第2章 国際化社会と警察活動

 近年の交通、通信手段等の飛躍的発展に従って、我が国と諸外国との交流はますます活発化している。
 これに伴い、我が国における来日外国人による犯罪が急増しているほか、来日外国人が被害者である犯罪及び我が国において犯罪を犯した者が国外へ逃亡する事案の増加傾向がみられる。就労を目的として来日し、在留期間経過後も不法に滞在し就労する外国人も増加しており、それらの者による犯罪の増加、不法就労や不法入国を手引きするブローカーの存在、住民とのトラブルの発生等の社会問題が生じている。これらの様々な問題に対して、警察では、国際捜査力、国際捜査協力を強化するなどして対応している。
 また、我が国の国際的な地位の向上を背景として、国際連合平和維持活動への参加、途上国への援助等の国際協力を推進している。

1 国境を越える犯罪

(1) 来日外国人による犯罪
 昭和57年に約171万人であった外国人入国者総数は、平成4年には約2.3倍の392万6,347人となっており、これを反映して、来日外国人(注)による犯罪は年々増加する傾向にある。
(注) 来日外国人とは、我が国にいる外国人から、いわゆる定着居住者(永住者等)、在日米軍関係者及び在留資格不明の者を除いた者をいう。
ア 来日外国人による刑法犯
 4年の来日外国人刑法犯の検挙件数は7,457件、検挙人員は5,961人で、件数、人員とも過去最高を記録した(図2-1)。
 近年の来日外国人刑法犯の主な特徴としては、次の点が挙げられる。
○ 外国に本拠を有する国際的職業犯罪グループ等の構成員が犯罪を敢行するケースの顕著化
○ 日本人を被害者とする凶悪犯の増加
○ 被疑者の国籍の多様化
○ 発生地の地方都市への拡散
 なお、来日外国人による刑法犯については、第3章1(3)参照。
イ 来日外国人による薬物事犯
 近年、来日外国人による薬物の不正取引は、拡大の一途をたどっており、特に平成元年から我が国への進出を始めた南米のコカイン・カルテルが市場の開拓、拡大を図るための活動を一段と強めているほか、4年にはマレーシア人によるヘロイン事犯が多発するなど、予断を許さない状況にある。
 4年の来日外国人による薬物事犯の検挙状況は、677件、556人で、前年に比べ、件数は320件(89.6%)、人員は253人(83.5%)それぞれ大幅に増加した。これを罪種別にみると、覚せい剤事犯が368件、276人、麻薬等事犯(麻薬及び向精神薬取締法違反及びあへん法違反をいう。)が157件、127人、大麻事犯が152件、153人となっており、いずれも増加する傾向にある。特に麻薬等事犯については、コカイン事犯、ヘロイン事犯等の増加により、5年前の昭和62年に比べ、件数で約26倍、人員で約10倍となっており、顕著な増加をみせている。
 国、地域別では、フィリピンが303件(44.8%、うち覚せい剤事犯が285件)、217人(39.0%)で最も多く、次いでマレーシア69件(10.2%、う

図2-1 外国人入国者数及び来日外国人刑法犯検挙状況(昭和58~平成4年)

ちヘロイン事犯61件)、47人(8.5%)、イラン48件(7.1%、うち大麻事犯24件、あへん事犯20件)、38人(6.8%)、アメリカ41件(6.1%、うち大麻事犯30件)、37人(6.7%)の順になっている。
(2) 来日外国人が被害者である犯罪
 来日外国人が被害者である刑法犯包括罪種別認知状況は表2-1のとおりで、その大部分を窃盗犯が占めている。平成4年の総数は5,931件で、昭和62年に比べ4,248件(252.4%)増加した。

表2-1 来日外国人が被害者である刑法犯包括罪種別認知状況(昭和62、平成4年)

(3) 日本人の国外における犯罪
 昭和56年には約400万人であった日本人の出国者総数は、61年に500万人を超えて以降急激に増加し、平成4年は、1,179万699人と前年に比べ10.9%増加し、過去最高を記録した。
 日本人が外国においてその国の法令に触れる罪を犯した場合、我が国の警察がICPOや外務省等を通じて通報を受けることがあり、このようにして把握された日本人の国外犯罪者数は、ここ数年横ばい状態である。しかし、最近の日本人の出国者数の急激な伸びから考えると、我が国の警察が通報を受けていない日本人の国外犯罪が増加していることが懸念される。
(4) 被疑者の国外逃亡事案
 近年の国際交流の活発化を背景に、国内において犯罪を犯した者が国外に逃亡する事案が増加傾向にある。平成4年末現在の国外逃亡被疑者数は287人で、このうち日本人は82人である(表2-2)。これらの者の推定逃亡先としては、フィリピン、台湾、韓国が多い。

表2-2 国外逃亡中の被疑者数の推移(昭和58~平成4年)

 4年末現在の国外逃亡被疑者のうち、出国年月日の判明している137人について、その犯行から出国までの期間をみると、犯行当日に出国した者が7人(5.1%)、翌日に出国した者が12人(8.8%)となっており、また、犯行から10日以内に62人(45.3%)が出国しており、犯行後短期間のうちに出国する計画的な事案が多い。
 警察では、被疑者が海外に逃亡するおそれがある場合は、港や空港における手配等によるその出国前の検挙に努めており、被疑者が出国した場合でも、関係国捜査機関等の協力を得ながら、被疑者の所在確認に努めている。また、場合によっては、ICPOに対し、国際手配書の発行請求を行っている。
 逃亡被疑者が発見された場合は、逃亡犯罪人引渡しに関する条約、外交交渉に基づく外国の国内法上の手続、被疑者所在国の国外退去処分等により、被疑者の身柄の引取りを行っている。
〔事例〕 2年8月ごろにノンバンクから約50億円をだまし取った男(41)について、ICPOを通じて各国に発見依頼の手配をしていたところ、イタリアから発見した旨の連絡を受け、外交ルートを通じ身柄引渡請求を行い、4年7月、ミラノマルペンサ国際空港に駐機中の航空機内で逮捕(警視庁)

2 外国人労働者問題への対応

(1) 外国人労働者問題
 我が国と近隣諸国との経済格差等を背景に、就労を目的として来日し、単純労働に従事する外国人は依然として多い。風俗営業等で稼動する女性はもとより、建設現場や工場で働く男性労働者も東京周辺に限らず、全国各地の地方都市でも目立ってきている。これら外国人労働者の中には、観光等の名目で上陸申請をして在留資格を付与されたにもかかわらず就労していたり、在留期間の経過後に不法に残留しながら就労するなどの不法就労者が少なからず存在している(表2-3)。
 これら不法就労者(とりわけその大半を占める不法残留者、不法入国者等の不法滞在者)の増加は、外国人による犯罪の増加等とあいまって、各種の社会問題を生ずることにつながっており、治安的にみても看過できない状況となっている。
ア 就労を目的とした不法滞在者の急増と拡散化
 法務省の推計によれば、不法残留者は平成3年5月1日現在約15万9,000人であったものが、4年11月1日現在約29万2,000人に上っており、この間約2倍と急増している。また、集団密航事件が多発していることから、潜在している不法入国者も多く存在するものとみられる。
 これら不法滞在者の大部分は、就労を目的としており、いったん入国すると住居や就労先を転々とし、また、最近では、地方都市へ拡散していく傾向もみられる。
 2年から4年までに警察が出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」

表2-3 退去強制手続をとられた不法就労外国人の状況(昭和62~平成4年)

という。)違反で検挙した来日外国人被疑者に対して調査したところ、住居不定であった者の割合は、3年は7.6%であったものが、4年は20.8%に増加しており、流動化の傾向が高まっていることがうかがわれる。
 さらに、これら住居不定者以外の者を対象として、その居住地を分析し、居住者数に応じた地域区分を行った結果は、図2-2のとおりであ

図2-2 警察が検挙した入管法違反者の居住状況の推移(平成2~4年)

る。2年は、関東、関西の大都市圏を中心とする一部の地域における居住が際立っていたのに対し、3年は、その居住地域が拡大するとともに大都市圏以外の地方にも居住する傾向が表れ始め、4年は、この傾向が一層明確になった。
イ 不法滞在者による各種犯罪の発生等
(ア) 不法滞在を誘発するブローカー等の暗躍
 4年中における集団密航事件の検挙件数は9件(警視庁、静岡、熊本、山口、三重各1件、和歌山、長崎各2件)で、前年の2件に比べ大幅に増加している。また、密航船の上陸地点は、従来の九州地方から近畿、関東、中国地方に拡散している。事件内容をみると、いずれの事件も、日本における就労を目的としたものであるとともに、背後にブローカーが介在していることがうかがわれた。特に警視庁、静岡県警察が検挙した事件は、中国及び日本国内の元中国人就学生の密航ブローカーが事前に綿密な連絡を取り合うなど、組織的、計画的な犯行であったことが解明された。なお、9件中8件が中国福建省からの密航であった。
 また、不法滞在者が不法入国、不法残留の発覚を免れ日本に引き続き滞在するために外国人登録証明書、旅券等を偽造する文書偽造事件、在留期間を不正に更新することを目的とした偽装結婚事件、不正に出入国することを目的とした日本人旅券不正取得事件等が目立った。
 このほか、ブローカー等が入管法に規定された制度を悪用する事件が発生した。
〔事例1〕 3月31日に八丈島で発生した集団密航事件において中国人7人を検挙し、さらに、その後の追跡捜査により、密航ブローカーである不法残留中の中国人元就学生等関係者11人を検挙(警視庁)
〔事例2〕 2月26日に傷害事件被疑者として逮捕した不法残留中の中国人元就学生が偽造外国人登録証明書を所持していたことから捜査 を進めた結果、別の中国人が外国人登録証明書を大量に偽造していたことを突き止め、有印公文書偽造で検挙するとともに、完成又は製作途中の偽造外国人登録証明書約300点、複写機、法務省入国管理局の偽造文書類等約4,000点を押収(宮城)
〔事例3〕 日本語学校の学院長が、就学制度を悪用し、就学生として受け入れた中国人のほとんどを建設会社等に作業員としてあっせんしていた。9月不法就労助長罪で検挙(福岡)
(イ) 不法滞在者による凶悪犯罪
 4年の不法滞在者による凶悪犯罪の検挙人員は106人(来日外国人の凶悪犯罪の検挙人員の57.3%)に上り、前年の49人(同38.9%)に比べて2倍以上の伸びとなった。
〔事例〕 6月、不法残留中のスリランカ人が、帰宅途中の女子短大生を襲い、被害者が抵抗したため首を絞めて殺害、死体を遺棄した。7月検挙(栃木)
(ウ) 不法滞在者による薬物事犯
 来日外国人による薬物事犯の検挙件数及び人員が大幅に増加している中で、不法滞在者による薬物事犯の検挙人員は221人(来日外国人の薬物事犯の検挙人員の37.9%)で、前年の70人(同23.1%)に比べて3倍以上の伸びとなった。
〔事例〕 1月、不法残留中のタイ人が、乾燥大麻約4キログラムをタイから国際郵便貨物を使って密輸入していた事件を検挙(警視庁)
(エ) い集や集団居住に伴うトラブル
 代々木公園等では、特定の外国人が多数い集するようになり、周辺住民から苦情等が寄せられた(代々木公園では日曜日3,500~5,000人、新宿駅南口では毎日夕刻約100~130人)。警察では、パトロール強化、関係機関との連携による実態把握や防犯指導を実施し、その過程で法違反が判明した者については所要の措置をとるなどの対策を講じている。
 また、新宿地区や池袋地区では、2年ごろから特定の外国人による街娼(しょう)型の売春も目立ち始め、周辺住民からの苦情が相次いだ。これに対し、警察では、入国管理局と連携を取りながら取締りを実施している。
 このように、大部分が不法滞在者とみられる外国人のい集等が広がる中で、い集が薬物の密売等の温床となったり、生活習慣の違い等から、これらの者と周辺住民との間のトラブルの発生もみられたりしている。
(2) 外国人労働者に係る雇用関係事犯の取締り
ア 就労に介入するブローカー等の取締り
 不法就労者を含めた外国人労働者が目立つようになった背景には、就労あっせんブローカーや外国人労働者を雇用しようとする事業者の存在がある。これらブローカーや事業者の中には、外国人労働者と事業者の間に介在して不当な利益を得たり、外国人を酷使する者がみられ、外国人労働者の保護の観点から問題となっている。そのため、警察では、職業安定法、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(労働者派遣法)、労働基準法等の雇用関係法令の規定や、入管法の不法就労助長罪の規定を適用して、ブローカーや悪質な事業者等の取締りを推進している。その結果、平成4年中に検挙したブローカーは96人で、うち外国人が30人に上っており、我が国に不法に滞在する外国人がブローカーとして暗躍する状況がみられる。これら外国人ブローカーは、その出身地がタイ、台湾、中国、イラン、マレーシア、ペルー等9箇国、地域に及び、日本人ブローカーと結託して、同国人をあっせんしているケースも多い。
 最近3年間の外国人労働者に係る雇用関係事犯の検挙状況は表2-4のとおりで、これに関係する外国人の状況は表2-5のとおりである。
〔事例〕 ペルー人ブローカー(26)は、日本人ブローカー(50)と共

表2-4 外国人労働者に係る雇用関係事犯の法令別検挙状況(平成2~4年)

表2-5 雇用関係事犯に関与した外国人の国、地域別状況(平成2~4年)

謀し、現地の旅行会社を通じて偽装日系ペルー人多数を入国させ、企業に単純労働者として、一人当たり15万円であっせんし、暴利を得ていた。9月、ペルー人ブローカー及び日本人ブローカーを不法就労助長罪で逮捕(大分)
イ 暴力団関与事犯の取締り
 暴力団員は、ブローカーとして、以前は主に外国人女性を売春婦、ホステス等としてあっせんすることが多かったが、最近では、外国人男性を建設現場、工場等の労働者としてあっせんすることも目立っており、これが、暴力団の新たな資金源の一つとなっている。また、自己の経営する建設会社等で外国人労働者を雇用し、低賃金で現場作業員として使用するケースも多くなっている。4年中の外国人労働者に係る雇用関係事犯で検挙した暴力団員は39人で、全検挙者の8.5%を占めている。
〔事例〕 暴力団幹部(34)は、イラン人ブローカー(24)と共謀し、短期滞在の在留資格で我が国に入国したイラン人男性8人を自己が経営する土木建設会社で雇用し、建設現場の作業員として不法就労させたほか、他の建設業者等にも就労のあっせんを行っていた。7月、暴力団幹部を含む暴力団関係者4人及びイラン人ブローカーを不法就労助長罪で逮捕(神奈川)
(3) 外国人労働者に係る風俗関係事犯等の取締り
 近年、短期滞在、興行等の在留資格で入国し、風俗関係事犯に関与する外国人女性が増加している。これら外国人女性は、深夜飲食店等における接待行為、さらには売春、猥褻(わいせつ)事犯等にまで関与しており、地域的にも大都市から地方都市にまで広がりをみせている。これらの中には、無報酬で働かされたり、賃金をピンハネされたりするなど劣悪な条件下で就労している者も認められる。このような事犯の背後には、現地ブローカーと結託した日本人ブローカーの存在や暴力団の関与等も認められるため、警察では、これら背後組織の摘発を重点に取締りを強化している。
 平成4年中に風俗関係事犯に関与していた外国人女性は2,262人で、前年に比べ5.8%(123人)増加した(表2-6)。

表2-6 風俗関係事犯に関与した外国人女性の国、地域別状況(昭和63~平成4年)

〔事例〕 タイ人ブロ-カー(30)らは、タイ人女性をデートクラブ等にあっせんし、デートクラブ等の経営者らはこれらのタイ人女性を売春等に従事させていた。4月までに、ブローカーら4人を職業安定法違反で、デートクラブ経営者ら8人を売春防止法違反で検挙(岡山)
(4) 外国人の保護のための地域防犯対策
 警察では、我が国に在留する外国人が犯罪や事故の被害に遭うのを防止するため、外国語で書かれた防犯心得や警察への通報要領等についてのパンフレットを作成、配布しているほか、外国人向けの相談窓口を整備するなどして、外国人からの困りごと相談に対応している。また、ブラジル等から来日したいわゆる日系人をはじめとする外国人が増加している地域においては、日本人との生活習慣の違い等から生じるトラブルの防止を図るため、地域警察官による防犯パトロールを強化しているほか、外国人雇用企業と協力して外国人参加の防犯懇談会を開催するなどして、意見交換を図るとともに、防犯指導を実施している。
〔事例〕 警察と外国人とのパイプ役として、外国人からの要望の把握や相談の受理などの活動を行う外国人の防犯連絡所責任者(ブラジル、アメリカ、ドイツ等9箇国)を委嘱した(静岡)。
(5) 外国人労働者問題についての総合的な対策
 外国人労働者問題、特に不法滞在者の増加及びこれに伴い発生している各種社会問題に対応するため、警察では、総合的な対策を講じている。まず、組織的、集団的な密航事案や身分事項を偽るための文書偽造事犯、不法就労あっせんブローカーが介在する雇用関係事犯等悪質性の高い事案に重点を置いた取締りを行い、不法滞在者を呼び込む要因を除去することに努めている。特に不法滞在者がブローカー等として暗躍するなど、不法滞在者が更に不法滞在者を呼び込む悪循環が形成されていることにかんがみ、所要の取締りを強化している。また、不法滞在者のい集等により周辺住民とのトラブル等の発生が顕在化している地域における取締りも強化している。さらに、不法就労防止のため事業者等に対する指導を推進しており、一部の府県においては警察署を中心に地域協議会等が設置され、事業者等への指導、外国人に対する防犯指導等が行われている。このほか、国際捜査官の養成等の国際捜査力の強化、入国管理局等の関係機関との連携強化、外国人保護のための地域防犯対策の推進等を図っている。

3 国際化社会への対応

(1) 国際犯罪への対応
ア 国際捜査力の強化
(ア) 国際捜査官の育成
 来日外国人犯罪等の国際犯罪の捜査には、国際条約のほか、出入国管理、国際捜査共助、刑事手続等に関する内外の法制、言語、慣習を異にする外国人の取扱い、出入国手配、ICPO、外務省等を通じた外国捜査機関への協力要請等、極めて幅広い分野に関する特別の知識、手法が要求される。
 そこで、警察では、警察大学校の附置機関である国際捜査研修所において国際捜査に関する実務研修等を行っており、都道府県警察においても専科教養等を行うなど、国際捜査実務能力を備え、国際的なものの見方、感覚を持った捜査官を養成するための各種の研修を行っている。
 また、従来から、警察職員に対する英語、中国語、韓国語等の教養を実施してきたが、アジア地域出身の来日外国人が被疑者や被害者として犯罪にかかわる事案が増加しており、タガログ語(フィリピン)、タイ語、ウルドゥー語(パキスタン)等のアジア地域の言語への対応の必要性が高まっていることから、これらの言語についても、部外の語学研修機関に委託し、語学教養を推進している。このほか、都道府県警察において、国際捜査に従事する捜査員に対する英語専科教養や、通訳担当者も参加しての実務的な語学研修等が実施されている。
 また、国際捜査課(室)等の専門組織の設置、拡充を図るとともに、国際犯罪捜査係を設置したり、専務員の配置、増強を行うなどの措置がとられている。
(イ) 通訳体制の整備
 来日外国人の関与する犯罪の捜査に当たって、最も問題になるのが言語の壁である。来日外国人被疑者の人権に十分配慮した適正な捜査を推進するためには、微妙なニュアンス等の違いを含む被疑者の供述を正確に把握し、刑事手続上の被疑者としての権利の告知を確実に行うことはもとより、我が国の刑事手続の流れを理解させることが不可欠である。このため、都道府県警察においては、高い語学能力を備えた者を警察職員として採用し、取調べにおける通訳等に当たらせている。
 しかし、近年では、少数言語の通訳の需要が急激に増加しており、警察部内でそのすべてに対応することが極めて困難であるため、部外の通訳人に対し、捜査業務の補助として、取調べにおける通訳を依頼する必要がある。警察では、被疑者の人権の保護等のためにできる限り優秀な通訳を確保する必要があること、夜間等に突発的に発生する事件等に迅速に対応する必要があることなどにかんがみ、謝金の充実等を行い、部外の通訳人の確保等に努めている。
 また、外国人被疑者等の関係者の権利を守り、適正な手続を保障するため、国際捜査研修所や各都道府県警察において、捜査官及び通訳人のための捜査関係用語集等の各種執務資料の作成に努めているほか、通訳人、特に部外通訳人を対象として、通訳に当たって理解しておくべき我が国における刑事手続等について説明した「通訳ハンドブック」を作成、配布している。さらに、部外の通訳人に対し、刑事手続等に関する研修会を開催するなど、そのレベルアップに努めている。
イ 国際捜査協力の強化
(ア) 情報、資料の交換
 国際犯罪の増加に伴い、個々の事件捜査において各種照会や証拠資料の収集の依頼等、外国捜査機関との国際協力を行うことが一層重要になっている。捜査に必要な情報、資料の交換を外国捜査機関と行うためには、ICPOルート、外交ルート等があるが、ICPOルートは、外国捜査機関との国際捜査協力において、簡便、迅速な手段として重要な役割を果たしている。
 過去10年間に警察庁が行った国際犯罪に関する情報の発信、受信の総数は表2-7のとおりで、10年間で1.4倍となっている。

表2-7 国際犯罪に関する情報の発信、受信状況(昭和58~平成4年)

(イ) 外国捜査機関との協力
 国際捜査共助法に基づき、外国からの協力要請に対し、警察が調査を実施した件数は表2-8のとおりで、平成4年は、ICPOルートによるものが785件、外交ルートによるものが7件となっており、年々増加する傾向にある。

表2-8 外国からの依頼に基づき捜査共助を実施した件数(昭和58~平成4年)

ウ 国際刑事警察機構(ICPO)への参加
 警察では、各国の犯罪情勢等についで情報を交換し、国際的な対応を必要とする警察事象について対策等を討議し、また、人的交流を通じて外国捜査機関との協力関係を強化するため、ICPOに参加している。
(ア) ICPOの沿革
 ICPOは、国際犯罪捜査に関する情報交換、犯人の逮捕と引渡しに関する円滑な協力の確保等国際的な捜査協力を迅速、的確に行うための国際機関である。ICPOは、その前身である国際刑事警察委員会(ICPC)が発展的に解消され、昭和31年に創設されたものであり、平成4年末現在、169箇国(地域を含む。)が加盟し、国際連合により政府間機関とみなされている。4年には、11月にセネガルで第61回総会が開催され、我が国からも代表団が派遣された。
(イ) ICPOの組織及び活動
 ICPOは、最高の意思決定機関としての総会、監督機関としての執行委員会、リヨンに置かれている事務総局、各加盟国に置かれている国家中央事務局等から構成されている(図2-3)。

図2-3 ICPOの組織

 ICPOの主な活動は、次のとおりである。
a 犯罪情報の交換
 各加盟国に置かれている国家中央事務局が、国際犯罪に関する情報、資料の交換を日常的に行っているほか、事務総局において、国際犯罪、国際犯罪者に関する情報を収集し、資料化している。
b 国際手配
 事務総局が各加盟国の依頼等に基づいて国際手配書を発行し、又は各加盟国国家中央事務局相互間で通報することにより、逃亡犯罪人の所在確認、身柄の確保等について協力を行っている。
 国際手配書には、逃亡犯罪人引渡しを前提に被手配者の身柄の確保を求める「赤手配書」、被手配者の所在確認等を求める「青手配書」、国際的な常習犯罪者を各加盟国に通報する「緑手配書」等の種類がある。
c 国際会議の開催
 総会、地域会議等の会議において、薬物取引、国際テロ等の犯罪や地域内における各加盟国の協力等の問題について討議を行っている。また、各種シンポジウムを開催し、警察の当面する諸問題について率直な意見交換を行っている。
(ウ) ICPO通信網
 ICPOは、国際捜査協力と国際手配を迅速に実施するため、ICPO専用の通信網を保有している。ICPO通信網は、国際中央局、地域中央局及び国家局から構成されている。
 我が国では、警察庁に国家局としてICPO東京局を開設しており、同局は東南アジア地域中央局でもあることから、大量の国際警察電報を無線テレタイプ、ファクシミリ等により送受信している。
 また、ICPOは、昭和62年の総会におけるICPO通信網の近代化決議に基づき、暗号電報を送受信できる新しい通信網の整備を進めている。さらに、平成2年の総会決議に基づき、国際手配書等の即時照会が可能な自動検索システムの整備も進めている。
 国際中央局での各中央装置の整備は完了し、現在、ICPO東京局を含む各地域中央局及び国家局で、中継装置及び端末装置の整備が行われている。
(エ) 我が国の警察とICPO
 我が国は、昭和27年に加盟して以来、警察庁を国家中央事務局として、国際的な捜査協力を積極的に実施している。また、60年から平成2年までの間にはICPO事務総局の警察局長として、2年からはICPOの副総裁として警察庁の職員を派遣しているほか、分担金の拠出、ICPO情報通信ネットワークの近代化のための技術提供等、ICPOの機能強化のために多大な貢献をしている。
 外国捜査機関との捜査協力のほとんどがICPOを介して行われており、我が国の警察にとって、ICPOは、極めて重要な存在となっている。今後とも、ICPOの発展のため、可能な限り貢献するとともに、国際犯罪を防止するため、ICPOのより積極的な活用を図り、外国警察との捜査協力を推進していく必要がある。
(2) 各種国際協力の推進
ア 国際連合平和維持活動
 平成4年6月16日に国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律が成立し、8月10日から施行された。この法律は、国際連合平和維持活動等に適切かつ迅速に協力することができるように国内体制を整備することによって、我が国が国際連合を中心とした国際平和のための努力に積極的に寄与することを目的としたものである。これを受けて、カンボディア国際平和協力隊の設置等に関する政令及び「カンボディア国際平和協力業務の実施について」が9月8日に閣議決定され、警察官の身分を有する国際平和協力隊員75人が、警察行政事務に関する助言、指導、警察行政事務の監視に係る国際連合平和維持活動に参加するため、カンボディアに派遣されることとなった。
 これらの隊員75人は、派遣期間9箇月の予定で10月13日に日本を出発し、カンボディアに到着後プノンペンでのUNTAC(国際連合カンボ

ディア暫定機構)による約1週間の研修を経てカンボディア各地に配置され、世界約30箇国から派遣された警察官と共に、UNTACの文民警察部門の下で現地警察官への助言、指導、監視等の任務に当たっている。
(注) 5年5月4日、カンボディア北西部のバンテアイ・ミアンチェイ州において、日本人警察官の隊員が武装集団に襲撃を受け、1人が殉職し、4人が重軽傷を負った。
イ 国際警察緊急援助隊の活動
 警察では、国際緊急援助隊の派遣に関する法律に基づき、発展途上にある海外の地域等における大規模な災害の発生に際し、迅速かつ効果的な救助活動を行うため、国際警察緊急援助隊の充実に努め、携行資機材の整備、救出及び救護訓練等を行っている。
 4年中は、国際警察緊急援助隊の派遣は行われなかったが、関係機関との合同訓練を実施したほか、各都道府県警察においても個別に訓練を行い、派遣に備えた。

ウ セミナー、研修の開催、国際会議の出席
 警察では、各種セミナー、研修を実施し外国の捜査機関等の幹部等に日本の警察制度、捜査技術等の紹介を行うとともに、各種国際会議に出席し外国の捜査機関等と情報交換を行っている。
 4年には、第3回アジア地域外勤警察セミナー、第13回国際捜査セミナー、第4回外国上級警察幹部研修等を実施し(表2-9)、国際犯罪学会インターナショナルコース、第61回ICPO総会、第17回アジア・太平洋地域麻薬取締機関長会議等に出席した(表2-10)。
エ 途上国に対する援助
 警察では、開発途上国に対して様々な援助を行い、開発途上国の警察通信施設の近代化、交通管理技術の修得等に協力している。  4年には、運転免許証偽造防止技術、薬物鑑定技術等の途上国への移転のため調査を行うなどの援助を実施した(表2-11)。

表2-9 警察が開催した主なセミナー、研修(平成4年)

表2-10 警察職員が参加した主な国際会議(平成4年)

オ 海外研修、スポーツ交流
 警察では、職員に対して各種の海外研修を実施しているほか、スポーツの分野において、職員を講師、選手等として海外に派遣している。
 4年には、19都道府県警察の中堅幹部職員21人がFBI及びサンフランシスコ市警察において教養制度及び地域警察活動について研修したほか、都道府県警察の交通パトカー乗務員8人がロンドン警視庁へンドン自動車運転学校において運転操法技術を修得するなど、多様な海外研修

表2-11 警察が実施した外国に対する援助(平成4年)

が実施された。また、世界32箇国に延べ21回24人の職員を講師として派遣し、柔道及び剣道の指導を行うとともに、世界13箇国で開催された国際スポーツ大会6種目延べ22大会に、監督、コーチ、選手等を派遣した。


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