、愛媛、島根、静岡)
(3) 贈収賄等の検挙の増加
ア 贈収賄事件
 平成6年中の贈収賄事件の検挙状況は、図3-1のとおりであり、5年に比べ検挙件数、検挙人員ともに増加している。事件の態様別にみると、各種土木・建設工事をめぐる贈収賄事件が34事件(前年比18事件増)、また、被疑者の主体別にみると、特別法に規定されている収賄被疑者の検挙が13人(10人増)であり、それぞれ大幅に増加している。

図3-1 贈収賄検挙件数、検挙人員の推移(昭和60~平成6年)

 また、首長、議員による贈収賄事件の検挙件数は37事件(18事件増)、これらの事件における首長の検挙人員は16人(10人増)であり、それぞれ大幅に増加している(表3-5)。
 首長による贈収賄事件については、各種土木・建設工事をめぐる贈収賄事件が9事件で過半数を占めている。首長の収賄総額は1億2,261万円(前年比1億579万円増)で首長一人当たりの賄賂額は約766万円(前年比約486万円増)となっている。

表3-5 収賄被疑者中、地方自治体の首長の検挙人員の推移(平成元~6年)

〔事例1〕 愛知県副知事(60)は、3年12月ころ及び4年2月ころ、県発注の建築工事に関して、大手建設会社幹部(56)らから現金を収賄した。5月検挙(愛知)
〔事例2〕 日本電信電話株式会社役員(52)は、3年12月ころから4年3月ころまでの間、会社発注の物品購入契約等に関して、事業サービス会社経営者(41)から金銭の貸付けを受け、金融の利益を得て収賄した。10月検挙(警視庁)
〔事例3〕 大村市長(52)は、4年12月ころ、市発注の汚水処理施設建設工事に関して、A土木会社幹部(66)らから現金を収賄した。また、6年7月ころ、市発注の水道施設工事に関して、請託を受けて、B土木会社代表取締役(52)らから現金を収賄した。8月検挙(長崎)
イ 政治資金規正法違反事件
 6年中に検挙した政治資金規正法違反事件は、23事件(前年比14事件増)であり、大幅に増加している。
〔事例1〕 衆議院議員(59)らは、実際には後援団体に対して寄附がなかったにもかかわらず、寄附があったように装い、2年分の収支報告書に虚偽の記入をして県選挙管理委員会に提出した上、寄附金控除の特例を利用して、所得税還付金を不正に取得した。12月検挙(愛知)
〔事例2〕 大阪府知事後援会の会計責任者(70)らは、4年分の収支報告書に、実際に後援会が受けた寄附金額よりも少ない虚偽の金額を記入して府選挙管理委員会に提出した。11月検挙(大阪)
ウ 不正談合等の競売入札妨害事件
 6年中に検挙した不正談合等の競売入札妨害事件は21事件(前年比16事件増)であり、大幅に増加している。
〔事例〕 ビルメンテナンス会社5社は、4年5月ころ及び5年4月ころ、市発注の清掃業務委託契約の指名競争入札に際して、公正な価格を害する目的で、入札価格及び落札業者を協定し、談合した。3月検挙(神奈川)
(4) 現場設定を伴う企業恐喝事件の増加
 現場設定を伴う企業恐喝事件(注)の認知件数は、近年のバブル経済の崩壊等を背景に増加傾向にあり、平成6年中の認知件数は83件(前年比13件(18.6%)増)、検挙件数は98件(58件(145.0%)増)、検挙人員は38人(8人(26.7%)増)となっている。これを被害対象企業別にみると、食品製造業者や大型小売店等に対するものが62件で全体の74.7%を占めている。
(注) 現場設定を伴う企業恐喝事件とは、犯人は正体を現さず、脅迫文を郵送するなどして企業を畏(い)怖させ、現金等を要求し、現金受渡し場所や方法を電話、手紙等によって指示する形態の企業恐喝事件のことをいう。
(5) 犯罪の国際化
 我が国と諸外国との交流が活発化するに従い、来日外国人による犯罪が多発したほか、国際的な犯罪が増加している。  詳しくは第8章参照。

2 犯罪情勢及び捜査活動の現況

(1) 全刑法犯の認知及び検挙の状況
ア 認知状況
 平成6年の刑法犯の認知件数(注)は178万4,432件(前年比1万6,718件(0.9%)減)であった。(図3-2参照)
(注) 罪種別認知件数は、資料編統計3-3参照
 6年の刑法犯認知件数の包括罪種別構成比をみると、窃盗犯が155万7,738件で、全体の87.3%を占めている(図3-3参照)。
 過去20年間の刑法犯包括罪種別認知件数の推移をみると、粗暴犯、風俗犯が減少傾向にあるのに対し、凶悪犯、窃盗犯は増加傾向にある (図3-4参照)。なお、6年は窃盗犯及び粗暴犯以外の犯罪の認知件数はすべて増加した。

図3-2 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和23~平成6年)

図3-3 刑法犯認知件数の包括罪種別構成比(平成6年)

図3-4 刑法犯包括罪種別認知件数の推移(昭和50~平成6年)

イ 検挙状況
 6年の刑法犯検挙件数(注1)は76万7,844件(前年比4万4,234件(6.1%)増)、検挙人員(注2)は30万7,965人(1万240人(3.4%)増)である(図3-5)。

図3-5 刑法犯検挙件数、検挙人員の推移(昭和22~平成6年)

(注1) 罪種別検挙件数は、資料編統計3-4参照。
(注2) 罪種別検挙人員は、資料編統計3-5参照。なお、検挙人員には、触法少年を含まない。
 過去20年間の年齢層別犯罪者率の推移をみると、近年では、14歳から19歳までの層の犯罪者率が著しく高くなっている(図3-6)。
(2) 犯罪による被害の状況
ア 生命、身体の被害
 平成6年に認知した刑法犯により死亡し、又は負傷した被害者の数は、死者が1,359人(前年比38人(2.9%)増)、負傷者が2万3,644人(581人

図3-6 刑法犯の年齢層別犯罪者率の推移(昭和50~平成6年)

表3-6 刑法犯による死者数と負傷者数の推移(平成2~6年)

(2.4%)減)である(表3-6)。死者数を罪種別にみると、殺人による死者が751人で最も多く、全体の55.3%を占めている。
イ 財産犯による被害
 6年に認知した財産犯(強盗、恐喝、窃盗、詐欺、横領、占有離脱物横領をいう。)による財産の被害総額は約2,599億円(前年比約291億6,800万円(10.1%)減)であり、このうち、現金の被害は約841億円(約417億2,500万円(33.2%)減)である(表3-7)。

表3-7 財産犯による財産の被害額の推移(平成2~6年)

(3) 重要犯罪及び重要窃盗犯の認知及び検挙の状況
 警察では、刑法犯のうち個人の生命、身体及び財産を侵害する度合いが高く、国民の脅威となっている重要犯罪、重要窃盗犯の検挙に重点を置いた捜査活動を行っている。
ア 重要犯罪
 平成6年の重要犯罪(注)の認知件数は1万1,103件(前年比200件(1.8%)増)、検挙件数は9,891件(190件(2.0%)増)、検挙人員は、7,102人(456人(6.9%)増)である。
 なお、昭和60年から平成6年までの重要犯罪の罪種別検挙率の推移は、図3-7のとおりである。

図3-7 重要犯罪罪種別検挙率の推移(昭和60~平成6年)

(注) 「重要犯罪」とは、殺人、強盗、放火、強姦(かん)の凶悪犯並びに略取・誘拐及び強制わいせつ事件をいう。
イ 重要窃盗犯
 6年中の重要窃盗犯(注)の認知件数は、32万5,987件(前年比1万248件(3.0%)減)、検挙件数は、23万4,735件(1万236件(4.6%)増)、検挙人員は、2万6,475人(639件(2.4%)減)である。
 なお、昭和60年から平成6年までの重要窃盗犯手口別検挙率の推移は、図3-8のとおりである。
(注) 「重要窃盗犯」とは、屋内強盗に発展しやすい侵入盗、路上強盗に発展しやすいすり、ひったくり及び被害品が金融機関強盗等に用いられやすい自動車盗をいう。

図3-8 重要窃盗犯手口別検挙率の推移(昭和60~平成6年)

(4) コンピュータ犯罪、カード犯罪
ア コンピュータ犯罪
 現在、コンピュータは社会の様々な分野で不可欠なものとなっているが、他方、コンピュータ・システムの特性を利用した新しいタイプの犯罪が問題となっている。平成6年におけるコンピュータ犯罪(注)の認知件数は58件(表3-8)で5年に比べて大幅に減少している。しかし、これは、「事情を知らない係官に電磁的記録である公正証書の原本に不正な記録をさせる事件」が減少したことによるもので、これ以外の形態の犯罪は、例年並みの件数を認知している。
 こうした犯罪や事故等からコンピュータ・システムを防護する必要性が高まっていることから、警察庁では、部外の学識経験者を加えたコンピュータ・システム安全対策研究会が発表した「情報システム安全対策指針」、「コンピュータ・ウィルス等不正プログラム対策指針」に基づき安全対策の指導を行うなど、総合的なコンピュータ・セキュリティの確保に取り組んでいる。
(注) コンピュータ犯罪とは、コンピュータ・システムの機能を阻害し、又はこれを不正に使用する犯罪(過失、事故等を含む。)をいう。
〔事例〕 フランス人コンピュータ・プログラム作成会社役員(28)ら3人は、5年11月末から6年3月4日にかけて、パソコンを使って自ら作出した信号を利用して通話料金が掛からないように工夫した上で国際電話を掛け、国際電話株式会社に対し総額105万5,238円の損害を与えた(警視庁)。

表3-8 コンピュータ犯罪の認知状況(平成6年)

イ カード犯罪
 6年のカード犯罪(注)の認知件数は8,740件(前年比155件(1.8%)増)、検挙件数は8,122件(146件(1.8%)減)、検挙人員は、1,229人(65人(5.0%)減)である。(図3-9
(注) カード犯罪とは、キャッシュカード、クレジットカード及びサラ金カードのシステムを利用した犯罪で、コンピュータ犯罪以外のものをいう。

図3-9 カード犯罪の認知、検挙状況(平成2~6年)

 態様別にみると、窃取したカードを使用したものが3,088件(38.0%)で最も多く、次いで拾得したカードを使用したものが2,158件(26.6%)、他人名義で不正取得したカードを使用したものが984件(12.1%)の順となっている。
 警察では、クレジットカードを悪用した犯罪の増加に対処するため、主要都道府県警察本部とカード会社との間で連絡協議会を設置し、カード犯罪の実態把握と被害防止のための対策を協議している。

3 事件に強い警察の確立のための施策

 近年の情報化の進展や交通手段、科学技術の発達等の社会情勢の変化に伴い、かつては予測もできなかった新しい形態の犯罪が発生するとともに、犯行の悪質化、巧妙化、広域化、スピード化が一層進むなど、犯罪は質的な変化をみせている。例えば、銃器を使用した事件やサリンを使用して不特定多数を殺傷する事件が目立っている。また、盗難車両を使用した犯罪が多発しており、平成6年に検挙された刑法犯のうち9.7%(7万3,345件)を占めるに至っている。
 一方、自分に直接かかわりのないことには無関心、非協力的な態度をとる国民が多くなってきていることなどから、聞き込み捜査等の「人からの捜査」が困難になってきている。さらに、大量生産、大量流通の一般化が著しいことから、遺留品等事件と関係のある物から被疑者を割り出す「物からの捜査」も難しくなってきている。このように捜査活動はますます困難になってきており、捜査期間は長期化する傾向にある(図3-10)。
 こうした情勢にかんがみ、警察では「事件に強い警察」確立のため、広域捜査力の強化、国際捜査力の強化、捜査活動の科学化の推進、捜査官の育成、犯罪捜査に対する国民協力の確保を柱とした施策を積極的に推進している。特に6年は、都道府県の境界周辺で発生した犯罪や都道府県の境界を越えて広域的に捜査を実施する必要のある犯罪に関係都道府県警察が迅速かつ一体的に対応するため、警察法の一部改正等が行われた。

図3-10 刑法犯発生から検挙までの期間別検挙状況(昭和60~平成6年)

(1) 広域捜査力の強化
ア 広域犯罪に係る捜査の連携と警察法等の改正
(ア) 従来の施策
 社会のボーダレス化に伴い、犯罪についてもその広域化が一層顕著となっている。
 このような犯罪の広域化に的確に対応するためには、都道府県警察相互間の連携の強化が必要不可欠である。そこで警察では、警察庁指定114号事件(いわゆるグリコ・森永事件。昭和59年3月)、愛知県豊橋市における身代金目的幼女誘拐殺人死体遺棄事件(平成元年10月)、東京都.神奈川県の都県境における警察官等殺傷、人質立てこもり事件(4年7月)等の捜査の教訓を踏まえ、当時の法制度の範囲内で可能な限り、都道府県警察相互間の連携の強化を図るため次の施策等を行ってきたところである。
a 合同捜査
 広域重要犯罪が発生した場合に、その指揮系統を一元化するため、一の関係都道府県警察が他の都道府県警察から捜査員の応援派遣を受けて捜査を行う合同捜査を積極的に推進した。
b 広域捜査隊制度
 都道府県の境界付近の区域において犯罪が発生した場合に、その発生地を管轄する都道府県警察が、関係都道府県警察から捜査員の応援派遣を受け、管区広域捜査隊等の一体として活動する機動捜査隊を編成し、当該部隊により当該関係都道府県警察の管轄区域にも権限を及ぼして初動捜査等を行う制度の確立と積極的活用を行った。
c 広域機動捜査班
 複数の都道府県にわたる広域初動捜査等の中核となり、高度な捜査技術と機動捜査力を有する広域機動捜査班の各都道府県警察への設置を推進した。
d 広域捜査指導官
 複数の都道府県にわたる広域事件の捜査の際には、警察庁から広域捜査指導官を現地に派遣し、各都道府県警察が広域的な視点に立ち、相互に連携を保った捜査を推進するための指導、調整を行わせる制度の確立と積極的活用を行った。
(イ) 警察法等の改正
 6年には、従来の施策に法律上の明確な根拠を付与し、その一層の普及、定着を図るため、警察法の一部改正が行われた。
 その要点は、次の2点である。
・ 管轄区域が隣接し、又は近接する都道府県警察は、相互に協議して定めたところにより、社会的経済的一体性が認められる都道府県の境界周辺の区域における事案を処理するため、関係都道府県警察の管轄区域に権限を及ぼすことができるようにした。
 警視総監又は都道府県警察本部長は、都道府県警察が他の都道府県警察と共同して事案を処理する場合、相互に協議して定めたところにより、関係都道府県警察の一の警察官に、その事案の処理に関し、それぞれの職員に対して必要な指揮を行わせることができるようにした。
 この改正により、合同捜査や広域捜査隊の運用について、その円滑かつ迅速な実施を確保することができるようになった。
 また、警察法の一部改正を受けて、犯罪捜査に関する都道府県警察相互間の連絡共助の在り方を定めた犯罪捜査共助規則についても、大幅な改正が行われ、警察法改正規定に基づく合同捜査、広域捜査隊等の運用の手続、方法等に関する規定が整備された。
イ 専門捜査員の派遣に関する協定等
(ア) 専門捜査員の派遣に関する協定
 近年の犯罪の巧妙化、複雑化は、その捜査にますます専門的な知識、技能、経験を要求することとなっているが、例えば航空機事故、列車事故、大規模な経済犯罪のように、事案の種類によっては、発生頻度が低い等の理由により、すべての都道府県警察においてその捜査に必要な知識等を有する捜査員を確保することが困難な場合があり、そのような場合には、他の都道府県警察からの応援派遣が不可欠である。そこで、前記の犯罪捜査共助規則の一部改正により、新たに専門捜査員の派遣に関する協定について規定が設けられた。これは、一定の事案に限って、その捜査に必要な知識、技能、経験を有する捜査員を専門捜査員とし、専門捜査員の応援派遣に関する全国的な都道府県警察の協力関係を明確に規定するとともに、その応援派遣の円滑かつ迅速な実施を確保するために必要な手続等を定めるため、都道府県公安委員会等が相互に協定を締結すべきことを規定したものである(この規定に基づき、全国の47都道府県公安委員会及び警察庁長官において相互に協定を締結済み)。
 また、発生頻度が少ない航空機事故、列車事故、爆発事故等の大規模事件事故に関して専門捜査員を育成し、この種事件捜査の経験を有する捜査員を多く育成するために、事案が発生した際にあらかじめ指定された捜査員を現場に臨場させて研修を行う制度を併せて運用しているところである。
(イ) 警察庁指定広域技能指導官制度
 6年度から、警察庁指定広域技能指導官制度の運用が開始された。これは、極めて卓越した専門的な技能又は知識を有する警察職員を警察庁指定広域技能指導官として指定することにより、これらの者の名誉をたたえるとともに、警察全体の財産として活用する制度である。警察庁指定広域技能指導官は、7年4月、火災犯捜査、手口捜査等に卓抜した能力を有する13人が新たに指定され、現在21人がその指定を受けている。
(ウ) 広域的な捜査情報の共有
 広域重要事件においては、警察庁や関係都道府県警察が、捜査情報を共有し、組織的な捜査活動を展開することが不可欠であることから、警察庁では、捜査過程で収集された情報等を一元的に管理するとともに、関係都道府県警察の間で必要な情報を伝達することを目的とする大型コンピュータを利用した「捜査情報総合伝達システム」の整備を推進している。また、今後は、個々の捜査情報を単に管理し、伝達するだけでなく、それぞれの情報の関連等を体系的に整理し、総合された情報として活用することが不可欠となることから、情報形式の標準化、情報の総合化システムの開発等を計画している。
(2) 国際捜査力の強化
 急増する来日外国人犯罪等の国際犯罪に対応するため、警察では、国際捜査官の育成、組織体制の整備、通訳体制の強化及び外国捜査機関との積極的な連携を図っている。
 なお、国際犯罪への対応については、第8章を参照。
(3) 捜査活動の科学化の推進
ア コンピュータの活用
(ア) 指紋自動識別システム
 指紋には、万人不同、終生不変という特性があり、個人識別の最も確実な資料として有効である。
 警察庁では、コンピュータによるパターン認識技術を応用して指紋自動識別システムを開発し、犯罪現場に遺留された指紋から犯人を特定する遺留指紋照合業務や逮捕した被疑者の身元と余罪の確認、犯罪の被害者や災害、事故等により死亡した者の身元確認等に活用している。
(イ) 自動車ナンバー自動読取システム
 自動車利用犯罪や自動車盗の捜査のため、自動車検問を実施する場合、実際に検問が開始されるまでに時間を要すること、徹底した検問を行えば交通渋滞を引き起こすおそれがあることなどの問題がある。
 警察庁では、これらの問題を解決するため、走行中の自動車ナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読取システムを開発し、整備を進めている。
(ウ) 被疑者写真検索システム
 警察庁では、都道府県警察で撮影した被疑者写真を一元的に管理、運用し、犯罪の広域化、スピード化に対応した効率的な活用を図ることを目的として、コンピュータによる被疑者写真検索システムが全国に整備されている。このシステムの導入により、全国の警察署において被疑者写真を迅速に入手することができる。
イ 鑑識、鑑定の強化
(ア) 鑑識活動の強化
 警察では、犯罪現場等に遺留されている微量、微細な資料を漏らさずに採取するために、科学技術の発達に即応した鑑識資機材の研究開発や整備を推進するとともに、機動鑑識隊(班)や現場科学検査班等の強化を図ることにより現場鑑識活動の強化に努めている。
 また、警察庁の鑑識資料センターでは、あらかじめ繊維、土砂、ガラス等の各種資料を収集、分析し、これらの情報のデータベースを作り、都道府県警察が犯罪現場等から採取した微量、微細な資料と比較照合することによって、その物の性質や製造業者等を迅速に割り出し、犯罪捜査に役立てている。
(イ) 鑑定の高度化
 近年、鑑定対象物の多様化等に伴い、鑑定の内容も複雑多岐にわたり、高度な専門的知識、技術が必要とされている。
 このような情勢に対処し、各種の鑑定を一段と信頼性の高いものにするため、警察庁科学警察研究所や都道府県警察の科学捜査研究所(室)に最新鋭の鑑定機材を計画的に整備するとともに、都道府県警察の鑑定技術職員を科学警察研究所に附置されている法科学研修所に入所させ、法医学、化学、工学、指紋、足痕(こん)跡、写真等の各専門分野に関する組織的、体系的な技術研修を実施している。
 また、新しい科学技術を取り入れた鑑定法として、ヒトの身体組織の細胞内に存在するDNAの型を分析して個人識別を行うDNA型鑑定法が実用化され、これを血液型鑑定と併用することにより個人識別の精度を高めることが可能となったことから、殺人や強姦等の凶悪事件の捜査に大きく貢献している。警察庁では、7年度までにDNA型鑑定法の全国整備を図ることとしている。

(4) 捜査官の育成
 犯罪の質的変化、捜査環境の悪化等に適切に対応し、国民の信頼にこたえるち密な捜査を推進するには、常に捜査技術の向上を図るとともに、各種の専門的知識を備えた捜査官を育成するなど刑事警察のプロフェッショナル化を総合的に推進していく必要がある。
 このため、警察大学校等において国際犯罪捜査、広域特殊事件等に関する研究や研修を行うとともに、都道府県警察において、若手の捜査官に対し、経験豊富な捜査官がマンツーマンで実践的な教育訓練を行うことにより、新しい捜査手法や技術の研究、開発、長期的視野に立った捜査官の育成、捜査幹部の指揮能力の向上に努めている。
 また、警察庁、管区警察局及び都道府県警察において、捜査上得られた教訓及び効果的な捜査手法等を他の捜査幹部に模擬的に体験させるための研修を行うなどして捜査技術の向上に努めている。
 なお、財務解析、国際犯罪捜査等専門的知識や特別な技能を必要とする分野においては、即戦力として、公認会計士や海外経験豊富な者を積極的に中途採用し、捜査力の向上に努めている。
(5) 犯罪捜査に対する国民協力の確保
ア 国民協力確保方策の推進
 犯人検挙、事件解決のためには、国民の犯罪捜査に対する理解と協力が不可欠である。
 警察では、新聞、テレビ、ラジオ等の報道機関に協力を要請するとともに、人の出入りの多い場所にポスター、チラシ等を掲示するなどの方法により、国民に犯罪捜査に対する協力を呼び掛けている。
 平成6年11月には、全国において「捜査活動等に対する市民協力確保及び指名手配被疑者捜査強化月間」を実施し、事件発生時における速やかな通報、聞き込み捜査に対する協力、事件に関する情報の提供等を広く国民に呼び掛けた。また、警察庁指定被疑者13人、都道府県警察指定被疑者69人について公開捜査を行い、国民の協力を得て、警察庁指定重要指名手配被疑者8人をはじめ2,149人の指名手配被疑者を検挙した。
イ 被害者等の立場に立った捜査の推進
 被害者やその遺族への適切な応接に努め、その立場に立った捜査活動を行うことは、犯罪捜査への国民協力の確保だけでなく被害者及び遺族の人権保護の観点からも不可欠であり、警察では、このために各種の施策を推進している。
 事情聴取の際には被害者等の心情を尊重し、各種の相談にも誠意をもって対応して適切な措置をとるとともに、各都道府県警察に告訴専門官を配置するなどして告訴、告発の迅速、的確な処理に努めている。また、犯罪捜査や刑事裁判の過程における、被害者等の孤独感や不安感あるいは精神的負担を解消するために、捜査経過や結果を被害者等に通知する被害者連絡制度を積極的に推進するとともに、暴力団をはじめとする被疑者その他の事件関係者の不穏当な動向に注意を払い、被害者、参考人等が危害を加えられるおそれがある場合には、徹底した警戒、保護活動を行っている。


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