はじめに

 平成2年は、元年に引き続き、内外ともに大きな変動のみられた年であった。
 国際情勢は、5月に米ソ間で戦略兵器削減交渉(START)が基本合意に達し、10月には東西ドイツが統一されるなど、従来の東西対立を基調とした国際社会の枠組みに大きな変動が生じた。こうした流れの中で、東欧では、各国で自由選挙が実施されるなど民主化が進み、朝鮮半島では、首相級会談が初めて公式に開催され、関係改善を模索する姿勢がみられた。このように東西の緊張緩和が進んだ一方で、8月にはイラクがクウェートに侵攻し、いわゆる湾岸危機が発生するなど、新たな紛争も生じている。
 世界経済は、先進国の景気拡大が減速し、湾岸危機による8月以降の石油価格急騰により、この傾向は一層顕著になった。
 国内では、2月に消費税の存廃を主な争点とした第39回総選挙が行われ、自民党が議席を減らしたのに対し、社会党は大幅に議席を伸ばした。国会は、「衆参ねじれ現象」の中、第118回特別国会では消費税の取扱いを、第119回臨時国会では国連平和協力法案をめぐって紛糾した。また、即位の礼・大嘗祭が挙行され、11月の「即位礼正殿の儀」には国内外要人等約2,200人が参列し、同じく「祝賀御列の儀」では約12万人の国民が沿道でお祝いした。
 国内経済は、内需主導型の自律的拡大を続け、景気上昇期間は2年末で49箇月となり、戦後最長であった「いざなぎ景気」の57箇月に迫ってきた。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数が163万件を超えるなど依然として高水準で推移した。その特徴は、来日外国人による犯罪の多発、金融機関対象強盗事件の多発等である。また、暴力団については、山口組をはじめとする大規模暴力団への系列化が一層進展し、対立抗争事件及び銃器発砲事件によって一般市民3人が巻き添えになって死亡した。さらに、市民生活や企業活動を対象とする民事介入暴力事案、企業対象暴力事案も多発した。
 薬物事犯については、覚せい剤事犯が前年に引き続き高水準で推移した。また、コカインの押収量が急増したほか、大麻事犯の検挙人員も史上最高となるなど、我が国で乱用される薬物の多様化が顕著となった。
 少年非行については、刑法犯少年が15万4,168人と前年に比べ減少したものの、成人を含めた刑法犯総検挙人員に占める割合は、前年に引き続き過半数を超えるなど依然として深刻な状況にある。内容的には、初発型非行や中学生、高校生による非行が高い割合を占めた。また、少年に与える影響が懸念される漫画や情報番組の氾(はん)濫等少年を取り巻く社会環境の悪化が目立った。
 生活経済事犯については、海外先物取引、証券取引等の資産形成をめぐる事犯の手口が一層巧妙化、複雑化した。また、産業廃棄物の不法処分事犯の大規模化、広域化が目立った。
 交通事故については、発生件数、負傷者数こそ前年を下回ったものの、死者数は、過去15年間で最悪を記録した前年を上回り、3年連続して1万人を超える深刻な事態となった。また、交通の過密化、混合化の進展に伴う大都市における違法駐車のまん延は、大きな社会問題にまで発展した。
 警備情勢では、国内では、即位の礼・大嘗祭が挙行され、諸儀式が約1年間にわたり全国各地で行われた。これに対し、左翼、右翼諸勢力は、それぞれの立場からの主張、活動を行った。極左暴力集団は、すべての皇室行事を攻撃対象とする「90年天皇決戦」路線を打ち出して、143件のテロ、ゲリラ事件を引き起こし、死者3人、負傷者17人を出した。右翼は、1月に発生した本島長崎市長そ撃事件をはじめ、戦後最多の年間5件のけん銃使用事件を発生させるなど、テロ、ゲリラ志向を強めた。日本共産党は、世界的に共産主義の矛盾が表面化した中行われた総選挙で敗北し、第19回党大会においては、党内外から指導部批判が出されたが、従来の路線、体制を堅持した。国外では、イラクのクウェート侵攻によりペルシャ湾岸の情勢が緊迫し、在外の日本公館や日本企業、国内の外国要人、外国公館、基地等を攻撃対象とする国際テロが行われるおそれが高まった。ソ連、北朝鮮等による我が国におけるスパイ活動や各界各層に対する諸工作は、依然として活発に行われ、10月には北朝鮮の工作船による不法入国事件が発生した。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団を壊滅し、暴力的不法行為を根絶するため、暴力団の実態の解明に努め、悪質かつ大規模な暴力団に重点を置いた取締りを徹底して暴力団員の大量反復検挙、資金源活動に対する取締り、銃器等の摘発の徹底を図るとともに、関係機関、団体等との緊密な連携の下に暴力団排除活動を強力に推進する。また、海外の捜査機関等との連携を密接にして暴力団の活動の国際化に対処する。
○ 総合的な薬物対策の推進
 薬物事犯の広域化、国際化に的確に対処するための捜査体制の確立、国際協力の一層の推進に努めるとともに、薬物犯罪組織及び末端乱用者に対する積極的な取締り、薬物の流入を水際で阻止するための海空港対策、関係機関、団体との協力による薬物乱用を拒絶する社会環境づくりを推進し、薬物乱用の根絶を図る。
○ 「事件に強い警察」確立のための方策の推進
 社会の変化に伴う犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対応し、「事件に強い警察」を確立するために、広域捜査力及び国際捜査力の強化、捜査活動の科学化、捜査技術の研さんと優れた捜査官の育成、国民の協力の確保等の諸施策を推進する。
○ 地域に密売し、事件事故等に即応した外勤警察活動の推進
 警ら、巡回連絡等を通じて、地域の実情に応じた犯罪の予防検挙、地域の要望にこたえる活動等、地域に密着した活動を行うとともに、常に警戒体制を保持しながらあらゆる警察事象に即応した活動を行うなど、市民の日常生活の安全と平穏の確保に努める。
○ 少年の非行防止と健全育成活動の推進
 少年の非行を防止し、その健全な育成を図るため、非行少年等の補導、少年相談、少年の福祉を害する犯罪の取締りのほか、関係機関、団体、地域社会等との緊密な連携の下に、少年を取り巻く有害な社会環境の浄化に努めるなど、少年の健全な育成のための諸施策を積極的に推進する。
○ 外国人労働者問題対策の推進
 外国人労働者の流入に伴って生じている不法就労者の急増や来日外国人犯罪の増加等の問題に対処するため、国際捜査力の強化、通訳体制の整備等の諸施策を推進するとともに、外国人の不法就労に係るブローカー、悪質事業主に対する取締りを強力に推進する。
○ 消費者被害防止対策の推進
 一般消費者に重大な被害を与える悪質商法に対し、消費者保護の立場から積極的な取締りを推進するとともに、消費者の意識の向上を図るための広報啓発活動や消費者保護機関との連携強化を推進し、被害の未然防止及び拡大防止を図る。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、総合的、計画的な駐車対策を推進するとともに、交通安全施設及び交通情報提供施設等の計画的な整備並びに合理的な交通規制による快適な交通環境及び良好な生活環境の確保、体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政による交通モラルの向上、危険性、迷惑性の高い悪質な違反の重点的取締りによる交通秩序の確立等の諸施策を総合的に推進するほか、時代の変化に的確に対応した新たな手法の開発、導入に努める。
○ テロ、ゲリラ事件の未然防止
 極左暴力集団及び右翼による悪質なテロ、ゲリラに対処するために、国民の理解と協力を得、関係機関との連携を密にして、あらゆる法的手段を尽くした総合的な対策を推進する。
○ 警察事象の変化に対応した警察装備の整備充実の推進
 複雑多様化する警察事象に迅速かつ的確に対処するため、警察活動の物的基盤である車両、船舶、航空機等の整備充実を推進するとともに、先端科学技術を駆使した科学的、近代的装備資機材の導入に努める。
○ 活力に満ちあふれた組織づくりの推進
 現在警察で勤務している職員のおう盛な士気を維持するとともに、今後の警察を担う優秀な人材を確保し、もって警察の治安維持の責務を全うするため、警察署、派出所等の勤務環境の改善、職員住宅や独身寮の整備充実、勤務条件等の改善、海外研修制度の拡充、リフレッシュ休暇制度の導入等による魅力のある職場づくりを積極的に推進する。

 薬物乱用は、近年世界的な広がりをみせ、多くの国々で治安上深刻な問題となっている。我が国においても、覚せい剤を中心とした薬物乱 用の広がりが憂慮すべき状況に至っており、これに対し国際的な視野に立った総合的な薬物対策を推進していくことが緊急の課題となっている。この白書では、第1章において「薬物問題の現状と課題」と題する特集を組み、薬物乱用の実態とこれに対する警察の施策についてまとめることとした。


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