第3節 阪神・淡路大震災と警察活動

 平成7年1月17日午前5時46分ころ発生した「平成7年兵庫県南部地震」は、死者約5,500人、負傷者約3万7,000人という未曾(ぞ)有ともいうべき被害をもたらし、住民を大きな困難に直面させた。兵庫県警察をはじめとした被災地を管轄する府県警察では、全国警察の協力を得て、救助救援活動や緊急輸送路の確保等の懸命な現場活動を行うとともに、警察庁及び近畿管区警察局においても災害警備本部を設置するなどして、その対応に当たってきた。
 これらの対応は困難を極めたが、警察では、これらの活動を通じて得た教訓を踏まえ、諸対策を推進している。

1 概要

 平成7年1月17日午前5時46分ころ、淡路島を震源地とする大規模な都市直下型地震が発生した。
 震源地に近い兵庫県神戸市、芦屋市、西宮市及び淡路島北淡町において

表1-9 地震の概要

図1-6 震度表示地図

は震度7の激震、洲本市では震度6の烈震を記録した。被害は、兵庫県、大阪府を中心に14府県に及び、死者約5,500人、負傷者約3万7,000人、避難所に避難した住民約30万人という関東大震災(大正12年9月1日)以来の死傷者、被災者を出す激甚災害となった。
 この地震の発生に対して警察庁及び近畿管区警察局では、直ちに災害警備本部を設置するとともに、兵庫県警察、大阪府警察をはじめ被災地を管轄する14府県警察本部も各々災害警備本部等を設置した。兵庫県内には全国から機動隊員等約5,500人のほか、ヘリコプター及びパトカー、移動交番車等約200台並びに白バイ、捜査用車両等約80台が投入され、兵庫県警察と一体となって、
○ 被災者の救出救助、地域住民の避難誘導、行方不明者の捜索活動
○ 緊急輸送路、復興物資輸送路の確保等の交通対策
○ 被災地における各種犯罪防止等のための被災地域集団パトロール隊、避難所緊急パトロール隊及び婦人警察官で編成されたのじぎくパトロール隊による警戒警ら活動等の諸対策等の災害警備活動に当たった。
 また、兵庫県警察に対する支援のため大阪府警察では、「兵庫県南部地震支援対策本部」を設置して、兵庫県警察に応援派遣された警察官の宿泊所や補給等の支援活動に当たった。
 なお、阪神・淡路大震災による被害を受けたことに伴い兵庫県の区域において市民生活の安全と平穏の確保のため必要な警察の事務が増大していることにかんがみ、兵庫県警察の地方警察職員たる警察官の定員の基準の特例を定めることを内容とする警察法施行令の一部を改正する政令が、平成7年6月2日公布、同日から施行され、8年3月31日までの間は500人、8年4月1日から9年3月31日までの間は400人、9年4月1日以降当分の間は300人の増員措置が行われることとなった。

表1-10 人的・建物被害(平成7年4月24日現在、警察庁調べ)

表1-11 死亡者の死因(平成7年4月24日現在、警察庁調べ)

2 被災者の捜索と救助救援活動

(1) 救出救助活動
 兵庫県警察では、地震発生後、直ちに県下の警察職員に非常招集を発令し、早期に警備体制を確立して被災者の救出救助活動をはじめ地域住民の避難場所への誘導等災害警備活動に当たった。
 また、全国警察からは国際緊急援助隊員、レスキュー部隊員を中心とした機動隊員等約5,500人が兵庫県内へ派遣され、県警察と一体となって、約1万6,000人の体制で各種装備資機材や大型工作機械等を活用して被災者の救出救助活動、行方不明者の捜索等に当たった。
〔事例1〕 西宮警察署交番勤務員のK警察官らは、女性から「子供2人が生き埋めになっている」との届出を受け、直ちに現場に向かった。建物は、辛うじて南側と北側の壁によって建っているものの、東側の壁が倒れ、子供2人は壁の下敷きになっていた。K警察官らは、倒れた壁をかなづちとのこぎりを使って取り除き、生き埋めになっていた中学生と高校生の姉妹を救出した。

〔事例2〕 西宮警察署内で事件処理に当たっていたT警察官は、地震直後、来署した男性から「人が埋まっているので助けてください」との届出を受け、現場に赴き、倒壊した家屋の中から3歳の男の子と5才の女の子、そしてその母親を救出した。
 その直後、付近の男性から「この家の人の姿が見えない」との届出を受け、倒壊した家屋の壁や木材等を取り除き、約2時間後、頭部を負傷した60歳の男性を救出した。
〔事例3〕 兵庫警察署に派遣された県機動隊K警察官らは、火災の発生している現場周辺において被災者の捜索に従事中、がれきとがれきの間に老人が挾まれているのを発見し、素手でがれきを取り除き老人を救出した。

(2) 救援部隊、救援物資等の輸送
 警察では、被災地への医薬品、食料、燃料等の緊急物資搬送車両、復旧工事車両等に対して、パトカーによる先導を約2,400回実施したほか、警視庁、大阪府警察等14都府県のヘリコプター延べ約230機、兵庫県警察、大阪府警察の船舶延べ約560隻によりレスキュー隊員、資機材、医師等の救護班の輸送のほか、医薬品、飲料水、食料等の救援物資の搬送を行った。
〔事例〕 大阪府警察は、厚生省から警察庁への要請を受け、平成7年1月19日から25日までの間、航空隊のヘリコプターで被災地へ医療物資の緊急輸送を行った。輸送物資は、風邪薬、胃腸薬、解熱鎮痛剤、包帯等の医薬品のほか、乳児用粉ミルク(1キログラム缶300個)等、合計約38トンに上った。
(3) 海外からの救援の受入れ
 警察では、平成7年1月21日から1月25日までの間、阪神・淡路大震災被災地救援のため来日した隊員61名、救助犬4頭から成るフランスの地震災害専門チームを受け入れ、その活動を容易にするための同行支援を行った。
(4) 検視・身元確認活動
 警察では、遺体についてはその検視を行い、身元を確認した上で遺族に引き渡すこととしているが、大規模災害時には、被害規模を正確に把握する上でも警察による検視・身元確認作業は非常に重要である。
 兵庫県警察は、死者数が約5,500人に上った阪神・淡路大震災において、人員不足、情報の混乱、資機材の不足、交通渋滞等の極めて厳しい環境の中、死亡した被災者が多い地域を管轄する県内の警察署に「検視班」約300人を派遣することにより体制の確保に努めた。さらに、大阪府、京都府、滋賀県、奈良県、和歌山県の5府県から検視の作業に習熟した警察官が兵庫県警察に応援派遣され、検視・身元確認作業に従事した。
 遺体は、警察署の道場のほか体育館や寺に運ばれ、検視が終了した遺体のうち身元が確認され、かつ、遺族に引き渡せるものについては、警察等で準備した棺に納められ、献花が行われた上で引き渡すなど遺族感情に配意した扱いがなされた。
 身元不明の遺体については、歯科医の協力を得てデンタルチャートを作成するなどして身元確認作業を行った。警察で把握した死亡者の情報は、全国の都道府県警察本部にコンピュータシステムを通じてオンラインで伝達され、肉親等からの死亡者照会に迅速に対応できるように措置された。

3 交通対策

(1) 地震発生直後の交通対策
 地震により、高速道路や建物の倒壊、道路の損壊等が発生し、道路網が多大な被害を受けたため、その直後に、道路の被害状況を確認し、通行が不可能な道路、危険な道路の通行制限を実施した。
 隣接府県警察においては、被災地への車両の乗り入れを制限するとともに、交通情報板等を活用して通行禁止状況やう回路等の情報を提供し、被災地への車両の流入抑制のための広報を行ったほか、(財)日本道路交通情報センターや関係団体を通じた広報や情報提供を行った。
 通行可能な道路の確認後、平成7年1月18日早朝には、救助・救援活動の車両の通行を確保するため、緊急輸送車両以外の車両の通行制限、パトロールカーによる先導、警察官の誘導等により、広域的な緊急輸送ルートを設定した。
 その後、道路の復旧に合わせて随時ルートの見直しを行うとともに、全国から白バイ50台、サインカー3台等の応援派遣を得てルートの実効的確保を行うなど、より効率的な緊急輸送の確保に努めた。
 1月28日には、被災地の市民の足を確保するため、不通となった鉄道の代替バスのための専用レーンを幹線道路に確保し、その円滑なバスの運行を確保した。
 このほか、被災地域は、東西を結ぶ交通の要衝であることから、国道9号線等を利用する広域的なう回路に関する情報を提供するなどして東西の物流・旅客輸送路の確保を図った。
(2) 復興期の交通対策
 被災地におけるがれき処理、ライフラインの復旧、応急仮設住宅の建設等の復興事業の本格化に伴い、交通需要が緊急物資等の輸送から復興事業のための資材、生活関連物資等の輸送需要に移行した。
 このため、関係省庁・自治体の要望を踏まえ、復興物資の輸送を行う車両の通行の円滑化を図るため2月25日に復興物資輸送ルートを設定した。また、これと同時に、生活関連物資等の円滑な輸送を確保するため、生活・復興関連物資輸送ルートを設定するなど総合的な交通対策を実施した。

4 住民のニーズにこたえた諸活動

(1) 阪神・淡路大震災における地域安全活動
ア 大幅に増加した110番への対応
 兵庫県警察での地震発生日(平成7年1月17日)の110番受理件数は7,188件で6年の1日平均の110番受理件数約1,700件の4倍以上に達した。このうち、災害関係の通報は6,056件で、受理件数の84.3%を占め、通信指令室には、建物崩壊、生き埋め、ガス漏れ、火災発生、遺体発見等の110番通報が殺到した。
 警察通信指令本部における震災発生直後の110番の受理状況は、表1-12のとおりである。

表1-12 阪神・淡路大震災に係る兵庫県警察通信指令本部における110番受理状況(平成7年1月17~22日)

イ 全国からの応援派遣による地域安全活動
 被災地における治安を確保するため、全国から約200台のパトカー、移動交番車等が派遣され、被災地の機動力は、通常時の約5倍に強化された。
 被災地においては、徒歩又はパトカー等を使用してパトロールが絶えず行われ、倒壊家屋に埋もれたままになっている財産や家族の思い出の品を盗難等から守るなど、犯罪発生の抑止に効果を上げた。

〔事例〕 1月20日深夜、兵庫県生田警察署では、応援派遣によるパトカーで被災地域を警戒警ら中、家屋が半壊した衣料品店に侵入し、ジーンズ等を盗み出していた少年2名を、職務質問により検挙し、補導した。
ウ 交番等による地域安全活動
(ア) 移動交番車等による相談活動等の実施
 避難場所、被災家屋付近等において、移動交番車等を活用したり、プレハブによる仮設交番を設置したりして、臨時交番や「よろず相談所」を開設し、避難住民の苦情・相談の受理、関係機関・団体への連絡を行うなど、住民の不安感を解消し、その利便を図った。

(イ) 交番速報等による住民への広報活動の展開
 手書きの交番速報、ミニ広報紙等を警察署、交番等の広報用掲示板のほか、避難場所やその周辺のスーパーマーケット等に掲出したり、街頭で配布したりして、被災者に飲料水の配給時間・場所及び利用可能な銭湯、コインランドリー等の身近な生活関連情報や悪質商法への注意の呼び掛け等の地域安全情報を提供した。
〔事例〕 兵庫県甲子園警察署の鳴尾、高須、本郷の各交番では、管内のミニマップ、交番、官公庁、交通機関、医療機関、商店等の電話番号、運転免許関係事務等の生活関連情報を掲載した「便利手帳」をそれぞれ作成し、仮設住宅の入居者に対する特別巡回連絡の際に配布した。
(ウ) 巡回連絡カード
 交番等においては、平素の巡回連絡を通じて、災害や事故の発生時における緊急連絡等に役立てるため、住民に非常の場合の連絡先等の巡回連絡カードへの記入をお願いしている。
 阪神・淡路大震災においては、この巡回連絡カードが、行方不明者等の救助活動や所在確認に役立った。
〔事例〕 2月5日午後8時ころ、兵庫県尼崎中央警察署尾浜交番のA巡査部長が避難所に立ち寄った際、住民から「小学生の娘が、同級生の行方が分からず心配で夜も寝付けない状態である」との相談を受け、直ちに交番で巡回連絡カードにより調査した結果、長野県の親戚(せき)宅に家族で疎開していることが判明した。
(2) 住民の不安感を除去するための活動
ア 「避難所緊急パトロール隊」の編成による活動
 兵庫県警察では、警察官300人、県職員200人をパトカー100台に分乗させた「避難所緊急パトロール隊」を編成し、震災直後から毎日約1,000箇所に上った避難所に対する重点パトロール、立ち寄り警戒及び被災者からの要望・相談の受理等に従事し、被災住民の不安感の除去、トラブルの防止に努めた。
イ 「のじぎくパトロール隊」の活動

 兵庫県警察から50人、県外の8都道府県警察から100人の総勢150人の婦人警察官から成る「のじぎくパトロール隊」(注)を発足させ、移動交番車とパトカーを活用して、避難所等に対する立ち寄り、連絡活動を行い、とりわけ、高齢者、婦人等災害の影響を受けた被災者の方々の心のケアに努めた。
(注) 「のじぎく(野路菊)」は、兵庫県の県花である。
ウ ボランティアによる被災地域の安全を守るための活動
 被災地域においては、ボランティアによる各種犯罪・事故の未然防止と被災住民の不安の除去を目的とした活動が積極的に行われている。
 被災地域以外からのボランティアによる活動としては、平成7年1月21日から2月28日までの間、(社)兵庫県防犯協会連合会傘下の11地区防犯協会、(社)兵庫県警備業協会や(社)大阪府警備業協会の加入業者から延べ3,830人(使用車両数1,084台)が参加して、午後6時から翌朝午前6時まで、交番を拠点として、広報車やハンドマイクを活用した徒歩による広報、避難所への「地域安全ニュース」等の掲示、配布等を行う防犯パトロールを実施した。また、被災地域のボランティアによる活動としては、

地区防犯協会や、地元住民で構成されている「地域ふれあいの会」等が、地震発生直後から防犯パトロールを実施しており、4月1日以降も1日平均約60団体、約570人が参加している。警察は、これらボランティア団体との連携に努め、被災地域の安全を守るための活動を積極的に支援している。
エ 地域安全情報の提供
 (社)兵庫県防犯協会連合会は、被災者の不安感の除去とその多様なニーズにこたえるため、兵庫県警察の協力を得て各種の情報を入手、編集し、1月19日から、兵庫県警察災害警備本部との連名で「地域安全ニュース」を発行した(4月1日までに第72号まで発行)。「地域安全ニュース」は、防犯に関する情報に限らず、被災者のニーズにこたえた情報を幅広く取り扱っており、その発行部数は1号につき2万部で、交番、パトカーの勤務員、ボランティア等により、避難者や地域住民に配布されている。また、警察においても、独自かつ積極的に、被災者の不安感の除去とその多様なニーズにこたえるための情報提供活動を行っている。

オ 防犯灯の整備
 被災地域においては、多くの防犯灯、街路灯が、損壊や電球切れを起こし、街が暗くなる夜間の危険度が増したため、犯罪、事故等の被害の不安を訴える市民の声が、警察に多数寄せられた。そこで、警察では、「街を明るくするライトアップ作戦」を1月26日よりスタートさせ、自治体や電力会社に対し、防犯灯、街路灯の新設・補修を強く働き掛けた結果、4月20日までに3,958灯が新設・補修された。
(3) 各種サービスの実施
ア 「行方不明者相談所」の開設及び全国の警察総合相談室の対応
 兵庫県警察では、肉親の安否を気遣う被災者等の切実な要望にこたえ、判明した死亡者、行方不明者等の届出に対応するため、平成7年1月18日から本部庁舎別館に「行方不明者相談所」を開設した。40人体制で対応し、大量の相談、照会に迅速に対応するため、死亡者照会についてはパソコンを活用し即時検索を実施するなど、3月31日まで相談受理に当たり、その間における受理件数は約1万4,700件に上った。
 また、兵庫県警察には、全国から、被災者の消息に関する問い合わせが殺到したことから、警察では、各都道府県警察の警察総合相談室でこれらを受理し、兵庫県警察からオンラインで提供される安否情報に基づき回答することができるようにした。1月22日から2月28日までの間、24時間体制で担当要員を配置し、期間中、警察総合相談室の専用電話(「#9110番」)には、全国で1万548件の問い合わせが寄せられた。
イ 「あじさい少年相談所」の開設等
 被災地域における少年の健全育成を図るため、兵庫県警察の少年相談専門職員等が神戸市補導センターの職員と合同で「あじさい少年相談チーム」(注)を編成し、避難所等を移動しながら少年相談所を開設して、生活環境の厳しい変化に遭遇した少年や保護者等の不安、悩み等に関する相談に応じた。
(注) 「あじさい」は、神戸市の市花である。
ウ 暴力相談の実施
 震災後、暴力団による復興工事への不当参入要求、土地の不法占拠、借地借家関係や土地の境界線をめぐるトラブルへの介入等が予想されたため、兵庫県警察及び暴力団追放兵庫県民センターでは、常設暴力相談所における相談受理体制を強化し、弁護士の参加も得て無料相談を実施するとともに、移動暴力相談車を利用した「巡回暴力相談所」を開設するなど、被災者のニーズに応じた相談活動を実施した。
エ 外国人に対する安否照会・相談活動
(ア) 外国人に対する安否照会
 警察庁では、外国からの安否照会に対応するため、ホットラインを設置した。3月16日までに受理した件数は1,218件で、最も多かったのはアメリカからの398件、次いでオーストラリアからの251件であった。
 また、ICPOルートによる安否照会は、4箇国12件(385人)に上り、そのうち7件(351人)が中国からの照会であった。
(イ) 外国人相談センターの設置
 兵庫県警察では、外国人被災者及び外国に居住する管内居住外国人の親族・知人等の相談に応じるため、英語・韓国語・中国語・スペイン語で利用できる「外国人相談センター」を設置した。3月16日までに受理した相談の件数は1,774件で、そのうち1,042件が親族・知人の安否確認、165件が生活の不安・帰国に関する相談であった。
オ 運転免許証の再交付窓口の設置
 兵庫県警察では、免許証が身分証明書として重要な役割を果たしている実態にかんがみ、震災により免許証を亡失した者のために特別の免許証再交付窓口を設け、即日に免許証を交付した。
カ 自転車の提供
 被災地域においては、鉄道交通網が遮断された上、バスやタクシー等の公共交通機関も道路の損壊や激しい交通渋滞により十分に機能できない状況にあり、市民の日常生活に著しく支障を来していた。このような状況の下、被災者やボランティアの手軽な足として、自転車に対するニーズが高まってきたことから、全国自転車問題自治体連絡協議会の協力を得て、全国の各自治体が条例に基づき撤去、保管している放置自転車のうち、所有権が自治体に移行したものを、(社)兵庫県防犯協会連合会が受け入れ、2月25日までに約3,050台の自転車を無料で避難所等へ提供した。提供を受けた避難所等においては、ボランティア等を中心とした自主的管理の下、これらの自転車の貸出しを行った。

(4) 震災に便乗した各種犯罪の発生とその取締り
ア 震災に便乗した悪質商法等の発生とその取締り
 阪神・淡路大震災の発生に伴い、これに便乗した悪質商法事犯等の発生が予想されたことから、警察は、このような事犯に対して、被害防止のための積極的な広報啓発活動を実施するとともに、徹底した取締りを行った。
〔事例1〕 建設会社の社員(43)らは、兵庫県尼崎市内の会社員等に対し、「当社と被災家屋の修理契約をすれば、行政から補助金が出る」などと虚偽の勧誘を行い、壊れた住宅の屋根や壁の修理契約をした。平成7年2月に訪問販売法違反(不実告知)で3人を逮捕(兵庫)
〔事例2〕 廃棄物処理会社の役員(26)らは、兵庫県尼崎市が震災廃棄物の集積場所を設けて廃棄物の受入れをしていることに便乗して、震災に関係のない建設廃材を集積場所に不法投棄した。3月までに廃棄物処理法違反で逮捕3人を含む9人を検挙(兵庫、大阪)
イ 暴力団による違法な行為の発生とその取締り
 阪神・淡路大震災に便乗し、暴力団員が違法、不当な行為によって資金の獲得を図っている実態が明らかとなったため、警察では、暴力団対策法を活用するなどして、これら違法行為に対する取締りを徹底している。
 また、暴力団員の違法、不当な行為による被害を防止するため、各種媒体を利用した積極的な広報活動により、震災につけ込む暴力団の手口を紹介するとともに、暴力団追放兵庫県民センター及び被害回復アドバイザー等による街頭キャンペーンを実施し、市民の暴力団排除意識の高揚を図った。
〔事例1〕 山口組直系組長(55)らは、阪神・淡路大震災の被災者に対し、兵庫県福祉協議会から生活福祉資金(災害援護資金)の特別融資が受けられることを奇貨として、被災事実がないにもかかわらず、また、二重借入れであることを隠して同貸付金の借入れを申し込み、総額630万円の交付を受けた。3月検挙(兵庫)
〔事例2〕 山口組傘下組織幹部(46)は、神戸市内の倒壊家屋の解体撤去及び建て替え工事を受注した建設会社の社員に対し、「マンション建設のとき、うちにも仕事をさせてくれ」などと告げ、同工事の一部の受注等を要求した。4月中止命令(兵庫)
ウ その他の犯罪の発生と取締り
 被災地域においては、人命救助や交通規制に大量の人員が必要となり、警察力が手薄になることから、震災に便乗した火事場泥棒等の犯罪の多発が懸念された。このため、警察では1月18日から、大阪及び岡山両府県警察の機動捜査隊員14人、車両7台を被災地の後方治安活動のために兵庫県に派遣した。この後1月31日及び2月1日に13府県警察から機動捜査隊員48人、車両21台の増強が行われ、2交替制で犯罪の検挙、警戒が行われた。
 これらの結果として、被災地の犯罪情勢は、オートバイ盗、乗物盗が増加した一方、侵入等が激減し、全体としては例年に比較して平穏に推移した。

5 災害時における情報通信の役割

 警察では、約4,000人の警察通信職員を全国に配置し、警察通信網の新設、保守等を行っており、災害の発生等により警察通信施設が被害を受けた場合においても、迅速に復旧を図り、第一線警察活動を支援している。
 阪神・淡路大震災に際しては、地震発生後、直ちに機動警察通信隊が通信を確保するとともに、施設の点検、被災施設の復旧を図った。
(1) 災害発生時の通信確保
 阪神・淡路大震災では鉄塔等の工作物に被害があったほか、建物自体に大きな被害を受けた警察署では、回線が切断される事態も発生した。しかしながら、警察では、地震における被害を受けても機能を維持できるように無線多重回線を複数のルートをとるように構成するなどの配慮をしているところであり、機能を完全に失うほどの被害を受けた警察通信施設はほとんどなかった。
 被災地における通信については、全国の通信部から約2,200台の携帯無線機を集めて対応した。家屋等の倒壊現場、住民の避難場所、交通規制箇所等で活動する警察官の相互又は警察本部、警察署との情報伝達や指揮命令のために車載無線機や署活系無線機等を活用した。また、通常は、主として広域犯罪の捜査に対応するためのWIDE通信システムを警察本部と警察署との間で不通となった警察電話の代用として活用したほか、被災現場で活動する各部隊の相互又は警察本部等との連絡に活用した。
 被災地の状況把握については、兵庫県警察及び大阪府警察のヘリコプターテレビから送られた被災現場や交通状況の映像を両警察本部に送るとともに、衛星通信車を現場に急行させて衛星通信回線を設定し、警察庁災害警備本部へもその映像を伝送した。
 被災した警察通信施設のうち、鉄塔などの工作物に関しては二次災害防止の措置をとり、また、倒壊した建物から交換機等を運び出して臨時に設置することで機能を確保した。電気通信事業者の施設が被害を受けて回線が切断されたことで110番を受け付ける装置に障害が発生したものについては、当該回線をシステムから切り離すなどの措置により機能を確保した。
(2) 機動警察通信隊の活動
 近畿管区警察局の各府県通信部に設置された機動警察通信隊は、地震発生後、直ちに被災地域に急行し活動した。
 兵庫県摩耶山にある無線中継所へは近畿管区警察局通信部から出動し、十分な通信の確保のために通信機器を臨時に設置した。震源地である淡路島については、兵庫県通信部や大阪府通信部からの出動が困難であったので、四国管区警察局徳島県通信部から出動し、無線中継所や警察署の警察通信施設の点検、警察官への通信資機材の配分及び運用上の技術指導等を行った。その他、全国の通信部から派遣された約40人の警察通信職員で編成された部隊が警察通信施設の点検、修理等を行った。
(3) 情報処理システムの活用
 全国から被災者に関する問い合わせが兵庫県警察に集中し、対応が困難となった。このため、警察電話を利用して都道府県警察等のパソコン間で情報交換を行う「第一線警察情報総合活用システム(FINDシステム)」を活用して、各都道府県警察においても死亡者に関する問い合わせに応じられるようにした。

6 阪神・淡路大震災を踏まえた主な対策と今後の課題

(1) 実施された主な対策
ア 広域緊急援助隊の設置
 警察では、阪神・淡路大震災の教訓等を踏まえ、大規模災害時に、都道府県の枠を越えて広域的に即応でき、かつ、高度の救出救助能力等を有する災害対策専門部隊として、全国の機動隊員、交通機動隊員等から成る広域緊急援助隊(総数約4,000人)を設置した。
 広域緊急援助隊は、国内において大規模な災害が発生し、又は発生しようとしている場合において、被災地又は被災が予想される地域を管轄する都道府県公安委員会の援助の要求により、直ちに警察航空隊のヘリコプター等で当該地域に赴き、被災状況・交通状況等に関する情報収集、救出救助活動、緊急交通路の確保のための措置及び緊急通行車両の先導等の活動に従事する。
 これらの活動を支えるため、広域緊急援助隊にはレスキュー車等の車両、生存者探査機、ファイバースコープ等の救出救助資機材、交通対策用装備資機材のほか、部隊が被災地で自活するための装備等を整備し、また、警察航空隊のヘリコプターの増強も図ることとしている。
イ 災害対策基本法の改正
 阪神・淡路大震災に対処するために行われた災害応急対策に従事する車両の通行が著しく停滞した状況等を踏まえ、災害対策基本法の一部を改正する法律が平成7年6月16日公布された。同法は、公布の日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとされている。
 同法の概略は、次のとおり、
・ 都道府県公安委員会による災害時における交通の規制に関する措置を拡充し、都道府県公安委員会は、当該都道府県又はこれに隣接し若しくは近接する都道府県の地域に係る災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、区域又は道路の区間を指定して、緊急通行車両以外の車両の道路における通行を禁止し、又は制限することができること
・ 通行禁止等が行われた場合の運転者の義務として、車両の運転者は、速やかに、当該車両を通行禁止等に係る道路の区間外又は道路外の場所へ移動しなければならないこととし、当該移動が困難なときは、できる限り道路の左側端に沿って駐車するなど緊急通行車両の通行の妨害とならない方法により駐車しなければならないこと
・ 警察官は、通行禁止区域等において、緊急通行車両の通行の妨害となる車両その他の物件の所有者等に対し、当該物件の移動等の措置をとることを命じ、命ぜられた者が当該措置をとらないとき又はその命令の相手方が現場にいないために当該措置をとることを命ずることができないときは、自らその措置をとることができることとし、この場合において、警察官は、やむを得ない限度において、当該車両その他の物件を破損することができることとするとともに、当該破損については、損失補償の対象とすること。また、警察官がその場にいない場合に限り、自衛隊法第83条第2項の規定により派遣を命ぜられた部隊等の自衛官又は消防吏員は、それぞれ自衛隊用緊急通行車両又は消防用緊急通行車両の円滑な通行を確保するため必要な措置をとることを命じ、又は自ら当該措置をとることができること
・ 国家公安委員会は、関係都道府県公安委員会に対し、通行禁止等に関する事項について指示することができること
とされた。
ウ 情報伝達機能の維持確保
 警察では、阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ、通信回線の信頼性及び安全性の向上を図るため、警察庁と道府県警察本部等とを結んでいる無線多重回線の2ルート化を完了させることとしているほか、各都道府県警察に衛星通信地球局の設備を整備することとしている。
 また、大規模災害発生時においても、迅速かつ的確に被災地の状況を把握するため、衛星通信車やヘリコプターテレビを整備することとしている。
 さらに、大規模災害の発生に際して、警察庁では、早期に初動措置に必要な情報収集を行うため、都道府県警察の通信指令室と被災現場の警察官との間で行われる無線通信の内容を警察庁及び管区警察局が同時にモニターできる体制を整備し対応している。
(2) 阪神・淡路大震災の教訓を踏まえた今後の課題について
 警察は、阪神・淡路大震災の未曾有の被害状況や人命救助・緊急交通路の確保等の災害応急活動における様々な教訓を踏まえて、今後の災害対策として、次のような課題に取り組む。
ア 初期における情報の収集・伝達・評価能力の向上
 人的被害や建物・ライフラインの損壊状況等全体の被害状況を早期に的確に把握するため、平素からライフライン等の重要施設、人口密集地等のデータを把握するとともに、早期に情報を収集し、的確な被害状況の評価を行い得るような体制を整備する。
イ 緊急救助・援助体制の整備
 警察署、交番等を地域における災害救助活動の拠点として整備し、また、災害救助用車両、装備資機材の整備と災害救助技術の向上を図るとともに、災害発生時に警察官等を早期に招集し得るような態勢を確立する。
 さらに、災害発生時における輸送協力の確保等が図られるよう平素から関係機関との連携の強化を図る。
ウ 災害に強い交通安全施設の整備
 広域的な大災害が発生した場合に、的確な交通状況の把握に基づく広域的な交通規制を実施するため、被災地内及び被災地周辺の運転者に対する関係地域内への進入禁止、う回路等の情報提供が即座に行えるような交通情報収集・提供施設、停電時にも安定して機能する信号機等の整備を進める。
エ 被災地の安全の確保その他被災住民のニーズにこたえる活動の強化
 災害発生時に、被災地における二次災害による被害の発生の防止及び被災民が避難した地域の治安の確保のため、各都道府県からの支援及びボランティアとの連携を含め、危険地域の警戒活動、窃盗犯罪、災害に便乗した悪質商法、民事介入暴力事犯等の防庄・検挙活動のためのパトロール、監視活動等を行うために必要な体制の整備を図る。


目次  前ページ