おわりに


 オープンネットワークの普及による情報流通の高速化・グローバル化、特にオープンネットワークを利用した電子商取引の発展・普及には各方面からの熱い視線が注がれており、本格的なネットワーク社会の到来は、一般的に、大いなる期待の目で迎えられている。
 しかしながら、他方で、ネットワーク社会は匿名性、無痕跡性、時間的・場所的無限定性、超高速性等をその特徴としており、本格的なネットワーク社会の到来により、犯罪者等が自らの身分を明かさず、犯罪等の証跡も残さずに、国際的な規模で一瞬にして犯罪等を行うことが可能となること及びネットワークを利用するすべての者がこれらの犯罪等の被害者になる可能性があることは忘れられがちである。
 しかしながら、現実には、既に他人のIDやパスワード等を盗み出した上、これを用いて他人になりすまして不正な取引を行ったり、ネットワーク上の情報の改ざんを行う等の事例が急激に増加し始めており、これらの事案に関する相談も都道府県警察等に寄せられるようになっている。
 したがって、ネットワークを利用するすべての者が、上記のようなオープンネットワークの犯罪等に対する脆弱性及びこれに対応するための情報セキュリティ施策の重要性についての認識を深めるとともに、情報セキュリティ技術やこれを利用した製品の適切な利用を通じて、ネットワークを利用した犯罪等による被害を防止することが望まれるところである。
 ところで、ネットワークを利用した犯罪等を防止するために最も重要なことは、ネットワークにおける「本人確認」と「情報の保護」を図ることである。そして、この「本人確認」と「情報の保護」を図る情報セキュリティ技術として、暗号技術が有効な手段とされ、現実にも各方面で利用され始めている。
 しかしながら、暗号技術は、それが犯罪者等に不正に利用された場合には、あらゆる犯罪関連情報が捜査当局によるアクセスから完全に遮断された状態で流通し、又は保存されることが可能となるため、様々な犯罪が巧妙かつ秘密裡のうちに実行されるおそれがあり、不正利用を防止するための対策を講じないまま暗号技術が普及する場合には、薬物等禁制品の取引や脱税、マネー・ロンダリング等が国際的に蔓延するおそれがある。
 この点について、欧米諸国においては、従来から暗号技術の不正利用に対して強い危惧の念を抱いており、多くの国において暗号製品の輸出規制を行っているほか、暗号製品の使用規制を行っている国もあるが、特に最近では、暗号鍵の管理等暗号政策に関する法制度の整備の動きが著しい。
 残念ながら、我が国においては、従来から現在に至るまで、この点に関する議論が欧米諸国に比べて熱心にされてきたとは言い難いが、暗号政策を中心とする情報セキュリティ施策の策定に当たっては、諸外国の動向を参考としながら、国民のプライバシー保護の要請や電子商取引の円滑な推進にも十分に配慮して広く国民や関係業界のコンセンサスを形成しつつ、議論を進めていく必要がある。
 特に、暗号鍵の管理に関する公的機関の関与の在り方等の暗号政策については、ネットワークを利用した犯罪の防止の要請のみならず、現実に発生した犯罪に対する迅速かつ実効的な捜査力を確保すべき要請も考慮に入れた上で、広く横断的な議論を進めていくことが重要であり、その際には、国際的な犯罪対策との整合性を確保するとともに、産業界にとって、国際的にみて実質的に公平な競争環境が設けられるよう配慮する必要がある。
 本報告書は、ネットワーク社会の制度的枠組みに係る各方面での議論の参考に資するため、我が国社会におけるセキュリティシステムを構築し、ネットワークを利用した犯罪等を防止する観点から、諸外国における暗号政策に関する施策の実態と動向を取りまとめつつ、暗号鍵を管理する認証機関や鍵回復機関の在り方、不正アクセス禁止の制度的枠組みの在り方等の制度的側面について「ネットワーク犯罪防止法」の制定による制度的枠組みの整備について提言を行っている。
 もとより、ネットワーク社会の制度的枠組みについては、犯罪防止の観点にのみ基づいて整備されればよいというものではなく、私法秩序の維持、産業政策、金融政策、通信政策等の観点からネットワーク社会の制度的枠組みが検討されるのは当然のことであり、現実にも、関係各省庁により、認証機関の法制的位置付け、電子マネー等電子決済システムの在り方を始めとする様々な課題について様々な「場」において検討が行われているところである。
 しかしながら、制度的枠組みがそれぞれの観点から別々に作られることになっては、産業界や国民にとって、ネットワーク社会の利便性を損なうことになり、我が国社会のネットワーク社会化を遅らせ、ひいては我が国が世界の動きから取り残されることにもなりかねない。ネットワーク社会は、それ自体現実世界と対比される一つの社会であり、現実世界の制度的枠組みが関係する分野に関する様々な観点を踏まえつつ一つの制度的枠組みとして整備されているのと同様に、ネットワーク社会の制度的枠組みについても、関係省庁が必要な調整を行うことによって、省庁の壁を超えた国としての統一的な枠組みの整備が求められるところであり、産業界や国民もそれを求めているものと考えられる。政府が、昨年9月に、高度情報通信社会推進本部に電子商取引等検討部会を設け、関係各省庁及び関係企業、団体等からヒアリングを行い、電子商取引等についての基本的考え方や主要な課題を整理しつつ、その推進の在り方について検討を行っているのもこのような考え方に基づくものと考えられる。
 本報告書は、このような国としての統一的枠組みの整備に当たっては、犯罪防止の観点を踏まえることが必要不可欠であるという観点からまとめられたものであり、統一的な枠組みの整備に向けての各方面での議論の参考になれば幸いである。

平成10年3月
(財)社会安全研究財団
情報セキュリティビジョン策定委員会

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