はじめに

 昭和63年は、緊張緩和に向けての新たな展開をみせる国際情勢を背景に、経済は好調に推移したものの、政治、社会の各分野においては波乱の多い年であった。
 国際情勢は、モスクワにおける米ソ首脳会談でのINF全廃条約の批准書の交換、発効等、緊張緩和に向け進展がみられた一方、共産圏諸国においては、ソ連で人民代議員大会の創設等を盛り込んだ憲法改正が行われるなど、改革が模索された。朝鮮半島情勢では、ソウルオリンピックを機に南北対話が再開されたものの、北朝鮮はソ連との合同軍事演習を行うなど、厳しい対立は依然として続いた。
 世界経済は、欧米諸国の景気が緩やかながらも拡大傾向を続けた一方、貿易収支の不均衡、EC諸国の高い失業率、発展途上国の累積債務問題等多くの問題が解決されないままに推移した。
 国内では、税制改革を目的として7月に召集された臨時国会がリクルート問題で紛糾し一時空転したものの、税制改革関連6法案は、一部修正、参議院本会議の徹夜審議等を経て12月に成立した。また、昭和天皇が9月に御容体の悪化から御就床になられ、御平癒を祈念する記帳者は650万人を超えた。
 国内経済は、需要が堅調で企業収益が増加し、雇用情勢も改善が進むなど拡大局面で推移した。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数が164万件を超え、高い水準で推移した。内容的には、朝日新聞等襲撃事件の続発、幼児及び小学生が被害者となった通り魔事件や誘拐殺人事件が社会の耳目を集めたほか、社会、経済情勢を反映した大型知能犯事件や来日外国人による犯罪の増加が目立った。また、暴力団については、大規模暴力団の勢力が一層増大し、市民生活や企業活動を対象とした犯罪が増加するとともに、対立抗争事件、銃器発砲事件が多発し、一般市民が巻き添えになる事案も発生した。
 少年非行については、刑法犯少年が19万3,206人と前年を上回り、依然として高い水準で推移した。内容的には、初発型非行や女子の非行が増加したほか、無職少年の凶悪、粗暴な非行が目立った。
 薬物事犯については、覚せい剤事犯の検挙人員が2万399人と8年連続して2万人を超えたほか、ヘロイン、大麻、コカインを中心とする麻薬事犯の増加、多様化が顕著であるなど、依然として深刻な状況にある。また、覚せい剤乱用者による凶悪な犯罪も引き続いて発生しており、国民に不安を与えた。
 生活経済事犯については、海外先物取引や証券取引をめぐって、悪質、巧妙化した手口で敢行される事犯が目立ったほか、海賊版ビデオ等に係る著作権法違反事件が増加した。
 交通事故については、発生件数、死者数、負傷者数とも前年を上回った。特に、死者数の増加は著しく、昭和50年以来13年ぶりに1万人を突破するなど極めて憂慮すべき事態となった。死亡事故の中では、自動車乗車中、若年者の自動二輪車乗車中、高齢者の車両乗車中の死者が増加した。
 警備情勢では、極左暴力集団の「テロ、ゲリラ」がますます先鋭化し、中核派が千葉県収用委員会会長を襲撃するという本格的な個人「テロ」に踏み切ったほか、革労協狭間派が新たに爆弾闘争を開始した。一方、右翼は、昭和天皇の御容体の急変以来、街頭宣伝活動等を自粛する反面、左翼諸勢力の天皇制批判活動やマスコミ報道等に反発して「ゲリラ」事件を引き起こした。我が国に対するスパイ活動等の外事犯罪は、依然として巧妙、活発に行われ、これらに対しては、渋谷事件、極東商会等ココム違反事件等を摘発した。国際テロについては、その防圧、検挙に関する国際協力の気運が高まる一方で、複雑な国際情勢を反映して世界各地で事件が多発し、我が国においても、国際テロリストの犯行とみられる「千代田区内同時爆弾事件」が発生した。日本共産党は、地方議員、大衆団体の勢力を伸長させ基盤の拡大に努めるとともに、昭和天皇の御病気に際して厳しい天皇制批判キャンペーンを展開し革命党としての本質をみせる一方、ソ連共産党の西側諸国に対する協調路線を厳しく批判した。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団を壊滅し、その脅威と害悪を除去するため、暴力団員の大量反復検挙、資金源活動に対する取締り、銃器の摘発を徹底するとともに、関係機関、団体と密接に連携して暴力団排除活動を強力に推進し、また、海外の捜査機関との連携を緊密化する。さらに、暴力団の壊滅をより効果的に実現するため、新たな暴力団対策について検討していく必要がある。
○ 犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対応する捜査活動
 社会、経済情勢の変化に伴う犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対し、事件に強い警察を確立するために、広域捜査力、国際捜査力、科学捜査力等を強化すると同時に、捜査体制全般について総合的な見直しを図るほか、捜査に対する国民の理解と協力を得るための諸施策を推進する。
○ 地域に密着し、事件事故等に即応する外勤警察活動の推進
 警ら、巡回連絡等を通じて、地域に溶け込み、地域に密着した活動を行うとともに、市民の日常生活の場において常に警戒体制を保持し、すべての警察事象に即応する活動を行い、もって市民の日常生活の安全と平穏を確保するための活動を推進する。
○ 少年の非行防止と健全育成
 少年の非行防止とその健全な育成を図るため、非行少年等の補導、少年相談、少年の福祉を害する犯罪の取締りのほか、家庭、学校、地域社会と連携して、少年の健全な育成を図るための諸施策を積極的に推進する。
○ 覚せい剤等薬物乱用防止対策の推進
 覚せい剤等の流入を阻止するための海空港対策、薬物乱用を拒絶する社会環境づくりをはじめ、広域的捜査体制の確立、国際協力の実施等により、薬物乱用の根絶を図る。
○ 消費者被害防止対策の推進
 一般消費者に多大な被害を生じさせる悪質商法事犯について、消費者保護を図るため、積極的に取締りを推進するとともに、消費者被害相談、広報啓発活動、関係機関との連携強化を推進し、被害の未然防止及び拡大防止を図る。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政による交通モラルの向上、交通安全施設、交通情報提供施設等の計画的整備、合理的な交通規制による快適な交通環境及び良好な生活環境の確保、危険性、迷惑性の高い悪質な違反の重点的取締りによる交通秩序の確立等の諸施策を総合的に推進するとともに、時代の変化に的確に対応した新たな手法の開発、導入に努める。
○ 極左暴力集団による「テロ、ゲリラ」の根絶
 極左暴力集団の悪質な「テロ、ゲリラ」に対処するため、捜査体制、情報収集体制の強化を図り、国民の理解と協力の下に「テロ、ゲリラ」を許さない社会環境を醸成するための諸施策を推進する。
○ スパイ活動の把握と検挙活動等の推進
 スパイ活動の実態把握とその検挙に努めるとともに、関係機関と緊密な連携を保ち、必要かつ有効な行政措置が採られるよう努める。
○ 国際テロの未然防止対策
 国際テロについて、内外関係機関との緊密な連携により、テロリストの出入国や武器等の搬出、搬入を阻止するため必要な措置を講ずるなど、その未然防止に万全を期する。
○ 警察事象の変化に対応した警察装備の整備充実の推進
 警察事象の量的増大及び質的変化に的確に対応するため、先端科学技術の導入による装備資機材、通信施設の開発改善に努めるとともに、車両、船舶、航空機等の警察装備の整備充実を推進する。
○ 市民応接向上運動の推進
 適切な市民応接は、警察の職務執行の基本であり、あらゆる警察活動を通じてこれを実践することが必要である。このため、全国の警察を挙げて警察職員の応接態度の向上を図り、適切な職務執行に努めるとともに、警察署や派出所等の施設の整備はもとより、警察各分野における業務の進め方、目標の置き方等についても、国民のための警察を確立するという観点に立って、各種の施策を積極的に推進する。

 暴力団は、その威力を背景に市民生活や経済活動を食い物として経済的利益の獲得を図る動きを強めるとともに、けん銃等による武装化を進め、大規模化、系列化することによってなお一層その脅威を増大させている。こうした暴力団の脅威から市民生活の安全と社会、経済の健全性を守るには、暴力団壊滅に向けた取組を強力に推進することが必要である。この白書では、第1章において「暴力団対策の現状と課題」と題する特集を組み、暴力団の実態とこれに対する警察の取組についてまとめることとした。


目次