第7章 公安の維持

 平成2年は、元年に引き続き、内外ともに大きな変動のみられた年であった。
 国内では、即位の礼・大嘗祭が挙行され、諸儀式は約1年にわたり全国各地で行われた。警察は、国民の理解と協力を得ながら、過去最大の体制で総力を挙げて警備に取り組み、その万全を期した。
 即位の礼・大嘗祭に対し、左翼、右翼諸勢力は、それぞれの立場からの主張、活動を行ったが、とりわけ、極左暴力集団は、すべての皇室行事を攻撃対象とする「90年天皇決戦」路線を打ち出して過激な活動を行い、昭和50年以降最多の143件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。中でも、住宅に時限式発火装置を仕掛けて婦人を焼死させた事件、警察独身寮にトリック爆弾を仕掛けて警察官1人を殺害するとともに、一般市民を含む7人に重軽傷を負わせた事件等極めて卑劣かつ凶悪な事件が目立った。
 こうしたことから、極左暴力集団のテロ、ゲリラにき然として立ち向かっていくべきであるとする世論が高まり、これを受けて、警察としては、国民の理解と協力の下、テロ、ゲリラを実行している秘密部隊員の検挙のため一層努力するとともに、関係機関との連携を密にし、あらゆる法的手段を尽くして極左暴力集団の壊滅に向けて努力していくこととしている。
 また、右翼は、1月に発生した本島長崎市長そ撃事件をはじめ、戦後最多の年間5件のけん銃使用事件を発生させるなど、テロ、ゲリラ志向を定着させた。
 国外では、多くの東欧諸国で社会主義体制が崩壊し、東西ドイツが統一される中で、米ソ協調を軸とした新たな国際社会の枠組みが模索されるようになった。しかし、その一方で、ペルシャ湾岸ではイラクのクウェート侵攻により情勢が緊迫し、日本の在外公館や企業、国内の外国要人、外国公館、基地等を攻撃対象とする国際テロが行われるおそれが高まった。また、こうした湾岸情勢は、国内の極左暴力集団や右翼の動向にも影響を及ぼした。
 また、米ソ協調に向かう国際情勢の変化とは裏腹に、在東京ソ連通商代表部員が米国軍人から機密資料を入手しようと企てた事案、北朝鮮のスパイ船が発見された事件にみられるように、我が国においてもスパイ活動が依然として活発に行われていることが明らかとなった。
 世界的に共産主義の矛盾が表面化した中で、日本共産党も厳しい立場に立たされた。しかし、7月に開催された第19回党大会では、「日本共産党の社会主義論は、……東欧・ソ連の事態にさいしても、少しもその基本的内容を訂正する必要がな」いとし、党の綱領、規約にも一切手を着けず、従来の革命路線を堅持することを明確にした。

 以上のように、我が国の治安は、激しく変動する内外情勢から直接の影響を受けながら、質においても広がりにおいても従来に増して厳しい問題を抱えるようになっている。警察としては、今後とも、国民の理解と協力を得ながら、こうした問題を一つ一つ的確に解決することを強く求められている。

1 総力を挙げて取り組んだ即位の礼・大嘗祭警備

(1) 「即位の礼・大嘗祭爆砕」を主張し、テロ、ゲリラを激化させた極左暴力集団
 極左暴力集団は、平成2年初頭から、「90年天皇・三里塚決戦」路線の下、皇室闘争に対する取組を一段と強め、127件の皇室闘争関連のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。とりわけ、「即位礼正殿の儀」当日には、都内での34件を含め6都県下で40件、「大嘗宮の儀」当日にも7府県下で11件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。
 特に中核派は、全国各地において、新型迫撃弾、設置式爆弾、時限式発火装置等により、JR、地下鉄等の運行を妨害したり神社等を焼失させるなど、皇室関係施設以外にも攻撃対象を拡散した「無制限・無制約」のテロ、ゲリラを集中的に引き起こした。
 一方、革労協狭間派は、即位の礼・大嘗祭に向けた前段闘争において、時間をおいて爆発するなどのトリックを用いた爆弾で警視庁独身寮をねらい、警察官1人を殺害し、一般市民を含む7人に重軽傷を負わせる残忍なテロ事件を引き起こした。
(2) 天皇制批判の声明を出した日本赤軍
 日本赤軍は、従来から一貫して天皇制の打倒を主張していたが、平成2年11月9日付け声明において、「即位の礼は日本軍国主義と拡張主義の復活の道標となるものである」とした上、「我々は日本軍国主義及び天皇イズムの復活を阻止するために闘う」、「世界の人民に対し、それぞれの政府が国家元首をこの儀式に派遣することを阻止するよう求める」などと主張した。
(3) 憲法問題を絡め反対した日本共産党
 日本共産党は、即位の礼・大嘗祭について、「憲法の『主権在民』と『政教分離』の原則に反する明白な違憲行為であり、絶対に許されない」と批判し、儀式や行事の中止を要求した。また、「天皇問題」をテーマとした学習会やシンポジウムを各地で開催するなど、即位の礼・大嘗祭に反対する行動を繰り広げた。
(4) 各種抗議、要請行動を展開した右翼
 右翼は、政府、宮内庁等に対して即位の礼・大嘗祭の「伝統に基づいた執行」を求める要請行動を活発に展開したほか、極左暴力集団等即位の礼・大嘗祭に反対する勢力の動きに反発を強め、これらに抗議する街頭宣伝活動等を行った。
 これらの活動の過程で、海部首相の滞在するホテルにナイフと建白書を所持して接近を図った事件(平成2年8月1日、群馬)、中核派の前進社事務所に対するけん銃発砲事件(1月11日、広島及び1月30日、東京)、大嘗祭に反対する声明を出した大手女子大学大学学長宅に対するけん銃発砲事件(4月22日、東京)等を引き起こした。
(5) 過去最大の警備
 即位の礼・大嘗祭に向けて、警察庁では平成2年1月8日に「即位の礼・大嘗祭に伴う警衛警護警備対策委員会」を、また、警視庁をはじめ全国警察でも警備対策委員会等を設置し、天皇及び皇族の御身辺の安全及び内外要人の警護の万全を図るとともに、諸儀式の円滑な進行を確保することを基本方針として各種の対策を推進した。
 諸儀式は、1月23日の「期日奉告の儀」に始まり、12月6日の「即位礼及び大嘗祭後賢所御神楽の儀」に終わるまで1年近くにわたって挙行され、その場所も「斎田抜穂の儀」(秋田、大分)、「親謁の儀」(三重、奈良、京都、東京)等全国に及んだ。11月12日の「即位礼正殿の儀」に は、158箇国、国連及びECの元首、祝賀使節、国内要人等約2,200人が参列した。これらの外国元首、祝賀使節のうち、元首級は66箇国、王族、首相級は53箇国に上り、それぞれ大喪の礼を上回った。
 「即位礼正殿の儀」当日、警視庁においては、儀式会場となった皇居及びその周辺や「祝賀御列の儀」の沿道を中心に、全国からの応援部隊約1万1,000人を含む約3万7,000人の警察官を動員し、1日当たりの動員数としては過去最大の体制で警衛警護警備に当たった。また、新東京国際空港を利用する外国要人の警護警備に当たった千葉県警察、「親謁の儀」に伴う行幸啓先の警衛警備に当たった三重、奈良及び京都等各道府県警察においても、所要の体制を確立して警備の万全を期した。
 このように、即位の礼・大嘗祭に伴う警備は、その期間及び範囲、動員警察官数のいずれにおいても、大喪の礼警備を上回る過去最大規模のものとなった。
 また、警察では、これらの警備と並行して、極左暴力集団や右翼によるテロ、ゲリラ事件の未然防止の観点から情報の収集に努めるとともに、発生した事件についてはその捜査を強力に推進し、秘密アジトの摘発や秘密部隊員の検挙を行った。また、各国治安機関との連携の強化等により、国 際テロの未然防止を図った。
 極左暴力集団により多数のテロ、ゲリラ事件は引き起こされたものの、即位の礼・大嘗祭の諸儀式は滞りなく終了し、長期にわたりかつ多大の困難を伴った警備はともかくも所期の目的を達成した。

2 「90年天皇・三里塚決戦」に総力戦で挑んだ極左暴力集団

(1) 皇室闘争を中心にし烈な闘争を展開
 極左暴力集団は、平成元年の大喪の礼粉砕闘争以降、皇室闘争への取組を強め、2年初頭から「即位の礼・大嘗祭爆砕」をスローガンに掲げ、すべての皇室行事を攻撃対象とする「90年天皇決戦」路線を打ち出した。

 この路線の下、極左各派は、皇室闘争に「成田」、「関西空港」、「原発」等のあらゆる闘争を絡めてし烈な闘争を展開する一方、破壊活動防止法の団体規制の適用論議の高まりに対し、強い反発を示した。
 極左暴力集団は、昭和50年以降最多の143件のテロ、ゲリラ事件を引き起こし、その攻撃対象も無差別化の傾向を強め、一般市民を含め死者3人、負傷者17人を出すなどの重大な被害を生じさせた。また、「秋田県護国神社放火事件」をはじめ、神社に対する放火事件を15都県で25件も引き起こしたほ か、JR等の鉄道施設についても40件の事件を引き起こし、市民生活に大きな影響を及ぼした。
 特に中核派は、「90年天皇決戦」を「一切が軍事的決着として帰結する死闘戦」と位置付けて、「常陸宮邸及び京都御所に向けた迫撃弾事件」を皮切りに、新型迫撃弾、設置式爆弾、手投げ爆弾、時限式発火装置等を使用した124件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。
 また、革労協狭間派は、「天皇制打倒のため超ド級のゲリラ戦を実現する」と主張し、「八王子陵南会館爆破事件」等17件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。特に「警視庁新宿警察署清和寮爆破殺人事件」では、警察官等を死傷させた上、「卑劣、悪質、凶悪な手段で一切容赦を与えず無慈悲に敵権力をせん滅する」と宣言するなど、「対権力闘争」路線を明確にした。
 過去10年間の極左暴力集団によるテロ、ゲリラ事件の発生状況は、図7-1のとおりである。

図7-1 テロ、ゲリラ事件の発生状況(昭和56~平成2年)

(2) 新たな展開をみせた成田闘争
 極左暴力集団は、「三里塚決戦は完全に天皇決戦と重なり合った」などと主張して、「皇室」と「成田」を絡めた「90年天皇・三里塚決戦」を呼号し、特に運輸省がいわゆる成田新法に基づき5箇所の団結小屋を除去又は封鎖したことに対し、強い反発を示した。そして、空港関連施設、空港関連業者のみならず、空港利用者の駐車車両にまで攻撃対象を拡大し、「日本飛行機(株)専務宅放火殺人事件」、「成田市内有料駐車場車両放火事件」等36件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。中でも、「日本飛行機(株)専務宅放火殺人事件」は、逃げ道をふさぐ形で住宅に時限式発火装置を仕掛けた極めて凶悪な事件であった。
 一方、平成2年11月1日、成田空港(新東京国際空港)周辺自治体、一部の反対同盟員等は、成田空港(新東京国際空港)問題の話合いによる解決を目的とした「地域振興連絡協議会」を設立した。これに対し、「空港絶対反対、徹底抗戦」等の強硬路線を堅持している反対同盟北原グループ及びこれを支援する中核派、革労協狭間派等は、「三里塚闘争の裏切り行為を人民の鉄槌によって処断する」などと主張し、話合いによる解決を目指す人々に対する攻撃を示唆するなど焦燥感を強めており、成田闘争は新たな局面を迎えつつある。
(3) 凶悪、巧妙化した爆弾闘争
 極左暴力集団は、威力、性能を一段と高めた新型爆弾や攻撃対象に合わせた多種多様な爆弾を使用して、29件の事件を引き起こした。
 中核派が「常陸宮邸及び京都御所に対する迫撃弾事件」等で用いた新型迫撃弾は、命中精度を向上させた上、小型、軽量化が図られており、分解が可能で運搬が容易であることから、9都府県で使用された。また、天皇皇后両陛下が「親謁の儀」で伊勢神宮へ向かわれる当日に発生した「東海道新幹線新横浜駅付近擁壁爆破事件」では、強力な消火器爆弾が使 用され、爆破によって、コンクリート塊が線路上に飛散したほか、近隣の民家等にも被害を与えた。

 一方、トリックを用いるなど確実に人を殺傷することをねらったとみられる爆弾事件が相次いだが、革労協狭間派が「警視庁新宿警察署清和寮爆破殺人事件」で使用した新型設置式爆弾は、動かされても、また設定された時刻が来ても爆発するという二重の仕掛けが施されており、攻撃対象を確実に殺傷することをねらった凶悪なものであった。また、中核派が引き起こした「伊勢神宮に向けた迫撃弾事件」では、迫撃弾発射の数十分後に発射装置付近に仕掛けた爆弾を爆発させるという手口が用いられており、「山科警察署椥辻(なぎのつじ)派出所爆破事件」では、警察官が不在の間に派出所の事務机の下に爆弾が仕掛けられた。
 このように、極左暴力集団は、武器の改良、開発を一段と進め、凶悪、巧妙化した爆弾を使用したテロ、ゲリラを多発させた。
(4) 極左対策の推進
 極左暴力集団は、最近、警察の目を逃れるため、アジトを短期間に移動したり、シンパの居宅やアルバイト先の会社の寮に潜伏したり、偽造した身分証明書を使って旅館やホテルを転々としながら広範囲にわたっ て移動を繰り返すなど一層非公然化の傾向を強めている。
 また、テロ、ゲリラ事件を引き起こす場合には、発見されにくいように武器の小型化や偽装を図っているほか、精巧な偽造ナンバープレートを取り付けた盗難車両を使用するなど、その手口が一層巧妙化してきている。
 これに対し、警察は、事件捜査を徹底するとともに、広く国民の協力を得て全国的にアパートローラー、「地下工場」ローラー等秘密アジト発見活動を徹底し、また、車両盗難防止対策や爆弾材料となる薬品の入手を困難にする措置を採るなどあらゆる対策を積極的に推進した。
 この結果、平成2年中には、埼玉県大宮市内の革労協狭間派秘密アジトから手製けん銃、爆弾等を押収したのをはじめ、秘密アジト11箇所を摘発し、テロ、ゲリラ事件の被疑者を含む秘密部隊員28人をはじめ、合計211人の極左活動家を検挙した。
〔事例1〕 「大宮アジト」の摘発
 2年1月29日、埼玉県大宮市内の革労協狭間派秘密アジトを摘発し、その際、捜査員に対し手製けん銃を構えて抵抗した同派活動家1人を公務執行妨害等で逮捕するとともに、手製けん銃、爆弾等多数を押収した。
〔事例2〕 「武蔵野アジト」の摘発
 2年10月1日、東京都武蔵野市内の中核派秘密アジトを摘発し、その際、捜査員に暴行を加えた同派活動家2人を公務執行妨害で逮捕するとともに、迫撃弾の発射に使用されるとみられる時限装置の部品、工具類、水溶紙等多数を押収した。
〔事例3〕 迫撃弾ゲリラ犯人の検挙
 2年6月26日、山形県米沢市内の小野川温泉において、偽造ナンバープレートを車両に取り付けて走行していた中核派活動家3人を 道路運送車両法違反で逮捕した。このうちの1人は、「皇居・北の丸公園に向けた迫撃弾事件」で手配中の犯人であり、後日再逮捕した。
 警察は、秘密部隊員を検挙し、秘密アジトを摘発するなど様々な対策を講じてきた。しかし、極左暴力集団は、多数のテロ、ゲリラ事件を引き起こして死傷者を出すなど重大な被害を生じさせ、また、「東海道新幹線新横浜駅付近擁壁爆破事件」等でも危うく大惨事になりかねないところであった。
 このような情勢の中、極左暴力集団のテロ、ゲリラに対してき然として立ち向かうべきであるとする世論が高まり、2年10月には、法務大臣及び国家公安委員会委員長が、極左暴力集団に対し即刻犯罪行為を中止するよう警告するとともに、あらゆる法令を適用し、断固たる対策を講ずる決意を表明する共同声明を発表した。
 極左暴力集団のテロ、ゲリラ事件により更なる犠牲者が出ることが深く憂慮される現状を打開して、テロ、ゲリラを封圧し、大規模な組織的犯罪者集団である極左暴力集団を解体するために、警察としては、国民の理解と協力の下、創意工夫を凝らした捜査により、秘密アジトの摘発やテロ、ゲリラを実行している秘密部隊員の検挙のため一層努力するとともに、関係機関との連携を密にし、あらゆる法的手段を尽くして極左暴力集団の壊滅に向け努力しなければならない。

3 激化要因をはらんだ国際テロ

(1) 国際テロ情勢
ア 地域別テロ情勢
 平成2年の地域別テロ情勢は、次のとおりである。
○ 中東では、パレスチナ解放戦線(PLF)アブ・アッバス派によるイスラエル海岸襲撃未遂事件が発生したが、PLOがこれを非難しなかったことから、米国とPLOとの対話が中断した。
 イラクのクウェート侵攻(8月)に伴い、サウジアラビア等のアラブ連盟加盟国の一部は、反イラクの姿勢を明確にしたが、PLOは、今回の湾岸危機をパレスチナ問題と絡めようとするイラクの立場を支持した。イラクはアブ・アッバス派等のパレスチナ人テログループへの支援を強化したものとみられ、西側諸国、サウジアラビア等のアラブ穏健派諸国がテロの対象となることが懸念された。
 他方、エルサレムにおけるイスラエル治安部隊とパレスチナ人の衝突事件(10月)を契機に、パレスチナ人とイスラエルの緊張も一挙に高まった。
 こうした中で、エジプト人民議会議長暗殺事件(10月)等が発生した。
○ 東欧では、多くの国で社会主義政権が崩壊し、西ドイツ赤軍(RAF)やカルロス等国際テロリストが過去においてこれらの国々の一部でひ護を受けていたことが明らかになった。
○ 西欧では、暫定アイルランド共和国軍(PIRA)によるイギリス下院議員暗殺事件(7月)、RAFによる西ドイツ(当時)内務次官暗殺未遂事件(7月)等が発生した。
○ 中南米では、コロンビアにおける米国人3人の誘拐事件(2月)、ホンジュラスにおける米軍バス銃撃事件(3月)等米国権益をねらったテロ事件が発生した。
○ アジアでは、フィリピンにおけるスイス国際赤十字職員2人の暗殺事件(1月)、タイにおけるサウジアラビア外交官3人の暗殺事件(2月)等が発生したほか、インド、スリランカにおいては、人種、宗教対立等に起因したテロ事件が多発した。
イ 我が国に関連した国際テロ事件
 2年中に発生した我が国関連の国際テロ事件としては、フィリピンにおける民間援助団体「オイスカ」邦人職員誘拐事件(5月)、ペルーにおける邦人旅行者殺害事件(11月)等がある。
(2) 湾岸危機に伴って対決姿勢を強めた日本赤軍
 日本赤軍は、「5.30声明」において、リッダ闘争(昭和47年の日本赤軍による無差別テロ事件)が示した国際主義と革命精神を継承し、更に堅持、発展させるとの決意を表明した。
 また、湾岸危機に関して、声明(9月27日付け)を発し、いわゆる自衛隊派遣の動きを激しく非難するとともに、在日米軍基地等に対する反帝国主義の闘いを呼び掛けた。
 特に重信房子は、共同通信社とのインタビュー(10月8日報道)の中で、「自衛隊派兵となれば非軍事の論理は通用せず、私たちは闘う態勢をとらざるを得ない」と述べるとともに、闘争方法に関してテロもあり得ることを示唆した。また、「獄中同志奪還」については、奪還の意志に変化がないとみられる。
(3) 過去20年を総括し帰国に向けた活動を強化した「よど号」犯人グループ
「よど号」犯人グループの大半は北朝鮮にいるとみられるが、一部の メンバーの所在は不明である。
 同グループは、「よど号」ハイジャック20周年を契機に帰国問題への取組を強め、我が国に潜入していたAが逮捕された日を「帰国記念日」として、同日付けで、機関誌「日本を考える」に代えて、「自主と団結」を新たに発刊することとした(5月6日)。また、帰国問題の協議を求める首相あて書簡(6月23日付け)の送付、訪朝(8月)したB元赤軍派議長との協議等を行った。
 なお、東京地裁は、12月20日、Aに対し懲役5年の実刑判決を言い渡したが、同人はこれを不服として東京高裁に控訴した。

4 危険な傾向を一層強めた右翼運動

(1) テロ、ゲリラ志向が定着し、けん銃使用事件が増加
 最近の右翼運動は、目的達成の手段をテロ等直接行動に求める傾向が強まっており、また、けん銃を使用した事件が増加するなど、テロ、ゲリラ志向が定着し、一段と悪質、先鋭化している。
 とりわけ、平成2年においては、本島長崎市長を白昼けん銃でそ撃し、重傷を負わせた事件(1月18日、長崎)、中曽根元首相の選挙事務所内でけん銃を発砲した事件(2月11日、群馬)等、戦後最多の5件のけん銃使用事件を引き起こした。
 過去10年間の右翼によるけん銃使用事件の発生件数は、表7-1のとおりである。

表7-1 右翼によるけん銃使用事件の発生件数(昭和56~平成2年)

(2) 北方領土等各種問題をとらえて街頭宣伝活動を活発に展開
 右翼は、シェワルナゼ・ソ連外相及び盧泰愚・韓国大統領の来日、日教組及び全教(全日本教職員組合協議会)の大会、日本共産党大会、ソ連漁船寄港等の機会をとらえて、街頭宣伝活動を活発に展開した。
 とりわけ、シェワルナゼ・ソ連外相の来日(平成2年9月4~7日)をめぐっては、従来の来日反対一辺倒の活動から北方領土の返還を訴える啓蒙(もう)活動に重点を移した街頭宣伝活動に取り組んだ。
 また、盧泰愚・韓国大統領の来日(5月24~26日)に際しては、天皇陛下の「お言葉問題」や在日韓国人三世の法的地位問題等をとらえ、「天皇陛下を政治的に利用することは許されない」、「韓国の要求は内政干渉である」などと反発し、韓国批判の街頭宣伝活動を展開した。
(3) 右翼の拡声機騒音対策
 国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律により、平成2年中、静穏を保持すべき地域として北海道、東京都

及び大阪府において延べ25箇所が指定され、警察では、同法違反で2件、2人を検挙した。
 また、岡山県においては、日教組の教研集会の開催(3月)に際して、多数の右翼団体が押し掛け、街頭宣伝車の拡声機で騒音を発したため、「拡声機等による暴騒音規制条例」を適用して右翼4人を検挙するなど積極的な取締りを推進した。
 一方、拡声機騒音に対する取締法令の不備を補う必要性から、岐阜、長崎、熊本及び福島の各県議会において、それぞれ公安委員会所管の「拡声機による暴騒音の規制に関する条例」が新たに制定され、このような条例の制定の動きが全国的な広がりをみせた。

5 従来からの路線を堅持する日本共産党

(1) 総選挙に敗北、党内外から指導部批判が噴出
 日本共産党は、共産主義を指導理念とする社会主義国において平成元年以降様々な矛盾が表面化したことに、より厳しい立場に立たされ、表7-2のとおり、2年2月の総選挙で敗北した。

表7-2 総選挙における日本共産党の議席及び得票状況

 日本共産党指導部は、選挙の結果について、「わが党の政策は正しかったが東欧問題で有権者に誤解があった」と総括し、敗北の責任を回避した。
 こうした日本共産党指導部の姿勢に対して、党内外から「ルーマニアのチャウシェスク独裁政権を美化していたではないか」、「『民主集中制』の組織原則によって党内の民主主義が抑圧されている」、「宮本議長は退陣すべきだ」といった批判が噴出した。
(2) 第19回党大会を開催、従来の路線及び体制を堅持
 日本共産党は、平成2年7月9日から13日までの5日間、静岡県熱海市所在の伊豆学習会館で第19回党大会を開催した。
 大会では、党指導部批判をことごとく退け、「ソ連、東欧の事態はスターリン・ブレジネフ型の社会主義とその押しつけの破たんであって、本来の社会主義の破たんではない」、「右往左往は無用。日本共産党の路線はなんら影響を受けない」などとして、これまでの革命路線を堅持していくことを明確にした。また、党の指導体制についても、「党三役」のうち 書記局長が金子満広から志位和夫に交替しただけで宮本議長、不破委員長は留任し、大きな変化はなかった。
 第19回党大会時の日本共産党の勢力は、党員約48万人、「赤旗」約290万部でいずれも前回党大会時(昭和62年11月、党員約49万人、「赤旗」約320万部)より減少した。大会後、日本共産党は、学習活動を強化して内部の動揺を押さえる一方、党内の指導部批判者に対する締付けを強めたが、党内では、「社会主義そのものに問題があるのではないか」、「党の指導や路線に問題があるのではないか」という声が聞かれるなど動揺が続いた。
(3) 孤立が続く全労連
 日本共産党の指導、援助を受けて結成された全労連(全国労働組合総連合)は、平成2年においても連合に対する批判を強める一方で、春闘、メーデー等を通じて組織拡大や各種の闘争を活発に行った。
 しかし、組織拡大の面では、勢力は結成時と同じ公称140万人にとどまり成果がなかったほか、全労協(全国労働組合連絡協議会)傘下の社会党左派系労組との共闘についても、国労が拒否したため進展はみられなかった。
 また、春闘では、ストを含む5次にわたる全国統一行動に取り組み、要求課題の実現を図ったが、賃上げの相場形成にはほとんど影響を与えなかった。さらに、全労連は、中央労働委員会労働者委員のポスト獲得に向けた活動にも力を入れたが、連合系が全労働者委員(定数13人)を独占したため、この分野でも成果を挙げることはできなかった。
 このように、全労連は、労働界での組織や影響力の拡大等をねらって活動したが、孤立状態から脱却することはできなかった。

6 反戦闘争を中心に取り組まれた大衆闘争

 平成2年の大衆闘争は、国連平和協力法案、消費税、即位の礼・大嘗祭、原発、コメ輸入自由化等の問題を中心に取り組まれた。
 中でも、イラクのクウェート侵攻を契機に政府が国会に提出した国連平和協力法案をめぐって与野党が激しく対立したことから、「自衛隊の海外派兵反対」、「米軍への戦争協力法粉砕」等を掲げる反戦闘争が活発化した。
 これらの反戦闘争には、全国で2,952回、約49万2,000人が動員され、最近5年間で最多となった。最近5年間の反戦闘争における動員状況は表7-3のとおりである。

表7-3 反戦闘争における動員状況(昭和61~平成2年)

 なお、2年10月2日には、大阪府の通称あいりん地区において、労働者同士の口論を発端とした蝟集事案が発生し、暴力団取締りをめぐる警察官の収賄事件への反発等も重なって、同7日までの間に最盛時約1,600人が蝟集し、駐車車両への放火、商品略奪等の集団による不法行為を繰り返した。警察は、この間、56人を検挙するとともに、201人を保護し、又は補導した。同地区におけるこのような事案の発生は、17年ぶりであった。

7 多様化するスパイ活動等の実態

 従来の東西対立から対話と協調を基調とした新たな国際秩序の構築に向けた模索がなされる一方、湾岸危機等にみられるように国家間、民族間の利害の対立が顕在化しており、国際情勢は、不安定かつ不確実な過渡期を迎えている。
 このような情勢を反映して、我が国に対するスパイ活動、我が国を場とした第三国に対するスパイ活動等は、ますます活発化している。
 特に近年のスパイ活動は、その重点を、我が国の政治、経済、外交、防衛に関する情報、米国の軍事に関する情報、韓国の政治、軍事等に関する情報の入手から、我が国の各界各層に対する謀略性の強い工作、高度科学技術情報の収集等に移してきている。
 こうしたスパイ活動は、国家機関が介在して組織的かつ計画的に行われるため、潜在性が強く、その実態の把握は困難である。また、我が国には、このようなスパイ活動を直接取り締まる一般法規がないため、スパイ活動を摘発できるのは、その活動が各種の現行刑罰法令に触れた場合に限られている。
 警察としては、今後とも、我が国の国益と国民の平穏な生活を守るため、スパイ活動等に対し、徹底した取締りに努めることとしている。
(1) 積極化、巧妙化するソ連の対日諸工作
 ソ連は、ゴルバチョフ政権誕生以降、ペレストロイカを推進し、柔軟で協調的な外交路線を採っており、特にKGBは、近時、イメージチェンジを図り、国内外での広報活動に力を入れている。しかし、その一方では、高度科学技術情報、軍事情報等をねらって、我が国をはじめ西側諸国に対するスパイ活動を依然として積極的に行っている。
〔事例〕 在東京ソ連通商代表部員が、昭和63年から平成元年にかけて、我が国を場として、米国軍人から機密資料を入手しようと企てていたことが明らかとなった(2年1月発覚)。
 また、ソ連は、我が国から経済援助を獲得するため、その大きな障害とみられている北方領土に関する我が国の政経不可分の政策等の変更を企図して、各界各層に対する諸工作(アクティブ・メジャーズ)をますます巧妙に展開している。
(2) ねらわれる高度科学技術
 高度科学技術の収集については、直接的なスパイ活動によるもののほか、通常の貿易等にしゃ口した戦略物資の入手によるものなど、国際化の進展とともにその手段がますます巧妙化しつつある。
 警察としては、ココム規制等(注)に違反するこのような情報収集活動に対しては、関係機関との連携を一層強めつつ、事件検挙を通じて、積極的に国民の前にその実態を明らかにするように努めている。
(注) ココム規制については、武器及び原子力関連の技術及び貨物を除き規制が大幅に合理化され、平成3年9月1日から発効することとなった。しかし、真に戦略性の高い技術及び貨物については、新しく作成されるリスト(新産業リスト)においても規制が継続されている。また、紛争地域での使用が懸念される核、生物及び化学兵器のような大量殺りく兵器についても、国際的な安全保障の観点から、その原材料、製造装置等の貨物及び関連技術の輸出規制が強化される方向にある。
(3) 暗躍する北朝鮮特殊工作船
 北朝鮮は、従来から、「南朝鮮革命による朝鮮半島の統一」の実現に向けて、特殊工作船を用いて我が国の沿岸から工作員を密出入国させるなどして、我が国を足場とした対韓工作を活発に行ってきた。
 平成2年には、福井県の海岸に北朝鮮の特殊工作船とみられる小船が 漂着し、依然として北朝鮮が工作員を密出入国させていることが明らかになった。

〔事例〕 美浜事件
 2年10月28日、福井県三方(みかた)郡美浜町松原海岸に船籍不明の木製の小船が漂着した。この漂着船は、形状、装備品、乱数表、ハングルで書かれた換字表等の遺留品の状況から、北朝鮮工作員が密出入国に用いる特殊工作船からの上陸用子船であるとみられ、本件は複数の北朝鮮工作員による組織的かつ計画的な不法入国事件と判断された。
 また、北朝鮮は、日朝関係の改善、経済援助の獲得等を目的に、訪朝要請や各種代表団の派遣を行うなど、我が国の各界各層に対する働き掛けを強めている。
 警察としては、関係機関との連携を強化するとともに、民間の協力を得て、北朝鮮工作員による日本人のら致事案や北朝鮮工作員の特殊工作 船による我が国への密入国事案の未然防止を図り、我が国の沿岸域の安全確保に努めている。
(4) 多様化する外事犯罪
 近年は、我が国での就労を目的とした中国人による集団密入国事件等が目立ってきており、また、平成2年には、中国人の偽造グループが、「留学生」を装って我が国で就労することを企図する中国人を不法に滞在させるために、文書を組織的に偽造するという事件も発生している。
 警察としては、このような新たな形態の外事犯罪に対しては、関係機関と連携を取りつつ、適切な取締り等に努めることとしている。
〔事例1〕 中国人集団密入国事件
 2年10月、長崎県長崎市小江(こえ)町付近の岸壁に木造船が接岸し、中国人15人が不法に上陸するという事件が発生し、長崎県警察では、全員を出入国管理及び難民認定法違反で検挙した。
 捜査の結果、本件には、中国人ブローカーの組織的かつ計画的な介在があったことが判明している。
〔事例2〕 中国人就学生に係る有印公文書偽造事件
 2年9月から10月にかけて、神奈川県警察では、横浜国立大学の入学許可証、在籍証明書等4種類の公文書を偽造した中国人2人及びこれらの偽造文書を入国管理局に提出した上で同大学の聴講生になりすましていた中国人5人の計7人を有印公文書偽造、同行使で検挙した。

8 厳しい情勢の中での警衛・警護

(1) 天皇及び皇族の御身辺の安全を確保した警衛
 天皇皇后両陛下は、全国植樹祭(5月、長崎)、全国豊かな海づくり大会(7月、青森)、国民体育大会秋季大会(10月、福岡)、即位の礼・大嘗祭及びこれに伴う親謁(11~12月、東京、三重、奈良、京都)等へ行幸啓され、皇太子殿下は、国民体育大会冬季大会(1月、岩手)、国際花と緑の博覧会(3、9月、大阪)、全国高等学校総合体育大会(7~8月、宮城)、全国育樹祭(10月、山梨)等へ行啓された。また、秋篠宮殿下、同妃殿下は、御成婚の御奉告(6~7月)で東京、三重、奈良にお成りになられた。
 国民の皇室に対する関心が一段と高まりをみせる中、警察は、皇室と国民との親和に配意した警衛を実施して、御身辺の安全の確保と歓送迎者の雑踏事故の防止を図った。
(2) 緊迫した情勢の中での警護
 平成2年は、右翼による「長崎市長殺人未遂事件」、「中曽根元首相選挙事務所内けん銃発砲事件」や極左暴力集団による爆弾事件等銃器、爆弾を使用した凶悪なテロ、ゲリラ事件が続発した。
 また、国外においても、米国国防長官の訪比を控えたマニラ市内での爆発事件(2月)、コロンビア・ボゴタ市長射殺事件(2月)、イギリス下院議員暗殺事件(7月)、西ドイツ(当時)内務次官暗殺未遂事件(7月)等の要人テロ事件が発生した。
 このような緊迫した情勢の中で、海部首相等国内要人は、総選挙をはじめ各種選挙の応援等のため、国内各地を訪れた。また、海部首相は第16回主要国首脳会議(ヒューストンサミット)出席のため米国を訪問(7 月)したほか、ヨーロッパ(1月)、米国(3月)、南西アジア(4~5月)、中東(9~10月)を訪問した。
 他方、外国要人は、公賓チャチャイ・タイ首相(4月)、国賓ザーイド・アラブ首長国連邦大統領(5月)、国賓盧泰愚・韓国大統領(5月)、シェワルナゼ・ソ連外相(9月)をはじめ、国際花と緑の博覧会(4~9月)及び即位の礼(11月)に際しては多数の要人が来日した。
 警察は、これら内外要人の警護に当たり、身辺の安全を確保した。


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