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国際テロ情勢と警察の対応
1 国際テロ情勢

  一 イスラム過激派の動向と国際テロの脅威

 平成一八年の国際テロ情勢は、依然として厳しいまま推移しました。一三年九月一一日の「米国における同時多発テロ事件」以降、世界各国でテロ対策が強化されている一方で、英国において大規模なテロ計画が摘発されたほか、インド、エジプト等世界各地でイスラム過激派の関与が疑われる大規模・無差別テロ事件が発生しました。
 イスラム過激派によるテロの脅威は依然として高い状況にあり、中でも、アル・カーイダは、反米ジハード(聖戦)の象徴として存在し、世界のイスラム過激派を引き付けています。アル・カーイダは、イラク及びアフガニスタンを反米ジハードの主戦場と位置付けるとともに、メディア等を通じて、米国、英国及びイラクへの武力行使を支持した国々や親米湾岸・アラブ諸国等を非難し、また、レバノン等のイスラム勢力が関係する紛争地に係る問題、預言者ムハンマド風刺画問題、イスラム教批判ととられたローマ法王発言等イスラムと西欧的価値観の軋轢に伴う問題等をとらえ、「十字軍・シオニスト」対「イスラム」の戦いという構図を強調して、全世界のイスラム教徒に対してジハードを煽あおるメッセージを発信し続けています。
  現在、アル・カーイダの中核(指導部)との関係を有しない各地のグループが、アル・カーイダのジハード思想やオサマ・ビンラディンの声明等に影響を受けてテロを実行する傾向がみられます。これらのテロ組織は、独自の見地から既存の組織とは別に個々のテロを行っている可能性があることから、治安対策上、困難な状況を生み出しています。さらに、欧米等の非イスラム圏先進諸国で普通に居住してきた者が、何らかの影響で過激化し、居住している国内で、あるいはイスラム過激派が標的としている国の権益を狙ってテロを起こす、いわゆる「ホームグローン」のテロリストが各国で注目されているところです。
 イラクでは、一八年二月下旬のシーア派聖廟爆破事件に端を発するスンニ派とシーア派の宗派間対立に沈静化の兆しがみえず、六月の米軍による「アル・カーイダ」のイラクにおける指導者とされるアブ・ムサブ・アル・ザルカウィの殺害以降も、治安改善の見通しは立っていません。
 東南アジアでは、イスラム過激派の活動が依然として活発です。アル・カーイダと関係を有し、一七年一〇月にインドネシア・バリ島における同時多発テロ事件(邦人一人を含む二三人が死亡)を敢行したジェマア・イスラミアは多くのメンバーが拘束・殺害され、組織的な打撃を受けているとみられますが、上記バリ島事件にも関与したとされるヌルディン・モハメド・トップ等の主要幹部が逃亡中であり、その脅威は依然として高いと考えられます。フィリピンでは、南部ミンダナオ島を中心に、ジェマア・イスラミアとアブ・サヤフ・グループ、モロ・イスラム解放戦線の反主流派等との連携強化が進んでいると指摘されています。
 欧州では、一八年七月に、ドイツで、レバノン人学生等による列車爆破未遂事件が発生し、同年八月には、英国当局が、米国行きの複数の航空機を飛行中に爆破する同時多発テロ計画の情報を入手し、実行を事前に阻止しました。
 このほか、エジプトでは、同年四月に、シナイ半島のリゾート地ダハブのスーパーマーケットとカフェにおいて、連続三回の爆弾テロ事件が発生し、少なくとも一八人が死亡しました。インドでは、同年七月に、ムンバイにおいて、七本の列車に対する連続爆弾テロ事件が発生し、一八六人が死亡しました。

二 我が国への国際テロの脅威

 イスラム過激派を中心とした国際テロの脅威が高まる中、我が国は、アル・カーイダを始めとするイスラム過激派から米国の同盟国とみなされており、オサマ・ビンラディンやアイマン・アル・ザワヒリとされる者が発した声明等において、テロの標的として名指しされています。また、我が国には、イスラム過激派がテロの対象としてきた米国関連施設が多数存在し、これらを標的としたテロが発生することも懸念されます。
 こうした中、アル・カーイダ関係者が我が国に不法に入出国を繰り返し、我が国に潜伏していた実態が明らかとなりました。また、一七年七月の英国・ロンドンにおける同時多発テロ事件のように、欧米等の非イスラム圏先進諸国で普通に居住してきた者が過激化してテロを引き起こす例もみられるところです。
 我が国内には、イスラム諸国からの入国者が多数滞在して各地でコミュニティを形成していることから、今後、イスラム過激派が、こうしたコミュニティを悪用し、資金や資機材の調達を図るとともに、様々な機会を通じて若者等の過激化に関与することが懸念されます。
 さらに、海外において、現実に我が国の国民や権益がテロの標的となる事案が発生しているほか、我が国の権益等が直接の標的ではない場合であっても、海外にいる邦人がテロに巻き込まれたこともあります。
 二〇年には、我が国において主要国首脳会議(サミット)が開催される予定です。主要国の首脳が一堂に会するサミットは、テロリストにとって格好の攻撃対象であり、サミット開催の機会をねらって我が国がテロの標的となる可能性も否定できません。

三 日本赤軍及び「よど号」グループ等の動向

(一)日本赤軍
 最高幹部・重信房子は、公判中の一三年四月、獄中から日本赤軍の解散を宣言し、同年五月、日本赤軍も組織としてこれを追認しました。しかし、同年一二月には、新組織「連帯」を立ち上げ、事実上、日本赤軍の継承組織として活動を開始しました。
 現在、日本赤軍は、組織の再編を推進するとともに、逃亡メンバーに対する支援等のための海外における新たな活動拠点の構築を模索しているほか、パレスチナとの連携等を名目に組織の拡大を図っているものとみられ、テロ組織としての性格を依然として堅持しており、その危険性に変化はありません。こうした現況から、彼らが掲げる反帝国・反資本主義に基づき、獄中メンバーの奪還等を目的とした国際テロ事件を引き起こす可能性は否定できません。警察は、今後とも、国内外における日本赤軍支援者の動向にも特段の注意を払いつつ、逃亡中の七人の構成員の早期発見、逮捕に向けた取組みを推進していくこととしています。
(二)「よど号」グループ
「よど号」犯人九人のうち二人が既に逮捕されたほか、リーダーの田宮高麿ら二人が北朝鮮で死亡したことが確認されており、現在、北朝鮮に残留しているのは、小西隆裕ら五人とみられています。そのうち一人は死亡したとされていますが、真偽は確認できていません。子女については、一三年五月から現在までに一九人が帰国しています。これまで帰国した妻五人は、全員旅券法違反等で逮捕され、有罪が確定しています。
 また、一四年三月、「よど号」犯人の元妻が「田宮高麿の指示で、私が有本恵子さんを騙 し、北朝鮮に連れ出した」と証言したことなどから、「よど号」グループが日本人拉致に深く関与していたことが明らかとなり、警察は、同年九月、有本恵子さんに対する結婚目的誘拐の容疑で、魚本(旧姓・安部)公博の逮捕状を取得し、同年一〇月、国際手配を行いました。

ザルカウィ(写真右)を追悼する声明を述べるアル・カーイダ幹部アイマン・アル・ザワヒリ(6月)(時事)
ムンバイにおける同時多発列車爆破テロ事件(7月、インド)(時事)
爆破されたシーア派の聖廟(2月、イラク)(時事)
治安改善の見通しが立たないイラク(時事)
アル・カーイダのビデオ声明に登場した米国人テロリスト(7月)(時事)
我が国に潜伏していたアル・カーイダ関係者(時事)
日本赤軍
国際手配中のハイジャック犯人
 
2 警察の対応

一 情報収集と捜査の徹底等

 国際テロは発生すれば多くの犠牲が出ることから、対策の要諦は、その未然防止にあります。そのためには、外国治安情報機関等との情報交換をするなど、幅広い情報を収集し、それを的確に分析して諸対策に活用することが不可欠です。また、テロは極めて秘匿性の高い行為であり、テロの実行に向けた準備は秘密裏に行われるため、収集される関連情報のほとんどは断片的なものです。このため、個々の情報からのみではその真偽や情報としての価値を判断することが困難であり、情報の蓄積と総合的な分析が必要となります。
 そこで、警察では、警察庁国際テロリズム対策課を中心に外国治安情報機関等との連携を一層緊密化するなど、テロ関連情報の収集・分析活動を強化しているほか、収集した情報の総合的な分析結果を活用し、不審点の徹底解明等を推進しています。
 また、警察は、国外で邦人や我が国の権益に関係する重大テロ事件が発生した場合等に、国際テロリズム緊急展開班(TRT‐2 :Terrorism Response Team-Tactical Wing for Overseas)を派遣し、当該事案に関する情報収集、現地当局に対する捜査活動支援等を行っています。

二 水際対策の強化

 周囲を海に囲まれた我が国では、国際空港・港湾において出入国審査、輸出入貨物の検査等の水際対策を的確に推進することが重要です。政府は、一六年一月、内閣官房に空港・港湾水際危機管理チームを設置し、関係行政機関等が行う水際対策の強化に必要な調整を図っています。また、国際空港・港湾に配置された空港・港湾危機管理(担当)官を中心に、関係機関が連携して各種訓練の実施、施設警備に係る改善等に取り組み、多くの成果を上げています。
 また、テロリスト等の入国を防ぐためには、顔情報、虹彩、指紋等のバイオメトリクス(生体情報)を活用することが有効です。同年六月、犯罪対策閣僚会議の幹事会の下にワーキングチームが設置され、関係省庁が連携し、バイオメトリクスを活用した出入国管理を推進するため、制度の在り方や技術の高度化等に関する検討を行っています。これらを踏まえ、上陸審査時に特別永住者等を除く外国人に指紋等の個人識別情報の提供を義務付けること等を内容とする出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案が、一八年五月、第一六四回国会において成立し、一九年中に施行されることとなっています。

三 関係省庁との緊密な連携

 テロ対策に万全を期するため、警察では、関係省庁との緊密な連携に努めています。
 こうした中、一六年一二月、政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部において「テロの未然防止に関する行動計画」が策定され、関係省庁が連携してテロの未然防止のための諸対策を実施することとなりました。現在、同計画において、今後速やかに講ずべきテロの未然防止対策とされた計一六項目のうち、スカイ・マーシャルの導入等の一四項目が既に実施されています。
 警察庁においては、引き続き関係省庁との間で情報交換を行うなど緊密に連携しつつ、諸対策を推進することとしています。
 防衛省・自衛隊とは、平素から緊密な情報交換を行うとともに、重大テロ等が発生した場合に備えた対処態勢の強化を図っています。
 これまでに治安出動に関する防衛大臣と国家公安委員会委員長との協定に基づき、各都道府県警察とこれに対応する陸上自衛隊の師団等との間で「治安出動の際における治安の維持に関する現地協定」を締結し、武装工作員等事案を想定した治安出動に係る共同図上訓練を実施しました。その成果等を踏まえ、「治安出動の際における武装工作員等事案への共同対処のための指針」を作成するとともに、各都道府県警察とこれに対応する陸上自衛隊の師団等との間で、「治安出動の際における武装工作員等事案への共同対処マニュアル」を作成しています。
 また、共同図上訓練に続き、一七年一〇月に北海道警察と陸上自衛隊北部方面隊との間で、一八年一〇月に香川、徳島、愛媛及び高知県警察と陸上自衛隊第一四旅団との間で、同年一一月に福岡県警察と陸上自衛隊第四師団との間で、それぞれ共同実動訓練を実施しました。今後も各地でこれらの訓練を重ね、防衛省・自衛隊との緊密な連携を図っていくこととしています。
 海上保安庁とは、連携して原子力発電所等に対する警戒警備に当たっており、原子力発電所等が設置されている道県において共同訓練を実施するなど、引き続き海上保安庁との緊密な連携を図っています。

四 重要施設等の警戒

 警察では、原子力発電所や内閣総理大臣官邸等我が国重要施設、米国関連施設、鉄道等公共交通機関等に対し、効果的かつ効率的な警戒警備を実施しています。
 一八年七月の北朝鮮による弾道ミサイルの発射や同年一〇月の北朝鮮による地下核実験実施の発表を受け、警備諸対策を推進するとともに、我が国重要施設等に対する警戒の更なる徹底を図るなど、情勢に応じた的確な警戒警備を実施しています。
 なお、鉄道等公共交通機関の警戒に当たっては、国土交通省等の関係機関や事業者等との緊密な連携の確保に努めており、国土交通省と事業者等がメンバーとなって設置されている鉄道テロ対策連絡会議に警察庁がオブザーバーとして参画し、必要なアドバイスや情報交換等を行っています。

五 生物化学テロ対策

 警察では、生物化学テロの未然防止を図るため、関連物質の不自然な取引等に関する情報収集、盗難防止対策等の指導、生物・化学剤の空中散布に使用されるおそれのある小型航空機の盗難防止対策、保健・医療機関等との緊密な連携等を推進しています。
 また、万一、生物化学テロが発生した場合に迅速・的確な現場対処を図るため、九都道府県警察(北海道、宮城、警視庁、千葉、神奈川、愛知、大阪、広島、福岡)に、高度な装備資機材を配備したNBCテロ対応専門部隊を設置しているほか、この専門部隊が置かれていない府県警察には、必要な装備資機材を配備したNBCテロ対策班を設置しています。これらの部隊は、平素から、装備資機材の充実強化、実戦的訓練の実施等により対処能力の向上を図っています。

六 特殊部隊等の充実強化

 警察では、ハイジャック、重要施設占拠事案等の重大テロ事件等の際に出動し、これを鎮圧するための特殊部隊 (SAT:Special Assault Team) を八都道府県警察(北海道、警視庁、千葉、神奈川、愛知、大阪、福岡、沖縄)に設置しています。SATは、ライフル銃、自動小銃、特殊閃光弾、ヘリコプター等を保有し、実戦的な訓練を重ね、部隊活動能力の充実強化に努めています。
 また、全国の機動隊には銃器対策部隊が設置されており、重要施設の警戒警備を行っているほか、銃器等を使用した事案が発生した場合にはその対処に当たることとしています。銃器対策部隊は、サブマシンガン、ライフル銃、防弾衣、防弾盾、耐弾・耐爆仕様の特型警備車等を保有しています。

七 スカイ・マーシャルの運用

 警察では、一六年一二月に開催された国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部の決定を踏まえ、ハイジャック対策を強化するため、国土交通省等の関係省庁や航空会社と緊密に連携して、スカイ・マーシャルの的確な運用を図っています。

八 武力攻撃事態等への対処

 武力攻撃事態等や緊急対処事態への対処については、平素からの備えが重要であることから、都道府県警察は、武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律に基づく都道府県や市町村の国民保護計画の作成・変更作業に積極的に参画しています。
 また、武力攻撃事態等や緊急対処事態において、国民保護措置等を迅速かつ的確に実施できるよう内閣官房や各都道府県が主催する国民保護訓練(一八年一〇月の福岡県の図上訓練、同年一一月の鳥取県の実動訓練等)に関係機関と共に参加し、被害情報等の収集、住民の避難要領等について検討を行うなど、事態発生時における関係機関との連携強化に努めています。

九 サイバーテロ対策

 情報システムや情報通信ネットワークが国民生活や社会経済活動に深く浸透している状況の下、多数のウェブサーバに対してサイバー攻撃が敢行される事案が発生しています。これらのサイバー攻撃が重要インフラ事業者等の基幹システムに対して行われれば、国民生活や社会経済活動に大きな被害を与える可能性があります。
 このため、警察庁に「サイバーテロ対策推進室」や「サイバーフォース」(注)を、各都道府県警察に「サイバーテロ対策プロジェクト」を設置するなどして、サイバーテロの未然防止に努めるとともに、事案が発生した場合には、被害拡大防止及び事件検挙に当たることとしています。
 (注)サイバーフォースは、特に高度な技術を備えた職員で構成されており、二四時間体制で、サイバーテロの予兆の把握や事案の早期認知に努めています。

一〇 国際協力の推進に向けた取組み

 国際テロ対策は、国際社会が直面する重要かつ喫緊の課題であり、世界各国の連携・協力が必要です。こうした観点から、G8や国連等の場において、政府首脳間、治安担当大臣間、警察機関相互間等で諸対策の活発な議論がされています。警察庁も、これら国際会議に積極的に出席しており、一八年六月にロシアで開催された「G8司法内務閣僚会合」には、警察庁次長が出席し、テロ対策や国際組織犯罪対策についての我が国の取組み状況を発表するとともに、共同声明や行動計画の起草に参画しました。
 また、警察庁では、テロ事件の捜査技術に関するノウハウの提供を積極的に行うため、七年度以降、国際協力機構(JICA)との共催により、開発途上国のテロ対策担当者を招致し、「国際テロ事件捜査セミナー」を開催しているほか、テロ対策に関する地域協力を推進するため、八年度以降、外務省との共催により、東南アジア諸国等からテロ対策担当者を招き、「地域テロ対策協議」を開催しています。
 さらに、我が国は、国際連合安全保障理事会決議第一三七三号等で求められているテロリスト等の資産凍結にも積極的に取り組んでおり、警察庁は、機動的な資産凍結の実施のために設置された「テロリスト等に対する資産凍結等に係る関係省庁連絡会議」に参加しています。我が国では、五二〇のテロ関連個人・団体を資産凍結対象としています。

テロの未然防止に関する行動計画
 
自衛隊との共同実動訓練(四国)
 
JR成田空港駅の警戒警備活動(千葉)
 
NBCテロ対応専門部隊の訓練
 
特殊部隊(SAT)の訓練
 
サイバーフォース