第4節 薬物問題に対する取組

1 国際的な取組

 薬物不正取引は世界的な規模で敢行されていることから、各国の薬物問題は極めて密接に関連しており、個々の国家レベルで講ずる対策には一定の限界がある。
 こうした状況の下、薬物対策に国際的な空白を生ずることがないように各国間の連携や協力を確保するため、国連等を中心に次のような取組が行われている。
(1) 多数国間条約
 1961年3月、薬物に関する国際的統制を統一してより実効あるものとするため、「千九百六十一年の麻薬に関する単一条約」が採択された。この条約は、ヘロイン、コカイン、大麻等の薬物の用途を医療上及び学術上の目的に制限するために必要な各種の規制、国際協力、国内罰則の整備等の義務を定めており、1990年末現在、我が国を含む126箇国が締結している。
 また、覚せい剤、幻覚剤、興奮剤、睡眠薬、精神安定剤等の薬物についても、その乱用が世界的規模で拡大し、国際的統制を行う必要が生じたことから、1971年2月に「向精神薬に関する条約」が採択された。1990年末現在、我が国を含む104箇国がこの条約を締結しており、我が国でもその締結のために、平成2年に麻薬取締法(現在の麻薬及び向精神薬取締法)等の改正が行われた。
 さらに、近年、薬物犯罪組織等による薬物不正取引の問題が深刻化し、これらの条約に基づく統制のみでは薬物の乱用を十分に防止できないとの認識が高まったことから、1988年12月、薬物不正取引に対する取締りの強化を目的とする「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」(以下「麻薬新条約」という。)が採択され、1990年末現在、33箇国1機関がこの条約を締結している。麻薬新条約には、マネーローンダリングを含む薬物不正取引の処罰、不正取引によって得た収益の凍結や没収、コントロールド・デリバリー(捜査機関が薬物不正取引を認知しても、直ちには検挙せずにその監視の下に置き、最終段階で犯人を一網打尽に検挙する捜査手法)の導入、犯罪人の引渡し、国際捜査協力の強化等薬物不正取引の取締りを進める上で有効と考えられる多くの内容が盛り込まれている。我が国は、平成元年12月に同条約に署名し、現在、その締結に必要な国内法の整備が進められている。
(2) 主要国首脳会議
 薬物問題は、1985年5月のボンサミット以降、主要国首脳会議の議題とされてきたが、1989年7月のアルシュサミットでは、特に主要議題として取り上げられ、その経済宣言で麻薬新条約の早期締結、国際協力の強化等の必要性が世界各国に向けて強調された。また、同宣言では、薬物不正取引を根絶するには不正収益についての対策が不可欠であるとの認識に基づき、銀行等の金融機関におけるマネーローンダリング防止対策の在り方を検討するための「金融活動作業グループ」を招集することも表明された。
 この検討には15箇国1機関から金融監督、犯罪捜査の専門家が多数参加し、1990年4月、顧客の本人確認、取引記録の保管、マネーローンダリング容疑取引の権限ある当局への報告等を金融機関に義務付けることなどを内容とする勧告が提出された。
 薬物問題は、1990年7月のヒューストンサミットでも引き続き取り上げられており、麻薬新条約の早期締結、「金融活動作業グループ」の勧告の実施等を強く求める経済宣言が発表されるとともに、薬物原料物質等の規制について検討するための「化学物質作業グループ」の招集が決定された。
(3) 国連麻薬特別総会
 1990年2月、国連本部で、薬物問題に関するものとしては初めての麻薬特別総会が開催された。この総会では、薬物乱用を根絶するには国際協力が不可欠であるとの認識の下に、薬物問題は世界各国の共同責任であること、1991年から2000年までを「国連麻薬乱用撲滅の10年」とすること、薬物乱用の根絶のための国際協力を更に強化することなどをうたった「政治宣言」、及びその具体的な戦略としての薬物問題に対する国連予算、人員の優先的配分のほか、加盟国による総合的需要削減対策の推進、不法生産対策の強化、各国の麻薬新条約の早期締結、マネーローンダリング防止対策の推進等を盛り込んだ「世界行動計画」が採択された。

2 諸外国における取組

(1) 米国
 米国では、薬物問題に起因する治安の悪化に対処するため、1973年に従来の連邦薬物取締機関を統合して司法省に麻薬取締局(DEA)を設置したのをはじめ、1982年には同省の連邦捜査局に薬物犯罪の捜査権限を新たに認めるなどして取締体制を充実するとともに、犯罪手段の複雑、巧妙化に対応するため、身分を偽変した捜査官を犯罪組織の内部に送り込む潜入捜査、おとり捜査、情報協力者の活用、コントロールド・デリバリー、裁判所の令状に基づく電話の通話内容の傍受等の特別な捜査手法を積極的に導入して、不正取引に対する取締りの強化を図ってきた。また、不正収益対策として、1970年に凍結、没収や金融取引の報告制度を設け、これにより薬物犯罪組織から多額の財産(1989会計年度には、DEAが関与したものだけで約10億ドル相当)を没収している。さらに、海外の供給源や密輸ルートを壊滅させるため、関係国に多数の捜査官を常駐させて情報収集や現地取締機関への協力に当たらせている。特に、中南米等の薬物の生産国における取締りや作物転換事業に対しては、強力な財政、技術、軍事面の支援を行っている。
 このほか、需要削減対策の面からも、教育、原子力産業、防衛産業等の一定の分野を対象に「乱用防止プログラム」の策定を義務付けたり、政府職員、運送事業従事者等に対して薬物検査を実施するなど、官民を挙げて厳しい取組を行っている。
 これらの薬物対策は、米国の最重要内政課題の一つとされており、1989年9月に大統領が発表した「国家麻薬撲滅戦略」を受け、議会でも薬物対策予算の大幅な増額(1990年度予算は、1989年度に比べ30億ドル(46.9%)増の94億ドル、1991年度予算は、1989年度に比べ41億ドル(64.1%)増の105億ドル)が認められている。
(2) 英国
 英国では、「薬物乱用の拡大は、薬物供給量の増加に比例する」との考え方に基づき、海外からの薬物供給を遮断するための国際捜査、国際協力を特に重視している。このため、欧州、アジア、中南米等の各国へ薬物連絡官を配置するほか、ソ連と薬物取締りに関する協定を結ぶなど、外国との共同捜査の推進を図るとともに、生産国への財政、技術支援等にも積極的に取り組んでいる。国内では、1985年以降、コカイン等の不正取引に対する最高刑を無期刑に引き上げるなどの罰則の強化、不正収益の没収、マネーローンダリングの処罰等の法令の整備を図るとともに、 薬物犯罪に関する情報を集中的に分析するための国家薬物情報局の設立、警察と税関の共同捜査班の設置等取締体制の充実に努めている。
 このほか、需要削減対策として、小、中学校における予防教育の実施をナショナル・カリキュラムで義務付けているほか、乱用防止の全国キャンペーンを定期的に展開し、特に1987年以降は、エイズ予防の問題を絡めて行うことにより効果を挙げている。
(3) コロンビア
 コロンビアでは、薬物問題を国家の安全と民主主義に対する最大の脅威ととらえ、1978年以降、米国の支援を受けながら、国家の総力を挙げた取締りを行っている。取締り自体は国家警察が所管しているが、武装した薬物犯罪組織に対抗するために軍や保安部隊も動員されている。特に、1989年8月の大統領候補暗殺事件以降、政府は、薬物犯罪組織に対して宣戦をするとともに戒厳令を布告し、さらに、テロ等により低下した司法の機能を回復させるために、薬物犯罪及びこれに関連するテロ事件のみを取り扱う特別の裁判所を設置したほか、取締りを一層強化し、1990年には、53トンのコカインを押収し、300箇所以上の密造所を破壊し、7,000人以上を逮捕している。
 こうした取締りの強化に対して、薬物犯罪組織も「全面戦争」を宣言しており、報復テロ等により同年中に警察官420人が殉職するなど多大の犠牲が生じ、事実上の内戦とまで言われる状態が続いている。

3 我が国における取組

 警察では、我が国の薬物乱用の実態を踏まえながら、活動の重点を供給ルートの遮断と乱用の根絶に置いて総合的な対策を進めている。
(1) 供給ルートの遮断
 警察では、薬物の持ち込みを水際で阻止するため、税関、入国管理局等の関係機関と緊密な情報交換を行い、密輸入関係者の発見と動向の監視を強化するとともに、国内の薬物犯罪組織を壊滅させるため、専従捜査体制の拡充、薬物事犯捜査共助官制度等による連絡共助の円滑化、捜査用装備資機材の整備を図り、全国の警察が一体となった組織的、広域的な捜査を推進している。また、薬物犯罪組織に資金面からの打撃を与えるため、不正取引事犯を摘発した場合には、税務当局への通報等を積極的に行うこととしている。
(2) 乱用の根絶
 警察では、薬物乱用に関する情報の提供を積極的に行うことにより、乱用を拒絶する社会環境づくりを推進することとしている。このため、覚せい剤相談電話等により乱用者の家族等からの相談に応じているほか、平成2年には、広報啓発資料として、乱用者手記集「白い粉の恐怖」、乱用防止啓発ビデオ「ミユキの歌声」を制作し、全国に配布した。また、(財)全国防犯協会連合会、(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター等の関係団体との連携による広報啓発活動にも努めている。
 さらに、警察では、末端乱用者の徹底検挙を図るため、毛髪、爪による乱用事実の鑑定技術、コカイン等の薬物の発見現場における簡易な判定方法等の科学技術の開発にも努めている。
(3) 国際協力の推進
 警察では、関係国との間で捜査員の相互派遣を行うことなどにより国際捜査協力を進めるとともに、各種の国際会議に積極的に参加するなどして情報交換に努めている。また、生産国等における取締り能力の向上に資するため、国際協力事業団との共催による麻薬犯罪取締りセミナーを開催しているほか、政府開発援助として薬物対策技術の移転を図るため、東南アジア諸国に対する事前調査を実施している。


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