北朝鮮による対日有害活動

1北朝鮮による拉致容疑事案

1概要

 北朝鮮の金正日国防委員長は、平成14年9月の日朝首脳会談において、日本人拉致問題に関し、「特殊機関の一部の盲動主義者らが、英雄主義に走ってかかる行為を行ってきたと考えている」との認識を示して謝罪し、同年10月、5人の拉致被害者が24年振りに帰国しました。その後、16年5月と7月に、これらの拉致被害者の家族の帰国・来日が実現しました。

2拉致の目的

 金正日国防委員長は、日本人拉致の目的について、「1つ目は、特殊機関で日本語の学習ができるようにするため、2つ目は、他人の身分を利用して南(韓国)に入るためである」と説明しました。また、「よど号」犯人の元妻は、金日成主席(故人)から「革命のためには、日本で指導的役割を果たす党を創建せよ。党の創建には、革命の中核となる日本人を発掘、獲得、育成しなければならない」との教示を受けた「よど号」犯人の田宮高麿(故人)から、日本人獲得を指示された旨を証言しています。
 これらを含め、諸情報を分析すると、拉致の主要な目的は、北朝鮮工作員が日本人のように振る舞えるようにするための教育を行わせることや、北朝鮮工作員が日本に潜入して、拉致した者になりすまして活動できるようにすることのほか、金日成主義に基づく日本革命を行うための人材獲得にあるとみられます。

3拉致容疑事案の捜査状況

 警察は、これまでに、日本人拉致容疑事案12件17人及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件2人の計13件19人を北朝鮮による拉致容疑事案と判断するとともに、拉致の実行犯として、8件11人の逮捕状の発付を得て、国際手配を行いました。
 また、警察では、これら以外にも、「北朝鮮による拉致ではないか」とする告訴・告発や相談・届出を受理しており、都道府県警察や関係機関との連携の強化を図り、所要の捜査や調査を進めています。

北朝鮮による拉致容疑事案
  発生時期 被害者 ※( )内は、当時の年齢 発生場所 国際手配被疑者
1 昭和49年6月頃 髙敬美さん(7)、髙剛さん(3) 福井県小浜市 洪寿惠こと木下陽子
2 昭和52年9月 久米 裕さん(52) 石川県鳳至郡(現 鳳珠郡) 金世鎬
3 昭和52年10月 松本 京子さん(29) 鳥取県米子市  
4 昭和52年11月 横田 めぐみさん(13) 新潟県新潟市  
5 昭和53年6月頃 田中 実さん(28) 兵庫県神戸市  
6 昭和53年6月頃 田口 八重子さん(22) 不明  
7 昭和53年7月 地村 保志さん(23)
地村(旧姓:濵本)富貴惠さん(23)
福井県小浜市 辛光洙
8 昭和53年7月 蓮池 薫さん(20)
蓮池(旧姓:奥土)祐木子さん(22)
新潟県柏崎市 通称チェ・スンチョル
通称ハン・クムニョン
通称キム・ナムジン
9 昭和53年8月 市川 修一さん(23)
増元 るみ子さん(24)
鹿児島県日置郡(現 日置市)  
10 昭和53年8月 曽我 ひとみさん(19)
曽我 ミヨシさん(46)
新潟県佐渡郡(現 佐渡市) 通称キム・ミョンスク
11 昭和55年5月頃 石岡 亨さん(22)
松木 薫さん(26)
欧州 森順子
若林(旧姓:黒田)佐喜子
12 昭和55年6月 原 敕晁さん(43) 宮崎県宮崎市 辛光洙 金吉旭
13 昭和58年7月頃 有本 恵子さん(23) 欧州 魚本(旧姓:安部)公博
(注)地村保志さん、地村(旧姓:濵本)富貴惠さん、蓮池薫さん、蓮池(旧姓:奥土)祐木子さん及び曽我ひとみさんの5人については、平成14年10月、24年振りに帰国した。

国際手配被疑者
魚本(旧姓:安部)公博 金世鎬 辛光洙 金吉旭 通称キム・ミョンスク 通称チェ・スンチョル
魚本(旧姓:安部)公博 金世鎬 辛光洙 金吉旭 通称キム・ミョンスク 通称チェ・スンチョル
通称ハン・クムニョン 通称キム・ナムジン 洪寿惠こと木下陽子 森順子 若林(旧姓:黒田)
佐喜子
通称ハン・クムニョン 通称キム・ナムジン 洪寿惠こと木下陽子 森順子 若林(旧姓:黒田)佐喜子

4日朝協議の動向

(1)北京における日朝実務者協議
 20年6月、中国・北京において日朝実務者協議が行われました。  日本側は、「すべての拉致被害者の帰国、真相究明、被疑者の引渡し」を要求し、拉致問題の最終的な解決に向け、北朝鮮側が具体的行動をとることを求めました。また、「よど号」関係者の問題については、「よど号」ハイジャック犯5人及びその妻2人の引渡しを要求しました。さらに、北朝鮮側が具体的行動をとる場合には、日本側が、現在、北朝鮮に対して講じている措置の一部を解除する用意がある旨を説明しました。
 協議の結果、北朝鮮側は、「拉致問題は解決済み」とする従来の立場を変更して、拉致問題解決に向けた具体的行動を今後とるための再調査を実施することを約束しました。また、「よど号」関係者の問題についても解決のために協力する用意があることを表明しました。
政府から日朝実務者協議の結果説明を受けた後会見する拉致被害者家族(6月)(時事)
政府から日朝実務者協議の結果説明を受けた後会見する拉致被害者家族(6月)(時事)

(2)瀋陽における日朝実務者協議
 8月、中国・瀋陽において日朝実務者協議が行われました。
 日朝双方は、6月の協議において双方が表明した措置について議論し、北朝鮮側が実施する拉致問題の調査の具体的態様や日本側が講じる措置等について合意しました。
 北朝鮮側は、調査の態様について、生存者を発見し帰国させるための全面的な調査となること、すべての拉致被害者を調査対象とすること、権限を与えられた北朝鮮の調査委員会が調査を行い、これを可能な限り秋には終了すること、調査の進捗状況を日本側に随時通報することなどを表明しました。
 日本側は、北朝鮮側が調査を開始すると同時に、人的往来の規制解除及び航空チャーター便の規制解除をそれぞれ実施する用意がある旨を表明しました。なお、日朝双方が行う措置の時期については、今後、日朝間で調整することとされました。

(3)日朝実務者協議後の動向
 しかしながら、9月5日、外務省は、前日(4日)夜に北朝鮮から、中国・北京の大使館ルートを通じて「日朝実務者協議の合意事項を履行するという立場ではあるが、突然政権交代が行われるようになった日本側の事情にかんがみて、新政権が、実務者協議の合意事項の履行についてどういう考え方なのかを見極めるまで、調査委員会の立ち上げを差し控える」との連絡があったことを明らかにしました。これに対し日本側は、その後発足した麻生政権が、これまでの方針に何ら変更はないとの姿勢を表明していますが、北朝鮮側からの反応はありません。
協議を終えた斎木昭隆外務省アジア大洋州局長と宋日昊朝日国交正常化担当大使(6月、北京)(共同)
協議を終えた斎木昭隆外務省アジア大洋州局長と宋日昊朝日国交正常化担当大使(6月、北京)(共同)

2北朝鮮による対日有害活動等

1一般情勢

 北朝鮮は、現在、米朝平和条約の締結等米国との関係改善を最優先に取り組んでいるとみられ、六者会合においても、米国との関係改善、各国からの最大限の見返りの引き出しを念頭に置いた対応を繰り広げています。
 金正日国防委員長については、同人が、北朝鮮創建記念日(9月9日)に姿を見せなかったことなどから、脳関係の疾患により倒れたなどとする健康悪化説が一般的となっています。
 一方、同人の健康状態が悪化したとされる8月中旬以降も、北朝鮮が、「寧辺の核施設の原状復旧作業着手の表明(8月26日)」、「国際原子力機関の監視要員に対する、すべての核施設への立入り禁止通告(10月9日)」、「核計画の検証方法についての米朝合意(10月11日)」等の重要な決定を行っていることから、金正日国防委員長が、一定の判断能力を有した上で、国政運営が行われているとする見方が有力です。
 なお、10月4日以降、北朝鮮メディアが、軍部隊の視察を行う金正日国防委員長の写真を公開するなど、その動向を報道していますが、金正日国防委員長の映像や肉声がいまだ伝えられていないことなどから、同人の動向に注目が集まっています。
金正日国防委員長が欠席した北朝鮮創建60周年記念式典における北朝鮮指導部(9月、平壌)(時事)
金正日国防委員長が欠席した北朝鮮創建60周年記念式典における北朝鮮指導部(9月、平壌)(時事)

10月11日に朝鮮中央テレビが報じた金正日国防委員長の写真(時事)
10月11日に朝鮮中央テレビが報じた金正日国防委員長の写真(時事)

2北朝鮮等による対日諸工作

 北朝鮮は、19年9月の福田政権発足後、しばらくは福田政権に対する非難の論調を控えていましたが、20年4月11日、対北朝鮮措置の再延長が決定されると、「反共和国政策を執拗に追求する福田政権の非理性的で時代錯誤の対北朝鮮敵対姿勢が一層はっきりとさらけ出された」(4月18日付け労働新聞)などと福田政権に対する非難を強めました。
 また、9月に発足した麻生政権に対しては、麻生首相が、記者とのやりとりの中で、太平洋戦争を「大東亜戦争」と発言したことをとらえ、「彼のたわ言は、21世紀にも「大東亜共栄圏」なる昔日の夢を捨てず、何としても実現しようという腑抜けた軍国主義的妄言である」(10月17日付け労働新聞)などと非難しました。さらに、六者会合参加国である日本が、拉致問題で進展がない限り、北朝鮮に対するエネルギー支援を行わないとしていることについて、「日本は六者会合の場にいるよりも、いっそのこと、いないほうがましな不便で面倒な存在となっている」(10月22日付け労働新聞)などと対日非難を展開しました。
 国内では、10月10日に対北朝鮮措置の再延長が決定されると、朝鮮総聯の南昇祐副議長が記者会見を行い、「安倍政権下で本格的に進められた我が国に対する露骨な敵視政策と、朝鮮総聯及び在日朝鮮人に対する抑圧を、何のためらいもなく続けようとすることは許し難い暴挙」、「4度にわたる制裁措置の延長に民族的怒りをもって強く抗議し、断固糾弾する」などとする談話を発表し、日本を非難しました。また、20年中、警察は、朝鮮総聯の傘下団体幹部らを税理士法違反で逮捕し、関係先の捜索を行いましたが、朝鮮総聯は、捜索の際に多くの活動家を現場に動員して、激しい抗議活動を行いました。
 その一方で、朝鮮総聯は、「金正日将軍生誕記念日(2月16日)」、「朝鮮民主主義人民共和国創建記念日(9月9日)」における朝鮮総聯主催の慶祝行事に、国会議員や著名人等を招待し、北朝鮮に対する理解と朝鮮総聯の活動に対する支援を求めるなどの諸工作を展開しています。
日本政府による対北朝鮮措置の再延長に抗議する朝鮮総聯関係者(3月、東京)
日本政府による対北朝鮮措置の再延長に抗議する朝鮮総聯関係者(3月、東京)

捜索に対する抗議活動(10月、東京)
捜索に対する抗議活動(10月、東京)

3北朝鮮に係る違法行為の検挙

 政府は、18年10月9日に北朝鮮が核実験を実施した旨の発表を行ったこと等にかんがみ、同月13日、特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法に基づいて北朝鮮船籍のすべての船舶の日本への入港を禁止するとともに、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき北朝鮮を原産地又は船積地域とするすべての貨物の日本への輸入を禁止する措置をとることを閣議決定しました。その後も北朝鮮をめぐる情勢に変化が見られないこと等から、これらの対北朝鮮措置は半年ごとに閣議決定により延長されています。
 こうした状況の下、警察は20年中、対北朝鮮措置に係る違法行為として、北朝鮮を原産地とするウニの無承認輸入に係る外為法違反事件(1月、警視庁)を検挙しました。この事件では、輸入貨物(ウニ)が北朝鮮産であるにもかかわらず、中国を原産地とする虚偽の輸入申告が行われていたことが確認され、北朝鮮から中国を経由した、いわゆる迂回輸入の実態が明らかとなっています。

4対日諸工作の今後の見通し

 今後、北朝鮮は、国際社会における日本の孤立化を狙った対日非難を展開するほか、自らに有利な世論の醸成を企図して、直接又は朝鮮総聯を介しての硬軟織り交ぜた諸工作を活発に展開するものとみられます。警察は、これら諸工作に対する情報収集活動を強化するとともに、伏在する違法行為に対して徹底した取締りに努めることとしています。