はじめに

 平成元年は、緊張緩和に向かう国際情勢を背景に、経済は堅調に推移したものの、政治、社会の各分野においては、変動の多い年であった。
 国際情勢は、米ソ首脳会談の開催により、軍縮に向けた政治対話が進展するなど、対話と協調を基調とする国際秩序の構築に向けての新たな展開がみられた。共産圏諸国の中では、ソ連において、民族問題と経済危機が深刻化する一方、東欧諸国においては、ベルリンの壁の一部撤去に象徴されるように、民主化と市場経済導入に向けての改革の動きが加速された。また、中国においては、「天安門事件」以後、保守化の傾向が強まり、思想等の引締めが行われた。朝鮮半島情勢は、緊張緩和の兆しがみられながらも、統一をめぐる思わくの違いから、南北対話は再開と中断が繰り返され、依然として厳しい対立が続いた。
 世界経済は、欧米諸国の景気が緩やかながら拡大傾向をたどる一方、貿易収支の不均衡等の懸案が解決されないままに推移した。
 国内では、昭和天皇が、1月7日崩御され、元号は「平成」と改められた。2月24日、「大喪の礼」が執り行われ、国内外要人等約1万人が参列するとともに、約57万人の国民が沿道で御葬列をお見送りした。また、7月には、リクルート問題、消費税問題、農産物自由化問題等を争点とした第15回参議院議員通常選挙が行われ、自民党が大幅に議席数を減らした。これに対し、消費税廃止を訴えた社会党が飛躍的な伸びをみせ、参議院での与野党勢力が逆転した。
 国内経済は、需要が堅調で、企業収益は増加し、雇用情勢も改善が進むなど、拡大局面で推移した。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数がオートバイ盗、自転車盗等の増加により167万件を超え、戦後最高を記録した前年を更に上回った。内容的には、警察庁指定第117号事件をはじめとする幼児等を対象とした誘拐殺人事件が多発したほか、来日外国人による凶悪犯罪が著しく増加した。また、暴力団については、山口組をはじめとする大規模暴力団の勢力拡大傾向が著しく、対立抗争事件及び銃器発砲事件の激増とともに、一般市民が巻き添えになる事案も増加しており、さらに、市民生活や企業活動を対象とした民事介入暴力事案、企業対象暴力事案も多発した。
 少年非行については、刑法犯少年が16万5,053人と前年に比べて減少したものの、成人を含めた刑法犯総検挙人員に占める少年の割合が過半数を超えるなど、依然として高水準で推移した。内容的には、初発型非行が高い比率を占めたことや女子による非行の割合が増加したほか、無職少年等による凶悪、粗暴な非行が目立った。
 薬物事犯については、覚せい剤事犯が依然として高水準で推移したのに加え、コカイン、ヘロイン及び大麻の押収量が急増し、薬物乱用の多様化が顕著となるなど深刻な状況にある。また、薬物乱用に起因する凶悪な犯罪等も引き続き発生しており、国民に不安を与えた。
 生活経済事犯については、先物取引や証券取引をめぐる悪質商法の手口が巧妙化して被害の潜在化傾向がみられるとともに、新しい取引形態を利用し、法の網を巧みに逃れる事犯が発生した。また、海賊版ビデオ等の著作権法違反事件が増加し、大規模な産業廃棄物の不法投棄事犯が目立った。
 交通事故については、発生件数、死者数、負傷者数とも前年を上回った。特に、死者数の増加は著しく、昭和49年以来15年ぶりに1万1,000人を突破するなど極めて憂慮すべき事態となった。また、違法駐車車両の増大に伴い、交通渋滞も深刻の度を深めた。
 警備情勢では、昭和天皇の崩御に伴い執り行われた大喪の礼に対し、極左暴力集団は、「大喪の礼爆砕」を主張して爆弾事件等を引き起こしたほか、右翼は、日本共産党の天皇批判活動等をめぐって暴力事件を引き起こした。大喪の礼警備は、過去最大規模のものとなったが、全国警察が総力を挙げて推進した結果、無事に終了した。極左暴力集団は、成田闘争重視の路線から皇室闘争を中心に据える路線に転換し、「三番町宮内庁宿舎自動車爆弾事件」等の「テロ、ゲリラ」を引き起こした。また、成田闘争では、現地団結小屋に対する除去処分に籠(ろう)城戦で抵抗した。一方、右翼は、「テロ、ゲリラ」への志向を一層強め、「中曽根元首相に対するテロ企図事件」、「山口社会党書記長襲撃事件」等悪質な事件を引き起こした。 日本共産党は、中国の「天安門事件」、ベトナム人等の「ボートピープル」の我が国への漂着、東欧諸国の共産党独裁体制の崩壊や東ドイツ国民の大量国外脱出等によって、社会主義国における矛盾が次々に露呈され、対応に苦慮した。また、参院選に敗北し、「赤旗」部数も減少した。労働運動では、日本労働組合総連合会とこれに対抗する日本共産党系の全国労働組合総連合が発足した。国際テロについては、航空機爆破、誘拐等が発生するなど、厳しい情勢にあり、また、日本赤軍は、依然として武装闘争路線を堅持した。我が国に対するスパイ活動等の外事犯罪は、依然として跡を絶たず、プロメトロンテクニクス・ココム違反事件等のココム違反事件等を摘発した。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 総合的な外国人労働者問題対策の推進
 来日外国人による犯罪の増加等、外国人労働者の流入に伴って現在発生している各種の問題に対処するため、外国人労働者の居住地域における地域対策の推進、外国人労働者の保護、通訳体制の整備、国際捜査力の強化等の諸施策を推進するとともに、来日外国人の不法就労防止に資するため、悪質ブローカー等の取締りを強力に推進する。
○ 「事件に強い警察」確立のための方策の推進
 社会情勢の変化に伴う犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対し、「事件に強い警察」を確立するために、広域捜査力及び国際捜査力の強化、捜査活動の科学化、捜査技術の研さんと優れた捜査官の育成、国民協力の確保等の諸施策を推進する。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団を壊滅し、暴力的不法行為を根絶するため、指定暴力団に重点を置いた取締りを徹底して暴力団員の大量反復検挙、資金源活動に対する取締り、銃器等の摘発を図るとともに、関係機関、団体等との緊密な連携の下に暴力団排除活動を強力に推進する。また、海外の捜査機関等との連携を密接にして暴力団の国際化に対処する。
○ 地域に密着し、事件事故等に即応する外勤警察活動の推進
 警ら、巡回連絡等を通じて、地域の実情に応じた犯罪の予防検挙、地域の要望にこたえる活動等、地域に密着した活動を行うとともに、常に警戒体制を保持しながらあらゆる警察事象に即応する活動を行うなど、市民の日常生活の安全と平穏の確保に努める。
○ 少年の非行防止と健全育成対策の推進
 少年の非行を防止し、その健全育成を図るため、関係機関、団体、地域社会等と連携して、非行少年等の補導、少年相談、非行を誘発させない環境づくり等の諸施策を積極的に推進するほか、少年の福祉を害する犯罪の取締りを一層強化する。
○ 薬物乱用防止対策の推進
 密輸密売組織及び末端乱用者に対する取締りを徹底するとともに、薬物の流入を水際で阻止するための海空港対策、関係機関、団体との協力による薬物乱用を拒絶する社会環境づくりをはじめ、広域捜査体制の確立及び国際協力の積極的な推進に努め、薬物乱用の根絶を図る。
○ 消費者被害防止対策の推進
 一般消費者に多大な被害を生じさせる悪質商法事犯について、潜在化した事犯の掘り起こしを図るなど積極的な取締りを推進するとともに、広報啓発活動や消費者保護機関との連携強化を推進し、被害の未然防止及び拡大防止を図る。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、総合的な駐車対策を推進するとともに、交通安全施設及び交通情報提供施設等の計画的整備並びに合理的な交通規制による快適な交通環境及び良好な生活環境の確保、体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政による交通モラルの向上、危険性、迷惑性の高い悪質違反の重点的取締りによる交通秩序の確立等の諸施策を総合的に推進するほか、時代の変化に的確に対応した新たな手法の開発、導入に努める。
○ 極左暴力集団による「テロ、ゲリラ」事件の根絶
 極左暴力集団による悪質な「テロ、ゲリラ」に対処するため、捜査体制、情報収集体制の強化を図る。また、国民の理解と協力の下、関係機関との連携を密接にし、極左暴力集団による「テロ、ゲリラ」を封圧し、極左暴力集団を解体させるための諸施策を推進する。
○ 右翼によるテロの未然防圧
 右翼による要人等に対するテロを未然に防圧するため、情報収集体制、捜査体制を強化するとともに、身辺警護等の警戒の徹底を図る。
○ 国際テロの未然防止対策
 国際テロについて、内外関係機関との緊密な連携により、日本赤軍メンバーをはじめとする国際テロリストの出入国や武器等の搬出入を阻止するための措置を講じ、その未然防止に万全を期する。
○ 警察事象の変化に対応した警察装備の整備充実の推進
 警察事象の量的増大及び質的変化に的確に対応するため、先端科学技術の導入による装備資機材、通信施設の開発改善に努めるとともに、車両、船舶、航空機等の警察装備の整備充実を推進する。
○ 市民応接向上運動の推進
 適切な市民応接は、警察の職務執行の基本であり、あらゆる警察活動を通じてこれを実践することが必要である。このため、全国の警察を挙げて警察職員の応接態度の向上を図り、適切な職務執行に努めるとともに、警察署や派出所等の施設の整備はもとより、警察各分野における業務の進め方、目標の置き方等についても、国民のための警察を確立するという観点に立って、各種の施策を積極的に推進する。

 外国人労働者の大量の流入は、我が国の社会、経済に極めて大きな影響を及ぼすことが予想される。既に、悪質な職業あっせんブローカーによる外国人労働者を食い物にする犯罪の多発、来日外国人による刑法犯の増加等様々な問題が生じており、これらに対する的確な対応が求められている。この白書では、第1章において「外国人労働者の急増と警察の対応」と題する特集を組み、外国人労働者の実態とこれに対する警察の施策についてまとめることとした。


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