未曾有のテロ

オウム真理教事件の爪痕

 オウム真理教は、昭和59年に麻原彰晃こと松本智津夫(平成8年6月以降、「開祖」と称しています。)が発足させたヨガ・サークル「オウム神仙の会」を母体とする宗教団体です。昭和62年に現在のオウム真理教に改称し、さらに平成元年には東京都知事から宗教法人の認証を得ました。平成元年当時には積極的な布教活動もあり、最盛時約1万人の信者を擁していました。
 しかしその一方で、オウム真理教は、次第に教団に敵対する人々の殺害と国家権力の打倒を目指す恐ろしいテロ集団と化していったのです。オウム真理教は、平成元年から組織的にリンチ殺人事件、営利略取事件などのほか数々の事件を引き起こしました。特に、平成6年の「松本サリン事件」、翌7年の「地下鉄サリン事件」は、毒ガス・サリンを用いた無差別大量殺人事件であり、我が国ばかりか国際的にも犯罪史上例をみない、残虐極まりないものでした。
 こうした事件以来、世論調査をみても日本の治安の良さに揺らぎを感じる人が増えていることが顕著となりました。また、未だにサリン被害の後遺症に多くの方々が悩まされているなど、事件の爪痕が深く残されています。オウム真理教信者が同じ地域に住んでいることで人々が不安感を抱くのは、当時の怒りや恐怖心が強く残っているためでしょう。
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今も生きる”殺人教義”「タントラ・ヴァジラヤーナ」

 オウム真理教の教義は、松本智津夫が様々な既成宗教の教義を部分的に取り入れ、独自の解釈を加えて確立したものです。その中には、教団の利益に合致すれば、殺人さえも教団の救済活動として許される場合もあるとする極めて反社会的なものもあります。かつて信者たちは、この教義に基づいて殺人を含む数々の組織的犯罪を引き起こしました。
 現在も、オウム真理教は、その”殺人教義”を破棄するどころか、その根幹に据え、松本智津夫の説法をホームページや信者向けの定期刊行物に散りばめています。オウム真理教の信者は、今でも松本智津夫やその子供の写真を祭壇に掲げ、写真に向かって拝礼し、教義を繰り返し学習しているのです。
 また、一連の事件に関与して逮捕されながらも、釈放後6割近くの信者が復帰しているほか、依然として松本智津夫に対する帰依を表明している者が多数います。
 オウム真理教は、その機関誌によれば、「オウム真理教進出阻止」のための住民運動や関係省庁による対策など社会全体の警戒感の増大を”弾圧と迫害の荒波”と捉え、信者に教え込んでいます。





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