表紙・目次 はじめに 第1章 警備警察50年の歩み 第2章 警備情勢の推移 第3章 警備情勢の展望と警察の対応 資料編

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重大事件等を展開した日本赤軍その他の国際テロリスト
1 日本赤軍の動向

1 日本赤軍の誕生

 日本赤軍は、マルクス・レーニン主義に基づく日本革命と世界の共産主義化の実現を目的として国内で警察署の襲撃、銀行強盗、多数の死傷者を出した連続企業爆破事件等の凶悪な犯罪を犯した過激派グループの一派が、「国際根拠地論」を打ち出して、海外に革命の根拠地を求めて脱出した後、結成された国際テロ組織です。
 昭和46年2月、偽装結婚した上でレバノン・ベイルートに出国した奥平剛士、重信房子は、同じくマルクス・レーニン主義に立脚するPFLP(パレスチナ解放人民戦線)へ共同武装闘争を申し入れ、その支援を取り付け、中東での活動を始めました。


2 テルアビブ・ロッド空港事件

 中東に活動基盤を形成した日本赤軍は、昭和47年5月、イスラエルのテルアビブ・ロッド国際空港で、奥平剛士、安田安之、岡本公三の3人が、自動小銃を乱射、手榴弾数発を投てきし、24人を死亡させ、76人に重軽傷を負わすテロ事件を起こしました。

「テルアビブ・ロッド空港事件」
「テルアビブ・ロッド空港事件」
(昭和47年5月30日)(共同)
 

3 国際テロ組織「日本赤軍」

 日本赤軍は、昭和49年以降52年までの間、PFLPとの共闘によりテロ活動を活発化させる傍ら、49年7月にパリ・オルリー空港において偽造旅券を使用したメンバーが逮捕されたことを皮切りに、多数の関係者が身柄を拘束されました。さらに、49年にはこれら拘束されたメンバーの釈放を求めて、オランダ・ハーグのフランス大使館を占拠しました。
 その後、世界各地でメンバーが相次いで検挙されたことから、日本赤軍は、在監・拘留中のメンバーの奪還を目的に、50年8月にマレーシア・クアラルンプール所在の米国大使館等を占拠(「クアラルンプール事件」)し、さらに、52年9月にはパリ発東京行きの日航機をハイジャック(「ダッカ事件」)しました。我が国政府は、犯人側と数度の交渉を試みましたが、人命尊重の見地から、超法規的措置により両事件で合計11人の在監・拘留中の日本赤軍メンバー等の釈放を余儀なくされました。
 その後、57年6月のイスラエル軍によるレバノン侵攻を受け、本拠地ベイルートを撤退した日本赤軍は、60年5月、イスラエルとPFLP―GC(パレスチナ解放戦線総司令部)との捕虜交換により釈放された岡本公三を迎え、61年以降、再びテロ活動を再開させ、ジャカルタ、ローマ、ナポリと相次いでテロ事件を引き起こしました。

「クアラルンプール事件」
「クアラルンプール事件」(昭和50年8月)(PANA) 

4 相次ぐメンバーの逮捕

 こうした中、昭和62年11月に東京都内で日本赤軍メンバー丸岡修が、63年4月には米国で菊村憂が、同年6月にはフィリピンで泉水博が相次いで発見・逮捕され、レバノンを撤退した日本赤軍が、友好的な革命組織との共闘関係を醸成するために、世界各地で暗躍している姿が浮き彫りになりました。
 その後、警察は、ルーマニアに日本赤軍メンバー浴田由紀子が潜伏していることを突き止め、平成7年3月に逮捕、8年6月にはペルーに潜伏していたメンバーを逮捕しました。また、ネパール国内に潜伏していた城崎勉については、同年9月に身柄拘束後、米国に引き渡す措置が採られ、さらに、9年11月にはボリビアに潜伏していた西川純が身柄を拘束されました。同年2月には、レバノンに潜伏していた日本赤軍メンバー5人が一斉に検挙され、レバノンへの政治亡命が認められた岡本公三を除く4人は、12年3月に国外退去処分となり、警察は、帰国と同時に逮捕・収監しました。


5 最高幹部重信房子の逮捕

 昭和46年2月に奥平剛士、重信房子が渡航して以来のレバノンという根拠地を失った日本赤軍は、地理的にも文化的にも日本に近いアジア地域を国内における組織固めや国際戦線形成のための新たな戦略上の拠点と位置付けました。こうした中、警察は、平成12年11月に国内に潜伏していた日本赤軍最高幹部重信房子を大阪で逮捕しました。重信房子の国内潜伏の目的の一つが、日本赤軍の拠点を日本に移すための準備作業であったことは間違いありません。
 また、重信房子の逮捕に伴い押収した資料を分析した結果、日本赤軍は、3年8月にマルクス・レーニン主義による日本革命及び世界革命を目的とした「人民革命党」を設立していたことが判明し、その党内には、軍事機関を設けるなど引き続き軍事路線を堅持しており、その主張も日本赤軍と同一であることが分かりました。


6 日本赤軍の解散宣言

 平成13年4月、重信房子は獄中から日本赤軍の解散を宣言する文書を公表しましたが、革命のための武装闘争を完全に否定しておらず、さらに、逃亡中の7人のメンバーに関しても、何ら言及しませんでした。


7 警察の対応

 現在、日本赤軍は、最高幹部重信房子の逮捕に伴い、組織の建て直しと新たな活動拠点の構築を最大の関心事として取り組んでいるとみられ、テロ活動を再開させる可能性は低下していると思われます。しかし一方で、テロ組織としての性格を依然として堅持しており、その危険性に変わりはなく、警察は、逃亡中のメンバーの早期発見・逮捕、活動実態の把握に努めているところです。

日本が国際手配中のテロリスト
日本が国際手配中のテロリスト 

2 よど号グループの動向

1 よど号ハイジャック犯人とよど号グループの活動

 「よど号ハイジャック事件」は、武装した共産主義者同盟赤軍派の活動家9人が昭和45年3月、日本航空351便・通称「よど号」を乗っ取り、乗客122人、乗員7人の合計129人を人質に取って、最終的に北朝鮮美林
(ミリム)飛行場に到着後、北朝鮮に投降したハイジャック事件です。
 犯人9人のうち、63年5月には、犯行当時16歳の少年が不正に入手した旅券で日本に潜伏中に逮捕され、また、平成8年3月にタイで逮捕された田中義三は12年6月に日本に移送され、さらに、ハイジャック犯人のリーダー田宮高麿と吉田金太郎は、北朝鮮で既に死亡が確認されていることから、現在、北朝鮮に残留しているのは、小西隆裕、赤木志郎、魚本(旧姓安部)公博、若林盛亮、岡本武の5人とみられています。
 他方、昭和50年代半ばから60年代にかけて、欧州で北朝鮮工作員と接触していた不審な日本人女性6人に対し、海外での活動を抑止し、テロ活動を防止するため、63年8月、外務省は日本旅券の返納を命じました。平成4年になり、これらの女性全員がよど号犯人の妻であることが判明し、警察は、旅券返納命令に従わなかったとして旅券法違反事件で国際手配しています。
 妻子の帰国動向としては、16年1月までに計14人の子女が帰国しています。また、16年2月までに、3人の妻(赤木恵美子、小西タカ子、魚本民子)と赤木志郎の妹・赤木美智子が帰国しましたが、警察は、いずれも帰国と同時に旅券法違反で逮捕しています。

「よど号ハイジャック事件」
「よど号ハイジャック事件」
(昭和45年3月31日、福岡)(PANA)
 

2 欧州における日本人拉致への関与

 平成14年3月、赤木志郎の妻・恵美子の公判で、よど号犯人の元妻が、「北朝鮮の金日成
(キム・イルソン)から『代を継いだ革命を実施せよ』との教示を受けたリーダーの田宮高麿の指示で、昭和57年、私がロンドン留学中の有本恵子さんに声を掛けて騙し、デンマークのコペンハーゲンで朝鮮労働党・キムユーチョル及び魚本(安部)公博に引き合わせ、北朝鮮に連れ出した」旨の証言をしたことから、よど号グループが朝鮮労働党の指導の下、金日成主義に基づいた日本革命を目指して、日本人拉致に深く関与していたことが明らかとなりました。
 他方、昭和55年5月ころ、マドリッドから日本人男性2人が失踪した事案に関しても、北朝鮮は拉致を認めています。
 平成14年9月、警察は有本恵子さんに対する結婚目的誘拐の容疑で、魚本公博の逮捕状を取得し、国際手配を行っています。

日本が国際手配中のテロリスト
日本が国際手配中のテロリスト 

3 その他のテロ動向

 平成8年12月、ペルーの左翼テロ組織が700人に上る人質を取って立てこもった「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」が発生しました。この事件は、9年4月のペルー軍特殊部隊による突入により終結しましたが、我が国の権益や在外邦人に対する国際テロの脅威を改めて明らかにしました。
 また、近年、民族・宗教問題に起因する国際テロの脅威が深刻化する中、イスラム過激派を中心としたテロ組織が世界各地でテロを引き起こしています。
 中でも、国際テロ組織アル・カーイダは、イラクに部隊を派遣している米国その他の国々や、米国を支持する国々を非難し、ジハード(聖戦)を呼びかけており、日本も攻撃対象国の一つとして名指ししています。アル・カーイダによる13年9月の「米国における同時多発テロ事件」では、邦人24人を含む約3、000人が犠牲となり、世界に衝撃を与えました。
 また、東南アジアにおいても、イスラム過激派によるテロ事件が頻発しており、14年10月には、イスラム過激派ジェマア・イスラミアが、インドネシア・バリ島において邦人2人を含む202人の犠牲者を出す爆発事件を、15年8月にはジャカルタにおいて、米国系ホテルに対する自爆テロ事件をそれぞれ引き起こしました。
 イラクでは、15年11月に、我が国外務省職員2人を含む3人が襲撃、殺害されたほか、16年4月には邦人3人が武装グループの人質となる事件及び邦人2人が身柄を拘束される事件、同年5月には邦人ジャーナリスト2人が乗車した車両が襲撃を受けイラク人運転手を除く3人が殺害された事件等も発生しています。
 我が国は、イスラム過激派によるテロの根絶を目指す国際社会と共同歩調をとっており、また、我が国には、米国関連施設が多数存在していることから、我が国がテロの標的とされる可能性は否定できません。また、海外にいる日本人がテロの巻き添え被害に遭う可能性は、今後も十分に考えられます。


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