第1章 暴力団対策の現状と課題

-市民生活と経済活動を食い物にする犯罪組織一

 暴力団を仁侠(にんきょう)の徒として賛美する者は論外としても、暴力団は社会の陰でうごめく存在で、自分たちの生活とは無縁のものだと思っていた人々も多かったのではないだろうか。しかし、最近の暴力団の実態は、この考えとは全く懸け離れたものとなっている。
 すなわち、今日の暴力団は、経済的利益を求めて、市民生活や経済活動にまで対象を広げ、悪らつな犯罪を組織的に敢行している犯罪組織そのものなのである。

 東京都杉並区において、昭和61年11月9日の深夜、人の住んでいる家屋が放火され、全焼するという事件が発生した。捜査の結果、転売目的でこの家屋の敷地を購入した暴力団組長が、居住者を立ち退かせようとしたが、交渉が進展しないため、この暴挙に及んだものであることが判明した。このように、近年、暴力団が「地上げ」等の経済行為に関与し、莫大な利益を得るために暴力の限りを尽くして各種の違法行為を敢行する事件が目立っている。
 また、63年7月12日、乗降客で混雑するJR広島駅新幹線ホームにおいて、暴力団幹部らが、以前から対立していた暴力団組長らとけん銃を撃ち合い、一般市民3人が巻き添えとなって重傷を負うという事件が発生した。このように、暴力団は、一般市民が巻き添えとなるおそれのある場所においても平然と発砲するなど、社会に多大の危険と不安を与 えている。
 こうした暴力団に対して、警察は、その壊滅を治安上の重要な課題として位置付け、戦後一貫して強力な取締りを推進してきた。
 しかし、暴力団は依然として大きな勢力を保ち、また、その活動を一層巧妙化、悪質化させている。
 すなわち、暴力団は、覚せい剤の密売、賭博(とばく)、ノミ行為、ゆすり・たかり等の恐喝、みかじめ料(用心棒代、守料、ショバ代ともいう。)等といった従来からの資金源活動に加えて、近年、社会運動や政治活動を仮装、標ぼうして、また、交通事故示談等の民事問題に介入、関与して、企業や市民から違法、不当な資金の獲得を図るなどしており、その資金源活動をますます多様化、巧妙化させている。さらに、暴力団は、その豊富な資金を利用して、合法事業を装って資金獲得を図ろうとする動きを顕著に示してきている。したがって、善良な市民や健全な企業も、今や常に暴力団の脅威にさらされているのである。
 また、暴力団は、縄張争い等から、対立抗争事件を繰り返しているが、近年では、一瞬にして人命を奪うけん銃等の武器を大量に不法所持するようになっており、これまでに多くの一般市民が巻き添えとなって死傷している。
 さらに、山口組、稲川会、住吉連合会等の大規模な暴力団は、その勢力を一層増大させており、それに伴い、市民社会に与える脅威は一層深刻化している。取り分け我が国最大の暴力団である山口組は、その構成員が実に2万人を超えるに至り、しかも、平成元年4月、4年余空席であった組長を決定し、その勢力を更に拡大しようとしている。
 暴力的手段によって市民社会への浸透を図り、これをむしばむ暴力団は、社会の敵であり、その存在は絶対に許されるべきものではないが、このまま推移すれば、暴力団は、我が国の市民社会により深く浸透し、我が国の社会、経済の健全性を損なうとともに、国民に一層大きな脅威と害悪を与えるようになるおそれが大きいことは明らかである。
 今や新たな暴力団対策を検討すべき時期を迎えている。


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