第3章 「ネットワーク犯罪防止法」(仮称)の整備の必要性及び緊急性

1 ネットワーク社会における犯罪防止のための社会的な枠組み

 我が国社会のネットワーク社会化は、情報通信技術の発達に伴い、今後とも急速に進展していくことが予想される。これに伴って、匿名性、無痕跡性等のネットワーク社会の特性に起因して多発し始めているネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪も、ますます増加していくことが懸念されるところである。
 すなわち、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪は、匿名性、無痕跡性等のネットワーク社会の特性にかんがみれば現実世界における犯罪以上に発生しやすいと考えられる上、現実世界の犯罪とは異なり犯人の特定、証拠の収集等その捜査に多大の時間と労力を要することから、現在の限られた警察力を前提とする限り、これらの犯罪に対する取締りがその発生に追いつかず、そのことが更にこれらの犯罪の発生を誘発し、ますます犯罪が増加するという悪循環に陥ることが懸念されるのである。もちろん、犯罪の発生状況に応じて警察力(人員、装備資機材及び捜査方法(権限))を強化し、これらの犯罪に対する取締りの徹底を図っていくことは重要なことであり、そのような対策が必要であることは当然である。しかしながら、ネットワーク社会の犯罪に対する脆弱性にかんがみれば、これらの犯罪に対し、取締りの強化のみによってこの悪循環を断ち切ることは困難であると考えられ、仮に可能であるとしても、それに要する社会的コストは膨大なものとなることが予想され、このような対策には限界があると考えられる。
 したがって、これらの犯罪を防止するために重要なことは、ネットワーク社会の枠組みを構築するに当たってあらかじめ犯罪防止の観点を十分に踏まえることであり、そのことによってネットワーク社会が有する犯罪に対する脆弱性を是正し、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪の発生件数を可能な限り低い水準に押さえ込んでいくことである。もちろん、このようにして犯罪防止の観点を踏まえた枠組みを構築し、犯罪の発生件数を低い水準に押さえ込むことができたとしても、犯罪を完全に防止できるわけではない。しかしながら、犯罪の発生件数を低い水準に押さえ込むことができれば、これらの限られた犯罪に対して警察力を集中的に投入することによって、より確実な取締りを行うことができるようになり、上記の悪循環は断ち切ることができると考えられる。
 以上のことから明らかなように、ネットワーク社会の犯罪に対する脆弱性を踏まえれば、犯罪防止の観点を十分に踏まえたネットワーク社会の枠組みと発生した犯罪に対する確実な取締りとがいわば「車の両輪」となって始めて、ネットワーク社会における犯罪防止対策は十分に機能するのであり、本格的なネットワーク社会の到来を間近に控え、電子商取引を始めとするネットワーク社会の様々な枠組みが構築されるこの時期に、これらの犯罪を防止する観点から必要となる枠組みをネットワーク社会の枠組みに組み込み、ネットワーク社会におけるセキュリティシステムを構築することが現在の喫緊の課題と考えられる。

2 「ネットワーク犯罪防止法」(仮称)の整備の必要性 (1) 制度的な枠組みの必要性
 犯罪防止の観点を踏まえたネットワーク社会の枠組みを構築する場合には、第1部第1章等で述べたとおり、犯罪の防止に効果的な技術の利用、犯罪防止のための制度的な枠組みの整備及び犯罪防止のための広報啓発(教育)を効果的に組み合わせていくことが必要であり、制度的な枠組みの整備を行わず、技術的対策と広報啓発(教育)のみでネットワーク社会における犯罪防止の目的を達成することは困難である。
 したがって、ネットワーク社会の枠組みを構築するに当たっては、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪の防止のための制度的枠組みを整備する必要があるが、このネットワーク社会における犯罪防止の観点から必要となる制度的枠組みとして緊急に整備すべきものが、「本人確認」と「情報の保護」に有効な暗号技術の利用及び普及の促進、暗号技術の不正利用の防止対策並びに不正アクセスの禁止に係る法制の整備に係る制度的枠組みである。

(2) 暗号技術の不正利用対策に係る制度的枠組みと不正アクセスの禁止に係る制度的枠組みの関係
 暗号技術の不正利用対策に係る制度的枠組みとして、鍵回復機関及び認証機関の適格性及び業務の適正性を確保するための仕組みの導入やすべての者に対し他人の秘密鍵を盗取する等他人の秘密鍵を入手することを禁止すること等が必要になると考えられることは第2部第1章で述べたとおりであり、次に掲げる事項等について、第2部第1章において述べた検討の方向性を踏まえつつ早急に検討を行い、制度的枠組みの在り方を検討していく必要がある。

 また、不正アクセスの禁止に係る制度的枠組みとして、それを入手することが犯罪を助長するおそれの強い個人を識別する情報の使用のほか、譲渡し、譲受け等を禁止し、違反行為に罰則を科すこととする等不正アクセスを防止するためのセキュリティ環境の整備等について検討していくことが必要と考えられることは、第2部第2章1(3)で述べたとおりである。
 ところで、この2つの制度的枠組みは、不正アクセスの禁止に係る制度的枠組みが専らアクセス権の有無を確認するための個人を識別する情報を対象としていることを除けば、例えば、個人を識別する情報として秘密鍵を利用している場合には、どちらの制度的な枠組みにおいても、他人の秘密鍵の盗取・騙取・譲渡し、譲受け等他人の秘密鍵を入手する行為を禁止するとともに、その実効性を確保するために違反行為に対して罰則を科すことが必要であると考えられることなど内容的に重複するところが出てくるものと考えられる。
 また、どちらの制度的な枠組みも、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪の防止を図ることを目的として、これらの犯罪を助長するおそれのある行為を禁止するとともに、違反に対して罰則を科す等国民に対して権利・自由を制限し、義務を課すことを内容とすることとなると考えられる点においても共通している。

(3) 「ネットワーク犯罪防止法」(仮称)の整備
 以上のとおり、暗号技術の不正利用対策に係る制度的枠組みと不正アクセスの禁止に係る制度的枠組みとは、いずれも、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪を防止することを目的として、これらの犯罪を助長するおそれのある行為を禁止する等国民に対して権利・自由を制限し、義務を課すことを内容とせざるを得ないものであり、内容的にも重複する部分が出てくると考えられる。 また、これらの制度的枠組みは、ネットワーク社会の安全の確保を図ることを目的とするものであるが、安全の確保は社会の成立及び発展の基礎をなすものであることから、ネットワーク社会の枠組み作りの基礎をなすものとも考えられる。
 したがって、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪を防止するため、上記の諸措置を網羅した法律として、「ネットワーク犯罪防止法(仮称)」を整備することを早急に検討していく必要があると考えられる。
 



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