序章 問題の所在と本報告書の構成

1 問題の所在

 近年の我が国においては、パソコンが一般家庭に急速に普及するとともに、インターネット等オープンネットワークに接続されたコンピュータも急激に増加するなど、我が国社会は急速にネットワーク社会化している。このネットワーク社会化に伴い、電子商取引の実用化が間近に迫るなど社会生活がますます便利になる一方で、なりすまし等による各種の犯罪や不正行為が急激に増加し、消費者被害も問題となり始めている。
 ネットワーク社会は、

等の特徴を有している。そして、これらの特徴は、犯罪者等ネットワークを犯罪等に利用しようとする者にとって、自らの身分を明かさず、犯罪等の証跡も残さずに、国際的な規模で一瞬にして犯罪等を行うことが可能となる環境が整うことを意味している。
 なりすまし等による各種の犯罪等が急激に増加し始めている最近の我が国の状況は、ネットワーク社会の有するこのような犯罪等に対する脆弱性に起因するものであり、ネットワーク社会の進展に伴って起こることが懸念されていた、犯罪等の多発という事態が早くも現実化し始めているのではないかと考えられる。
 その上、我が国の社会は、米国に比べるとネットワーク社会化が5年ないし10年遅れていると言われており、米国における犯罪等の発生状況にかんがみれば、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪等に対して何の対策も講じないまま今後ネットワーク社会化が更に進展していく場合には、その進展度合いに合わせて、ネットワークを利用した犯罪等も加速度的に増加していくものと考えられる。
 したがって、ネットワーク社会を巷間言われているようなバラ色のものとするためには、本格的なネットワーク社会の到来を間近に控えたこの時期に、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪等を防止するための様々な措置を内容とする総合的な情報セキュリティビジョンを策定するとともに、これを早急かつ確実に実現していくことが必要不可欠である。特に、なりすましを防止する「本人確認」とオープンネットワーク故に起こる情報の漏洩、盗聴、改ざん等を防止する「情報の保護」の2つの課題を解決することが急務である。
 ところで、この「本人確認」と「情報の保護」の2つの課題の解決のためには、現在の技術においては、認証機能(「本人確認」の機能)及び情報の秘匿機能(「情報の保護」の機能)を有する暗号技術を普及させていくことが最も有効であり、犯罪防止の観点からそのための施策を積極的に講じていくべきである。
 しかしながら、暗号技術の普及を図るだけでは、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪等の防止対策は必ずしも十分とは言えない。現在の我が国においては、暗号技術は誰もが自由に利用することができるものであり、犯罪者やネットワークを利用して犯罪等を行おうとする者が自己の不正行為の隠匿等のために暗号技術を不正に利用することも当然懸念されるところである。この懸念は、1995年に我が国社会を揺るがしたオウム真理教がその犯罪の証拠となるデータを暗号化してフロッピーディスクに保存していたことが明らかになったことの一事をもってしても杞憂とは言えない。また、暴力団がその犯罪に係るデータを暗号化して保存し始めている状況も認められる。
 したがって、暗号技術の普及は、それが適正に利用されることを確保した上で行われない場合には、かえってその不正利用による犯罪等の脅威を増大させる結果となるおそれがある。
 以上のことから、ネットワーク社会における犯罪等の防止を図るためには、暗号技術の普及と暗号技術の不正利用を防止するための施策(暗号技術の適正利用を制度的に保障するための施策)をセットで講じていくことが必要である。この点に関し、我が国よりもネットワーク社会化が進展している諸外国においては、暗号政策に関する法律が制定され、あるいは法制案が提案されたりするなど、法制度の整備を含めた対応の動きが顕著であるが、我が国においては、残念ながら、この点に関する施策の検討はまだ十分とは言えない状況にある。
 したがって、我が国の国民が国際的犯罪者等による犯罪の被害者にならないようにするとともに、国際的な犯罪対策の実効性を確保する観点からも、国際的な整合性に配意しつつ、暗号政策を中心とした情報セキュリティ施策を緊急に策定し、これを実施していくことが我が国の喫緊の課題である。

2 本報告書の構成

 以上に述べた問題意識の下に、本報告書においては、次のような二部構成により検討を進めていくこととする。

(1) 第1部

 第1部においては、暗号技術に係るセキュリティ上の課題を明らかにする。
 まず、第1章においては、暗号技術の不正利用を類型化するとともに、各類型ごとに、ネットワーク以外の現実社会で起きている事件について、現在把握されているネットワーク上の事犯と関連付けながら、具体的にどのような犯罪又は不正行為として現れてくるのかについて検討を行う。
 次に第2章においては、各不正利用の類型ごとに、対策としていかなることが考えられるのかについて検討を進める。

(2) 第2部

 第2部においては、第1部を踏まえた上で、諸外国における暗号技術の不正利用対策の動向を把握するとともに、暗号技術の不正利用対策を中心とした我が国における暗号政策の在り方を考察していく。
 まず、第1章において、暗号技術の不正利用対策を中心とした暗号技術に係る施策の在り方に関する国際社会及び諸外国の施策の動向を明らかにしつつ、我が国における施策の在り方について検討する。
 そして、第2章においては、暗号技術の不正利用対策と密接な関連を有し、暗号技術の不正利用対策同様に喫緊の課題である不正アクセスの禁止に係る施策等について簡潔に触れた上で、第3章では、緊急の対応を要するこれらの施策に係る制度的枠組みについて、ネットワーク上の又はネットワークを利用した犯罪を防止するための諸措置を網羅した「ネットワーク犯罪防止法」(仮称)として整備する必要性について提言することとしている。

 なお、情報セキュリティ施策には、暗号技術の不正利用対策等暗号に係る施策のみならず、インターネット上での不正・有害情報の流通を防止するための施策、電子マネー等の電子決済に関連する犯罪への対策、コンピュータ・システムに係るセキュリティ評価基準の策定等が含まれるが、本報告書においては、喫緊の課題となっている暗号技術の不正利用対策を中心とする暗号政策に焦点を当てた情報セキュリティ施策について検討を進めていくこととする。

  


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