第8章 公安の維持

 平成4年は、3年に引き続き、内外ともに様々な動きがみられた年であった。
 国内では、ブッシュ米国大統領来日、自衛隊海外派遣反対闘争、天皇皇后両陛下中国御訪問等に伴う重要警備が相次いだ。極左暴力集団は、「PKO」、「天皇訪中」を最大の闘争課題として掲げ、個人テロを主流とした凶悪なテロ、ゲリラ事件を引き起こした。右翼は、運動の重点を「反体制・国家革新」に移しつつあり、政府、与党要人を主な対象としたテロ、ゲリラ事件を引き起こした。また、党創立70周年を迎えた日本共産党は、第16回参議院議員通常選挙では後退を最小限に食い止めるなど、引き続き底固い党勢力を維持した。
 国外では、冷戦構造の崩壊に伴い、国際情勢に大きな変動がみられ、民族対立等を背景とする地域紛争が顕在化し、旧ユーゴスラビア、カンボディア等における紛争については国連がその解決に乗り出した。国際テロも民族、宗教色を強め、イスラム原理主義過激派組織等によるテロ事件が頻発した。このような国際情勢の下、旧ソ連の情報機関を継承したロシアは引き続きスパイ活動を展開し、北朝鮮は国交正常化に向け対日諸工作を活発化させた。戦略物資輸出規制については、旧ソ連、東欧情勢の変化に伴い、ココム規制の大幅な緩和が図られた一方、湾岸危機等を背景として、不拡散型輸出規制が強化された。日本赤軍は、国内、アジア志向を強め、特に自衛隊のカンボディア派遣反対闘争を呼び掛けた。
 なお、来日外国人問題については、第2章参照。

1 相次いだ重要警備

(1) ブッシュ米国大統領来日警備

 ブッシュ米国大統領は、平成4年1月7日国賓として来日し(大阪国際空港)、京都、奈良を訪問した後、同日夕刻に東京入りし、翌8日から歓迎行事、首脳会談等に臨み、10日離日した(東京国際空港)。

 同大統領の来日をめぐり、極左暴力集団は、行先地等において「ブッシュ来日阻止」を主張し、集会、デモを行った。また、右翼も、来日反対、来日歓迎のそれぞれの立場から街頭宣伝活動を行った。これらの行動における違法行為に対しては、右翼及び極左暴力集団構成員3人を道路交通法違反等で検挙した。
(2) 江沢民・中国共産党総書記来日警備
 江沢民・中国共産党総書記は、平成4年4月6日、公賓として来日し(東京国際空港)、東京における歓迎行事、首脳会談等に臨んだ後、大阪、岡山、香川、福岡を訪問し、10日離日した(福岡空港)。
 同総書記の来日をめぐり、右翼は、行先地をはじめ各地で、「天皇陛下訪中」問題等を絡ませ来日反対を訴える街頭宣伝活動を活発に展開した。また、民主中国陣線等の在日中国反体制組織が抗議行動を展開し、極左暴力集団も反対運動を行った。これらの行動における違法行為に対しては、右翼3人を銃刀法違反等で検挙したほか、在日中国反体制組織の中国人3人を軽犯罪法違反等で検挙した。
(3) PKO法案反対、自衛隊海外派遣反対闘争警備
 平成4年4月28日から参議院国際平和協力等に関する特別委員会において、国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律案の審議が再開された。同法は6月15日に成立し、これを受け、政府は、9月8日に国際平和協力隊員のカンボディア派遣を閣議決定し、10月13日までに実施した。
 これに対し、極左暴力集団、労働組合、大衆団体及び右翼は、集会、デモ、街頭宣伝等の活動を活発に繰り広げた。特に極左暴力集団は、「派兵阻止」を呼号し、全国各地において活発な集会、デモを展開する一方で、防衛庁長官宅に向けた爆発物発射事件等28件のテロ、ゲリラ事件を敢行した。愛知県小牧基地周辺で10月13日に行われた集会、デモにおいては、極左暴力集団活動家21人を公務執行妨害等で検挙した。
(4) 天皇皇后両陛下の中国御訪問に伴う警備
 天皇皇后両陛下は、平成4年10月23日から28日までの間、中国を公式訪問された。
 御訪問をめぐり、極左暴力集団は、「天皇訪中阻止」を主張し、警視庁赤坂警察署管内において迫撃弾様の物を発射する事件及び東京、愛知、愛媛の神社等に対するゲリラ事件を引き起こしたほか、全国各地で集会、デモを行った。また、右翼は、東京、大阪等で訪中反対の街頭宣伝活動等を行った。これらの行動における違法行為に対しては、右翼及び極左暴力集団構成員3人を暴騒音規制条例違反等で検挙した。
(5) 盧泰愚・韓国大統領来日警備
 盧泰愚・韓国大統領は、平成4年11月8日来日し(大阪国際空港)、政府専用ヘリで京都を訪問して、首脳会談を行った。その後、大阪で民団代表との懇談等を行い、同日離日した(大阪国際空港)。
 同大統領の来日をめぐり、右翼が街頭宣伝活動に取り組んだほか、極左暴力集団も「盧泰愚大統領来日反対」、「侵略会談粉砕」等を呼号して、集会、デモやビラ配布等の活動を行い、また、韓統聯等の在日韓国反体制派もビラ配布等を行った。

2 個人テロを重ねた極左暴力集団

(1) 「PKO」、「天皇訪中」を最大の課題として闘争を展開
 極左暴力集団は、国際平和協力業務を行う自衛隊の部隊等のカンボディア派遣と天皇皇后両陛下の中国御訪問をアジア再侵略の開始ととらえ、「PKOカンボジア出兵阻止」と「天皇訪中阻止」を一体のものとして大衆闘争の高揚を図る一方、闘争の節目で凶悪なテロ、ゲリラ事件を引き起こした。
 極左暴力集団は、国連平和維持活動への参加を「自衛隊の海外への派兵を推進する歴史を画する攻撃」ととらえ、平成2年来、広く反対勢力を結集することをねらって集会、デモ等の大衆闘争を繰り広げてきた。国会での法案審議が最終局面を迎えた4年6月14日には、東京で中核派

等が約4,000人を動員し「PKO法案実力粉砕」を訴え、自衛隊のカンボディアへの派遣主力部隊が出発した10月13日には、愛知県の航空自衛隊小牧基地周辺に中核派、革マル派等が、約1,900人を動員して集会デモ、基地正門前での座込み行動等を行った。特に中核派は、全学連、労組活動家を中心に全国から約1,200人を動員し、ジグザグ等の違法デモを行い、警察部隊に突き当たるなどの実力行動に出た。
 これらの闘争の過程で、法案が参議院国際平和協力等に関する特別委員会で採択された6月5日には文部大臣事務所等を、派遣計画が具体化してきた8月31日には陸上自衛隊大久保駐屯地を、第2次先遣隊が出発した10月2日には防衛庁長官宅を、派遣主力部隊が出発した10月13日には1都5県で神社、JR施設等を攻撃するなど、28件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。
 また、極左暴力集団は、天皇皇后両陛下の中国御訪問を「PKO派兵と一体の侵略的訪問外交であり、日帝のアジア侵略戦争の宣言」ととらえ、5年の沖縄植樹祭粉砕闘争の前哨(しょう)戦と位置付けて闘争に取り組み、この

図8-1 極左暴力集団によるテロ、ゲリラ事件の発生状況(昭和58~平成4年)

過程で、「大山祗神社放火事件」(中核派)等のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。
 過去10年間の極左暴力集団によるテロ、ゲリラ事件の発生状況は、図8-1のとおりである。
(2) 公開シンポジウム粉砕が中心となった成田闘争
 成田空港問題をめぐっては、話合い解決を図るため、平成3年11月21日に「成田空港問題シンポジウム」(公開シンポジウム)が開催され、4年12月15日までに11回を数えた。
 これに対し、極左暴力集団は、公開シンポジウムを「千葉県収用委員会の再建とその後の強制収用の策動を目的とした重大な攻撃」ととらえ、その開催日に合わせて、集会、デモや街頭宣伝活動を行った。
 この闘争の過程で、中核派及び革労協狭間派は、4年中「千葉県総務部長宅爆発事件」等16件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。
(3) 攻撃の主流となった個人テロ
 中核派及び革労協狭間派は、平成4年中、前年の28件を上回る46件のテロ、ゲリラ事件を引き起こしたが、このうち個人宅等を攻撃したものが半数近くを占め、個人テロが攻撃の主流となった。
 中核派は、従来の時限式発火装置の使用に加え、軽量で持ち運びが極めて容易で偽装しやすい時限式塩化ビニール管爆弾を新たに開発し、参議院議員、千葉県幹部、元運輸省幹部等の居宅に仕掛けたほか、10月2日にはこの爆弾を防衛庁長官宅に向け直近から発射した。また、革労協狭間派も、9月28日、公開シンポジウム運営委員長宅に向けて、直近の公園から金属弾を発射した。

(4) 極左対策の推進
 極左暴力集団の総勢力は、平成4年現在で約2万9,000人である。そのうち、テロ、ゲリラ事件を引き起こしている中核派等は、警察の目を逃れるため、逮捕歴や活動歴のない人物の名義を借りてアジトを設定するなど、引き続き非公然化の傾向を強めている。また、テロ、ゲリラ事件を引き起こす場合には、武器を小型化、軽量化して、発見を困難にするとともに、その犯行形態も、爆発物を個人宅に仕掛けたり直近から発射したりするなど、より確実に対象を攻撃することをねらった凶悪なものとなっている。
 これに対し、警察は、事件捜査を徹底するとともに、全国的にアパートローラー、「地下工場」ローラー等の秘密アジト発見活動を徹底するなど極左対策を積極的に推進した結果、秘密アジト3箇所を摘発した。また、潜在違法事案の摘発を図るとともに、街頭活動に伴う違法事案に対しても積極的に捜査を推進した結果、大阪市立大学の授業妨害事件で中核派活動家を多数検挙するとともに、10月13日に小牧基地周辺で行われたデモ、座込み行動等で中核派活動家等多数を現場検挙した。4年中に検挙した極左暴力集団活動家は、秘密部隊員8人をはじめ合計70人である。
〔事例1〕 「南伊豆アジト」の摘発
 2月、静岡県賀茂郡南伊豆町内の中核派秘密アジトを摘発し、その際、捜査員に暴行を加えた秘密部隊員1人を公務執行妨害、同所にいた秘密部隊員1人を有印私文書偽造等で逮捕するとともに、多数の水溶紙メモを押収
〔事例2〕 「大阪市立大学における授業妨害事件」
 2月から5月までの間、大阪市立大学において、学生寮の管理問題をめぐる大学側との対立から授業妨害等を行った中核派活動家11人を威力業務妨害等で逮捕

3 政府、与党に対する攻撃姿勢を強めた右翼

(1) 政府、与党要人等に対する事件の先鋭化
 右翼は、平成4年中「天皇陛下訪中」問題、「共和、佐川」問題等あらゆる政治課題をとらえて、批判、攻撃の矛先を政府、与党に集中させた。政府、与党要人等を攻撃対象としたテロ、ゲリラ事件は9件に上り、右翼によるテロ、ゲリラ事件の6割を占めた。
〔事例〕 3月20日、栃木県足利市内において金丸自民党副総裁が、演説会場内で都内の右翼構成員にけん銃で狙(そ)撃された。
(2) 「天皇陛下訪中」問題をめぐり、活発な運動を展開した右翼
 天皇皇后両陛下の中国御訪問に対し、右翼は、「天皇陛下の政治利用反対」、「訪中は時期尚(しょう)早」等と主張して反対した。
 平成4年1月以降両陛下御出発の直前までの約10箇月間の長期にわたり、全国各地において、延べ約2,300団体、約1万人、車両約2,900台を動員して反対街宣や抗議、要請行動に取り組み、執ような政府攻撃を繰り返した。
 この間、「自民党本部けん銃発砲立てこもり事件」(2月、警視庁)、「総理官邸前車両放火事件」(8月、警視庁)等6件のテロ、ゲリラ事件を含む8件の事件を引き起こした。
(3) 右翼対策の推進
ア 違法行為の防圧検挙
 平成4年中、右翼事件については、テロ、ゲリラ事件15件18人を含む185件279人を検挙した。また、銃器テロ等の未然防止を図るため銃器の摘発に努め、これまでの年間平均押収数を大幅に上回る66丁のけん銃等を右翼団体等から押収した。

表8-1 右翼によるテロ、ゲリラ事件の検挙状況(昭和63~平成4年)

 警察では、今後とも、悪質化する右翼のテロ等重大事件の未然防止を図るため、視察活動や警戒警備を強化するとともに、あらゆる法令を駆使して、徹底した取締りを推進することとしている。
イ 右翼の拡声機騒音対策
 近年、右翼が拡声機を使用して常軌を逸した大音量で街頭宣伝活動を行うことが、「音の暴力」として大きな社会問題となっている。こういった問題に対し、昭和63年に、国会の審議権の確保と良好な国際関係の維

持に資することを目的として、国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律(昭和63年法律第90号)が制定された。平成4年には、同法に基づき、静穏を保持すべき地域として8都道府県の延べ81箇所が指定され、警察では、右翼1人を検挙する(5月、警視庁)など所要の取締りを行った。
 一方、地方公共団体においても、拡声機騒音に対する取締り法令の不備を補うため、いわゆる暴騒音規制条例を制定する動きが全国的な広がりをみせている。4年には、東京都等14都県で新たに制定され、4年末現在、22都県が同種条例を制定している。これらの都県において、警察では、条例に基づき、拡声機による暴騒音を発する行為の停止を命ずるなどの措置をとるとともに、右翼1人を検挙する(10月、警視庁)などの取締りを行った。

4 多様化する国際テロ

(1) 民族、宗教色をより強めた国際テロ
 国際テロ情勢は、ソ連解体等による冷戦構造の崩壊に伴い、いわゆるテロ支援国家の姿勢に一部後退がみられ、また、中東和平会議も継続していたことなどから、様相が変化し、より民族、宗教色を強めた。すなわち、これまでリビア等に支援されてきたパレスチナ過激派組織が国際的なテロ活動を控える一方で、イスラム原理主義過激派組織が勢力を伸張してテロを頻発させ、また、ETA(バスク祖国と自由)、PIRA(暫定アイルランド共和国軍)等の分離主義組織のテロも活発化した(表8-2,表8-3)。

表8-2 イスラム原理主義過激派組織によるとみられる主なテロ事件(平成4年)

表8-3 ヨーロッパにおける分離主義組織による主なテロ事件(平成4年)

 中東では、リビアに対してパンナム機、仏UTA機爆破事件被疑者の引渡し問題をめぐる国連安保理制裁が継続されている。また、シリアの影響下にあるとみられるべカー高原等のテロ基地が閉鎖される動向がみられた。なお、レバノンのヒズボラ(神の党)等イスラム原理主義過激派組織は、イランから武器や資金の支援を受けているとみられている。
 ヨーロッパでは、ETA、PIRA等のテロ組織によるとみられる公共施設や治安関係者をねらったテロが頻発した。
 中南米では、ペルーにおいて、フジモリ政権が、テロとの対決姿勢を強硬に打ち出し、9月にSL(センデロ・ルミノソ)の最高指導者アビマエル・グスマンを逮捕した。その後は、12月に在ペルー日本大使館前自動車爆弾事件等の発生もみられたが、SL等によるテロは減少している。
 アジアでは、スリランカにおいて、LTTE(タミール・イーラム解放の虎(とら))が、100人以上を殺害したイスラム集落襲撃事件等を引き起こした。また、インドにおいては、シーク教徒過激派によるテロ事件等が発生し、フィリピンにおいては、NPA(新人民軍)によるとみられる米国人実業家誘拐事件やモロ民族解放戦線によるとみられる米、オーストラリアの女性5人誘拐事件が発生した(表8-4)。

表8-4 アジアにおける主なテロ事件(平成4年)

(2) 国内、アジア志向を強めた日本赤軍
 レバノンに本拠地を置く日本赤軍は、シリアによる国際テロ組織のべカー基地閉鎖の動きやレバノンによる民兵組織の武装解除措置等の中東情勢の変化を受けて、国内、アジア志向を強めた。具体的には、「第三世界の闘争と結合した日本国内における革命闘争が最も重要」として、「党」の創設、「アジアの人民と連帯した、PKO自衛隊派遣、米軍基地に反対する闘い」、日米安保体制の破棄、天皇制の廃止に向けた闘いを呼び掛けた。今後の中東情勢によっては、日本赤軍の国内、アジア志向に一層の拍車が掛かるものとみられる。
 こうした中、警察では、昭和61年5月14日、在インドネシア日米両大使館に手製弾が発射され、カナダ大使館前で車両が爆破された「ジャカルタ事件」に関して、関係国の捜査協力を得て日本赤軍の城崎勉が関与した証拠を固め、現住建造物等放火未遂罪で同人の逮捕状の発付を受け、平成4年10月1日、全国に指名手配するとともに、ICPOを通じて国際手配を行った。
(3) 「無罪帰国」を目指す「よど号」犯人グループ
 「よど号」犯人グループは北朝鮮にいるが、岡本武を除く6人全員が日本女性と「結婚」しており、女性のうちの5人は、昭和63年8月に外務大臣から我が国の利益又は公安を著しく、かつ、直接に害する行動を行うおそれがあることを理由に旅券返納命令を受けた者であることが明らかになった。「結婚」の事実を隠してきた理由について、同グループは、身分を隠し、家族とも別れる必要のあった「妻」たちの国内外での活動を保証するためであったと説明し、今後は、日本政府に対し、自分たちの「無罪帰国」の実現と「妻」たちへの旅券「再発給」に向けた闘いを進める決意を表明した。

5 党創立70周年を迎えた日本共産党

(1) 激動する情勢下での党創立70周年
 平成元年以来、ソ連、東欧の社会主義国において様々な矛盾が表面化し、3年には、ソ連共産党に続きソ連も解体した。大正11年に創立され、コミンテルン(共産主義インターナショナル)日本支部として発足した日本共産党は、党創立70周年をこのような激動の中で迎えることとなった。
 平成4年7月30日、党創立70周年を記念して開いた「招待会」(東京、椿山荘)では、宮本議長が、ソ連、東欧の体制は真の社会主義ではなく、日本共産党が体現している科学的社会主義の学説と運動は不滅であると強調して、従来の路線を堅持していくことを改めて表明した。
 こうした中、8月末に週刊誌で、スターリン時代の昭和14年にソ連において銃殺刑となった元日本共産党中央委員山本懸蔵は、野坂名誉議長がスパイ容疑で密告したものであることが報道された。日本共産党は、平成4年9月、野坂名誉議長を解任し、さらに、12月27日、除名したが、“党の顔”であった野坂名誉議長が“裏切っていた”ことが明らかになり、イメージダウンを招くこととなった。
(2) 後退を最小限に食い止めた第16回参議院議員通常選挙
 日本共産党は、平成4年7月に行われた第16回参議院議員通常選挙に対し、野党第2党に進出し革新多数派を形成するという目標を掲げて取り組んだが、比例区、選挙区を合わせて6人の当選にとどまり、改選の9議席を守ることはできなかった。しかし、前回選挙に比べれば、議席、得票率で微増しており、厳しい情勢下の選挙としては後退を最小限に食い止めた(表8-5)。その要因としては、共産党に批判政党としての意

表8-5 参院選における日本共産党の議席数及び得票状況(平成4年7月)

義を認める根強い支持勢力が存在していること及び下部党員が地道に日常活動を行っていることが挙げられる。
 共産党指導部は、選挙結果を「善戦、前進」と評価し、選挙後の活動としては、第7回中央委員会総会で12月末までの間を「特別月間」に設定し、党員の学習・教育活動、党員拡大、「赤旗」読者拡大の三つの課題に取り組んだ。また、「佐川問題」を最大の政治課題ととらえ、真相の究明、宮澤内閣の打倒等をスローガンに、大衆闘争、署名、宣伝活動及び国会闘争に力を入れて取り組んだ。
 その結果、12月末の党勢力は、党員数が推定で約40万人、「赤旗」は推定約260万部で、引き続き底固い党勢力を維持した。
(3) 低迷状態からの脱却を模索する全労連
 日本共産党の指導、援助により平成元年に結成された全労連(全国労働組合総連合、綱領上は政党からの独立をうたっている)は、「200万全労連600地域組織の確立」を当面の最重点課題に据え、3年に引き続き「連合(日本労働組合総連合会)を含むあらゆる労働者・労働組合との共同闘争の追求」方針を掲げ組織拡大に取り組んだ。しかし、公称勢力は140万人のまま伸張がなく、地域組織も400台前半にとどまっている。また、春闘では、「全労連にとって真価が問われる春闘」と位置付け、ストを含む4次の全国統一行動に取り組んだが、結果的に、連合主導の春闘に影響を与えることはできなかった。
 このため、4年の定期大会では、新たに「組織拡大3ヵ年計画」を提起し、不退転の決意で組織拡大、強化に取り組むこととしたほか、向こう5年間で財政規模を現行のほぼ倍額程度に拡大するとした「中期的財政方針」を決定し、組織、財政基盤の確立を目指すこととした。

6 PKO、核燃料輸送及び政治改革を中心に取り組まれた大衆運動

 平成4年の大衆運動は、PKOをはじめ核燃料輸送、東京佐川急便事件等の問題をとらえて取り組まれた。
 このうち、「佐川問題」では、政治献金をめぐる疑惑等に国民の批判が集中したことを背景として、9月以降、PKOをはじめとする各種の集会、デモに「佐川急便事件の徹底糾明」を絡ませた取組みが展開され、全国で1,248回延べ約25万9,000人が動員された。大衆運動全体としては、全国で1万4,813回延べ約331万1,000人の動員となり、前年同期の全国1万7,373回延べ約338万9,000人と比べると、回数は下回ったものの、人員はおおむね前年並となっている。
 一方、運動形態の面においては、大衆を結集して“要求実現”を迫るという旧来の戦術から、国民の多彩な要求を先取りし、全国各地の地域、職場、学校等で多彩な大衆行動を展開するといった、いわゆる草の根運動に重点が向けられてきている。また、告訴、告発等の法的手段を駆使して“要求実現”を迫ったり、地方議会での決議を働き掛けたりするなどの戦術も用いられるようになっている。

7 東西冷戦の終結後も依然活発な対日諸工作

 平成3年末のソ連解体により冷戦構造は崩壊し、国際情勢は大きく変化した。こうした中、核を含む膨大な軍事力を抱え、ソ連から経済破綻(たん)、民族問題等の負の遺産を引き継いで政権基盤が不安定となっているロシア、経済面で改革開放政策を進める一方で政治思想引締めを強化する中国、国際社会における孤立からの脱却を目指す北朝鮮の動向等、我が国を取り巻く国際情勢は一層複雑化の傾向を示している。
 このような情勢を反映して、我が国に対する、又は我が国を場として第三国に対して行われるスパイ活動や有害活動等の外事関係事案は、引き続き活発に行われている。近年のスパイ活動等は、経済力を背景とした我が国の国際的地位の向上を背景として、各界各層に対する謀略性の強い工作、高度科学技術情報の収集等を中心として行われており、国家機関が介在して組織的かつ計画的に行われるため潜在性が強く、その実態の把握が困難である。また、我が国には、このようなスパイ活動等を直接取り締まる一般法規がないため、スパイ活動等の摘発は、その活動が各種の現行刑罰法令に触れた場合に限られている。警察としては、我が国の国益と国民の平穏な生活を守るため、現行法令を最大限に活用したスパイ活動等の取締りに努めることとしている。
(1) 継続される旧ソ連のスパイ活動
 旧KGB第1総局を基に再編されたロシア連邦対外情報局(SVR)については、トルブニコフ第1次長が政治、経済、科学技術等に対する諜報活動を維持することを明言し、日本が重要な対象であることを示唆した(平成4年5月)。また、「ロシア連邦対外諜報機関法」が制定され(7月)、旧KGBと同様に、盗聴、身分偽変、エージェントの獲得運用等の活動手法が法的に容認された。これらにより、SVRの対外諜報活動は、ソ連解体後の一時的停滞を脱したものとみられるが、それを示すかのように、ベルギー(4月)、デンマーク(7月)、フランス(10月)においては、SVR機関員とみられるロシア外交官等がスパイ容疑により国外追放処分を受けた。
 我が国においても、在日ロシア公館員等によるスパイ活動が依然として活発に展開されており、今後とも、ロシア情報機関等による高度科学技術等の情報収集活動が継続して行われるとみられる。
〔事例〕 在日諜報機関員とみられる在日本国ロシア連邦通商代表部代表代理は、KGBからSVRへの改組の前後を通じて、日本人エージェント(電子機器商社役員)に報酬を渡し、最先端科学技術資料等の違法入手を企てていた。5月、日本人エージェントを商法違反(取締役等のとく職罪)で検挙(警視庁)
(2) 国交正常化に向け対日諸工作を活発化させる北朝鮮
 北朝鮮は、独自の社会主義建設を強調して国内思想の引締めを図りつつ、国際的孤立や低迷する経済状態からの脱却を図るため、我が国との国交正常化に向け、朝鮮労働党代表団等の各種代表団の派遣、各界関係者に対する訪朝招請等を通じて、我が国各界各層に対する働き掛けを活発に行っている。
 一方、平成2年、福井県美浜町に北朝鮮特殊工作船が漂着した事件にみられるように、北朝鮮工作員は、様々な手段により我が国に密入国し、スパイ活動に従事している。その際、戸籍盗用等のために日本人をら致するなど悪質な事案を引き起こしており、昭和53年に起こった一連のアベックら致容疑事案も北朝鮮工作員によるものとみられる。
 警察では、関係機関との連携を強化するとともに、民間の協力を得て、我が国の沿岸域の安全確保を図りながら、北朝鮮によるスパイ活動の防止に努めることとしている。また、ら致容疑事案についても、その真相解明に向け、引き続き捜査を推進している。
〔事例〕 大韓航空機爆破事件の犯人である金賢姫の日本人化教育を担当した「李恩恵」と呼ばれる女性も、金賢姫の供述によれば、「日本から『船で引っぱられてきた』と語った」とのことであり、警察では、この女性がら致された疑いが極めて強いと判断し、関係都道府県警察に捜査班を設置して捜査を継続中
(3) 更に強化された戦略物資の輸出規制
 平成4年には、米ソ両超大国の軍事的抑止力が消え、新たに民族、宗教等をめぐる地域的な対立、紛争が顕在化してきたことなどから、ココム規制の見直しが行われた一方、地域紛争を助長する大量破壊兵器(核、生物及び化学兵器をいう。)及びミサイルの拡散、通常兵器の移転防止を目的とした輸出規制の強化が国際的に活発に議論された。我が国においても、外国為替管理令及び輸出貿易管理令の一部改正が行われ、核兵器の開発、製造等に使用されるおそれのある核関連機材が新たに輸出規制の対象とされるとともに、イラン、イラク及びリビアの3箇国が新たに通常兵器関連機材の輸出規制対象国に追加された。
 警察では、地域紛争当事国等に向けた大量破壊兵器等に関連する戦略物資の不正輸出事案にも重点を志向しながら、取締りの徹底を期することとしている。

 8 緊迫した情勢の中での警衛、警護

(1) 天皇及び皇族の御身辺の安全を確保した警衛
 平成4年中、天皇皇后両陛下は、即位後2回目の海外御訪問として中国を訪問(10月)されたほか、全国植樹祭(5月、福岡)、国民体育大会秋季大会(10月、山形)、全国豊かな海づくり大会(11月、千葉)等へ行幸啓になった。
 皇太子殿下は、7月から8月にかけて外国(スペイン、ヴェネズエラ、メキシコ)を訪問されたほか、国民体育大会冬季大会(2月、山形)、全国みどりの愛護のつどい(4月、宮城)、全国農業青年交換大会(8月、秋田)、国民文化祭(10月、石川)、全国育樹祭(11月、高知)等へ行啓になった。
 警察では、極左暴力集団等の「皇室闘争」が激しく取り組まれる中、皇室と国民との親和に配意した警衛を実施して、御身辺の安全の確保と歓送迎者の雑踏事故の防止を図った。
(2) 銃器テロ本格化の中での警護
 平成4年中は、銃器も爆発物を使用した凶悪なテロ、ゲリラ事件が続発した。このような緊迫した情勢の中で、宮澤首相等国内要人は、第16回参議院議員通常選挙をはじめ各種選挙応援、地方視察等のため、国内各地を訪れた。また、我が国の国際的地位の向上等を反映して、国賓ブッシュ米国大統領(1月)、公賓江沢民・中国共産党総書記(4月)、盧泰愚・韓国大統領(11月)をはじめ、多数の外国要人が来日した。
 警察は、内外要人の警護に当たり、警護員の背面配置、ゲート式金属探知機、防弾用資機材の活用等、銃器テロを想定した警護対策を徹底し、銃器テロの本格化等厳しいテロ、ゲリラ情勢の中でその身辺の安全の確保に努めた。


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