第10章 警察活動のささえ

1 警察職員

 我が国の警察組織は、都道府県を単位としており、都道府県公安委員会の管理の下に警察職務を直接遂行する都道府県警察が置かれ、これら都道府県警察を国家的、全国的な立場から指導監督し、又は調整する国の警察機関として、国家公安委員会の管理の下に警察庁が置かれている。警察庁及び都道府県警察に勤務する警察職員は、警察官、皇宮護衛官、事務職員、技術職員等で構成され、これらの職員が一体となって警察職務の遂行に当たっている。
 警察が治安維持の責務を全うしていくためには、現在警察で勤務している職員のおう盛な士気を維持するとともに、今後の警察を担っていく人材を確保していく必要がある。そのため、全国の警察を挙げて、職員の待遇改善、勤務環境の整備等に努めているところであり、現在の職員のみならず、将来警察で勤務する者にとっても、更に魅力のある職場づくりを積極的に推進しているところである。
(1) 定員
 警察職員の定員は、平成6年4月1日現在、総数25万9,098人で、その

表10-1 警察職員の定員(平成6年)

内訳は、表10-1のとおりである。5年度は、地方警察職員たる警察官の増員は行われず、警察官一人当たりの負担人口は、全国平均で561人となり、前年度に比べ負担が増大した。
(2) 教育訓練
 警察官には、逮捕、武器使用等の実力行使の権限が与えられており、また、自らの判断と責任で緊急に事案を処理しなければならない場合も多いことから、職務執行を適正に行うためには、高度な実務能力と円満な良識を兼ね備えていなければならない。このため、警察では、日常的に職場教養を実施するとともに、警察学校において、新たに採用した警察官に対する採用時教養、各階級昇任者に対する昇任時教養、専門分野に応じた各種の専科教養等の集合研修を実施するなど、あらゆる機会を通じてきめ細かな教養を行い、各階級、各職種において求められる実務能力のかん養に努めるとともに、柔道、剣道、逮捕術、けん銃操法、体育等の術科訓練を通じて、体力、気力の充実及び職務執行に必要な技能の習得に努めている。
 警察学校における教養の中で特に重要なものは、採用時教養である。そこでは、新たに採用した警察官に対して、警察官として必要な法律知識や技能を身に付けさせるとともに、部外講師を招へいして情操教育を実施するなど豊かな人間性をはぐくむための教育訓練を行っている。また、警察学校における教育効果を高めるためには、教室や生徒寮等の施設の充実をはじめとする教育環境の整備が不可欠である。そのため、学生が快適な居住環境の下で生き生きと学校生活を送れるように、学生のプライバシーを十分配慮した生徒寮の改善、ゆとりのあるカリキュラムや十分な自由時間の設定等の工夫を行っている。

 職場教養としては、警察官の能力開発の基本的な手法として日常的に職場指導を実施するとともに、人材の幅広い育成を図るため、海外研修制度、各種資格取得奨励制度等の拡充に努めている。特に海外研修制度については、語学力と実務能力を兼ね備えた職員の育成を図るため、青年警察官を対象とする海外研修のほか、国際捜査研修所(警察大学校の附置機関)及び都道府県警察において、国際捜査官の職務に必要なアジア系言語等の語学研修を主とした海外研修を行っている。
 なお、平成6年度から、卓越した専門的技能や知識を有する職員を「警察庁指定広域技能指導官」に指定し、警察職員に対する広域的かつ専門的な技術指導に当たらせている。
 また、警察官に求められる職業倫理の確立と使命感の醸成を図るため、その指針として設けた「警察職員の信条」を中心とする職業倫理教育に力を入れているほか、市民の立場から親切かつ適切に職務を行うため、民間企業への派遣研修、部外講師による接遇マナー講習会、応接指導者研修等を行い、市民応接に対する基本的心構えを学ぶとともに、応接態度や言葉遣い等の向上を図っている。
(3) 勤務
ア 警察職員の勤務
 警察では、昼夜を分かたぬ治安維持の責務を果たすため、24時間警戒体制を確保している。そこで、地域警察官をはじめ全警察官の4割以上は、交替制勤務で3日ないし4日に1度の夜間勤務を行っている。交替制勤務者以外でも、警察署に勤務する警察官の多くは、6日に1度程度の割合で夜間勤務に従事している。また、突発事件、事故の捜査等のため、勤務時間外に呼び出されることもある。
 このため、警察官をはじめとする警察職員の勤務条件、給与、諸手当等の待遇について、常に改善を検討しており、これまで、駐在所勤務員の複数化、交番等の勤務環境の改善、階級別定数の見直し、巡査長制度の見直し、完全週休二日制導入に伴う勤務制度の改善等を図ってきたが、今後とも職員の待遇の改善を積極的に推進することとしている。
 勤務時間については、警察庁及び都道府県警察において平成4年中に完全週休二日制が導入された。このため、警察では、治安維持の責務を全うしつつ、週40時間勤務制に対応できるよう、勤務制度や業務処理方法の改善、人員の効率的運用等を推進しているところである。さらに、夏季等における休暇の連続取得の普及や年次休暇の計画的取得の促進を図るなど、職員が休暇を取得しやすい環境づくりも積極的に推進しているところである。
〔事例〕 各都道府県警察では、いわゆるリフレッシュ休暇制度を導入し、各種表彰を受賞した職員等が一定期間の連続休暇(年次有給休暇)を容易に取得できるようにしており、さらに、互助会等から旅行補助等の助成等が行われている。
イ 警察官の殉職、受傷
 警察官は、個人の生命、身体及び財産を保護し、公共の安全と秩序を維持するため、自らの身の危険を顧みず職務遂行に当たり、職に殉じたり受傷したりする場合がある。5年においては、降雪中の高速道路上において車両誘導していた警察官が、スリップ滑走してきた大型貨物自動車にはねられ死亡する事案、警ら中の警察官が包丁を持った男に襲われ死亡する事案等が発生した。
 このように、職に殉じたり、受傷した警察官又はその家族に対しては、公務災害補償制度による補償のほか、子弟に対する奨学金等各種の手厚い保護措置がとられている。
〔事例〕 4月17日午後1時ころ、警視庁のA警部補(59)は一人で警ら中に、いきなり包丁を持った犯人に襲われ、これを逮捕しようとした際に刺され殉職した。同人の遺族に対しては、特殊公務災害として法律に基づく給付金が支給されたほか、同人の果敢な職務執行をたたえるために、国や都から賞じゅつ金等が支払われた。
(4) 婦人警察職員
 平成6年4月1日現在、都道府県警察には、婦人警察官約5,800人、交通巡視員約1,900人、少年補導員約730人、一般職員約1万3,300人の女性が勤務しており、それぞれの分野で活躍している。

 5年度においては、新たに2県で婦人警察官の採用試験を実施したことにより、6年度からは全国の警察に婦人警察官が配置されることとなった。また、婦人警察職員の働く分野も次第に拡大され、現在では、交通指導取締り、少年補導、女子の留置、保護、広報等のみならず、犯罪捜査、鑑識活動、警衛、警護、警備、情報分析等の様々な分野に及んでいる。6年2月には、初の警察署長が誕生し(警視庁)、女性の上級幹部への登用も進められている。また、民間企業と契約した「ベビーシッター制度」が導入される(警視庁、京都)など、女性が働きやすい職場環境の整備も積極的に進められており、今後は、警察庁を含めた各警察組織において、更に多くの婦人警察職員が幅広い職域で活躍することが期待されている。
(5) 採用への総合的な取組み
 平成5年度に都道府県警察の警察官採用試験を受験した者は約6万6,000人、合格した者は約4,500人(うち大学卒業者は約2,600人)であり、競争率は14.8倍であった。
 警察官としてふさわしい能力と適性を有する人材を確保することは、警察力の基盤強化を図る上で極めて重要な意義を有しており、このため警察ではこれまでも人材の確保に努めてきた。しかし、今後、警察官の採用必要数が増加していくことが見込まれる反面、若年人口は減少していくことなどから、警察官の採用をめぐる情勢についても、厳しさを増すことが予想される。このような情勢を踏まえ、今後とも人材の確保を図るため、勤務環境を改善するとともに、快適な独身寮の整備、拡充等をはじめとする各種施設の整備を図るなど、魅力ある職場づくりのための施策を積極的に推進している。
 また、悪質、巧妙化する知能犯や急増する来日外国人犯罪に対処するため、財務等に関する専門的知識、実務能力を有する者や外国語による折衝能力を有する者の警察官としての中途採用を推進している。
〔事例1〕 5年3月、本部会計課一般職員を巡査部長で採用、警部補に昇任させ、警察署の知能犯係長として配置したほか、6年4月、現に日系現地法人(商社)等で勤務する会社員2人を国際犯罪捜査官として巡査部長で採用した(長野)。
〔事例2〕 6年2月、公認会計士を財務捜査官として警部で採用した(千葉)。
〔事例3〕 6年4月、公認会計士2人を財務捜査官として警部で、特殊情報処理技術者をコンピュータ犯罪捜査官として警部補で、それぞれ採用した(警視庁)。
(6) 国民の立場に立った警察運営
 警察運営が国民の期待と信頼にこたえたものとなるようにするためには、すべての警察職員が職責を自覚し、そのもてる能力を十二分に発揮して、職務に精励することが大切である。そこで、警察庁及び各都道府県警察に設置している「業務適正化委員会」において、職務執行をめぐる過去の教訓等を踏まえながら、警察各部門における業務運営や服務に関する問題点を抽出して、現場活動等の充実、強化等の具体的かつ効果的な業務改善方策等を講じることとしている。

2 協力援助者等に対する救済

(1) 警察官の職務に協力援助した者等に対する救済
 市民が社会公共のため現行犯人の逮捕、人命救助等警察官の職務に協力援助して、負傷し、疾病にかかり、障害を負い、又は死亡した場合は、本人やその家族の生活の安定を図るため、その程度に応じて国又は都道府県が救済を行っている。
 平成5年に、警察官の職務に協力援助して死亡し、又は受傷した市民は、死者9人、受傷者18人で、前年に比べ、死者は3人、受傷者は9人それぞれ減少した。
〔事例〕 川岸の道路沿いに住む男性(35)は、川で溺れ、助けを求めている二人の中学生に対して、家にあったゴムホースで一人を救助し、もう一人を救助するため増水し、渦を巻いている川に飛び込んだが、力尽きて死亡した。これに対しては、葬祭給付及び遺族給付が支給された(岩手)。
(2) 犯罪被害者等に対する救済
 犯罪被害者等給付金制度は、通り魔殺人や爆弾事件等故意の犯罪行為により不慮の死を遂げた被害者の遺族又は身体に重大な障害を負った被害者に対して、社会の連帯共助の精神に基づき、国が遺族給付金又は障害給付金(以下「給付金」という。)を支給し、その精神的、経済的打撃の緩和を図ろうとして創設されたものであり、昭和56年1月1日から実施されている。
 被害者又は遺族からの給付金の申請に対する都道府県公安委員会の裁定等の状況をみると、制度創設以来13年間に2,922人に対して総額約65億2,800万円の給付金が支給されている。

3 予算

 警察予算は、国の予算に計上される警察庁予算と各都道府県の予算に計上される都道府県警察予算とで構成される。警察庁予算には、警察庁、管区警察局等国の機関に必要な経費だけでなく、都道府県警察が使用する警察用車両やヘリコプターの購入費、警察学校等の増改築費、特定の重要犯罪の捜査費等の都道府県警察に要する経費や都道府県警察への補助金が含まれている。
 平成5年度の国の予算編成においては、厳しい財政状況の下においても現在の治安水準を維持するため、暴力団対策の強化、重大テロ・ゲリラ対策の強化、銃器対策の充実強化、地域警察の刷新強化等について、重点的に予算措置している。5年度の警察庁当初予算は、総額2,314億3,000万円で、前年度に比べ179億6,600万円(8.4%)増加し、国の一般会計予算総額の0.3%を占めている。
 なお、5年度の国の予算においては、厳しい経済情勢に対応するため、三次にわたる補正予算が組まれ、警察庁予算においても、警察学校等の改修やワイドシステムの整備等の経費として371億1,100万円の予算措置がなされた。第三次補正後の警察庁予算の内容は、図10-1のとおりである。
 5年度の都道府県警察予算は、各都道府県において、それぞれの財政事情、犯罪情勢等を勘案しながら作成されているが、その総額は3兆1,505

図10-1 警察庁予算(平成5年度第三次補正後)

図10-2 都道府県警察予算(平成5年度最終補正後)

億7,800万円で、前年度に比べ1,581億2,300万円(5.3%)増加し、都道府県予算総額の6.1%を占めている。その内容は、図10-2のとおりである。
 警察庁予算と都道府県警察予算の合計額(重複する補助金額を控除した額)の国民一人当たりの金額は、約2万8,000円となる。

4 装備

(1) 制服の変更
 警察官及び交通巡視員の制服の大幅な変更が、男子警察官については昭和43年以来26年ぶり、婦人警察官及び交通巡視員については昭和51年以来18年ぶりに行われた。

(2) 車両、船舶、航空機
ア 車両
 警察用車両には、捜査用車、鑑識車等の刑事警察活動用車両、交通パトカー、白バイ、交通事故処理車等の交通警察活動用車両、警らパトカー、移動交番車等の地域警察活動用車両等があり、現有警察用車両の用途別構成は、図10-3のとおりである。

図10-3 警察用車両の用途別構成(平成5年度)



 平成5年度は、暴力団対策や重要事件捜査等のための刑事警察活動用車両、高速道路用の交通指導取締り用車両、薬物乱用取締り用車両、駐在所用のミニパトカー、重大テロ・ゲリラ対策用の車両等の増強整備を図るとともに、既に配備されている警察用車両についても、耐用年数を経過して特に減耗度の著しい車両を重点に更新整備を図った。今後も、警察事象の広域化、悪質化に的確に対応していくためには、警察機動力のかなめである警察用車両の整備、充実を一層推進していく必要がある。
イ 船舶
 警察用船舶は、全長5メートル級から23メートル級のものが合計229隻あり、港湾、離島、湖沼等に配備され、覚せい剤等の密輸事犯の取締り、水難救助、多様化する水上レジャーに関する安全指導等の水上警察活動に活用されている。今後の警察用船舶の整備に当たっては、水上警察事象の広域化、高速化に対応するため、より大型化、高速化、高性能化を図っていく必要がある。

 なお、水上警察活動については、第1章第1節2(2)ア参照。
ウ 航空機
 警察用航空機は、空からのパトロール、犯人の捜索や追跡等の捜査活動、交通指導取締り、救難救助等警察活動全般にわたる幅広い分野で活動している。平成5年度は、北海道警察の中型ヘリコプター1機の老朽化による減耗更新を実施した。現在、警察用へリコプターの配備数は、47都道府県警察に合計64機となっている。今後とも、高速性、広視界性に優れた警察用航空機の各都道府県警察における複数配備を推進していく必要がある。

 なお、警察用航空機の活動については、第1章第1節2(2)ウ参照。
(3) 装備資機材の開発
 警察では、警察活動の基盤となる装備資機材に、最先端科学技術を導入することによって、警察業務の効率化と高度化に努めている。
 平成5年度においては、第一線警察からのニーズが強い受傷事故防止用資機材、要人警護用資機材、銃器対策用資機材、爆発物処理対策用資機材等の開発、改善及び整備に努めた。

5 警察活動と情報通信

 警察では、警察活動の円滑な遂行を図るため、各種情報の伝達が迅速、的確に行われるように、各種情報通信システムの整備を推進している。
(1) 第一線警察活動のささえ
ア 通信指令システムの高機能化
 警察では、通信指令室の.業務の迅速化、効率化を図るため、110番通報により認知した犯罪等に関する情報をコンピュータにより伝達、処理する新しい通信指令システムの整備を推進している。
 また、現場への急行指示をより効果的に行うため、自動的にパトカーの現在位置とその活動状況を通信指令室に表示するカーロケータ・システムの導入も図っている。
イ 第一線からの照会への即応
 警察庁では、警察活動を迅速・効率的に行えるよう、都道府県警察から手配された「人」(家出人等)、「車」(盗難車両等)、「物」(盗難品等)に関するデータを大型コンピュータで管理し、全国の第一線警察官からの照会に対して、即時に手配の有無を回答するシステムを運用している。また、パトカーからの照会やパトカーへの緊急配備の指令の迅速化、確実化を図るための「パトカー照会指令システム」も活用している。このシステムにより、パトカーに搭載された端末装置から、警察庁のコンピュータに盗難車両等の照会を直接行うことができるほか、通信指令室からの指令をパトカーの端末装置のディスプレイに表示することもできる。
 さらに、盗難車両等の早期発見のため、「自動車ナンバー自動読取システム」や携帯型コンピュータを使用した「車両検索システム」の整備を行い、大きな成果を挙げている。
ウ 第一線警察情報総合活用システム
 警察では、警察活動を効率的に行うため、平成5年10月から、警察電話回線を利用して都道府県警察等のパソコン間で情報交換を行う「第一線警察情報総合活用システム:ファインド(FIND:Frontline Information Developing)システム」の運用を開始した。
(2) 広域化する警察活動への対応
ア ワイドシステムの整備
 警察では、近年の犯罪がますます広域化、スピード化の傾向を強めていることから、複数の都道府県にまたがる広域犯罪に柔軟に対応できるよう、一斉通信機能と個別通信機能等を併せ持ち、傍受、妨害に強いデジタル通信方式の「ワイド(WIDE:Wireless Integrated Digital Equipment)システム」を開発、導入している。

 一斉通信機能は、広域犯罪の捜査において、関係する都道府県警察の捜査用車等の間に都道府県境を越えた専用の通信系を構成するものであり、個別通信機能は、捜査用車等に搭載された車載端末から、他の車載端末、警察電話、一般の加入電話等と個別に通信できる機能である。このほか、一般の自動車電話にはないホットライン機能(受話器を上げるだけでダイヤルすることなく特定の車載端末等に接続できる機能)や優先接続機能(空いている通信回線がない場合に、使用中の回線を切断して、緊急の通信を行うことができる機能)等も備えている。警察では、広域犯罪の捜査はもとより警察活動全般を支援するため、早期に全国整備を図ることとしている。
イ 衛星通信の活用
 警察では、地震災害、航空機墜落事故等の発生に伴う警察活動において、時々刻々変化する現場の状況を正確に把握して、現場の警察官への的確な指示、関係機関との円滑な連絡、調整等を行うため、衛星通信を活用している。
 平成5年末現在、衛星通信用地球局の設備を警察庁及び沖縄県警察本部に各1台、近畿管区警察局及び静岡県警察本部に各2台(うち各1台は車両に搭載した可搬型設備)整備しており、映像伝送のほか、音声、データ等の情報の伝送にも活用している。

(3) 犯罪捜査の効率化
ア 指紋の照合
 警察庁では、昭和57年10月から「指紋自動識別システム」を導入して指紋の登録を開始し、58年10月から被疑者の遺留指紋と登録された指紋を照合する業務を、59年10月から被疑者の余罪及び身元の確認を行う業務を開始して、犯罪捜査の効率化を図っている。
イ 画像情報検索システム
 警察では、都道府県警察で保管している被疑者写真、犯罪手口原紙等の画像情報を警察庁の光ディスクに登録し、各都道府県警察からオンラインで検索できる「画像情報検索システム」を整備している。このシステムは、犯人の顔つき等の目撃情報と合致した被疑者写真を回答するなどの機能を有しており、犯罪捜査の効率化に貢献している。
ウ 捜査情報交換システムと多角照合システム
 「捜査情報交換システム」は、複数の都道府県にわたり、かつ、同一犯人によると考えられる犯罪について、各都道府県警察が保有する情報を警察庁の大型コンピュータを介して交換するシステムである。
 また、「多角照合システム」は、捜査情報交換システム等によって集められた情報の関連性を分析することにより、被疑者の絞り込みを支援するシステムである。
エ コンピュータのネットワーク化
 都道府県警察では、犯罪捜査等の効率化を図るため、警察本部の大型コンピュータ、警察署の端末装置等から成るシステムを構築している。さらに、交番等に端末装置を整備するとともに、警察署の端末装置をコンピュータに置き換えて、システムの機能強化を図っている。
 警察庁では、都道府県警察本部の大型コンピュータと警察庁の大型コンピュータを結ぶネットワークを整備しており、これに各都道府県警察のシステムを接続することにより、より広範囲に及ぶネットワークの構築を図っている。
(4) 窓口業務の効率化
ア 運転免許業務
 平成5年末現在、運転免許保有者数は6,500万人を超えている。警察では、迅速な免許証交付、免許証の二重取得の防止等を図るため、運転免許保有者に関するデータを警察庁のコンピュータで管理している。また、交通違反に関するデータも管理しており、免許の取消し、停止等の行政処分の効率化を図っている。
イ 警察署の窓口業務
 市民サービス向上のため、警察署における窓口業務である遺失拾得物受理業務、自転車防犯登録業務等を迅速、的確に処理できるよう、コンピュータを活用して効率化を図っている。
(5) 基盤となる通信施設
ア 無線多重回線
 警察自営の無線多重回線は、警察庁と各管区警察局等を結ぶ管区間系無線多重回線及び管区警察局と管区内の各府県警察本部等を結ぶ管区内系無線多重回線等から構成されている。警察では、通信回線の品質、信頼性及び安全性を向上させるため、無線多重回線のデジタル化(PCM方式)及び2ルート化を推進している。
 管区間系無線多重回線は、2ルート化を完了したほか、札幌から福岡に至る第1ルートのデジタル化を終え、現在は、第2ルートのデジタル化を推進中である。
 管区内系無線多重回線は、現在、2ルート化及びデジタル化を推進しており、都道府県警察本部と警察署を結ぶ回線についても、一部デジタル化を推めている。
イ 警察電話
 警察電話は、警察が独自に整備、運用しているもので、交換機、伝送路、電話機等から構成されており、警察本部、警察署はもとより交番、駐在所でも利用されている。警察では、無線多重回線のデジタル化と併せて、データ、画像情報の伝送にも効率的に対応できるデジタル電子交換機の整備を推進し、警察電話の機能強化を行っている。
ウ 警察移動無線
 警察移動無線には、パトカー、白バイ、船舶、ヘリコプター、警察署等の警察官が相互に通信するための車載無線、パトロール中の警察官が相互に又は警察署と通信するための署活系無線、捜査、警備等において、捜査員、機動隊員等が相互に通信するための携帯無線等がある。
 警察では、これら警察移動無線について、音声だけではなく、データ等の多様な情報の伝達にも効率的に対応でき、傍受、妨害にも強い高度な通信方式であるデジタル通信方式を開発、導入している。現在までに車載無線、携帯無線のデジタル化はほぼ完了し、引き続き、署活系無線等のデジタル化を推進している。
エ ファクシミリ
 警察では、警察庁、管区警察局、都道府県警察本部等の間に、文書、図面等を伝送する文書用ファクシミリ及び指紋、足痕跡等の写真を伝送する写真用ファクシミリを整備しており、都道府県警察本部と警察署等の間も、文書用ファクシミリでつないでいる。また、暴力団対策及び薬物事犯対策の一環として、担当部門が情報交換を行えるように、警察電話回線等を利用したファクシミリの整備を推進している。
(6) 機動通信隊の活動
 災害警備をはじめ警衛、警護、捜査等の警察活動では、現場の警察官から警察本部等への報告や連絡、警察本部等から現場の警察官への指揮、命令等を円滑に行えるように通信の確保を図らなければならない。現場に利用できる通信機器がない場合、既存の通信機器だけでは不十分な場合等には、臨時の通信機器を設置することが必要となる。このため、警察では、機動通信隊を出動させ、臨時の通信機器の設置、維持、通信運用の指導、調整等の活動を行っている。
〔事例〕 平成5年7月12日に発生した北海道南西沖地震の際、奥尻島では、島内のほとんどが停電状態となり、電話も不通となった。このため、北海道警察通信部函館方面通信部では、機動通信隊を出動させ、発動発電機による駐在所の通信用電源の確保、応急用無線電話機の設置等の通信回線の確保に当たるとともに、携帯無線機等の増強配備を行い、災害警備活動を支援した。
 さらに、近畿管区警察局通信部の応援を受けて衛星通信車を奥尻島対岸の大成町役場へ急行させ、島内の被害状況及び災害警備活動状況の映像を北海道警察本部及び警察庁へ伝送することにより、状況把握及び指揮の円滑化を図った。
(7) 情報処理に関する技術的研究
 警察では、警察活動の効率化を推進するため、最先端の画像処理技術、パターン認識技術等を応用した各種情報処理システムの研究、開発を行っている。平成5年度は、コンピュータウイルス対策、掌紋自動識別システム、警察情報管理システムのダウンサイジング化等に関する調査、研究を実施した。

6 留置業務の管理運営

 平成5年末現在、全国の留置場数は1,267場で、年間延べ約230万人(1日平均約6,300人)の被逮捕者、被勾留者等が留置されている。  警察では、留置業務については、捜査を担当しない総(警)務部門において担当することとし、捜査と留置の分離の徹底を図っているところである。
 また、留置場施設については、被留置者の人権に配意しつつ、その改善、整備に努めている。例えば、被留置者の防御権の尊重という観点から、接見室の拡張を進めている。また、被留置者のプライバシーを保護するとともに、その居住環境の改善を図るため、留置室を横一列の「くし型」に配置し、その前面にはしゃへい板を設置することとしているほか、留置室内トイレの構造の改善、感染症対策資器材の設置、留置場内の冷暖房化、ラジオ、日刊新聞紙の設置等の施設改善を進めている。さらに、急増する外国人被留置者の処遇の適正を図るため、洋式便器やシャワー装置を設置したり、被留置者の母国語の音声と文字によって留置場における処遇等を教示できる機器の整備に努めているところである。



 警察庁では、以上のような留置業務の運用面、施設面での適正さを確保しつつ、被留置者の処遇の全国的斉一を図るため、全国の留置場について計画的に巡回視察を実施している。
 ところで、警察の留置場については、被留置者の処遇の内容、設置の根拠等が法律上は必ずしも明確でないことから、留置場に関する現行の法体系を整備するよう各方面から指摘されてきたところである。そこで、監獄法の改正が行われるのを機会に、法制審議会の答申の趣旨に沿って、被留置者の処遇の内容を定め、警察の留置場に留置される被勾留者等と拘置所に収容される者との処遇の平等を保障するとともに、捜査と留置の分離を法律上の制度として明確にするため、刑事施設法案と一体のものとして留置施設法案を策定した。この法律案は、3年4月、第120回国会に上程されたが、5年6月、衆議院の解散に伴い、審査未了となった。

7 警察活動の科学化のための研究

(1) 科学警察研究所における活動
 科学警察研究所では、犯罪事件の科学捜査、少年非行の防止、犯罪の予防、交通事故の防止等に関する研究、実験とその研究成果を応用した鑑定、検査を行っているほか、鑑定技術についての研修を実施している。
ア 平成5年度における主な研究
 平成5年度の研究は、前年度からの継続研究38件、新規研究34件の合計72件であるが、その主なものを挙げれば、次のとおりである。
〔研究例1〕 DNA型分析による個人識別法に関する研究
 人の血痕、体液斑痕、組織片等に含まれているDNAは、時間の経過とともに分解されるため、MCT118型又はHLADQα型のDNA型検出が困難な場合がある。このため、多様な鑑定資料からのDNA型検出を可能にする3、4塩基の繰り返しから成る短鎖DNA部位を用いたDNA型検出法の開発、研究を行っている。
 また、鑑定資料への外部環境の影響や経時的変化等について詳細に検討し、各種鑑定資料に適したDNA型鑑定法の確立を目指した研究を行っている。
〔研究例2〕 覚せい剤中の微量成分分析による薬物照合システムの実用化に関する研究
 押収された覚せい剤から、その密売ルートに関する情報を得ることを目的として、覚せい剤中に微かに残存する反応原料、反応中間体、副生成物等の不純物を詳細に分析、比較し、異なる場所で押収された薬物の流通経路の同一性を評価する研究開発を進めてきた結果、同時に分析した薬物の評価方法を確立した。さらに、この研究成果を基に、新たに押収された覚せい剤と以前に押収された覚せい剤との関連性を、全国ネットで検索、照合するシステムを実用化するための研究に取り組んでいる。
〔研究例3〕 犯罪手口情報に基づく被疑者のコンピュータ検索手法の研究
 犯罪手口は、複数の犯行を経ても比較的不変であることから、物的証拠が不十分な事案においては、犯人特定のための重要な手掛かりとなる。そこで、犯罪手口の不変性を利用して犯人を検索する手法の研究を進めてきた結果、新たに発生した事件の犯罪手口情報と犯罪歴保有者の過去のデータをコンピュータで照合し、各犯罪歴保有者が犯人である可能性を数量的に表示する手法を開発した。シミュレーション評価では、この手法が十分な精度をもつことが示されている。
〔研究例4〕 音声自動識別システムの実用化に関する研究
 誘拐事件、企業恐喝事件等に際して、電話による犯人の音声は、重要な手掛かりである。既に、2つの音声の同一性を評価する音声自動識別システムを一部実用化しているところであるが、さらに、聴覚による音声の識別、分類の研究結果を基に、システムを改良するための研究に取り組んでいる。
〔研究例5〕 学校週5日制が少年の生活に及ぼす影響に関する研究
 学校週5日制が少年の生活に及ぼす影響について、中学生、高校生を対象に調査を行い、生活の変化に関する分析を行った。
〔研究例6〕 効果的な運転教習方法に関する研究
 指定自動車教習所教習カリキュラムの抜本的見直しのための、教習カリキュラム案及び技能試験基準案による実験教習を行った結果、新しい教習方法における効果と問題点並びに新技能試験基準案による技能試験結果について詳細な資料が得られ、教習カリキュラム及び技能試験基準を定める道路交通法施行規則等の改正に効果的に活用された。
〔研究例7〕 交通制御による大気汚染低減対策の評価用シミュレータに関する研究
 交通信号制御による交通流の管理対策を行った場合に、自動車から排出される窒素酸化物等の濃度を低減させる効果を推定するためのシミュレータを開発した。このシミュレータは、推定する場所の道路形状、交通状態、交通規制状況、信号制御状態等のデータを対話形式で入力することにより、推定結果をグラフ等視覚的に出力することができる。
 5年10月、科学警察研究所が中心となり、乱用薬物分析に関する国際ワークショップを開催し、乱用薬物の機器分析、現場スクリーニング法、不純物プロファイル分析について、外国人30人を含む約150人の研究者から合計40題の研究発表が行われた。
 国際学会では、頭蓋・顔写真スーパーインポーズ像の解剖学的合致性に関する研究、コンピュータを利用した顔貌復元システム、DNA型分析を応用した微細・腐敗組織片からの個人識別、日本における飲酒運転と呼気中アルコール検査の現状、単繊維異同識別のための色調測定法の検討(8月、第13回国際法科学会、ドイツ)、アレリックラダーとDNA型解析装置を用いたポリアクリルアミドゲル電気泳動によるMCT118座位DNA型判定(第4回個人識別のための国際シンポジウム、米国)、キャピラリーガスクロマトグラフィーによる不法覚せい剤中の不純物プロファイル分析(2月、第45回米国法科学会、米国)、暴力団が少年に及ぼす影響に関する研究(8月、第11回国際犯罪学会、ハンガリー)、数理モデルによる日本の出生コホートの補導経歴の専門分化と多様性(10月、第45回アメリカ犯罪学会、米国)等について発表を行った。
 国内の学会では、長骨徴密質の組織構造からの年齢推定(4月、第77次日本法医学会総会)、ヘッドスペースキャピラリーガスクロマトグラフィーによる血液中シアンの定量法(3月、日本薬学会第113年会)、法科学鑑定におけるDNA型分析(6月、第43回電気泳動学会春季大会)、超高感度マススペクトロメトリーによるトリアゾラム代謝物の分析(6月、日本法中毒学会第12年会)、顔写真による目撃者の同定判断(9月第60回日本応用心理学会)、余暇拡大が少年の生活に及ぼす影響(10月、日本犯罪心理学会第31回大会)等についての発表を行った。
イ 鑑定、検査
 科学警察研究所では、都道府県警察をはじめ、裁判所、検察庁、海上保安庁等から嘱託を受けて、高度の技術を要する鑑定、検査を行っており、5年中の処理件数は2,183件で過去最高であった。内訳は、法医関係76件、化学関係87件、文書、偽造通貨814件、銃器関係1,143件、工学関係63件であった。
 主な鑑定事例としては、大阪府、滋賀県等で発生した偽造1万円札(和D-53号)の「通貨偽造同行使事件」、鳥取県で発生した産婦人科医院から新生児が誘拐された「未成年者略取誘拐事件」、大阪府の大阪南港ニュートラム住之江公園駅構内における負傷者多数を伴う列車衝突事故の「業務上過失傷害事件」等のほか、重要・凶悪事件の鑑定・検査を実施した。
ウ 研修、研究発表会
 科学警察研究所では、附属の法科学研修所において、都道府県警察の鑑定技術職員を対象とした研修を実施している。法科学研修所の研修課程は、養成科、現任科、専攻科及び研究科に分かれており、研修生約250人に対して、法医、化学、工学、文書、ポリグラフ、指紋、写真、足こん跡に関する教育実習を行った。特に、5年度では個人識別に有効なDNA型鑑定技術に関する研修を専攻科に導入して行った。そのほか、鑑定技術職員延べ約450人の参加の下に、法医、化学、心理、機械、音声、物理の各部門について鑑識科学研究発表会を開催した。また、交通管理技術に携わる全国の職員約140人の参加の下に、交通管理技術研究発表会を開催した。
(2) 警察通信研究センターにおける研究
 警察通信研究センターでは、音声処理技術、誤り制御技術、通信網構築技術等に関する研究を行うとともに、これらを応用した新しい警察通信機器の開発等を行っている。
 平成5年は、電子情報通信学会において、新デジタル移動無線通信システム、携帯無線機の装着位置による影響等について発表を行った。
〔研究例1〕 デジタル携帯無線機等の小型化に関する研究
 パトロール、捜査等で使用するデジタル携帯無線機の小型化、軽量化を図るため、回路の1チップ化、部品の小型化、低電圧化、電池の大容量化等の研究を行うとともに、最小限の送信出力で通信できるよう回線試験を行っている。また、ワイドシステムの小型携帯無線機を開発中である。
〔研究例2〕 警察通信ネットワークの高度化に関する研究
 警察通信ネットワークを高度化するため、多様な情報を効率的に処理できる端末装置の開発及び輻輳、障害等の発生に柔軟に対応できる通信ネットワークの研究を行っている。
〔研究例3〕 画像伝送システムに関する研究
 災害現場、警備実施現場の状況を正確に把握するため、警察移動無線を用いて写真、準動画を電送できる携帯型の画像伝送システムの開発に取り組んでいる。


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