第9章 警察活動のささえ

1 警察職員

 我が国の警察組織は、都道府県を単位とし、都道府県公安委員会の管理の下に警察職務を直接執行する都道府県警察が置かれている。また、これら都道府県警察を国家的、全国的な立場から指導監督し又は調整する国の警察機関として、国家公安委員会の管理の下に警察庁が置かれている。
 警察庁及び都道府県警察に勤務する警察職員は、警察官、皇宮護衛官、事務職員、技術職員等で構成され、これらの職員が一体となって警察職務の遂行に当たっている。
 警察が治安維持の責務を全うするためには、警察に対する国民の理解と協力を確保することが不可欠であり、そのため、すべての警察職員が職責を自覚して職務に精励することが肝要である。しかし、平成元年においては、警察官による個人情報漏えい事件等が発生したため、これら不祥事案の問題点、反省点等を分析して、人事管理や職業倫理教養の在り方の見直しと具体的かつきめ細かな各種の施策の推進を図る(注)とともに、組織の活性化と職員の士気の高揚を図ることにより、国民の信頼と期待にこたえ得る警察運営に努めている。
(注) 2年5月に、「警察の保有する電子計算機処理に係る個人情報の取扱いに関する規則」(国家公安委員会規則)を定め、個人情報の取扱いの適正を図った。
(1) 定員
 警察職員の定員は、平成元年12月末現在、総数25万7,375人で、その内訳は、表9-1のとおりである。

表9-1 警察職員の定員(平成元年)

 元年度には、地方警察職員たる警察官の増員は行われず、警察官1人当たりの負担人口は、全国平均で557人となり、前年度に比べて2人増加した。これを欧米諸国と比較すると、図9-1のとおりで、我が国の警察官の負担は著しく重いものとなっており、今後とも警察力の整備に努める必要がある。

図9-1 警察官1人当たりの負担人口の国際比較(平成元年)

(2) 婦人警察職員
 平成元年4月1日現在、都道府県警察には、婦人警察官約4,100人、婦人交通巡視員約2,100人、婦人補導員約850人が勤務しており、交通指導取締り、犯罪捜査、鑑識活動、少年補導、警衛、警護、女子の留置・保護、警察広報等の多くの分野において活躍している。また、これらのほか、一般職員として約9,900人の女性が勤務している。
 いわゆる男女雇用機会均等法、改正労働基準法が施行されて以来、多くの都道府県警察において、女性の特性を十分に生かした婦人警察職員の配置により、警察業務の運営に相当の効果を上げているが、元年度は、婦人警察職員の職域拡大や採用の再開を実施した県が更に増加した。

(3) 採用
 警察官の採用については、それにふさわしい能力と適性を有する優秀な人材の確保に努めている。平成元年度に都道府県警察の警察官採用試験に応募した者は約5万6,900人で、合格した者は約7,000人(うち、大学卒業者は約2,400人)であり、競争率は8.0倍であった。
(4) 教育訓練
 警察官には、逮捕、武器使用等の実力行使の権限が与えられており、また、自らの判断と責任で緊急に事案を処理しなければならない場合も多いので、職務執行を適正に行うためには、高度な実務能力と円満な良識とを兼ね備えていなければならない。このため、警察では、警察学校において、新しく採用した警察官に対する採用時教養、幹部昇任者に対する幹部教養、専門分野に応じた各種の専科教養等の集合教養を実施しているほか、職場における個別指導を行うなど、あらゆる機会を通じてきめ細かな教養を行っている。
 学校教養の中で、特に力を入れているのは、都道府県警察学校で行う採用時教養で、新たに採用した警察官に対して、警察官として必要な法律知識や技能を身に付けさせるとともに、豊かな人間性をはぐくむための教育訓練を行っている。また、近年の犯罪の国際化に的確に対応するため、警察大学校の附置機関である国際捜査研修所において、語学能力と実務能力を兼ね備えた国際捜査官の養成に努めている。
 教養の推進に当たっては、各階級、各職種に求められる実務能力のかん養に努めるとともに、「警察職員の信条」の実践を中心とした職業倫理教養や相手の立場に立った親切かつ誠実な市民応接を行うための教養にも力を入れている。また、警察官の体力、気力を養い、職務執行に必要な各種の技能の習得を図るため、柔道、剣道、逮捕術、けん銃操法、体育等の術科訓練の強化に努めている。
(5) 勤務
ア 警察職員の勤務
 警察の果たすべき治安維持の責務は、昼夜を分かたぬものであるので、24時間警戒体制を確保する必要がある。そこで、外勤警察官をはじめ、全警察官の4割以上は、通常、3交替制で3日に1度の夜間勤務を行っている。交替制勤務者以外でも、警察署に勤務する警察官の多くは、6日に1度程度の割合で夜間勤務に従事している。また、突発事件、事故の捜査等のため、勤務時間外に呼び出されることも少なくない。
 このため、警察官をはじめとする警察職員の勤務条件、給与、諸手当等の待遇については、常に改善を検討しており、これまで、駐在所勤務員の複数化、派出所等の勤務環境の改善、階級別定数の是正等が図られてきた。
 なお、警察庁においては、昭和64年1月1日から、「行政機関の休日に関する法律」等の施行に伴い、土曜閉庁方式による職員の4週6休制が実施されている。また、都道府県警察においても、各地方公共団体において制定される条例により、同様の制度がおおむね実施されたところである。実施に際しては、突発事案に対する迅速、的確な対応、市民サービス等に支障を生じることのないよう、警察業務の特殊性を十分に考慮した方法によることとしている。
イ 警察官の殉職、受傷
 警察官は、身の危険を顧みず職務遂行に当たっているので、職に殉じたり、公務により受傷したりすることが少なくない。平成元年に、職に殉じて公務死亡の認定を受けた者は21人(前年比3人増)、公務により受傷した者は5,576人(前年比389人減)である。これらの警察官又はその家族に対しては、公務災害補償制度による補償のほか、各種の援護措置が採られている。
〔事例〕 5月16日午前2時50分ころ、警視庁練馬警察署中村橋派出所で勤務中の小林利明警部(35)と山崎達雄警部補(30)は、けん銃奪取を目的とした犯人と格闘になり、犯人が所持していた刃物で胸部等を刺され、殉職した。

2 予算

 警察予算は、国の予算に計上される警察庁予算と各都道府県の予算に計上される都道府県警察予算とで構成される。警察庁予算には、警察庁、管区警察局等国の機関に必要な経費だけでなく、都道府県警察が使用する警察用車両やヘリコプターの購入費、警察学校等の増改築費、特定の重要犯罪の捜査費等都道府県警察に要する経費が含まれている。
 平成元年度の国の予算編成においては、財政改革の推進と内需中心のインフレなき持続的成長の確保という二つの要請にこたえるべく、「昭和63年度当初予算における経常部門経費の予算額から10パーセントを削減した金額と投資部門経費の予算額相当額との合計額」という概算要求基準が設定された。警察庁としては、このような厳しい財政状況の下においても、現在の治安水準を維持するため、極左暴力集団、国際テロ組織等による「テロ、ゲリラ」対策(外事第二課の新設、自動車ナンバー自動読取システムの整備等)、広域重要事件対策(捜査第一課広域捜査指導官室の新設、広域機動捜査班用車の整備、捜査情報総合伝達システムの整備等)、覚せい剤の根絶対策(水際対策情報ネットワークシステムの整備等)等について、重点的に予算措置している。
 元年度の警察庁当初予算は、総額1,872億5,000万円で、前年度に比べ、78億3,900万円(4.4%)増加し、国の一般会計予算総額の0.31%を占めている。また、補正後予算の内容は、図9-2のとおりである。
 元年度の都道府県警察予算は、各都道府県において、それぞれの財政事情、犯罪情勢等を勘案しながら作成されているが、その総額は、2兆

図9-2 警察庁予算(平成元年度補正後)

図9-3 都道府県警察予算(平成元年度最終補正後)

4,585億3,600万円で、前年度に比べ、1,508億3,800万円(6.5%)増加し、都道府県予算総額の6.2%を占めている。その内容は、図9-3のとおりである。
 警察庁予算と都道府県警察予算の合計額(重複する補助金額を控除した額)を国の人口で割ると、国民1人当たり2万1,000円となる。

3 装備

(1) 車両
 警察用車両には、捜査用車、鑑識車等の刑事警察活動用車両、交通パトカー、白バイ、交通事故処理車等の交通警察活動用車両、警らパトカー、移動交番車等の外勤警察活動用車両等があり、現有警察用車両の用途別構成は、図9-4のとおりである。

図9-4 警察用車両の用途別構成(平成元年度)



 平成元年度は、広域重要事件捜査等のための刑事警察活動用車両、現場鑑識技術強化のための現場科学検査用車、高速道路用の交通指導取締り用車、極左暴力集団等による「テロ、ゲリラ」を根絶するためのゲリラ対策車、覚せい剤等薬物事犯取締りのための薬物取締り用車等の増強整備を図るとともに、既に配備されている警察用車両についても、耐用年数を経過して特に減耗度の著しい車両を重点に更新整備を図った。
 今後も、警察事象の広域化、悪質化に的確に対応して、国民の負託にこたえていくためには、警察機動力のかなめである警察用車両の整備充実を一層推進していく必要がある。
(2) 船舶
 警察用船舶は、全長8メートル級から20メートル級の警備艇及び5メートル級の公害取締り専用艇等合計203隻が、港湾、離島、河川、湖沼等に配備され、水上パトロール、水難救助、覚せい剤等の密輸事犯や密漁事犯あるいは公害事犯の取締り等の水上警察活動に運用されている。
 今後の警察用船舶の整備に当たっては、水上警察事象の広域化、スピード化に対応するため、より大型化、高速化、高性能化を図っていく必要がある。

(3) 航空機
 警察用航空機は、空からのパトロール、犯人の捜索や追跡等の捜査活動、交通指導取締り、救難救助等警察活動全般にわたる幅広い

分野で活動している。
 平成元年度は、徳島、宮崎の両県警に小型ヘリコプター各1機を新規に配備した。この結果、ヘリコプターの配備数は、43都道府県警察に合計58機となった。
 今後とも、高速性、広視界性に優れた警察用航空機の全県配備を推進していく必要がある。
(4) 警察装備資機材の開発
 警察では、警察活動の基盤となる装備資機材に、最先端科学技術を導入することによって、警察業務の効率化と高度化に努めている。
 平成元年度においては、第一線警察からのニーズが強い「テロ、ゲリラ」対策用資機材、個人用装備品等の開発改善に努めた。
 今後とも、警察装備資機材の科学化、近代化を図るため、研究、開発を一層推進することとしている。

4 警察活動とコンピュータの活用

(1) 犯罪捜査におけるコンピュータの活用
ア 捜査情報のコンピュータ処理
(ア) 捜査情報交換システムと多角照合システム
 複数の都道府県において発生した犯罪で、同一犯人の犯行と考えられるものについて、各都道府県警察が収集した捜査情報をデータ通信回線を通じて相互に交換し合うシステムを「捜査情報交換システム」といい、このシステムにより集めた情報について、コンピュータを用いて関連性のチェックを行うことにより被疑者の絞り込みを行うシステムが「多角照合システム」である。これらのシステムは、昭和61年から運用が開始されており、広域犯罪等の捜査支援等事件に強い警察の確立に貢献している。
(イ) 捜査資料の解析
 捜査活動で押収した膨大な書類、帳簿等を手作業で分析処理するには大変な人手と期間が掛かるため、これをパソコンや大型コンピュータで集計、分析することにより、捜査の迅速化、合理化を図っている。
 また、最近は、企業の会計事務等がコンピュータ処理されていることが多いため、押収した磁気テープ、フロッピー等の解読、分析等にもパソコンや大型コンピュータを用いている。
〔事例〕 平成元年8月、身の代金目的誘拐事件の被疑者による業務上横領事件が判明し、客方勘定元帳、信用取引顧客勘定元帳合計6,021点に上る証拠品を押収した。
 被疑事実を立証するためには、これらの押収資料から取引や損益の状況を分析する必要があり、手作業では多くの時間と人員を要することから、これを大型コンピュータ及びパソコンで処理することにより約2箇月で実態を解明し、年内に追起訴することができた(新潟)。
イ 指紋の照合
 警察庁では、昭和57年10月から「指紋自動識別システム」を導入して指紋の登録を開始し、58年10月から遺留指紋照会を、59年10月からは被疑者の身元や余罪を確認する業務を開始したが、この「指紋自動識別システム」は、被疑者の割り出しや身元確認等に大きな役割を果たしている。
ウ 第一線からの照会
 警察庁では、全国都道府県警察から手配された「人」(家出人等)、「車」(盗難車両等)、「物」(各種盗難品等)に関するデータを大型コンピュータで管理しており、全国の第一線警察官からの照会に対して即時に該当 の有無を回答することにより、警察活動を支援している。
 また、自動車を利用した犯罪に対応し、手配車両を早期に発見するため、「自動車ナンバー自動読取システム」や携帯型コンピュータによる「車両検索システム」の整備を行い、盗難車両等の発見に大きな成果を挙げている。
(2) 運転免許業務におけるコンピュータの活用
 全国の運転免許保有者数は、平成元年12月末現在5,900万人を超えている。これらの運転免許に関するデータは警察庁のコンピュータで全国的な管理を行っており、都道府県警察の運転免許試験場等に設置した端末装置からの照会に対して即時に回答することにより、以下の業務を処理している。
ア 免許証の交付事務処理
 運転免許試験に合格した人や、免許証の更新を申請した人に対して、必要なチェックを行い、迅速な免許証の交付に努めている。また、都道府県公安委員会ごとに発行される免許証を、警察庁で一元管理することにより、免許証の二重取得等の不正を防止している。
イ 行政処分と危険運転者の排除
 危険運転者を排除するために行われる免許証の取消し、停止等の行政処分を迅速、適正に行うため、警察庁では、交通違反等に係るデータの集中管理、行政処分の基準該当通報等を行っている。
(3) 警察業務OA化と行政サービス向上
ア 市民応接関連システムの開発
 警察署等における窓口業務は、従来、ほとんど人手により処理していたが、パソコンや大型コンピュータで迅速、的確に処理することにより、行政サービスの向上を図るため、各都道府県警察において、遺失拾得物管理システム等の市民応接情報管理システムの開発が鋭意進められてい る。
イ ネットワーク化の推進
 各都道府県警察において、市民サービス、事務能率の飛躍的な向上を目指して、警察署にパソコンを設置し、警察本部の大型コンピュータとデータ通信回線で接続することにより、警察署の端末から県下全域にわたる情報を検索することのできる県内情報ネットワークの構築を進めている。
(4) 情報処理に関する技術的研究
 警察庁では、最近の犯罪の広域化、スピード化、巧妙化等に的確に対応して、警察活動の近代化、科学化を推進すべく、AI(人工知能)技術、パターン認識技術、画像処理技術等、最先端のコンピュータ技術を応用した各種の情報処理システムの開発を推進している。
 AI技術、画像処理技術の応用として、「少年相談支援システム」、「個人特徴自動識別システム」等のシステムを構築すべく研究を行っている。
 また、警察官の学校教育の高度化を目指して、平成元年10月、CAI(コンピュータによる教育支援)システムを警察大学校に導入した。

5 通信

(1) 初動警察活動等の迅速化、効率化に役立つ通信
 犯罪、災害、事故等の発生に際して、犯人の早期検挙、被害者の保護、被害の拡大防止等を図るためには、初動警察活動等を迅速、確実に行う必要がある。このため、警察では、110番の受理や警察官の出動指令の中枢となる通信指令システム、活動中の警察官の有力な通信手段である警察移動無線を充実、強化するとともに、新しい情報通信システムの開発を積極的に行うなど、初動警察活動等の迅速化、効率化を図っている。
ア 高機能化する通信指令システム
 初動警察活動の迅速性、効率性を確保するためには、通信指令システムの高機能化を図る必要がある。このため、警察では、110番の受理に始まる情報の伝達、処理をコンピュータにより行う新しい通信指令システムの整備を進めている。
 また、AI技術を利用して、状況の判断、予測を行い、緊急配備の実施に関する最も有効な情報を提供するなどの、更に高い機能を持つ通信指令システムの開発研究等を進めている。
イ デジタル化の進む警察移動無線
 警察移動無線は、機動的かつ組織的な警察活動を展開するための重要な役割を担っている。警察移動無線には、パトカー、白バイ、船舶、ヘリコプター、警察署等が相互に通話する車載無線、パトロール中の警察官が警察署や他の警察官と連絡できるように警察署ごとに構成している署活系、警備実施等の臨時的、局地的な警察活動において機動隊員等が使用する携帯無線等がある。
 警察では、これら警察移動無線を、通話だけでなく、データ通信等の多様な情報通信にも能率的に使用できるようにするとともに、警察移動無線における傍受、妨害を防止するため、高度な通信方式であるデジタル通信方式を開発、導入し、車載無線、携帯無線において効果的に活用している。
ウ 整備の進むパトカー照会指令システム
 警察庁では、指令の迅速性、確実性を向上させるとともに、パトカーの情報処理能力を一層高めるシステムとして、「パトカー照会指令システム」を開発した。このシステムは、デジタル移動無線通信回線を経由して、パトカーに搭載したデータ端末装置から警察庁のコンピュータへ各種照会を直接行ったり、通信指令室からの指令内容をパトカー内のディスプレイに表示したりする機能を持っている。
(2) 広域捜査活動を支える通信
 近年の科学技術の発達に伴って犯罪はますます広域化、スピード化の傾向を強めてきている。県境を越えた対応が要求される広域事件に対して、捜査活動の効率を高めるために、警察庁では、情報通信網を利用した新しいタイプの捜査支援システムの導入を進めている。昭和63年度から整備を始めた「捜査情報総合伝達システム」は、捜査活動に必要な情報をそれぞれの形態に適した形で効率的に伝達するための通信機器を刑事対策室に集中的に配備することによって、捜査情報の収集、伝達を円滑に行うとともに捜査指揮体制の強化を図ろうとするものである。
 また、広域重要事件発生時に通信運用の現地指導、調整を行わせるため、平成元年5月、警察庁に広域事件通信運用指導官を設置したほか、各都道府県警察の通信指令室相互の連絡体制強化のための通信施設の整備、隣接都道府県警察の使用する無線周波数の整備等、多方面から、広域捜査活動支援体制の充実に努めている。
(3) 災害時等に活躍する通信
ア 機動通信隊の活動
 災害等の重大事案発生時には、通信量の増加等に対応するため、常用の情報通信システムに加えて、応急的な情報通信手段を確保することが必要となる。このため、警察では、応急用通信資機材を常備するとともに、事案の現場等へ迅速に出動して応急的な通信手段の確保を行う機動通信隊を編成している。
イ 駆使される映像通信
 火山噴火による災害や航空機墜落事故等の大規模警備事案等に際して的確な判断を行うには、時々刻々変化する現場の複雑な状況を対策本部等で正確に把握することが必要であるが、その目的に対して映像通信は、極めて有効な手段となっている。
 平成元年においては、成田闘争に伴う警戒警備活動や大喪の礼における警衛警護警備活動等の際に、ヘリコプター・テレビ、携帯テレビ、有線テレビ等多数のテレビ装置を用いて臨時に構築された映像通信システムが警備実施の状況を対策本部等に生中継するなど、映像通信は、各種の警察活動に効果的に駆使されている。
ウ 活動用統合通信システムの活用
 活動用統合通信システムは、警察庁のコンピュータと、管区警察局及び都道府県警察本部の高機能端末を通信回線で結び、相互に通話をしながら、文字、地図、数字等の送受信を行い、これにより集められた資料をコンピュータで処理し、整理するとともに、その結果を対策本部等に効率よく提供するシステムである。
 このシステムは、特に災害の発生時において、全国的な被災状況、現場地図、警察官の出動状況等を即時に集計、作図、表示し、警察庁等に開設される対策本部での状況の把握、総合的な状況分析、指揮等に活用されている。このシステムは、元年度までに全都道府県に整備された。
(4) 警察活動を支える通信基盤
ア 全国を結ぶ警察通信網
 我が国の警察機関は、警察自営の無線多重回線と第一種電気通信事業者との契約により使用している専用回線とから成る警察専用の通信回線によって結ばれており、独自の警察電話による通信、ファクシミリ等の画像通信、データ通信等を行っている。このうち、警察庁、各管区警察局及び北海道警察本部の相互間を結ぶ管区間系無線多重回線については、ルートを地理的に分散し、災害等による通信途絶防止を図っている。
 また、警察通信の基盤を成す重要な通信施設である自営の無線多重回線について、各種情報通信システムの構築に柔軟に対応できるように、昭和57年から、長距離にわたる高品質の伝送を可能にするPCM方式によるデジタル化を進めている。既に札幌から福岡に至る管区間系第1ルートのデジタル化を完了しており、今後も、すべての回線のデジタル化を推進することとしている。
イ 衛星通信による情報通信
 衛星通信は、地形的な制約を受けずに遠距離、広範囲の通信を確保することができる上、地上の無線多重回線による通信に比べ、テレビ映像等高速、大量の情報伝送に適している。これらのことから、警察では、58年から衛星通信を情報伝達手段として導入している。
 平成元年度末現在、衛星通信用地球局の固定型設備が警察庁及び沖縄県警察本部に各1台、可搬型設備が近畿管区警察局及び静岡県警察本部に各2台(うち各1台は事案発生時用の衛星通信車)整備されており、重要事案等発生時はもちろん、日常においても映像通信、データ通信等各種情報通信に活用している。

ウ 警察電話等の機能強化
 警察電話は、警察機関に設置されている警察独自の電話であり、日常の警察業務を支える基本的な通信手段として活用されている。
 警察では、データ通信、ファクシミリ通信といった多様な通信への対応が可能なデジタル電子交換機の整備を進めており、デジタル無線多重回線等の整備と併せ、高度情報通信システムの構築を目指している。
(5) 近代化の進む国際通信
 警察における国際間の通信網として無線テレタイプ、テレテックス、ファクシミリ等によるICPO通信ネットワークがある。警察庁通信局の国際通信室にあるICPO東京局は、アジア地域中央局として、地域内各国の電報を取りまとめるとともに、フランスのリヨンにあるICPO事務総局の国際中央局を経由して、ICPO加盟各国との間で国際警察電報の送受信を行っている。最近の国際犯罪に関する警察電報の増加に対処するため、平成元年度には、東京局へテレテックスを導入するとともに、東南アジア諸国へのICPO通信機材の供与をはじめとする諸外国の警察への通信技術協力を行うなど、国際通信網の近代化を積極的に推進している。
 ICPO事務総局では、加盟各国の事情により通信手段が異なっている場合でも相互に通信を行うことができるAMSS(自動メッセージ・スイッチング・システム)を昭和62年7月から運用している。我が国は、技術先進国として、このシステムの導入に際し企画の段階から参加してきたが、アジア地域内における国際通信の量も年々増加しているため、東京局に地域中央局用AMSSを設置すべく、検討を進めている。

6 留置業務の管理運営

 平成元年12月末現在、全国の留置場数は、1,257場で、年間延べ約210万人の被逮補者、被勾留者等が留置されている。警察では、捜査を担当しない総(警)務部門において留置業務を処理しており、また、被留置者の人権を尊重した処遇を行うとともに、留置場の適正な管理運営を図るため、次のような措置を講じている。
[1] 留置場施設の整備
 留置場施設については、被留置者のプライバシー保護等の観点から、昭和54年11月に改正された留置場設計基準に基づいて新改築及び改修を行い、その改善整備を逐次進めている。
[2] 業務担当者に対する教育訓練の充実
 被留置者の人権を尊重した適切な処遇の徹底を図るため、留置業務を担当する警察官等に対して、警察大学校、都道府県警察学校等において専門的な教育訓練を行っている。
[3] 留置場巡回視察の実施
 留置場の適正な管理運営を確保しつつ、被留置者の処遇の全国的斉一を図るため、全国の留置場について、警察庁及び管区警察局の担当官により、計画的に巡回視察を実施している。
 ところで、警察の留置場については、被留置者の処遇の内容、設置の根拠等が法律上必ずしも明確ではないことから、留置場に関する現行の法体系を整備するよう各方面から指摘されてきたところである。
 そこで、監獄法の改正が行われるのを機会に、法制審議会の答申の趣旨に沿って、被留置者の処遇の内容を定め、警察の留置場に留置される被勾留者等と拘置所に収容される者との処遇の平等を保障するとともに、留置場の設置の根拠等を明確にするため、刑事施設法案と一体のものとして留置施設法案を策定した。この法律案は、57年4月、第96回通常国会に上程され、衆議院の解散に伴い、審査未了となった後、62年4月、第108回通常国会に所要の修正を加えて上程されたが、平成2年1月、衆議院の解散に伴い、審査未了となった。

7 警察活動の科学化のための研究

(1) 科学警察研究所における活動
 科学警察研究所では、科学捜査、少年非行の防止、犯罪の予防、交通事故の防止等に関する研究、実験と、その研究成果を応用した鑑定、検査を行っているほか、鑑定技術についての研修を実施している。
ア 平成元年度における主な研究
 平成元年度の研究は、前年度からの継続研究36件、新規研究33件の合計69件であるが、その主なものを挙げれば、次のとおりである。
〔研究例1〕 白骨死体の個人識別に関する研究
 科学警察研究所に対する身元不明白骨死体の鑑定依頼は、最近増加傾向にあり、その個人識別を正確かつ迅速に行うことが重要課題となっている。本研究では、これまでに、頭蓋骨と顔写真とを重ね合わせてその合致度を検討し個人識別を行う写真-ビデオスーパーインポーズ装置、四肢の骨からの身長推定法、前頭洞のX線像による個人識別法等を開発し、実際の鑑定に導入して良好な結果を得てきた。また、現在、白骨死体鑑定の重要事項の一つである死後経過年数の推定をより正確かつ客観的に行うために、骨の内部構造の変化をX線、電子顕微鏡及び蛍光顕微鏡等を使って分析し、鑑定に利用し得るデータの蓄積、評価に努めている。
〔研究例2〕 向精神薬の分析及び代謝に関する研究
 大麻、幻覚剤、催眠・鎮静剤等の向精神薬の取扱いを国際的に規制する1971年の「向精神薬に関する条約」が、我が国においても批准された場合、新たに多くの薬物が規制の対象となる。これらの不法な取扱いや使用を取り締まるためには、各薬物の分析法の確立や代謝(体内における他の物質への変化)に関する研究が必要である。元年度は、同条約の対象となっている107種の向精神薬のうち、乱用の危険性が大きく、社会上の問題を生じやすい薬物とされているフェネチルアミン系の幻覚剤及びフェンシクリジン系の幻覚剤についてその分析法を確立した。元年12月、これらの幻覚剤に含まれる23種の向精神薬が新たに麻薬に指定されたことにより、これらの分析法が鑑定、検査に活用されることとなった。
〔研究例3〕 少年非行の責任意識に関する研究
 刑法犯で補導された中学生、高校生及びその保護者を対象にして、非行の責任意識について調査分析した。その結果、非行の進んだ少年ほど、自分の非行化の責任を自分以外の要因、例えば、家庭、学校、友人に求め、自分の生活態度を改めようとする意欲に欠けることが明らかになった。また、非行の進んだ少年の保護者ほど学校、教師、友人に非行の責任を求め、親としての責任を自覚していない傾向がみられた。したがって、非行少年やその保護者の責任回避的な態度が非行化の要因の一つであることが明らかになった。このため、これらの少年を非行から立ち直らせるためには、子供に責任意識を持たせることを含めた親自身の責任意識に関する指導、助言を行い、さらに、地域社会の非行防止活動等において、少年に社会的課題や役割を与え、それを遂行させることによって責任意識を植え付けることが有効であると考えられる。
〔研究例4〕 運転者の危険予知能力向上のための教育教材に関する研究
 運転者が交通事故の危険性を予知する能力を身に付けることは、交通安全教育における重要課題であるが、実際の道路上でそれを訓練することは、大きな危険を伴う。このため、本研究では、これまでに開発したコンピュータ・グラフィクス技術を応用して運転視界を再現するシミュレータ(模擬訓練装置)を開発した。
 これは、詳細な交通事故分析から特に危険な事例として抽出した、交差点における右折四輪車と直進二輪車の交差、見通しの悪いカーブや大型トラックにより見通しの妨げとなる場面を組み込み、事故の発生しやすい状況を画面上に再現し、運転者の危険予知能力向上を図るものである。とりわけ、教育効果を高めるために、具体的で真に迫った表現法について研究を行った。
 元年に開催された国際会議では、弾丸せん丘痕(こん)の異同識別の自動化(4月、第20回銃器及び工具痕(こん)鑑定官協会年次総会、米国)、鋼材に繰り返し外力が作用した場合の破壊特性(7月、圧力容器、配管に関する国際会議、米国)、日本における安全運転管理制度(7月、第15回交通記録システムに関する国際フォーラム、米国)、我が国における低い犯罪率をもたらす要素(11月、第41回アメリカ犯罪学会大会、米国)等についての発表を行った。
 また、国内の学会では、高速液体クロマトグラフィによるベンゾジアゼピン系薬物の分析(5月、日本法中毒学会第8年会)、自動二輪車乗員の衝突時の挙動(6月、第25回日本交通科学協議会研究発表講演会)、歩行者事故における駐停車車両等の影響(10月、第56回日本応用心理学会大会)、悪質商法の被害防止に関する研究(11月、第16回日本犯罪社会学会大会)等についての発表を行った。
イ 鑑定、検査
 科学警察研究所では、都道府県警察をはじめ検察庁や裁判所等から嘱託を受けて、高度の技術を要する鑑定、検査を行っており、元年における処理件数は、法医学関係が81件、化学関係が46件、文書、偽造通貨が229件、銃器関係が632件、工学関係が108件の計1,096件であった。
ウ 研修
 科学警察研究所では、附属の法科学研修所において、都道府県警察の鑑識、鑑定技術職員等を対象とした研修を実施している。法科学研修所の研修課程は、養成科、現任科、専攻科及び研究科に分かれ、元年度には、研修生250人に対して、法医学、化学、工学、文書、ポリグラフ、指紋、写真、足痕(こん)跡に関する教育訓練を行った。そのほか、科学警察研究所では、都道府県警察の鑑定技術職員延べ約450人の参加の下に法医学、化学、心理、機械、物理、音声の各部門について鑑識科学研究発表会を開催し、研究成果の発表及び質疑応答を通じて、指導、助言を行い、鑑識、鑑定技術等の向上に努めた。
(2) 警察通信学校研究部における研究
 警察通信学校研究部は、警察通信に関する唯一の研究機関として、画像処理技術や音声処理技術等を応用した警察独自の情報通信技術及び機器を研究、開発してきた。また、AIの警察業務への利用に関する研究や、犯罪に係る情報通信の使用に関する研究をはじめとする新しい情報通信技術及びその応用についての研究も精力的に行うなど、警察活動の科学化に貢献してきた。
 近年においては、犯罪の広域化、スピード化が著しいほか、技術革新の成果が社会に浸透するにつれ、それに応じた新しいタイプの犯罪が増加する傾向にある。このような情勢に適切に対応するためには、先端科学技術の導入による通信機材の研究開発等を通じて科学捜査力を強化していく必要がある(注)。
(注) 平成2年6月8日、警察通信研究開発体制の一層の充実強化を図るために、警察通信研究センターを設置した。


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