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1 国際的な枠組み
  大量破壊兵器関連物資等の不正輸出対策については、第二次世界大戦終結後、国際的な枠組みが構築され、国際社会がこれに取り組んできたところですが、こうした枠組みについては、冷戦期の安全保障を取り巻く諸情勢から大きな影響を受けてきました。
  冷戦後の世界においても、通常兵器並びにこれに関連する汎用品及び技術の移転に関する透明性の向上や確実な管理の必要性は依然として高く、その実現を図るための新たな枠組みが、1996年(平成8年)7月、オランダのワッセナー市において合意されました。これは、ワッセナー・アレンジメントと呼ばれ、「地域の安定を損なうおそれのある通常兵器の過度の蓄積を防止すること」を目的として、28か国が加盟して設立されました。
  また、核兵器を始めとする大量破壊兵器及びその運搬手段としてのミサイルに関しては、冷戦期からその拡散阻止を念頭に置いた国際的な枠組みが構築されてきました。1970年(昭和45年)3月には核兵器自体を規制する核拡散防止条約(NPT)が、1975年(50年)3月には生物兵器禁止条約(BWC)が発効し、さらに、1987年(62年)4月には大量破壊兵器の運搬手段となるミサイル、その部品及び製造設備等の輸出規制であるミサイル関連機材・技術輸出規制(MTCR)が、1997年(平成9年)4月には化学兵器及びその生産施設の全廃を定めた化学兵器禁止条約(CWC)が発効しています。このほか、大量破壊兵器に関連する汎用品については、原子力供給会合(NSG)やオーストラリアグループ(AG)による輸出規制が図られてきました。

2 最近の国際情勢
  2006年(18年)2月、第3回アジア不拡散協議(ASTOP-Ⅲ)が東京で開催され、アジアにおける不拡散体制の強化に向けた意見交換が行われ、北朝鮮による大量破壊兵器等の拡散がアジアのみならず国際社会全体に対する深刻な脅威であること、平和的解決を目指す枠組みである六者会合プロセスを支持することについて参加各国の意見が一致しました。
  こうした中、2006年(18年)7月、北朝鮮が七発の弾道ミサイルを発射して、そのうちの6発が日本海に着弾したことが明らかとなりました。
  2006年(18年)7月、国際連合安全保障理事会は、日本、米国等の提案に基づき、北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難し、北朝鮮に対し、弾道ミサイル計画に関連するすべての活動の停止等を要求すること等を内容とする決議第1695号を全会一致で採択しました。
  発射された七発の弾道ミサイルの中には、日本列島全域をその射程距離内に収める「テポドン2号」が含まれていたものとみられ、我が国にとって、大量破壊兵器関連物資等の拡散の脅威は、更に深刻なものとなっています。
  こうした中、米国のブッシュ大統領とロシアのプーチン大統領は、2006年(18年)7月のサンクトペテルブルク・サミットにおいて、テロリストによる核物質の取得の防止等を内容とする「核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ」を発表しました。また、両国首脳は、会談後発表した共同声明の中で、北朝鮮のミサイル発射に対し「深刻な懸念」を表明し、ミサイル発射の凍結と六者会合への復帰を求めました。
  我が国は、2006年(18年)9月、国際連合安全保障理事会決議及び閣議了解に基づき、北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する者(15団体・1個人)に対し、資金の移転を防止する措置を講じました。
  資金移転防止措置の対象者については、これまで米国が選定していた北朝鮮関連の12団体・1個人の外、警察による過去の北朝鮮向け大量破壊兵器関連物資等の不正輸出事件の捜査を通じて明らかになった3団体を加えたものです。
  さらに、2006年(18年)10月、北朝鮮による地下核実験を実施した旨の発表を始めとする我が国を取り巻く国際情勢を総合的に勘案し、我が国は、北朝鮮に対する新たな措置をとることを決定しました。また、国際連合安全保障理事会は、国連憲章第7章の下に行動し、国連憲章第41条に基づく措置をとることとし、北朝鮮により宣言された核実験を非難し、更なる核実験又は弾道ミサイルの発射を行わないことを求めること等を内容とする決議第1718号を全会一致で採択しました。




北朝鮮から発射された「テポドン」
(1998年(平成10年)8月)(時事)

サンクトペテルブルク・サミットにおいて、共同記者会見に臨む
プーチン大統領(右)とブッシュ大統領(2006年(平成18年)7月)(時事)


  1991年(3年)2月の湾岸戦争終結後、イラクが民生品により核兵器、生物・化学兵器等の開発及び製造を行っていたことが判明し、大量破壊兵器等の開発は、必ずしも従来の規制品によるとは限らないことが明らかとなりました。
  こうした中、我が国では、2002年(14年)4月から、いわゆるキャッチオール規制(注4)が導入され、輸出管理体制が更に強化されました。
  警察は、大量破壊兵器の拡散が国際安全保障上の深刻な問題となっている状況を踏まえ、大量破壊兵器関連物資等の不正輸出事案に対して、積極的な取締りを行っています。

① 直流安定化電源不正輸出事件
      (2003年(平成15年)警視庁)
  対北朝鮮貿易商社の代表取締役が、核兵器等の開発等のために用いられるおそれがあるものとして、経済産業大臣により外為法に基づく通知(いわゆるインフォーム)を受けていた直流安定化電源3台を、同大臣の許可を受けないで、2003年(15年)4月、神戸港からタイを経由して北朝鮮向けに不正に輸出した事件です。

② 周波数変換器不正輸出事件
      (2004年(平成16年)神奈川)

  対北朝鮮貿易商社の代表らが、核兵器等の開発等のために用いられるおそれがあるものとして、経済産業大臣により外為法に基づく通知を受けていた周波数変換器(インバーター)1台を、同大臣の許可を受けないで、2003年(15年)11月、預かり手荷物として航空機に積載させ、名古屋空港から中国を経由して北朝鮮向けに不正に輸出した事件です。

③ 凍結乾燥機不正輸出事件
  (2006年(平成18年)山口・島根)
  対北朝鮮貿易商社の元代表取締役が、核兵器等の開発等のために用いられるおそれがあることを知りながら、凍結乾燥機1台を、経済産業大臣の許可を受けないで、2002年(14年)9月、横浜港から台湾を経由して北朝鮮向けに不正に輸出した事件です。

④ 3次元測定機不正輸出事件
     (2006年(平成18年)警視庁)
  神奈川県内の精密機器メーカーの代表取締役副会長らが、核開発等に転用可能であり、外為法により輸出が規制されている3次元測定機2台を、経済産業大臣の許可を受けないで、2001年(13年)10月及び同年11月に、東京港からシンガポールを経由してマレーシア向けに不正に輸出した事件です。
  なお、本件で不正輸出された3次元測定機のうち1台は、同国から再輸出され、2003年(15年)12月ころから、IAEA等により行われたリビアに対する査察の際、同国の核開発関連施設内で発見されています。

注4:輸出規制貨物等をあらかじめ特定することなく、大量破壊兵器の開発等に用いられるおそれがあ
    れば、すべての輸出される 貨物又は提供される技術が対象になる規制のこと



北朝鮮に不正輸出された疑いのある
凍結乾燥機と同型のもの(共同)


マレーシアに不正輸出された疑いのある
三次元測定機と同型のもの(共同)

 「米国における同時多発テロ事件」を契機として、米国はテロリストと大量破壊兵器の結び付きを現実的な脅威ととらえ、その対策を強化しています。
  2003年(15年)5月、米国のブッシュ大統領は、訪問中のポーランド・クラコフにおいて、国際社会の平和と安定に対する脅威である大量破壊兵器等の拡散を阻止するため、国際法及び各国国内法の範囲内で、参加国が共同して講じ得る移転及び輸送の阻止のための措置を検討・実践する枠組みとして、大量破壊兵器の拡散に対する安全保障構想(PSI:Proliferation Security Initiative)を提唱しました。これにより、現在70以上の国々が、PSIによる阻止訓練や専門家会合等に参加しています。
  2005年(17年)5月、米国のライス国務長官は、米国が主導するPSIの二周年記念式典で、PSI参加国との連携により、最近9か月で11件の大量破壊兵器関連物資の輸送を阻止したことを明らかにしました。また、米国国務省のバウチャー報道官(当時)は、同日の定例会見で、阻止した11件のうち2件が北朝鮮に向けたものであり、化学兵器関連と核兵器関連の物資であったと述べました。
  2006年(18年)7月、北朝鮮による弾道ミサイル発射を受け、米国のブッシュ大統領は、記者会見で、PSIの活動等を通じて、ミサイルやその関連技術の拡散防止を図る重要性を強調しました。我が国も、大量破壊兵器関連物資等の輸送を阻止することは、自国の安全保障の向上に資するとの考えの下、PSIの活動に積極的に参加してきました。警察庁は、PSIの発足以降、我が国代表団の一員として、海外におけるPSIの総会、阻止訓練、専門家会合等に参加してきました。
  2004年(16年)10月、PSI海上阻止訓練が我が国で初めて行われましたが、これと連携して、警察等関係機関が、東京港で輸出管理訓練を実施しました。
  さらに、2006年(18年)4月、オーストラリアのダーウィンで実施された同国主催のPSIの航空阻止に係る実動訓練に、我が国の警察職員として初めて、警視庁のNBCテロ捜査隊員等が参加しました。この訓練は、核関連の大量破壊兵器関連物資等を積載
している疑いのある民間航空機を空港に着陸させた後、同航空機内を捜索し、大量破壊兵器関連物資等の安全化措置を講ずるとの想定に基づき実施されたものであり、警視庁のNBCテロ捜査隊員は、オーストラリアの税関職員等と共同して、同航空機内における大量破壊兵器関連物資等の検知等を行いました。
  今後とも、我が国警察としては、PSIの訓練や会合に積極的に参加することによって、国際的な責務を果たし、拡散阻止能力の向上を図るとともに、大量破壊兵器関連物資等の不正輸出の取締りを強化していくこととしています。



オーストラリア主催のPSI航空阻止訓練