はじめに

 平成3年は、内外ともに大きな変動がみられた年であった。
 国際情勢は、ソ連の解体により冷戦構造が崩壊した一方、いわゆる多国籍軍によるイラクに対する武力行使にまで発展した湾岸危機や、旧ソ連、ユーゴスラビアにおける民族紛争等、国際社会の安定に対する新たなかく乱要因も生じている。中国や北朝鮮は依然として社会主義体制を堅持しているが、新しい国際秩序がいまだ確立されない状況の中で、我が国を取り巻く国際情勢は引き続き不確定な要素を多く含んでいる。世界経済は、2年に比べ全体的に成長が鈍化したが、国別にみると景気の動向にかい離がみられた。
 国内では、4月に第12回統一地方選挙が行われた。8月の第121臨時国会では、証券・金融不祥事問題で大揺れとなり、「政治改革法案」が廃案となった。11月の第122臨時国会では宮沢内閣が誕生し、「PKO法案」が審議されたが、継続審議となった。国内経済は、引き続き拡大を続けたが、後半からは景気にかげりがみえ、いわゆるバブル経済の崩壊がいわれはじめた。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数が170万件を超えるなど、依然として高水準で推移した。内容的には、警察庁指定118号事件等の重要凶悪事件の多発、幼児を対象とした誘拐事件の発生等が世間の耳目を集めたほか、来日外国人による犯罪の急増やバブル経済の崩壊を象徴する大型の企業犯事件の摘発等が目立った。
 暴力団情勢は、広域暴力団による寡占化が一層進展し、市民や企業を対象とした民事介入暴力を活発化させるとともに、証券取引等の「表(おもて)」の経済社会に対する進出の実態が明らかになるなど、平穏な市民生活や 健全な企業活動に対する脅威が、もはや放置できない状況になった。
 少年非行については、刑法犯少年が14万9,663人と前年に比べて若干減少したものの、成人を含めた刑法犯総検挙人員に占める割合が3年連続して過半数を占めるなど依然として深刻な状況にある。また、少年に与える影響が懸念される漫画等が氾(はん)濫しているほか、福祉犯への関与等により、暴力団が少年の健全育成を阻害している問題がみられた。
 薬物事犯については、ここ数年高原状態にあった覚せい剤事犯が再び増加基調へと転じたほか、コカイン、大麻事犯も増加が続いた。
 銃砲については、暴力団員のけん銃所持の常態化と暴力団以外へのけん銃の拡散傾向が目立ち、治安の根幹を揺るがしかねない憂慮すべき状況となっている。
 交通事故については、発生件数、負傷者数ともに前年を上回り、死者数は、若干減少となったものの4年連続して1万人を超える深刻な事態となった。また、交通の過密化に伴う大都市における違法駐車のまん延は依然として大きな社会問題であり、さらに、自動車排気ガスによる窒素酸化物等の大気汚染問題に対する関心も大いに高まった。
 警備関係では、立太子の礼に伴う警備、ゴルバチョフ・ソ連大統領来日警備、天皇皇后両陛下東南アジア三国公式訪問に伴う警備等の重要警備が相次いだ。警察は、国民の理解と協力を得ながら、総力を挙げてこれらの警備に取り組み、その万全を期した。極左暴力集団は、「成田」、「皇室」や「反戦」を闘争課題として、28件のテロ、ゲリラ事件を引き起こし、個人テロ攻撃を拡大、凶悪化させた。右翼は、証券・金融不祥事問題、湾岸危機、ソ連政変等の内外情勢に反応して、テロ、ゲリラ事件17件を含む127件の事件を引き起こした。国外では、湾岸危機や中東平和会議に関連した国際テロ事件が世界各地で多発するとともに、中南米等では、我が国の権益に関連した国際テロ事件の発生も目立った。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することにしている。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団が、市民生活に対する重要な脅威となっている情勢に対処し、暴力団を壊滅させるため、新たに成立した「暴力団対策法」を効果的に運用して、暴力的要求行為の封圧等を図るとともに、既存の刑罰法令を活用し、悪質かつ大規模な暴力団犯罪に重点を置いた取締りを徹底して暴力団員の大量検挙資金獲得活動に対する取締り、銃器等の摘発等の徹底を図る。また、暴力追放運動推進センター等の関係機関、団体と連携して、暴力団排除活動を強力に推進する。さらに、海外の捜査機関等との連携を密にして、暴力団の国際化に対処する。
○ 外国人労働者問題対策の推進
 外国人の大量流入に伴って生じた不法就労者問題や来日外国人犯罪の増加に対処するため、悪質なブローカーや雇用主の取締りを引き続き実施するとともに、外国人保護のための地域防犯対策を積極的に推進する。また、通訳体制の整備等、外国人犯罪に対する対処能力の強化を図る。
○ 変貌(ぼう)する地域社会に即した地域警察活動の推進
 地域コミュニティーの自主防犯機能が低下し、相互扶助機能が失われつつある中で、事件発生時の犯人検挙や街頭パトロール活動だけでなく、各家庭、事業所への巡回連絡等を通じた犯罪の予防、困りごと相談や各種ボランティア活動等地域に溶け込んだ幅広い地域警察活動を積極的に展開し、地域住民の安全を守る活動を強化するとともに地域住民と一体となって、地域社会の自主防犯機能の強化を積極的に推進する。
○ 総合的な薬物乱用防止対策の推進
 深刻化する薬物事犯に的確に対処するため、薬物の供給ルートの遮断と乱用の根絶を重点として、捜査体制の整備、麻薬二法を活用した取締 りの徹底、国際協力の強化、関係機関、団体との連携による薬物乱用を拒絶する社会づくり等を推進する。
○ 銃器対策の推進
 押収されたけん銃の大半が外国製であることから、輸入予備罪等の活用、外国捜査機関等との緊密な連携等による密輸入事犯を重点とした徹底した取締りを行う。
○ 少年の非行防止と健全育成活動の推進
 少年の非行を防止し、その健全な育成を図るため、非行少年等の補導、少年相談、少年の福祉を害する犯罪の取締りのほか、関係機関、団体、地域社会等と緊密に連携して、少年を取り巻く有害な社会環境の浄化や少年に対する暴力団の影響の排除等を積極的に推進する。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、総合的、計画的な駐車対策の推進、交通安全施設や交通情報提供施設等の整備、合理的な交通規制による快適な交通環境の確保、体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政による交通モラルの向上、総合的な交通事故調査分析体制の確立、危険性、迷惑性の高い悪質な違反の重点的取締り等の諸施策を総合的に推進する。
○ 極左暴力集団、右翼によるテロ、ゲリラ事件の防圧
 極左暴力集団による悪質なテロ、ゲリラ事件に対処するため、国民の理解と協力の下、あらゆる法的手段を尽くした徹底した取締りを行う。
 また、右翼によるけん銃等を使用した凶悪なテロ事件の未然防止を図るため、情報収集体制、捜査体制を強化し取締りを強力に推進するとともに、要人の身辺警護等の強化を図る。
○ 警察事象の変化に対応した警察装備の整備充実の推進
 複雑多様化する警察事象に迅速かつ的確に対処するため、警察活動の 物的基盤である装備資機材、通信施設等の整備充実を推進するとともに、先端科学技術を駆使した科学的、近代的警察装備の導入に努める。
○ 警察のプロフェッショナル化と活力に満ちあふれた組織づくりの推進
 複雑困難化する警察事象に的確に対応するため、専門的知識、能力を重視した人事配置、昇任制度の改善、教養の刷新等警察のプロフェッショナル化のための施策を推進する。
 また、警察職員のおう盛な士気を維持するとともに、今後の警察を担う優秀な人材を確保するため、警察署、派出所等の勤務環境の改善、職員住宅や独身寮の整備充実、完全週休二日制の導入、海外研修制度の拡充、リフレッシュ休暇制度の導入等による魅力ある職場づくりを積極的に推進する。

 「ボーダーレス」の時代といわれる現代社会(第1章「ボーダーレス時代における犯罪の変容」参照)においては、犯罪も大きく変容を遂げており、都道府県等の境界を越えた犯罪や国際犯罪が増加するとともに、犯罪者の属性等の多様化や暴力団犯罪の多様化等の傾向が顕著になっている。警察では、これまでも「事件に強い警察」の確立を進めてきたが、このような犯罪の変容に対処し、総合的な犯罪対策を推進するため、広域捜査力と国際捜査力の強化、捜査技術の研さんと優れた捜査官の育成、捜査活動の科学化等の諸施策を更に推進することとしている。
 この白書では、第1章において、「ボーダーレス時代における犯罪の変容」と題する特集を組み、社会のボーダーレス化を反映した犯罪の変容の実態と、これに対する警察の施策についてまとめることにした。


 覚せい剤などの薬物乱用にしても、暴力団の話にしても、昔は一般の人とは違う世界のことだと思われていましたが、今は世界の状況がボーダレス時代となる中で、犯罪の世界もボーダレスになっていますね。
                             (中略)
塩川 そうです。
 国民誰もがいつ暴力団の被害に遭うか分からない危険な時代になっているんです。
 ですから、ボーダレス時代の暴力団、薬物対策は、社会全体で真剣に取り組んでいく決意が必要です。
 担当者だけに任せ、あとは傍観者でよいという時代は終わりました。

政府広報(平成4年4月)より
 畑~畑恵氏 (ニュースキャスター・エッセイスト)
 塩川~塩川正十郎 国家公安委員会委員長



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